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    ねねねのね

    キメツの二次創作小説を書いてます٩( ᐛ )و

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    ねねねのね

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    昨年支部に上げたはいいものの、心折れてその後削除してしまった真菰妹弟子話。
    天狗の弟子では姉弟子扱いにしている真菰チャンですが、こう言うのも書いていた。今読み返したら結構面白かったので、ヒッソリ供養します。。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer

    錆兎と真菰世界は暗い、暗い闇に包まれている。
    錆兎は硬い感触を頬に受けて目を開けた。掌に伝わる感触は冷たく、硬い。錆兎は岩の上にうつ伏せで横になっていることに気づき、起き上がった。そこは、狭霧山の奥深くにある御神体の大きな岩の上だった。
    右手に何か握りしめているなと思い目をやる。
    ギョロリとした目玉に目尻の赤い隈取り、怒り顔の狐の面。
    義勇の面だ。
    自分の面は何処だと顔に手をやり、硬い感触に触れて自分が面を被ったままだと気がついた。外そうと手をかける。
    外れない。
    面はびくりとも動かず、錆兎の顔に張り付いていた。掌で覆い、しばらく押したり引いたりしていたが、錆兎はやがて諦めた。

    自分が何故ここにいるのか思い出せなかった。
    義勇と二人で最終選別に行ったはずだった。力を合わせて鬼を狩り、なんとか最終日まで漕ぎ着けた。

    それから。

    そうだ、刀が折れたんだ。

    頭がズキズキと猛烈に痛み始めた。無数の手。死人のように濃い緑色に変色した醜い腕たちが錆兎を取り囲む。手は次々に錆兎の体を掴んでくる。錆兎は抗うが振り払うことができない。手はどんどん増え錆兎を覆い隠し、ひときわ大きな手が錆兎の顔面を掴んだ。そして。

    錆兎は頭を抱えた。今は頭がある。けれども、もう思い出したくもない、あの感触。
    自身に降りかかった災厄を振り払うように錆兎は頭を振った。

    目を閉じるとあの日に戻る。
    「錆兎、行くな!ひとりで、行くな!」
    一番に思い出したのは義勇の悲痛な叫びだった。
    その声を振り切って錆兎は走った。
    俺はどこで間違えた?
    驕りがなかったと言えば嘘になる。多少強かろうが、自分に倒せない鬼はいないと思っていた。
    あのとき、義勇が自分をかばって怪我を負わなければ。
    あのとき、義勇の言う通り、戦わずに退いていれば。
    あのときこうしていれば、という「たられば」はいくらでも湧いてくる。

    その結果が、このざまか。

    悔恨という言葉が錆兎の頭に浮かぶ。
    悔しい、悔しい、悔しい、恨めしい、恨めしい、恨めしい。
    人間は死んでしまえば終わりだ。もう成長することは望めない。自分はたった一度の失敗で、全てを失ってしまった。
    義勇と一緒に鬼殺隊に入るという夢を潰した醜い手の鬼、あの鬼だけは許せなかった。出来ることなら何度でもあの鬼を倒しに行きたい。
    これは恨みだ。
    錆兎は思う。だから成仏できずに、ここにいる。
    おそらく、自分で思っているよりも何十倍、何百倍と恨みの念は強いのだろう。
    「鬼(キ)という漢字の原義は死者の魂なんだ」
    ふと、義勇の声が頭に蘇る。
    ならば今の俺は、幽鬼ということになるのだろうか。
    錆兎は面をかぶった顔を手で覆う。
    この面の下に、顔が残っているのかも果たして怪しい。顔の代わりに恨みが渦巻いているのかもしれなかった。
    義勇、俺も鬼になってしまったぞ。
    錆兎は顔を覆ったままうずくまり、動くことができなかった。


    ゆっくり息を吸い、長く吐く。何度も繰り返す。そうして呼吸を整え、錆兎は顔を上げた。いつまでも蹲っていても男らしくないと思ったのだ。切り替えが早いのが良いところだ、と自分に言い聞かせる。
    恨みがある場所にとどまるのならば、藤襲山でもいいはずだった。なのにここにいるということは、何か意味があるような気がしていた。
    狭霧山は霊場だ。山頂近くの御神体は神聖なものとされる。霊場には彷徨える者たちが集まるという。
    実際に、先ほどから兄弟子たちの気配をうっすらと感じていた。だが、実体になれるほど強くはなかった。錆兎はその中に義勇の姿がないことに安堵した。
    あいつは生きている。
    鬼殺隊に入ったのか、はたまた一般人に戻ったのか、錆兎には知る術はなかった。ただ、生きていることは僥倖に思えた。
    ただ生きているだけでいい。
    残される側の悲しみを、鬼に父を奪われた錆兎は知っていた。それでも、義勇には生きて、寿命を全うして欲しいと思う。
    身勝手な想いだが、心から錆兎はそう願った。


    手近なところから、まず錆兎は行動範囲を確認した。山頂の御神体、ここが一番力が強く、山を下るほどにだんだん力が弱まり、中腹付近にある鱗滝先生の家の辺りが限界だった。これ以上下ると、錆兎は消えてしまうような感覚になってしまう。本当に消えるかどうかは試す度胸がなかった。
    そして、ぼうっとしていても埒があかないうえに、延々と暗いことを考えてしまうので、取り敢えず鍛錬をすることにした。思い浮かべると手に木刀が現れた。便利なものだと思いながら、最終選別に行く前にやっていた鍛錬を毎日欠かさず行なった。

    それからしばらく経ったある日、鱗滝先生は荷物を持って出かけて行き、そのまま一週間ほど戻ってこなかった。
    それはよくあることなので、錆兎は特に気にしていなかったが、一週間後に鱗滝先生が戻った際に、可愛らしい女の子を連れていたので、目玉が飛び出すほど驚いた。
    まさか嫁ではあるまい。もし嫁だとしたら、幼妻というやつか。
    鱗滝先生の趣味は知らなかったが、そう言われても納得する錆兎である。
    実際、彼女は甲斐甲斐しく家事をしていた。
    様子を見ていると、剣士にするために連れてきたわけではないようだった。
    だがそれも、鱗滝先生が懇意にしている猟師が訪ねてきて、あれやこれやと彼女に喋った後に全て変わった。
    女の子はそれから、先生に剣士にしてくれと言うようになった。先生は首を縦に振らなかったが、彼女は頑として譲らず、毎日先生につきまとった。
    錆兎はその様子を毎日ニヤニヤしながら見ていた。少女に振り回されてオロオロしている先生が面白かったのだ。
    つきまといは二週間続き、先生は遂に折れた。
    嫌になったらすぐにやめることという条件つきで、少女は正式に鱗滝の弟子となった。

    それが真菰だった。

    それから、真菰の修行を見守るのが錆兎の日課になった。
    真菰は驚くことに才能があった。体幹がしっかりしており、バネのような強い身体を持っていた。体重が軽いこともあり、その動きはおそろしく早い。
    錆兎や義勇が手こずった罠だらけの山下りも、転がし祭りも、呼吸訓練という名の滝壺沈めも、無限素振りも、初めは手間取ってはいたもののどんどんこなしていく。
    錆兎はいつ音を上げるかと思って見ていたが、決して真菰はやめるとは言わなかった。可愛らしく華奢な外見に反して、中身は意外に漢だった。

    そして修行が始まって一年後、遂に鱗滝先生が真菰に「お前に教えることはもう何もない」と言った。この後どうなるかは錆兎も知っていた。
    鱗滝は先生は真菰を山の奥深くに連れて行き、一つの大岩を示して「これが斬れたら最終選別に行かせてやる」と言った。
    それは錆兎や義勇が斬った岩より、ひとまわりほど大きかった。
    錆兎は、きたよ、岩斬り、と思いながら、鱗滝先生は本気で真菰を最終選別に行かせないつもりなのかもしれないなと考えた。
    せっかく可愛い顔に生まれてきているのだから、何も剣士にならなくても、普通に嫁に行って幸せになれば良い。錆兎ですらそう思うのだから、鱗滝先生は尚更だろう。

    鱗滝が去った後、真菰は岩の前で困惑していた。それはそうだろう。錆兎ですらはじめは岩を刀で斬れるとは思わなかった。
    だが、真菰はそこで挫けたりはしなかった。岩に向かってぶつくさとなにかを言い始める。錆兎が耳をそばだてると、こんなことを言っていた。
    「どうすればいい?どうすれば斬れる?がんばれ真菰。考えるの。これを斬って私は鬼殺の剣士になる。そして人を不幸にする鬼を倒すのよ」
    そして刀を構え、一心不乱に岩に打ちかかり始めた。
    ガキン、ガキンと刃が岩に跳ね返され、そのたびに刃が欠けていく。

    錆兎はもう見ていられなかった。
    地を蹴って一旦岩の上に立ち、そこから木刀で真菰の頭を目がけて打ち掛かる。
    「!」咄嗟に真菰は刀の柄をを頭上に翳し、木刀の一撃を受け止めた。錆兎の狐面を見て、真菰が息を呑むのがわかった。
    「お前の力はそんなものか?」
    錆兎の問いかけに、真菰は「誰?」と返す。
    「俺は錆兎」錆兎は答えた。「お前は命を賭ける気があるか?」
    真菰は一瞬ハッとし、すぐに真剣な面持ちになり、射すくめるように錆兎を睨んだ。
    「ある」
    「では、お前を鍛えてやろう」
    そう言い放ち、錆兎は素早く真菰に打ちかかった。


    このように格好をつけて真菰の前に現れた錆兎であったが、面目を保てたのは一日目だけだった。
    そもそも、錆兎は女という生き物に対して免疫がなかった。物事ついた頃には母はおらず、父一人子一人で育った。その父も七つの年に鬼に殺され、縁あって鱗滝先生に引き取られ弟子になった。その時すでに鱗滝先生には弟子が五人おり、最年少の錆兎はまだ修行は早いと、彼らの身の回りの世話や、手習などをしばらくやっていた。兄弟子たちは錆兎を可愛がり、いろんなことを教えてくれた。しかし、毎日毎日、血の気の多い思春期の野郎どもとの生活において、男とはかくあるべきという鉄火な思想の教育はあれど、女の話など出るはずもなかった。要はどの兄弟子も女については何も知らなかったのだ。無論錆兎に何か教えられるはずもない。

    なので、錆兎は正直困っていた。

    女というものの取り扱いについて、である。
    義勇には姉がいたと聞いていたので、おそらく女の扱いはわかっているのだろう、こういうときに奴が居るといいのだが、と錆兎は思った。

    そんなことを考えながら大岩の前に行くと、真菰は既に来ていてシロツメクサで冠を作っていた。そして、錆兎が来たのを見ると、目にも留まらぬ速さで錆兎の頭の上に冠を乗せた。そしてニッコリと笑った。
    「はあ?」
    その行動に錆兎は呆れた。
    やはり女というものは何を考えているか分からない、未知の生き物だ。今から命を賭けた稽古をするというのに、花冠とは何事だ。
    錆兎はムッとして木刀をカンと岩にぶつけた。
    真菰は首を傾げて、「嫌だった?」と聞いてきた。
    「嫌とかそういうことじゃない。お前の気合いが足りないことに腹を立てている」
    「気合はあるよ、充分」
    「なら、なんだこれは」
    「んー、よろしくねっていう挨拶の気持ちかな」
    フワフワしている。浮ついている。真菰はニコニコしたままだ。錆兎はどうにも居心地が悪くなり、頭に乗せられた花冠を掴んで放り投げた。
    「あっ」真菰が驚いた声を上げる。
    「真菰」錆兎は苛立って木刀をザクザク地面に刺した。「お前は何のために修行をしている」
    真菰は苛立っている錆兎を気にする様子もなく、少し困った顔をして「鬼殺隊に入りたいからだよ」と言った。
    「なぜ鬼殺隊に入りたい」
    「鬼をやっつけたいから」
    「なぜ鬼をやっつけたい」
    「それは…」
    錆兎が追求すると、真菰は一旦言葉を切った。
    そして一瞬眉を潜め、地面を見た。しばらく地面を睨んだ後、キッと顔を上げる。
    その顔を見て錆兎は息を呑んだ。そこには、先ほどまでのフワフワした女の子とは別人のように厳しい顔をした、修羅の目をした少女が立っていた。
    「許せないからに、決まってるじゃない」

    その気迫に錆兎は気圧された。錆兎も分かっていたことだが、鱗滝先生の修行は本当に厳しい。それを耐え抜いた真菰が、ただの女の子であるはずはなかった。
    「分かった」錆兎は木刀を構える。「お前も知っていると思うが、選別は命懸けだ。死ぬかもしれない」
    真菰は錆兎を見、自身も刀を抜いて構えた。
    「油断は即、死だ。だから俺は」言いながら錆兎は木刀を上段に構える。「お前が女だからといって、一切手加減はしない」
    「望むところよ」真菰は不敵に笑った。

    それからは毎日二人は手合わせをした。
    真菰はいつもはフワフワしており、錆兎を狐の精霊か何かだと思っていたようだったが、いざ刀を持つとギラリと目つきが変わる。早々に、錆兎は真菰を女扱いするのはやめた。どうせ女の事は分からないし、かえって失礼ではないかと思ったのだった。
    それでもはじめの方は、錆兎には真菰の攻撃が全て見切れていた。反対に、錆兎の攻撃はことごとく真菰に入った。錆兎に打たれ、真菰の腕や足がアザだらけになることもしばし、それでも真菰は弱音を吐かなかった。
    だが、そのうち真菰は錆兎の速さに対して、段々と合わせていけるようになっていった。打ち合うたびに、加速度的に成長していく。三度目の満月を迎える頃には、錆兎も本気を出すようになっていた。


    先日から錆兎は気になっていたことがあった。真菰が壱の型を出すときの刀の向きがあまり良くない、これでは打撃の際に刀を折ってしまうだろう。矯正してやらねばとならないと、稽古のあと声をかけた。
    「真菰。壱の型についてだが…」真菰に切り出すと、彼女はハイと返事をして姿勢を正す。
    「お前が刀を振る際、ガーッとなっているが、スゥーッが正しい」
    錆兎の説明に、真菰はキョトンとした顔で首を傾げた。
    「ガー?スー?」
    「わからないか?」
    「うん」
    「これだ、これはガー」錆兎は真菰の壱の型を真似してやってみせた。
    「そしてスー」そしてもう一回、矯正した壱の型をやってみせる。
    そこまでやって、真菰はやっと合点がいった顔をした。
    「わかった。私は刃の向きが上向いちゃってるのね。だけど、本当は対象物に対して刃を真っ直ぐに、垂直に入れるのが正しい」そう言って錆兎が二度目にやった型を正確になぞった。
    今度は綺麗に直っているのがわかり、錆兎は頷いた。「そうだ、それだ」
    「錆兎…」見ると、真菰が目尻を下げて笑いをこらえていた。「錆兎は、言葉で説明するの、爆裂に下手だね」
    そしてツボに入ったのか、ガー、スーと言いながら腹を抱えて笑いをかみ殺している。
    錆兎は急に恥ずかしくなって顔を背けた。「変だったか?」顔が赤面している気がする。面があってよかったと思った。
    「ああ、面白。いや、いいの。うひゃひゃ。教えてくれてありがとう」真菰は目尻に涙を浮かべ、お腹を抱えて体をクネクネさせた。
    そしてしばらくして、ようやく笑いが治まったのか顔をあげる。
    錆兎は真菰をまともに見れなかった。
    「ああ、錆兎、気にしないで」
    「いやするだろ」
    「あはは、錆兎かわいいね」
    「阿呆が」
    錆兎がむくれてそっぽを向くと、真菰は慌てて錆兎がそっぽを向いた方向に回り込んで、錆兎の顔を覗き込んだ。
    「ごめんね、笑っちゃって。錆兎は今のままでいいんだよ。身振りで私はわかるから。教えてくれるだけで私は嬉しい」
    そう言われると、錆兎は黙ってうなずくしかない。
    義勇と話していたときはこれで通じていたが、義勇も内心笑いをこらえていたのではないか、とちらりと思った。


    猟師の子で山育ち、完全なる野生児の錆兎にとって、町できちんと教育を受けた義勇の話はどれも面白く、興味深いものだった。
    お天道様が時間によって位置が変わるのも、お天道様が動いているのではなく、自分が立っている大地の方が動いているのだと、そう教えてくれたのも義勇だった。
    「地面が動いているならズッと走ってなきゃいけないじゃないか!」
    目を剥く錆兎に義勇は、「大地はとても大きいから、俺たちは動いていることに気づかないんだ」と笑った。

    真菰も同じく町の子供だった。
    錆兎は真菰から、彼女がここに来た経緯を聞いた。
    「私ねえ、お父さんとお母さんを流行病で早くに亡くして、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしていたの」
    真菰いわく、月のない晩に家に鬼が現れたのだという。鬼はあっという間に祖父母を殺し、腰を抜かして動けない真菰の元に迫ってきた。
    そこに現れたのが天狗だった。天狗は懐から短刀を取り出し、鮮やかな手捌きで鬼の首を掻き切った。短刀は猩々緋鋼鉄で打たれた刃、日輪の力が瞬く間に鬼を灰塵に帰した。
    天狗は鱗滝と名乗った。たまたま、別の用事でこの町に逗留していたそうだ。ただその際に鬼の気配を感じ、真菰の家にやってきた。
    「間に合わなくてすまない」恐怖のあまり震えていた真菰に鱗滝はそう言った。祖父母のことを言っているのだと思った。そのあとの始末は、鱗滝が呼んだ黒装束たちが全てやってくれた。
    そして、祖父母以外に身寄りのなかった真菰は鱗滝に連れて行って欲しいと頼んだのだった。
    「私ねえ、鱗滝先生がだーいすきなんだ」
    うっとりとした顔で真菰はそう言う。それは俺も同じだと錆兎は思ったが、そういうことを言うのは男らしくない気がして黙っていた。
    「錆兎は?」黙ったままの錆兎に、真菰は微笑んだ。「錆兎はどうしてここにいるの?」
    どうして?虚を突かれた気がして錆兎は驚いた。お前と同じ、親を殺されたからだ、そう言えばいいのだろうと分かっていたが、もう一つのどうして?が錆兎の中にこだまして喉をつまらせた。
    「さあな」錆兎はそう返すのが精一杯だった。


    今度は玖ノ型の足運びだった。また錆兎は気になっていることを真菰に伝えたかったが、先日の件もありうまく言えないでいた。
    なんとか言葉で伝えようとするが、話が堂々巡りをする。
    「錆兎、落ち着いて」しまいには真菰にたしなめられる始末だった。こういう時は、親友の顔が頭に浮かぶ。
    義勇の言葉は簡潔だが、いつも的を得ていて淀みがない。錆兎はよく義勇のように賢そうに話せたらと常々思っていたが、義勇とは全く正反対の性格である錆兎には無理だった。わからねば拳で知らしめなければなるまいと、思考がすぐ鉄火な方向に行く。
    「ああ、義勇ならなあ…」ため息をつきながら思わずこぼしてしまった言葉に真菰はすぐ反応した。
    「ぎゆうって誰?」
    錆兎はしまったと思ったが、すでに後の祭りだった。仕方がないので、同期で親友であり、今何処で何をしているのか分からないことを説明した。
    そうすると真菰は、「私の兄弟子なのね。今何処にいるのかわからないんだったら、それとなく先生に聞いてみるよ」と言い、ニッコリと笑った。

    数日後、真菰は満面の笑みを浮かべて報告してきた。
    「先生に、私の兄弟子は鬼殺隊にいるのか、聞いてみたよ。そしたらね、何人かいるけど、一番歳が近いのは義勇だって言ってた。冨岡義勇。錆兎の親友で合ってる?」
    「ああ、そいつだ。息災か?」
    「それがねえ、鬼殺隊に入ったあと、一回も狭霧山に帰ってきてないし、文も来ないから、風の噂程度でしかわからないって先生が」
    「文も来ない…」それは、錆兎にとって意外なことだった。真面目な義勇のことだから、近況くらいは先生に寄越しそうなものだと思ったが。
    「まあ、元気みたいだよ、って言ってた。先生も会いたそうだったけど、こればっかりは本人が来ないとね」真菰はそう言いながらにこりと笑う。「私も会ってみたいなあ、義勇さん」
    「お前が鬼殺隊に入れば、いずれ会える」
    そう言って錆兎は、真菰のことを羨ましいと思っている自分に気づいた。義勇は優しいので、きっと真菰のことを可愛がってくれるだろう。自分には叶わないことも、真菰は叶えることができる。
    「そうだね。そのためにはまず修行、修行!」
    そう言って張り切る真菰の姿が、錆兎にはなんだか眩しく見えた。生きているとはそういうことだと、少しだけ思った。


    そして七度目の満月を迎えたある夜、いつものように木刀を出そうと念じたら、錆兎の手に真剣が現れた。
    亀甲を象った蘇芳色の鍔に白の柄巻、すらりと抜くと、刀身はすでに美しい水縹色に染まっている。
    ひと目見て、錆兎にはこの刀の本来の持ち主が誰であるのか、すぐに分かった。
    美しい刀だ。刀に持ち主の人となりが現れるものだとしたら、まさに彼にふさわしいものだと言える。

    真剣をもって大岩の前に行くと、真菰が烈火の気合で待ち構えていた。
    「今日こそ勝つ!」目をギラギラとさせて錆兎を睨む姿は、もういっぱしの剣士だった。
    「剣士の顔になったな」錆兎はスラリと義勇の刀を抜く。刃がキラリと月光を跳ね返して光った。
    「いざ!」
    視線と視線がぶつかり、火花を散らす。

    真菰の気合はこれまでで一番だった。錆兎では少し圧され気味だと感じながら刃を振るう。音を立てて真剣同士がぶつかり合う。錆兎は高揚していた。かつて親友とも同じように打ち合った。その時と同様、いやそれ以上に高まり、駆け抜けていくような呼吸に包まれる。そして何度か打ち合った後、真菰の疾い剣戟が、下から上へと錆兎の刀をはねた。ガキンと音がして火花が散る。その瞬間、錆兎の刀は手を離れ、グルグル回りながら宙に舞った。
    返す刀で真菰は凄まじい速さで刀を振り下ろす。
    やられる。
    錆兎は反射的に避けていた。
    ドォォォン!と、切っ先がまるで音の速さを超えたような勢いの凄まじい音が響き渡った。
    錆兎は驚いて大岩を振り返る。

    岩は綺麗に真っ二つに斬れていた。

    真菰は刀を構えたまま目をパチクリさせていたが、ようやく岩が斬れたことに気づき、ピョンと飛び跳ねた。
    「やった!やった斬れたよ、錆兎!」
    そして錆兎の姿を探して辺りをキョロキョロと見回す。「あっ、あれ?錆兎?どこ行ったの?」
    錆兎はそこにいた。どうも、岩を斬った後、真菰には錆兎の姿が見えなくなったようだった。
    錆兎は真菰をねぎらってやりたい気持ちだったが、もう声は届かないな、とため息をついた。

    だが、それでいい、と錆兎は思った。どのみち、真菰が最終選別を突破したら、二度と会うことはないのだから。


    そして真菰は最終選別に臨んだ。
    錆兎は狭霧山からその様子を見ていた。他の場所はいくら念じても見ることができなかったが、藤襲山だけはなぜか見ることができた。おそらく、因縁が残る場所だからだろう。
    真菰ははじめ、順調に選別の日程をこなしていた。何体かの鬼を倒し、同じ選別に来ていた剣士たちと交流し、怪我をすることもなく無事に過ごしていた。
    もういっそあいつに遭遇しなければいい、と錆兎は願っていた。
    真菰の額に誇らしげに飾られている笑い顔の狐面。あれさえ見咎められなければ、きっと真菰は無事に帰ってくる。

    だが。
    「来たなあ、可愛い狐ちゃん」
    真菰は見つかってしまった。ああ、と錆兎は頭を抱えた。やはり面のことは言っておくべきだったか。しかし、鱗滝先生の気持ちを考えると、とても言えなかった。
    義勇、お前ならどうした?
    心の中の親友に問いかける。義勇は微笑みを浮かべたまま、何も言わない。

    あの忌々しい手の鬼に対して、真菰は持ち前のスピードで善戦していた。襲いかかる無数の手をかいくぐり、次々に鬼に斬撃を浴びせかける。あの手をいくら斬っても無駄だと言うことは、錆兎も身にしみていた。だが、鬼が真菰の速さに対応できていないこともありありと見て取れた。これはいけるかもしれない、と錆兎は期待した。
    そして遂に真菰が鬼の間合いの内側に入った。いくつかの手に覆われた鬼の頸を目がけて、水面斬りが炸裂する。
    だが、刀は硬い手に阻まれて弾かれた。真菰は急ぎ鬼の間合いの外側に飛んだ。
    鬼は真菰を横目で見、ギャハハと下卑た笑い声をあげる。
    「目印なんだよォ、その狐の面が」

    そこからあとは、錆兎が聞いた話と全く一緒だった。鱗滝の弟子の動揺を誘うのに、最も的確で効果的な煽り文句。
    真菰も錆兎と全く同じ反応をした。
    真菰、落ち着け。真に受けては駄目だ。
    錆兎がいくらそう思っても無駄だった。現に錆兎もこの話を聞いて前後の見境をなくした。怒りで頭がいっぱいになり、呼吸が乱れた。それが狙いなのだと瞬時に判断できるほど、錆兎は大人ではなかった。
    真菰も同じだった。動きが明らかに鈍くなる。

    真菰、来るな。お前まで、来るな。

    錆兎は悔いた。真菰がこの鬼を倒して自分の恨みが晴らせればいいと、心に思ったことはなかったが、結果的には自分が望んでそうした事は明白だった。
    自分の恨みを晴らすための代役にした。己の業の深さに気づいた錆兎は、今起きていることを漏らさず見届けるべきと集中する。
    鬼が真菰の手足を引っ掴み、引き裂いていく様子を錆兎は眼に灼きつけた。心の奥底から湧き上がる恨みの炎が、より一層激しく燃え上がっていくのを感じていた。
    俺は、こいつを。
    絶対に。
    許さない。
    許さない。
    許さない。
    頭の中が同じ言葉でいっぱいになり、グルグルと物凄い速度で渦を巻く。

    そうして、同じ姿勢で固まったまま藤襲山の様子を見ていた錆兎の眼前に、すうっと真菰の姿が現れた。真菰は始め、見えるか見えないかわからないくらいうっすらとしていたが、だんだんと輪郭がハッキリとし、そののち実体と見紛うほどの状態で錆兎の前にペタリと座り込んだ。
    「真菰」唖然とする錆兎の面越しの目を真菰は見つめた。その目に大粒の涙が盛り上がり、堰を切って溢れ出す。
    「錆兎も、あいつに殺されたのね…」
    錆兎は真菰の目を見つめて「そうだ」と頷いた。
    その声を聞いて、真菰は顔を歪める。
    「悔しい。悔しい。何で勝てなかったの。あんなにがんばったのに…」
    ボロボロと涙を流して泣き崩れる真菰の肩を、錆兎はそっと抱きしめた。真菰は一瞬ハッと顔を上げ、それから錆兎にしがみつき大声で泣き始めた。
    そんな真菰の小さな頭を、錆兎は優しく撫でた。ずっとずっと、撫で続けた。この小さな体で、あの鬼に立ち向かった。何という勇気だろうかと思う。
    「錆兎、錆兎、…私たち頑張ったよね。すごく、頑張ったよね」
    泣きながらそう喚く真菰に、錆兎は「そうだな」と優しく返す。
    「でも報われなかった。あいつを殺せなかった」真菰は全く泣き止む気配がなかった。しばらく嗚咽が止まらず、そのうち咳き込み始めたので、錆兎は真菰の背中をさすった。
    「真菰、お前は頑張った。偉いぞ」優しくあやすように錆兎は言った。真菰が哀れだった。あれほど血反吐を吐くほど鍛錬して、鍛錬して、力をつけたのに、一度の失敗で錆兎と同じ運命を辿った。努力は必ず実を結ぶという言葉は偽善者にしか通じない。人生はなんと不平等なことだろう。
    「だが、努力は必ず報われるとは限らないんだ…」
    錆兎がそういうと、真菰は錆兎の背に回した手をギュッと握りしめた。
    そして、涙に濡れた小さな声で「努力はいくらしても足りることはないのね」と呟いた。


    そうして季節は巡り、何度目かの冬。
    狭霧山の御神体の前に、鱗滝左近次の姿があった。
    鱗滝は御神体を清水で清めて手を合わせ、十三人の弟子の名前を順番に呼んだ。
    「義勇から文がきた。儂に育てて欲しい子がいると」
    その話を、錆兎と真菰は岩の上から聞いていた。
    「義勇からこのような文が来るのは初めてだ。儂はもう弟子を取るつもりはなかったが…」面を被っているため、鱗滝がどのような表情をしているのかは読めない。だが、錆兎はその声音に僅かに喜んでいる気配を感じた。鱗滝は続ける。
    「義勇が見つけた希望に、賭けてみようと思う。お前たちも、見守ってほしい」

    その少し前、同じように鱗滝から義勇が水柱になったことを聞いていた。あの義勇が、と錆兎は誇らしいような嬉しいような、少し尻がむず痒くなるような思いでいた。
    錆兎の頭の中では相変わらず義勇は十三歳のままだったが、気がつけばあれから五年以上経過している。義勇も今では十九歳、立派な青年になっていることだろう。
    そして、錆兎は今日までたくさんの人々が義勇を生かしてくれたことに感謝せずにはいられなかった。
    錆兎の記憶の中の義勇はいつも笑っている。願わくば、あの笑顔が今も失われてなければいいと思う。

    そして今度は。

    「鱗滝先生、任せてよ」隣で真菰が張り切った声を上げた。「錆兎は教えるの下手だから、理論は私が教えてあげるね」と、錆兎を見てにっこり笑う。その顔をやれやれと呆れ顔で見ながら、錆兎は面の下で我知らず微笑みを浮かべていた。
    義勇が見つけた希望。
    いったいどんな奴だろうか、と思う。
    義勇がそいつのために命を懸けるというのならば、俺も全身全霊を懸けてやろうではないか。

    今度こそ。
    錆兎は心に誓う。

    絶対に、死なせない。


    そして、長年の呪縛を解くさだめを持った少年が、鬼の妹を伴って狭霧山にやってくる。
    そのあとの物語は、皆々様がご存知の通り。

    (終)
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