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    maaaaaatsui

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    maaaaaatsui

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    クリスマスイブのはなしすっかり静かになったオフィスには、姜維の打つキーボードのタイピング音だけが聞こえている。
    先ほどまで隣の席に座っていた同僚は、「彼女とディナーの約束があるから」と残業を切り上げて帰宅の途に着いてしまった。課内で残っているのは今や姜維一人である。
    机の隅に置かれたペットボトルを手に取る。買ったばかりの時は温かかったが、室温に同調してすっかり冷たくなっている。甘ったるいミルクティーを一口飲み込んで、蓋を締めながらパッケージを眺めると、そこには子供に人気のキャラクターがサンタクロースの衣装を着て笑うイラストが描かれている。期間限定のコラボ商品で、ネットニュースでも話題になっていた。
    コンビニの棚にはまだ沢山在庫が並んでいたが、明日以降売れ残ったらどうするのだろうかといらない心配が脳裏を過る。なぜなら今日はクリスマスイブ、明後日には完全に季節外れの商品になってしまうのだ。
    「子供のサンタになるから」「恋人とディナーだから」と、繁忙期にも関わらず周囲の社員たちは早々に退社してしまった。仕事が残っていないわけではないが、やり残した分は翌週に回すのだろう。そんな彼らを尻目に来週は悠々と定時退勤を決めてやるのだという気持ちもあり、姜維は一人、居残っていた。
    ──いや、正確には一人ではない。低い棚で仕切られた隣の課にもう一人、残業している者の背中が見える。あの外側に跳ねた癖毛は徐庶だろう。課は違うとは言え仕事上の関わりも多く、何度かサポートしてもらったこともある。
    ぼんやりした風貌ではあるが、よく見ればスタイルも良く顔立ちも整っているし、何より年下の姜維にも丁寧に接してくれるので、当然恋人がいて今日はどこかへ出かけるものと思っていたが、そうではないらしい。とはいえ、今日ではなく明日会う予定なのかもしれないが。
    とにかく、オフィスにもう一人残っている社員がいることに、姜維の孤独感は少しだけ和らいだ。

    ある程度の仕事が片付いた頃にはもう時間は20時を過ぎていた。時間を確認した途端、急に腹が減る。そういえば昼食を食べて以降、口にしたものと言えばミルクティーと同僚が昼間に差し入れてくれたクッキーだけだ。仕事も区切りが良いところまでは済ませたし、早く帰って夕食を食べよう。──と思いながらふと窓の外に目をやると、白いものがちらついたように見えた。
    そういえば、朝の天気予報で今夜は雪だと言っていた気がする。
    立ち上がって窓に近寄り、見間違いではないかとよくよく確認してみると、やはり細かな雪がちらちらと舞っている。
    あぁ、こんな時間まで残業をした挙句、雪の中を歩いて帰らなければならないなんて──!姜維は頭を抱えたくなった。歩道に薄く積もって半分溶けた雪の上を、革靴で歩くことを想像しただけで気分が落ち込んでくる。
    思わずため息をつきそうになった、時。
    「雪、降ってるの?」
    背後から声がした。隣の課で残業していた徐庶の姿が、窓ガラスに写っている。
    「はい、天気予報、当たったみたいですね」
    振り向いて盛大にため息をつく姜維の姿に、徐庶は少し笑った。
    「姜維、もう帰るのかい?車で送ってこうか?」
    徐庶の提案に、姜維は思わず彼の顔を見つめる。
    そういえば、徐庶は車通勤だという話は聞いたことがある。正直言ってかなり魅力的な提案ではあった。会社の最寄駅まででも、雪の中を歩かずに済むならありがたい。…しかし、一応相手は年上で、同じ課という訳でもない。気を遣わせて回り道をさせてしまうのなら猶更だ。
    姜維の困った表情を察してか、徐庶が続ける。
    「姜維、家はどのあたり?」
    「〇〇駅の近くです」
    「あぁ、なら家まで送ってくよ。ちょうど通り道だし。」
    「…本当に、ご迷惑ではありませんか?」
    「大丈夫だよ。──今から帰るところ?俺もちょうど帰ろうと思ってたところだったし。こんな時に風邪なんかひいたら大変だよ。」
    姜維の返答を聞く前に、徐庶はさっさと自分の机に戻り、書類を片付け始める。
    姜維も、部屋の隅のコート掛けから自分のコートを取り、最後に一つ残っていたコートを徐庶に手渡した。ありがとう、と微笑まれる。
    なし崩しに徐庶に送迎してもらうことになったが、内心かなり安心していた。こんな雪の降る、しかもクリスマスイブだと浮かれた街の中を、空腹を抱えて歩かずに済んだことと。いつも優しく接してくれる徐庶とは、もっとゆっくり話してみたいと思っていたのだ。
    帰り支度を終えた徐庶に促され、部屋の鍵を締めて、常駐の警備員に渡す。
    建物の裏口から外に出ると、冷たい風が顔に突き刺さる。空から舞い降りる雪は、すでにアスファルトに薄く積もっていた。
    「良かった、先週スタッドレスに履き替えたばかりだったんだ。」
    安心したように徐庶が笑いかける。11月中に履き替えようと思っていたのに忘れていたのだという話を、聞かれてもいないのに話しながら、気付けば駐車場の真ん中にぽつんと残された車の前にたどり着いた。シルバーのステーションワゴンのドアを開くと、黄色い車内灯が温かく点灯した。
    「さ、姜維もどうぞ。」
    運転席に乗り込んだ徐庶が、まだ車の外に立つ姜維に声をかける。
    「すみません、ありがとうございます。」
    礼と詫びを同時に言いながら、姜維も助手席に乗り込んだ。
    車のエンジンがかかり、誰もいない駐車場をライトが照らす。車内の空気は冷え切っていて、姜維は思わず手をすり合わせた。
    「すまない、暖房がつくまで少し時間がかかるんだ。」
    「いいえ!お構いなく!」
    姜維の仕草に気付いたであろう徐庶の言葉に、慌てて手を膝に乗せる。それを見て徐庶はおかしそうに笑った。
    会社の敷地から公道に出ると、幸い道路はあまり混んでいないようだ。片側二車線の国道を軽快に走っていく。
    「あぁ良かった、金曜は渋滞してることが多いんだけど。この時間はもう皆家に帰っちゃったかな。」
    「…そうですね、クリスマスイブですし。」
    思わず発した台詞が、恨みがましい口調になってしまったのが恥ずかしくなり、ごまかすように姜維は膝の上の両手をすり合わせた。

    「…今日、何か予定あったのかい?」
    徐庶の口調が若干の憐れみを孕んでいるように聞こえて、姜維は手を握りしめる。クリスマスだなんだと言って浮かれる周囲の同僚たちが、羨ましくないと言えば嘘になる。だからと言って今夜予定が入っていたわけでもないのだから、残った仕事を来週に回す理由も無かったのだ。
    「予定は、…無いです。」
    「そっか、それなら良いんだけど。…姜維はいつも頑張ってるから、無理してないか心配でさ。」
    赤信号でブレーキをかけた徐庶が、姜維の表情を伺うように首を傾げる。
    「…せっかくのイブなのに、仕事だけで一日が終わるのは、寂しいですけど。」
    徐庶の方に目をやり、姜維は苦笑する。
    「じゃあ、クリスマスらしいことしてみる?」
    何かいたずらを思いついたような、人懐こい笑顔を見せられて。姜維はよく分からず、ただ頷いた。
    クリスマスらしいとは何だろうか、今からフライドチキンでも買いに行くつもりだろうか。しかし今からではどこの店も閉店しているだろう。
    徐庶が何をしようとしているのかは分からないが、ただ、このまま帰宅してしまうのはつまらないと思っていたし、楽しそうに笑う徐庶と、もう少し長く過ごしたいとも思った。

    信号が青に変わり、徐庶はアクセルを踏み込む。同時にウインカーを出して、国道を逸れて細い横道に入った。自宅の方向とは逆に向かっているし、市街地から離れていくのでチキンを買えるような店も無い。
    徐庶が何を考えているのか分からないまま、車はどんどん坂道を上がっていく。
    「…これ、どこへ向かってるんですか。」
    「着けば分かるよ。」
    まがりくねった細い道を運転する徐庶の邪魔をしないよう、姜維は口を噤んだ。

    10分程走っただろうか。小高い山の中腹で、急に視界が開けた。ベンチとすべり台だけが置かれた小さな公園の前で徐庶は車を停めた。
    エンジンを停め、車外に出た徐庶の後を追って、姜維も車を降りる。冷たい空気が肌を撫でる。
    思わず身震いしながら、公園の端に立つ徐庶の隣に並んだ。

    きらきらと街の明かりが視界いっぱいに飛び込んでくる。手前は民家の明かり、奥の方の市街地はマンションやビルの明かりが煌々と照っており、その隙間を車のライトが忙しなく行き来している。
    「きれい…」
    思わず口に出し、寒さも忘れて姜維は立ちすくんだ。
    「クリスマスらしいだろう?」
    隣に立つ徐庶が、白い息を吐いて笑う。
    徐庶の言葉で、そういえば今日はクリスマスイブだったのだと思い出した。そもそも自分の愚痴が発端でここまで来たのに、そんな事をすっかり忘れてしまうくらいの景色が目の前には広がっていた。
    確かに、きれいな夜景を眺めるなんて、いかにもクリスマスらしい。
    「凄い…その、本当にきれいで、静かで。こんな場所あったんですね。」
    夜景スポットなんて、今頃どこもカップルでいっぱいだろうに、ここには姜維と徐庶しかいない。
    「最近見つけた穴場でさ。好きな人に見せたいと思ってたんだ。」
    さっきまで笑っていた徐庶の声が、心なしか震えているような気がした。
    二人ともコートを着てはいるが、しばらく外に立っていたから流石に凍えてきたのだろう。姜維も手が冷たくなってきた。そういえば、手袋は鞄の中に置いて来てしまった。
    徐庶の方を見やると、彼も冷たそうに手を握りしめている。
    思わずその手を握りしめる。姜維より幾分あたたかな徐庶の体温が伝わってきた。

    「こうすると、少し温まりますね。」
    微笑みかけた姜維を、徐庶は驚いたように見つめている。



    姜維が言葉の意味に気付くまで、あと1分。
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