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    コウヤツ

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    死んで生き返るオーエンとオーエンの死に際に出くわす晶♀

    愛だなんて思いたくない オー晶♀ 寝起きの気分は最悪だった。何故って、殺された後だったので。
     魔法舎内で殺し合いを始めるのは大抵舎の損壊など気にしない北の生徒たちである。障害物があるのなら吹っ飛ばせば良い、なんて考えで相手ごと舎の壁を飛ばしたり天体観測にうってつけの穴を天井にあけたり、とかく天災のような被害は建物を容赦なく襲った。彼らの先生役である双子が愛らしく「これ!」「魔法舎を壊すでない!」とぷんぷん怒るのも無理はなかった。とはいえ直すのは一瞬だ。なにせこの魔法舎には世界最強の、ほとんど何でもできる魔法使いがいる。しかしいちいち壊れたものを直すよりも根本を叩いたほうが効率が良いのも事実であった。双子からしつこく要請を受けたオズが不機嫌そうに争いの場へ現れミスラやオーエン、そしてブラッドリーを遥か遠くの雪原やら荒野やらへ飛ばすことは多々あることだった。
     目の前のやつを殺そうと集中しているときにオズが出てくるのは、オーエンに言わせれば最悪の一言に尽きた。どういうわけだか中央の魔法使いとして賢者の魔法使いに名を連ねているがオズは生粋の北生まれだ。遠方に飛ばされるだけならまだしも、虫の居所が悪ければそれなりの目に遭わされる。
     だからそんな厄介な魔王が引きずり出されるのを面倒に思ってからは魔法舎に被害が及ばないよう外で、もっと言えば魔法舎の裏の森で殺し合いをすることが増えた。
     今回の舞台は例に違わず魔法舎の裏の森だった。二対一でこちらが優勢であるはずが、いつのまにか負けていた。今回の敗因は、ミスラが魔法で抉った地面から舞った土埃により協定を組んでいたブラッドリーがくしゃみで飛んでいったからだ。自身に過失は無かった。だからこそ心底むかついたし、目が覚めた今だっていらいらして仕方なかった。
     文字通り致命傷に至るくらい酷かった傷がゆるやかに塞がっていく。傷が治っていくのと同時に魔力が満ちてくる。べとべとぐちゃぐちゃどろどろの服と体を綺麗にする。そして起きあがろうとして異変に気付いた。腹のあたりがぬくいし重い。弱った感覚では気付けなかったが、おもりのような何かがオーエンの腹と胸の間あたりに乗っかっていた。
    「は?」
     体を起こして分かったことだが、おもりの正体は賢者だった。オーエンが動いても賢者はぴくりとも動かない。体を起こした拍子に彼女の頭は彼の腿に乗っかった。世間一般で言うところの膝枕である。双子がこの場にいたなら「きゃー!」と黄色い悲鳴をあげていたかもしれない。しかしここにいるのはオーエンと気を失った賢者の二人きりだ。黄色い声なんて生まれるはずもなかった。
    「賢者様」
     甘さの足りないチョコレートみたいな色の髪は彼女の顔を覆い隠している。生きてることはわかっていた。猫を抱えたときのような温さを確かに感じていたから。ためらいなどは一つも無かった。顔を覆い隠す髪を乱雑に払い除け覗き見れば、彼女は青い顔で眠るように目を閉じていた。真っ白の上着はところどころ血が染みていて、頬や額には半分乾いた血がこびり付いている。そしてオーエンは思い出した。
     死ぬ前に、賢者様に見つかったんだっけ。
     どろどろぐちゃぐちゃのオーエンの姿を見て、顔を真っ青にした賢者。荒事に向かない、慣れない賢者だった。怖いことなんか何もないようなところで生きてきました、と言わんばかりに毎日平和ぼけしたような顔で笑う賢者様。そういえば、これだけぐちゃぐちゃになったところを見せるのは初めてだ。
     驚かせば怯えて情けない声を出した。意地悪を言えば不安そうな表情で見上げてきて、でも言い返してきた。任務やらで誰かが大怪我を負えば泣きそうになって、でも泣いたところは見たことがないかもしれない。真っ青な顔で、今にも倒れそうなくらい血の気が引いているのに、人間なのだから結局どうせ何も出来やしないのに、怪我を負ったその人の傍に寄るような人間だった。
     死ぬ間際のことは正直飛び飛びでしか覚えていない。何か意地悪なことを言おうとして……失敗した。血を失いすぎて意識は朦朧としていたし、喉は「今日は一段とうるさいですね」と何を考えているかいつもよくわからないけだものに潰されていた。ひゅ、と空気の漏れる間抜けな音で何を伝えられる訳でもなく。
     それでも賢者はオーエンが何を伝えようとしているのか懸命に聞き取ろうとした。意味のないことに一生懸命になって、馬鹿みたい。伝わらないのなら意味などなかった。少なくともオーエンには。だからあっちに行けよ、とジェスチャーをしたのに「さ、流石に放っておけませんよ。言いたいことがあるなら、聞かせて欲しいです」なんて言って賢者は動こうとしなかった。
     かひゅ、と潰れた喉が再び音を出す。賢者は一音も聞き逃さぬようオーエンに顔を寄せた。至近距離で見た賢者の瞳は彼好みの甘さのチョコレート色をしている。真摯な瞳だった。向き合うための視線だった。肺から潰れた喉へと空気を送る。正しく発音するための器官がその機能を十全に果たしていなかったため、賢者にはその言葉が何だったのか理解できなかっただろう。けれど問題はなかった。魔法は心で使うものだったから。
     《クアーレ・モリト》
     最後の力で賢者を眠らせて、オーエンは死んだ。
     青褪めた顔色で眠る賢者の髪を弄びながらオーエンは考える。オーエンの上に倒れ伏した際、付着したのであろう血はより一層彼女の顔色の悪さを強調していた。
     オーエンの得意なことは死ぬことだ。それを知っているはずなのに、賢者は心の底から心配しているみたいな顔をする。これがミスラやブラッドリーだったらどうせ生き返るんだから、とオーエンのことを放っておくだろう。オーエンが逆の立場でもミスラやブラッドリーのようにする。だから居心地が悪かった。
     どろどろで甘い味がしそうなあの瞳。今は閉じられた瞼の向こうにある双眸。そこにあるものは、まるで。
    「うぅ……」
     瞼がゆっくり持ち上がる。賢者の瞳にオーエンが映り込んだ。
    「やぁ、賢者様。北の魔法使いの膝で眠りこけるなんて、本当にきみって間抜けだね」
     寝起きで状況が飲み込めていない様子の賢者はぼんやりとオーエンの微笑を至近距離で眺めていた。そして一言。
    「元気そうで良かったです」
     柔らかに解けていく。嬉しそうにしている。知らない魔法使いや人間からよく向けられる感情とは、全く真逆の感情に思えた。なんでそんな顔をするの。
    「おまえの目の色、チョコレートみたい」
     ぱちぱちと不思議そうに瞬いたあと、彼女は笑う。
    「食べたいんですか?」
    「……」
    「この前アーサーに教えてもらったんですけど、中央の市場にとてもおいしいチョコレートのお店ができたらしいですよ」
    「ふぅん。じゃあ賢者様奢ってよ。膝枕してあげてるわけだし」
     ハッとしたような賢者は「すみません、重いですよね」と起きあがろうとしたがオーエンはそんな賢者を押さえ込む。力の差は歴然だ。はっきり意識が覚醒してきている賢者は依然として膝枕をされたまま、目を白黒させて魔法使いを見上げた。
    「賢者様のお財布、空にしてあげるね」
    「えっと……それは」
    「酷い。ぐちゃぐちゃにされて悲しんでる僕のこと、慰めてくれないんだ?」
    「うっ……」
     今度はオーエンがにこりと笑う。賢者はこの笑顔に弱い。断る、なんて選択肢は選べそうになかった。
    「お、お手柔らかにお願いします」
    「さぁ? 知らないよ」
     歌うように言って魔法使いは立ち上がる。賢者は頭が地面と衝突するのを避けるため慌てて手をついて上体を起こした。
     立っているオーエンを、晶はその場にぺたりと座ったまま見上げた。チョコレート色の瞳には、柔らかな光がある。その光に宿っている感情が何なのか、オーエンには分からない。晶なら或いは何かしらの答えを持っているのかもしれなかったが聞くつもりはさらさら無かった。
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    DONE
    りんごひとかけぶんの理性 ネロ晶♀ マグカップを両手で包んで晶は息をふうと吹き掛ける。弾みで耳に掛けられた髪が、丁寧に織られたカーテンのように彼女の横顔を覆い隠した。隣で見ていて、あ、とネロは思ったが彼の指先がその髪に触れることはなかった。
     触れたらいけないような。空夜に触れあいを咎める者はいないけれども、そんな意識が働いてネロの指はこれっぽっちも動かなかった。
    「ネロは私のことを子どもみたいに思っているんじゃないかって、たまに感じるんです」
     拗ねたような響きにどう反応するべきかネロの胸に迷いが生じる。全く思っていないと言えばそれは嘘になる。けれど本当に思っていることを伝える気はさらさらなかった。
    「賢者さん」
     正面、シンクの方を向いていた視線が隣のネロに向かう。乾燥させたりんごは、彼女の、引き結ばれた唇のあわいへ寄せられた。りんご一つ隔てれば触れることは容易かった。それは逆を言えば直接触れられないことの証左であったが。ぱちりと目があったかと思えばりんごのスライスはあっという間に半分が齧られる。手ずからりんごを食べる、その姿はどこか小動物めいていた。もっと躊躇ってくれたらやりやすかったんだけど。かといって拒まれたら拒まれたで傷の生まれることは必定だ。難儀なこと。りんごを味わっている間は目が口ほどにものを言った。
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