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    yutaxxmic

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    #ふぁあき週間 に投稿したものです。
    お題:鏡 を借りました。

    ##ふぁ

    鏡よ、鏡 夜も深まり、いつもは賑やかな魔法舎も静けさが支配するようになった頃。東の国の魔法使いファウスト・ラウィーニアの部屋の扉を静かに叩く音が響いた。ファウストはその人物が名乗る前に入るように声を掛けた。扉を叩く音で誰が訪ねてきたのかが分かる、というのもあるが、実際は彼がファウストの部屋を訪ねてくるのはここ最近の定番になりつつあるからだった。彼が魔法使いたちの任務に同行しておらず、魔法舎にいる日に訪ねて来ない方がなにかあったのでは、と心配になるほど彼はファウストの部屋を訪れることが日課になっていた。
     扉の向こうの彼が部屋に入る前にファウストは指を鳴らして数本の蝋燭に火を灯す。彼を怖がらせないための、なるべく部屋を暗くしておきたいファウストなりの譲歩であり、配慮であった。
     この交流がいつから始まったのか。大したことがきっかけではなかったように思う。ファウストも、きっと彼だってそう覚えてはいないような、日常の一コマだったのだろう。とにかく、習慣になってしまった頃にファウストは一度だけ牽制したことがあった。なにもこんな陰気な呪い屋のところへ日参しなくても、君の周りには愉快で優しい魔法使いなんてたくさんいるだろう、と。すると彼は笑いながら「ファウストの部屋にいると落ち着くんです」と口にした。——呪い屋の部屋が落ち着く?ファウストは俄には意味を理解することが出来ず、目を瞬かせていると、彼がころころと笑ったのだ。ファウスト自身も彼が自分の部屋へ来ることを迷惑に思ったこともなかったので、それ以上は何も言うことはなかった。
     そんなことがあって毎日のように彼はファウストを訪ねた。いつしかファウスト自身もそれを楽しみにするようになっていることを自覚したのは、夜のノック音に期待していることに気がついたときだった。
     だが、この関係に名前がつくのかというと、そうではないのだろう。これ以上踏み込むつもりもなかった。それはファウストだけではなく、彼も同じだろうとファウストは思っていた。そもそもの話、賢者と魔法使いだなんて不安定な立場の最たるものに違いなかった。お互いにいつこの世界から存在が消えるのか、分からないのだから。
     そんなことを考えていると、ベッドに並んで腰掛けている隣の彼が興味深そうに室内の鏡を眺めていることに気がついた。
    「晶、鏡はもう怖くないの」
    二人の逢瀬が始まって、一番に変わったことは何か、と彼——晶に聞けば、きっとすぐに出てくる言葉は「呼び方が変わった」だろう。ファウストとしては、馴れ馴れしいかとも思ったが、自分の名前を忘れるなと言って要所要所で賢者ではなく名前で呼ぶオズの姿に羨ましさを感じていないと言えば嘘になる。部屋で二人きりの時であれば多少は許されるだろうとファウストは考え、試しに名前で呼んでみたのは、晶が部屋を訪れた三回目くらいのことだっただろうか。
     あきら、その三文字を口にしたときは口の中が乾き、うまく舌が回らなかったような気がした。不自然だっただろうか。恐る恐る晶の様子を見るときょとん、としてファウストを見つめていた。その表情にファウストは失敗した、と直感していた。
    「すまない、賢者。突然馴れ馴れしかっただろう」
    「いえ!」
    咄嗟に晶が否定の言葉を口にして、そわそわとしだした。よく見ると耳が赤いようだった。初めて自室の暗さをファウストは後悔した。
    「まさか、ファウストが名前で呼んでくれるとは思わなかったので、……嬉しすぎて、びっくりしちゃいました」
    今度はファウストが目を瞬かせる番だった。
    「……そう、」
    「ファウストさえ嫌でなければ、また呼んでくださいね」
    こうして二人きりのときだけは名前で呼ぶことになったのだ。ファウストもいつの間にか「晶」と呼ぶことにも慣れ、自然に口にすることができるようになっていた。近頃では、自室以外の、他人が近くにいる時にも思わずそう呼びそうになってしまうこともあるくらいに。そんなことをファウストが思い出していると、晶は考えるように小さく唸ってから問いに対する返事をした。
    「ファウストのおかげで、もう怖くなくなりました」
    それに、と晶は言葉を続ける。
    「俺のいた世界のお伽噺を思い出したんです。なにも怖い、呪いの鏡ばかりてはないんだなって思えたんですよね」
    「へえ、どんな?」
    晶はこの世界のことを話すと嬉しそうに笑う。始めは物好きなとファウストは思っていたが、いつの間にかファウストも晶の語る異世界の話をもっと知りたい、と思うようになっていた。きっと、晶も同じ気持ちなのかもしれない。自分の知らない世界のことを興味深く思うのは自然なことなのだろう。そうファウストは思っていたが、それだけではないことを彼はまだ気づいていなかった。
    「えっと、鏡よ鏡、と呼びかけると答えてくれる鏡が出てくるお話です」
    ファウストはものすごくざっくりとしたあらすじなのではないか、と直感的に察した。しかし、それはまたいつかじっくり聞き出そうと思い、ファウストはひとつこちらの世界のことを晶に話すことにした。
    「ああ、それに似たものならここにもあるよ」
    ファウストはそう言いながら呪文を唱え、手のひらを上へ翳すと、その上にどこからともなくふわりと豪奢な装飾の施された一枚の鏡が現れた。
     その鏡を見上げた晶は感嘆のため息が思わず溢れてしまう。迫力がありつつも気品のあるその姿にすっかり魅了されたのだ。
    「この鏡、初めて見ました。部屋には飾らないんですか?」
    「これはそこそこ位の高い呪物なんだ。君の世界ではどうだか知らないけれど、道具が物事を判断することはここの世界では恐怖でしかないよ」
    「お、俺の世界でもそういった機能のない道具が喋り出したら怖いです……」
    ファウストは「それと同じ」と薄く笑うと、鏡の位置を少し下げて晶が中心に映るように調節した。横からファウストが鏡を覗き込む。自然と二人の距離が縮んでしまい、晶はどうにも尻がむずむずとするようだった。
    「この鏡は映り込んだ者の真実を伝える」
    「真実、ですか」
    ファウストは返事の代わりに首を縦に振る。
    「なにが語られるかは分からないけれど……」
    ふ、と二人の間に沈黙が訪れる。続きを口にしないファウストが気になって、晶は首を彼の方へ動かすと、すぐ目の前に彼の目があった。想像以上に近かった。思わず仰反るように身動ぎすると、背中にファウストの身体が当たる。これ以上離れることは彼が許してくれないようだった。至近距離。この距離で美しい紫の瞳が自分の瞳を覗き込んでいる。こんなの、まるで、まるで——!
    「サティルクナート・ムルクリード」
    顔の辺りがとにかく熱い、そう晶が感じているとき、不意にファウストは視線を外して呪文を唱えた。つられるように晶は彼の視線を辿って鏡を見遣る。鏡の中の、情けない顔をした自分と目が合った、そう認識した瞬間だった。
    「ファウスト・ラウィーニアが最も大切にしている人物は真木晶」
    静かに紡がれた言葉だった。きっと、この鏡が導いた言葉なのだろう。
     途端に鏡に映る二人の顔が赤く染まる。
    「は⁈」
    「えっ」
    ファウストは慌てて鏡を呪文で仕舞い込む。しかしそれが失策だったことに気付くのは、二人の間にただただ静かな沈黙が流れるばかりになってしまってからだった。
     先に口を開いたのは晶だった。
    「えっと、大切、というのは……賢者だから、ですかね」
    ファウストはその晶のアシストに対して「そうだよ」と返事をするだけで、恐らく二人の関係は変わらずにそのまま解散し、翌日以降も同じように日常が続いていくはずだった。なのに。あはは、期待しちゃった、と空元気に笑う晶を見て、ファウストは思わず否定してしまった。
    「晶だからだよ」
    晶の無理した笑いはぴたりと止まる。じ、とファウストを見つめる目にはどこか期待の色が滲んでいるようだった。
    「きみは、僕にとって特別な人だから……いや、特別な人になって欲しいから」
    ファウストが晶の手を緩く握る。晶はごくりと唾を飲み込んだ。ただでさえ近い距離が自然と縮まる。
    「きみのことを、大切にしたい」
    晶はファウストの手を握り返す。ファウストが伏し目がちになったことを合図に、晶はファウストへ顔を寄せ、距離を零にした。
     
     魔法使いは想いを寄せる賢者との関係を変えることを諦めていたが、鏡のおかげで関係が変わり、名前もついた、という御噺でした。
     
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    yutaxxmic

    MAIKING #ふぁあきくん週間 お題の「バレンタインデーの後で」になります。
    「後で」のタイトルなのによりによって当日の話で前編として投稿させていただきます。(終わらない気がしてきたため、保険です……)
    バレンタインデーの後で⚠️2023年バレンタインデーボイス
    ⚠️前編です

     俗世を離れて四百年が経っていた。
     人里離れた嵐の谷で自給自足の生活。生業として呪い屋をしていたが特に具体的な報酬を設定していた訳でも無かったため、気味悪がって成功報酬を渡そうともせず隠れるように去っていく多くの依頼主の中に、時折なにを思ったか大金を置いていく者もあった。元々浪費をするような時代を生きていた訳でも性格でもなかったため、金銭は貯まっていく一方だった。
     それがどうしたことか。
     ファウストを取り巻く状況が一変してしまったのだ。半数の賢者の魔法使いを石へと変え、ファウスト自身にも命を落としかねない重傷を与え、厄介な傷痕を残していった厄災との戦いを機に拠点を嵐の谷から魔法舎へと移し、そこでの新しい生活が始まった。そして変わったことは生活の環境だけではなかった。これまでは時折顔を合わせるヒースクリフの面倒を見るだけだったのが明確に「先生」としての役割を与えられてしまったうえに、生徒は三人に増えていたのだ。
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