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    コウヤツ

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    コウヤツ

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    賢者の髪の毛バッサリ事件(仮) 口を左右にがぱりと開き、虫を食べるような。
     いわゆる食虫植物のような、そういった類の植物をそのまま巨大化させた見た目の化物だった。
     見た目について植物と表したが、賢者にはそれが本当に植物なのかどうか、はっきりと分からなかった。賢者の思う植物とは地面に根を張り、葉を茂らせ、時に花を咲かせ、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出し、その場から動かない生命体のことだ。触手と見紛う蔓を蠢かせ、頭部と見紛う部分にある口のような部位から消化液をだぱだぱ出すような生き物は、それはもう植物なのではなくて動物なのでは……と賢者が思うのも無理からぬ話だった。
     戦闘において、魔法使いではない人間の賢者ははっきり言ってお荷物になる。であるから安全な後方で、なるべく邪魔にならないよう、張ってもらった結界の中で彼らの活躍を見守るのが常だった。魔法使い達の活躍を一瞬たりとも見逃さないよう、賢者の書により詳細に彼らのことが書けるように。生徒たちがまず賢者本人に守護を掛け、そして先生役を請け負う呪い屋が結界を張る。本来ならそれで十分、賢者は守られるはずだった。
     数体いた植物のうち、一番大きな個体をシノの大鎌が縦に一閃する。最前線、最後の一体だった。どさりと崩れ落ちた植物の体を踏みつけ、仲間たちを見やるシノの表情はぱたぱたと尻尾を振って褒めて欲しがる犬の顔を賢者に思い起こさせた。笑って「すごかったですよ!」と声をかけようとして、賢者はグイっと髪の毛を後ろに引っ張られた。驚きのあまり声は出せなかった。
    「賢者!」
     ファウストが叫ぶのとシノが動くのは同時だった。地下に張り巡らされた根茎が、動く蔓のように可動するなんて下調べにあたったファウストにも予想できることではなかった。地上部が攻撃性を有していることは書物に記載があったが、地下部がこれほど動くだなんてことはどこにも書いていなかった。〈大いなる厄災〉によってもたらされた常にない異変が、賢者を地面から襲ったのだ。
     結界の形は半円で賢者を地上のあらゆる脅威から守るが、地下から這い出る根の侵攻を防ぐのには役立たない。結界の中で袋の鼠となった賢者は逃げる間もなく根に捕まってしまった。
    「わ、わ、やめ……!」
     じゅわ、と変な音がするし変な臭いもする。地上部を倒され弱っているのか、髪の毛を引っ張る力はそれほどでもなかったが絶対に離さないという意思が込められているようだった。温泉地の硫黄みたいな臭いが賢者の嗅神経を刺激する。髪が溶けている臭いだ。怖くて後ろは振り返れない。
    「ファウスト! 結界を解け!」
     普段抑えたように話すシノが大声で吠えた。真紅の瞳は爛々と輝いている。賢者の元へ一直線に向かっていたシノはあと数メートル、というところで一際大きく跳躍する。そして魔道具である大鎌を構えて、一瞬だけまずいものを食べたような表情をした。賢者はそんな彼の表情を受け止め、己の頭を喰らおうとしてくる植物に抵抗するみたく叫ぶ。
    「シノ! ばっさりやっちゃってください!」
     虚をつかれたような、そんな表情が一瞬だけ見えた。次いで、不敵に口角を上げる表情も。
     《マッツァー・スディーパス》
     大きな刃と賢者の体が平行になるように。鎌の柄の真ん中部分を支点に、刃がぐるりと円の軌跡を描く。刃の重さが遠心力に寄与して回転速度が上がる。大きな動作に反して大きな衝撃が無かったのは彼の鎌の切れ味が抜群だったからだろう。彼女の髪を掴んでいた根は彼女の髪ごと一刀両断される。ばさり、と賢者の髪が彼女から離れていった。彼女の一部が彼女の物でなくなった瞬間だった。
     後ろに引っ張られていた体がその力から解放されたとき、反動で前方へ倒れそうになるのが自然の摂理である。賢者の体は前に倒れかかったが「賢者様!」と駆けてきたヒースクリフに支えられ、どうにか倒れずに済んだ。支えられたまま、ほとんど反射で怖くて振り向けなかった後ろを振り返る。
     地面から新たに顔を出したらしい数本の根はネロのカトラリーが全て磔にしていて動きを封じていた。変異した食虫植物の化物は大口を開けてシノを食らおうとしたが、食う動作よりも疾く鎌の刃が化物の命を刈り取ってみせる。ひらめく刃の光は賢者の目に一等鮮やかに映った。
     危なげなく跳躍から着地の流れを済ませ、シノは得意満面な笑みを浮かべて賢者とヒースクリフを振り返った。ほっと力が抜けて、賢者は座り込んでしまいそうになったが、ヒースはそんな彼女の体をしっかりと支えた。
     《サティルクナート・ムルクリード》
     後方からふと聞こえてきた呪文はファウストのものだ。賢者が声の方向に顔を向けるとファウストが地面を睨んでいた。彼は自身に注がれている賢者の視線に気付いて、顔を上げた。視線が交わる。
    「地下茎全て、根腐れするような魔法を掛けた」
     そしてファウストはロングからざんばらなショートになった晶の髪をじっと見つめ、苦虫を相当量噛み潰したような顔をして告げた。
    「きみとシノには、お説教だな」
     先生の言葉を聞いていたらしい。後ろの方から聞こえてくる「なんで!?」というシノの叫びに晶は眉を下げて苦笑する。やっぱり、そうなりますよね。
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    コウヤツ

    DONE
    りんごひとかけぶんの理性 ネロ晶♀ マグカップを両手で包んで晶は息をふうと吹き掛ける。弾みで耳に掛けられた髪が、丁寧に織られたカーテンのように彼女の横顔を覆い隠した。隣で見ていて、あ、とネロは思ったが彼の指先がその髪に触れることはなかった。
     触れたらいけないような。空夜に触れあいを咎める者はいないけれども、そんな意識が働いてネロの指はこれっぽっちも動かなかった。
    「ネロは私のことを子どもみたいに思っているんじゃないかって、たまに感じるんです」
     拗ねたような響きにどう反応するべきかネロの胸に迷いが生じる。全く思っていないと言えばそれは嘘になる。けれど本当に思っていることを伝える気はさらさらなかった。
    「賢者さん」
     正面、シンクの方を向いていた視線が隣のネロに向かう。乾燥させたりんごは、彼女の、引き結ばれた唇のあわいへ寄せられた。りんご一つ隔てれば触れることは容易かった。それは逆を言えば直接触れられないことの証左であったが。ぱちりと目があったかと思えばりんごのスライスはあっという間に半分が齧られる。手ずからりんごを食べる、その姿はどこか小動物めいていた。もっと躊躇ってくれたらやりやすかったんだけど。かといって拒まれたら拒まれたで傷の生まれることは必定だ。難儀なこと。りんごを味わっている間は目が口ほどにものを言った。
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