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    yutaxxmic

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    所謂「花吐き病」に纏わる藍一の話。
    まだ藍一になっていない場面。
    ご都合設定が多々あります。
    全年齢で終われるはずですが、テーマがテーマなだけに当然嘔吐描写があります。ご注意ください。

    ##藍一

     瀞霊廷から外れた地点に虚の群れが出現した。
     その報せが入ったのは長閑な春の陽気に思わず誰もがのんびりとしてしまう日が続いていたときだった。
     どの隊もそこそこ予定が詰まっており、瀞霊廷の近くならまだしも、外れとなると遠征する必要があった。ならばどこが貧乏くじを引くかとなった折に白羽の矢が立ったのは新設されたばかりの——とはいっても既に一年は経過しようとしていたが——十五番隊だった。有り余る力と機動力。この二つが武器の隊は隊長と副隊長だけから成る隊だった。
     一人は尸魂界の誰もが好きな英雄の黒崎一護ともう一人は尸魂界の誰もが嫌う大罪人の藍染惣右介だった。
     虚退治の通達が来ると二人はすぐさま準備をし、隊舎兼自宅の戸締りを済ませると早々に目的地へと向かっていった。
    「最近任務がなかったから身体鈍ってねえといいな」
    「そうならないための手合わせだろう?」
     確かに、と楽しそうに一護は笑いながら速度を落とさずに走っていく。風に伸び始めた髪を靡かせながら。
     その姿を後ろから追いかけながら藍染は目を細めて眺めていた。そもそも黒崎一護が髪を伸ばし始めるきっかけを作ったのが誰であろう藍染惣右介この人だったのだ。
     それは藍染の何気ない一言だった。そろそろ髪を切る頃かな、と誰に言うともなく呟きながら伸びた前髪を指先で弄っていた一護に、思わずぽつりとこぼしたのだった。
    「君は、長い髪も似合っていたよ」
     長髪の彼を見たのは何年も前の刀を交わらせたときのことだった。そのときの高揚感といったらなかったと、藍染は思い出す。その思い出が多少美化されている可能性も無きにしも非ずだったが、またあの姿を見たいと思ったのは事実だった。
    「そうか?いつもこのぐらいで切っちまってたから、挑戦してみっか」
     そんな宣言通り、黒崎一護は本当に髪を伸ばし始めたのだった。
     そんな一護の変化に多少の責任を感じたのか、髪の手入れを藍染は買って出た。はじめは髪を乾かす手伝いだけだったが、日に日に道具が揃えられ、今では気に入った櫛や油もあるようだった。
     藍染が椅子に座り、その前に一護が床にぺたりと座る。向かい合わずに後ろから。だから互いに知らないのだ。一護の髪を漉いているときの藍染の顔がどんなに穏やかなのかを。
     こうして自らが天塩にかけて手入れをしている髪が美しくたなびく様を満足そうに眺めていたせいで、一護からの呼びかけに藍染の反応が遅れてしまった。
    「なあ、さっさと終わらせて花見しねえ?」
     そう言われて藍染が周囲に視線をやると、確かに今が満開なのだろう。途切れることなく美しく咲く桜がどこまでも続いていた。
     尸魂界に長く住んでいる藍染でも知らない場所だった。瀞霊廷から外れ、さらに流魂街からも外れた場所のせいだろうか。花見を楽しもうという者もいないようだった。
    「ここなら人の目を気にしなくて良さそうだしさ」
     そうだね、と藍染が相槌を打つ。
     藍染自身は他者からの視線など気にならないと言っているが、対して一護が良しとしなかった。もちろん、藍染を憎み、恐れる死神たちの心境に配慮している部分もあるのだろうが、なによりも無遠慮な視線や心無い言葉に藍染を晒したくない、と彼はかつてそう言っていた。藍染の目を見て、正面から。藍染は目を細めて一言、そうか、とだけしか答えることができなかった。出来うるならば、一言くらい揶揄ってやろうと思っていたのにそれができなかった。あまりにも彼の目が真摯なものだったから。
     本来、藍染は口の回る男であるが、どうにも黒崎一護の前ではうまくいかないことが多かった。それが腹立たしくもあり、面白くもあった。
     そんなことに頭を巡らせているうちに現場に到着し、二人して早々に虚の群れを片付けてしまう。最後に藍染が取りこぼしがないかの確認をしてから伝令神機で任務終了の報告をし、帰途に着くことの許可を得てから再び元来た道を引き返していくことにした。
    「こんだけ見晴らしがいいとさ、弁当でも持ってくればよかったって思うよな」
    「それなら討伐の間に弁当がなくならないように見張る必要があるね。その役割は私が引き受けよう」
     あ、それずりぃぞ、と一護が隣の藍染を見やる。それから一瞬だけきょとんとした表情を浮かべてからふにゃりと顔を崩し、それから視線を桜へと向けた。
    「来年はさ、今くらいの時期に休みとって、たくさん弁当用意して来ようぜ」
     当たり前のように未来の話をする一護に藍染は目を細める。藍染は自分のしたことは間違っていたとは欠片も思っていなかったが、同族たちからは忌み嫌われている理由も事実もきちんと理解して受け入れていた。そんな自分相手に変わらぬ未来を約束しようとするこの青年の存在が眩しくてならなかった。
     彼相手にはどうにも調子が狂う。だがそれも面白い。
     美しい桜並木を見てはしゃぐ姿を藍染は目で追いながらゆっくりと歩を進めていく。
     そんな折、一陣の風が二人の間を駆け巡り、桜の枝枝を揺らしていった。風は勢いを増し、花弁を枝から引き剥がしていく。たくさんの白紅が一護と藍染の間をふわりと舞っていく。一護から感嘆の声が漏れ出る。ぐる、と舞い散る花弁たちをぐるりと見上げた視線がふ、と藍染を捉えた瞬間だった。
     視線が絡んだ、と藍染が思ったとき、彼の顔に一際優しい笑みが浮かんだ。
     ご、と風が吹き荒れる。
     藍染が思わず、行くな、と叫びたくなったその時だった。
     ぐ、と腹の底から何かに突き上げられる衝撃を感じていた。思わず唇を強く閉ざし、その圧に抵抗する。ぐぐ、と何かが競り上がってくる感覚に思わず眉間に皺がよる。
     一護の視線が藍染から外れ、桜を見上げる。
     やめろ、行かないでくれ、そう強く思いながら伸ばそうとした手が無意識に自分の口元を覆ったことに気づいた次の瞬間、藍染は食道を圧迫しながら何かが駆け上がってくる苦しさを感じていた。そして、喉の奥からこみ上げるものを耐えきれずに溢れさせた。
     それは僅かに地面を濡らしただけだった。藍染の体内にはないはずのものがそこにはあった。
     ぼんやりとそれを眺めていだ藍染の名を叫びながら少し先を言っていた一護が慌てたように戻ってくる。
    「おまえ、どこか怪我でも……花?」
    「花、だな」
     藍染の足元に広がる赤に驚いていたようだが、見るとそこには血溜まりではなく深紅の花が散らばっていたことに気づいたのだろう。不安が消え、今度は訝しむ色が滲む。白紅が満たしている空間の中では一際目立つ紅だった。一護は湿ったそれに躊躇なく手を伸ばす。一護の視線が花に向けられていることをいいことに、ぐいと濡れた自らの口元を拭いながら「こら、触るんじゃない」と注意の言葉を紡いだ瞬間だった。
     一護の指先が摘むはずだったそれはぼろぼろと崩れ、風に乗って消えてしまった。
     藍染が胸元から懐紙を取り出して濡れたであろう一護の指先を拭おうと彼の手を取ると、残りの紅もぼろぼろと崩れてしまった。
    「アネモネ、だよな?」
     一護の視線は『アネモネ』があった先に固定されたまま、藍染のしたいようにさせている。一護は今度は周囲に視線を巡らせるも、どう見てもアネモネが自生しているとは思えなかった。不思議だな、と一護が口にしたと同時に、藍染が絞り出すように呻いた。一護の視線が藍染を捉える。ごぱ、と藍染の口から溢れ出したのは、今度は白いガマズミの小さな花たちだった。苦しさから潤んだ藍染の目と一護の目がばちりと絡み合うと、ガマズミたちは呆気なく崩れてしまった。
    「なん、だよそれ」
     長く多くの書物をあたり、勉強を続けてきた藍染には心当たりはあった。だがそれはあくまでも伝説の話であって実際に目にしたことはなかったし、ましてやその発症条件など彼に知られるわけにはいかなかった。
    「そもそも私には崩石があるのだから、君が心配するほどのことではないだろう」
     濡れた口元をぐいと拭った藍染が構わずに歩を先に進める。薄紅の絨毯を靴裏で踏み締める。ひらりと舞う花弁へ視線を向けていると、突然ぐいと右腕を引かれ、思わずたたらを踏む。
    「花見をしてる場合じゃねえだろ!四番隊に行くぞ」
     その手の強さは思いの外強いもので、このまま流されてしまうのもいいだろう、と藍染は考えた。卯の花烈を欠いた四番隊ならばきっと悟られることもないだろうと考えたからだ。
     彼らの知識不足を嘆いているのではなく、知らないことが当たり前だからだ。それだけ発症例がなく、最早伝説上での病だった。余程年齢を重ねた死神であるか、研究熱心で書物を漁ることが好きな者でない限りは存在自体を知らないであろうものだった。
     こうして一護に手を引かれるがままに帰途につき、そのまま四番隊隊舎へ向かうことになったのだが、二人が中へ入る前に一人の死神に呼び止められてしまった。よりによって、総隊長である京楽春水に、である。彼ならば知っている可能性があると藍染は警戒したが、同時に立場を考えればあらゆる意味で藍染の完治を望まないだろう、と賭けに出ることにした。
    「任務は恙無く終わったって報告が上がってきていたけれど、どうしたんだい?」
     笠の下から覗く目が素早く二人の体を上から下まで観察する。
    「あー、それがさ、藍染が突然花を吐き出すようになっちまって」
    「花を?」
     京楽の目がきょとん、と見開かれる。発言していた一護からその後ろへ控える藍染へと視線が移動する。苦々しい表情を浮かべる藍染の様子に京楽の目が自然と細められる。
    「藍染が花を、ねえ。藍染は治す気はあるのかい?」
     藍染は緩く頭を振って意思表示をする。その答えに京楽は頷きで返すだけだった。一護だけが置いて行かれた状態であり、納得など到底できないようであった。
    「治さねえってどういうことだよ!あんた、あんなに苦しそうにしてたじゃねえか」
    「胸に穴を開けられた時ほどの痛みではないよ」
    「比較対象がおかしいだろ、それ」
    「本人が構わないって言うならいいじゃないの」
     京楽までもが藍染の味方をすることが納得いかない一護が食い下がるように「京楽さん」と袖を引っ張る。
    「あんた、なんか知ってんだろ?教えてくれよ。死神が罹る病気なのか?」
    「いや、ボクも患者を見るのは初めてだよ。それがよりによって藍染とはね」
     にんまりと笑みを浮かべる京楽の視線が煩わしいのか、藍染が小さく身じろぎをする。
    「まあ、強いて言うなら崩石が霊子にもたらした副作用っていう可能性はあるかもしれないねえ。そうなると四番隊というより十二番隊の方が相応しいとボクは思うよ」
    「は?じゃあ十二番……」
     すぐさま向かおうと一護が藍染の手首を掴む。だがそれだけは藍染としても許容しがたかった。
     仮釈放の条件である器具の点検で十二番隊へ立ち入ることも煩わしいというのに。
     ぐい、と引っ張る一護の手に対して断固として動かない、とばかりに地に着けた足を踏ん張ることで意思表示をする藍染。そんな二人のやりとりを見ていた京楽がひとしきり笑って満足したのか、一護へ向けて手招きをした。それを見た藍染が今度は一護の手首を掴んで行かせまいとする。
     一護が名前を呼んで離せよ、と言わんばかりに視線を向けると、そこには困惑が滲み出る目で見つめる藍染がいた。きっと、他の死神たちはいつもと変わらないと言うのだろうが、一護にはなんとなく、それが分かるようになっていた。
    「分かった、藍染の気が変わったら教えてくれよ。なんか手伝えることがあれば手伝うからさ」
     そういうことなんだ、悪ぃな、と一護が軽く京楽に頭を下げてから二人して瀞霊廷の外れにある自宅へ足を向けた。二人の後ろ姿を見送りながら京楽がため息をつき、笠を目深に被り直す。
    「まあ、手伝えるのは一護くんだけなんだけどねえ」
     
    「は?そんな事のために治療を渋ってんのかよ?」
     藍染が作った夕飯を二人で並んで食べている最中のことだった。一護が素っ頓狂な悲鳴をあげると、隣の藍染が鬱陶しそうに自由な左耳を押さえて抗議する。
    「そんな事と言わないでくれないか。伝説とも言える病がまさに私自身の身に起きているんだ。今を逃したら次にいつ巡り会えるか分かった物ではないだろう?どうやって体内で花が生成されているのか、どんな仕組みで花が消えてしまうのか調べることは山ほどある上に被験体は自分自身。記録の取り放題じゃないか」
     どことなく楽しそうな気配を滲ませる藍染に「好きにしろよ」と一護はぼやいた。
     使い終えた食器を二人で肩を並べながら片付けていく。粗方片付いたところで藍染が「君が先にお風呂に入っておいで」と言うので甘える形で一護は風呂場へ向かうことにした。ふとその足を止め、振り返る。気配に気づいた藍染が声を掛けると、一護は頭を掻きながら言いにくそうに小さな声で問いかけた。
    「あのさ、お前って今は一応病人だよな?……そうなると、髪を乾かすのやってもらうのも悪ぃっていうか……藍染に乾かしてもらうの、気持ちいいから早く治してくれると、嬉しい」
     それだけを言うと一護は満足したのか逃げるように部屋を出ていってしまった。洗い物を前にして一人残された藍染は静かにまた花を吐き出すことになった。今回はモモだった。落ちたそれを藍染が摘み上げても、今回は崩れてしまうことはなかった。
     そして、入浴を終えた一護をいつもの手入れセットを携えて藍染が待ち構えていたのは言うまでもないだろう。
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