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    maaaaaatsui

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    maaaaaatsui

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    法正がどんどんバカになってしまった

    「全部雪のせいにして」法正視点バージョン家の扉を開き、玄関へ入る。靴を脱ぎながら、扉の外に立ったままの徐庶を中へ促すと、彼は恐る恐るといった雰囲気でゆっくりと足を踏み入れた。
    玄関でぼんやり立ちすくみ、靴箱の上に置かれたリードディフューザーを見つめている。先日インテリア雑貨店で購入したものだ。黒く塗られた葦の枝がシックで良いかと思ったが、気取りすぎに思われただろうか。彼の横顔からは、その感情まで読み取ることができない。あぁくそ。恰好付けたがりの痛い男だと思われたら困る。それにしても整ってるなこいつの顔。
    徐庶の意識を逸らそうと、さっさとリビングへ歩を進める。思惑通り、徐庶も慌てたように靴を脱いで追いかけてきた。
    リビングの扉を開き、電気をつけて徐庶をソファへ促す。あまり室内をうろつかれておかしな物を見つけられても困る。──いや、怪しげなものなど置いてはいないのだが、念のためだ。
    冷え切った部屋を暖めるため、エアコンのスイッチを入れ、徐庶を待たせて寝室へ入った。

    今日、徐庶をここに連れてきたのは、貸したい本があったから──というのは建前で、できればこれをきっかけに現状の関係を進めたいと思っていた。
    そもそも徐庶と話すようになったきっかけは、彼が職場で昼休みに読んでいた本を見て俺が声をかけたからだ。有名な賞を取っているわけではないが、綿密な取材や調査に基づいた小説を書いている作家で、自分もその作家の本をいくつか持っていた。
    「その作家、好きなのか?」
    声をかけると、彼は少し驚いたように振り向いた。まぁ、本を読むのに集中していたのに突然声をかけられたら驚くだろう。
    「はい。えぇと、この作家の本はこれが初めてなんですが、面白くて夢中になっちゃって。」
    少し照れたように、小首をかしげて笑う姿は、普段の仕事中には見せない表情だった。恋に”落ちる”という表現はよく言ったものだ。俺はあの時、完全に”落ちた”。
    「それが好きなら、良い本がある。…同じ作者のだが、短編集で読みやすくてな、」
    言葉を切って徐庶の様子を確認すると、興味深そうにこちらを見つめていた。よし、これなら行ける。
    「短編集のシリーズを何冊か持っているから、今度貸してやる。」
    「良いんですか!」
    嬉しそうに身を乗り出して、こちらに向けられる瞳がきらきらとまぶしかったのをよく覚えている。
    それから、自分の持っているシリーズや徐庶の好きそうな作家の本を、一冊ずつ貸すようになった。短時間で読み終わる短編集などは何冊かまとめて貸しても良さそうなものだが、敢えて一冊ずつ渡すようにした。そうした方が、彼との接点を引き延ばせるという稚拙な策だった。
    そのうち徐庶の方も、法正さんが好きそうだからと本を持ってくるようになった。
    そうやって一冊ずつ本を貸し借りして、今に至る。

    普段は会社で本を受け渡していたが、今日は家に取りに来いと言ったら、徐庶は困ったような顔をしていた。
    俺の家の最寄り駅が、徐庶の通勤の乗換駅だということは知っていたのだが、その表情は想定外だった。もしかして、俺が思っていた程彼との距離は縮んでいなかったのだろうか。
    悶々と考えていると、徐庶がおずおずと迷惑ではないかと聞いてくるから、内心ほっとしていた。迷惑ではないし、なんなら今日のために部屋のインテリアも整えたくらいだ。

    寝室の本棚から、予め選んでおいた本を取り出す。
    後ろを振り返れば、扉を隔てた向こう側に徐庶が居る。ここまでは順調だ、と思う。しかし問題はここからだ。家に呼んだは良いが、ここからどうやって距離を縮めるべきか。
    恐らく普段の態度からして、徐庶は俺を仲の良い同僚くらいにしか思っていないだろう。突然俺の気持ちを伝えたところで距離を置かれてしまったら困る。いや、今日は贅沢しないで「家に呼んだ」というところで止めておくか。一度呼んでしまえば次も呼びやすくなるし、そうやって徐々に二人きりの時間を増やして行けば良い。
    脳内の作戦会議の結論が出たところで扉を開けてリビングへ戻ると、徐庶は呆けた表情で目の前のテレビを見つめていた。一人暮らしにしては大きめのものだが、そんなに珍しいだろうか。
    「ほら、これ。」
    持ってきた本を目の前に差し出すと、やっと俺の存在に気付いたように慌てて礼を言われた。受け取った本を、徐庶がそっと足元の鞄にしまっている。俺が貸す小さな文庫本を、毎回大切そうに扱う徐庶の姿は、何度見ても微笑ましい。
    足元の鞄に手を伸ばして丸まった徐庶の背中を見て気が付いた。
    こいつ、コートを着たままだ。──ということは、本を受け取ったらすぐ帰るつもりだろうか。いや、そうはさせない。せっかくここまで来て貰ったのだ。関係を進展させるまではいかないまでも、茶くらいは飲んでいって欲しい。
    「悪い、寒かったか。」
    「へ?」
    思わず出た台詞に、徐庶は素っ頓狂な声を上げた。それから慌ててコートを脱いで、丸めて鞄の隣に置いている。どうやら、すぐに帰るつもりではなかったらしい。内心胸をなでおろしながら、茶を勧めると、徐庶は素直に頷いた。
    台所に行って電気ケトルに水を入れながら、ふとソファの方を見やる。徐庶の足元に置かれたままの丸まったコートに気付き、コート掛けにかけてやれば良かったなどと考える。徐庶が脱いだのをすかさずハンガーにかけてやった方がスマートだったか。いや逆に何か狙っているようで不自然だったかもしれない。今回は素知らぬふりをするのが正解だったのだ。そういうことにしよう。
    棚からティーポットと烏龍茶の茶葉を取り出し、ティースプーンで茶葉をティーポットに入れると、電気ケトルが沸騰の合図を鳴らす。ころころと丸まった茶葉の上から湯を注ぎ、浸出させる間に食器棚からマグカップを2つ出した。
    先日行ったインテリア雑貨店でリードディフューザーと一緒に買ったものだ。色がペアになっていて、一つはカップが白で持ち手が黒、もう一つはカップが黒で持ち手が白だ。ペアマグというといかにもかわいらしい甘ったるいデザインが多い中、男二人でも使えるデザインが気に入り、衝動買いしてしまった。(男二人というのはもちろん自分と徐庶のことだ)
    1分ほど待ってからマグカップに茶を注ぐと、良い香りの湯気が立ち込める。茶葉の開き具合はまだ半分ほどだ。もう2煎くらい行けそうだが、徐庶はいつまでここにいてくれるだろうか。

    マグカップを2つ持ってリビングに戻ると、徐庶が膝で拳を握りしめ、じっとそこを見つめている。叱られている子供のような姿勢だが、この短時間で一体彼になんの心境の変化があったのだろうか。
    少し心配になりながらもカップを渡すと、神妙そうに受け取った。俺は自分の分のカップを持ったまま、徐庶から少し距離を開けてソファに座った。急に距離を詰めて警戒されても困る。今は飽くまで自然に振舞わなければ。
    ちらりと徐庶の方を見やると、彼は子供が大事な物を持つように、両手でマグカップを持っている。茶の水面をこわごわ見つめた後、そっと唇をカップに付けた。
    これはだめだ、直視できない。今すぐカップを奪い取ってその唇に触れたい。誘っているようにしか見えないが、徐庶にとってはこれが無意識なのだから質が悪い。思わず彼の方から目を逸らした。そして正面を向き、ただ烏龍茶を味わうことだけに集中する。
    こくこくと何口か茶を飲んだ徐庶が、顔を上げてこちら側を見つめるのは気配で分かった。だが敢えて気付かないふりをする。──今目を遭わせたら、自分が何をしでかすか分からない。
    「・・・・あ。」
    しばらくこちらを見つめた徐庶は、俺の向こう側にある窓の方を見やって声を上げた。思わず俺も振り向くと、窓の外にはちらちらと白いものが──雪が降っているようだった。今朝の天気予報で、夜から雪と言っていたような気がする。徐庶を家に呼ぶので頭がいっぱいで、そんなこと今の今まですっかり忘れていた。
    しかしこの地方は雪が降ると言っても大したことは無いことがほとんどなのだが、今窓から見える雪の量はいつもとは違っているようだ。思わずテーブルにカップを置いて立ち上がり、窓に近づくと、曇った窓ガラスを手で拭って外の様子を確かめる。外のベランダの手すりに、既に数センチ雪が積もっていた。
    これは、この地方では大雪と言って良いくらいの積雪だ。
    珍しい、と感心しつつも、次に思い浮かんだのは徐庶のことだ。もし、帰路の電車が止まっていたら、帰宅の手段を無くした徐庶がこの家に泊まっていくのは不自然ではないではないか。しかも明日は休日だから、着替えの心配をする必要も無い。そうすれば、彼の時間をもう少し長く独り占めすることができる。
    等と自分に都合の良いことばかり考えつつも、はたと現実に思考が戻される。
    徐庶が使っている路線は、地下鉄でもないのに悪天候にやたら強いのが有名で、これくらいの雪で止まるわけが無いだろう。それに、もし電車が止まっていたとしても、タクシーで帰ると言い出す可能性だってある。いやむしろそっちの可能性の方が大きい。
    しかし。俺も男だ。賭け事は嫌いだがたまには賭けに出る必要があるのだ。
    「こんな雪で、帰りは大丈夫か?電車が動いてなかったら大変だろ。」
    ソファに座ったままの徐庶の方を振り返って尋ねると、少し驚いた表情になる。悪天候に強い路線なのは徐庶も知っているからわざわざ心配などしていなかったのだろう。
    ここで、「大丈夫だと思いますけど、遅延してたら困るのでもう帰ります」など言われたら作戦失敗だ。今日は運がなかったと思って次回家に呼ぶ口実を探すしかない。
    しかし、徐庶は何かを考えるように目を泳がせた後、ポケットからスマホを取り出した。運行状況を確認しているのだろう、少し操作をした後、画面をじっと見つめている。一体彼の見つめる画面には、何と書かれているのだろう。「大幅遅延」または「運休」であってくれと、普段信仰しない神に祈る。徐庶のスマホの側面を見つめすぎて穴が開きそうなくらいになった時。
    「あー…電車、動いてないみたい、です」
    徐庶の口から出た言葉に、心の中で小さくガッツポーズをする。
    徐庶の声が裏返っていた気がするが聞き間違いだろう。
    良かった、普段信仰しない神に祈った甲斐があった。感情が顔に出ないよう、必死に唇を噛んで無表情を装った。ソファの方に歩み寄り、先ほどと同じ場所に腰かけた、つもりだったが、若干さっきより徐庶に近付いた気がする。浮かれた気持ちが行動に出てしまったらしい。冷静でいたいのに、頭も体もそうでいられなくなっている。
    「…じゃあ、今夜泊まっていくか。」
    徐庶がタクシーで帰ると言い出す前に、すかさず提案する。心臓が妙に早く動いて、声が震えていた気がする。からだじゅうが熱くなってくる。徐庶はこの言葉をどう捉えただろうか。単なる親切な同僚の提案か。または自分に想いを寄せる男の告白か。
    徐庶の答えを待つ時間が、永遠に感じられる。縋るような視線で彼を見つめてしまう。
    徐庶の手が伸びて、俺の手に触れた。細長く、骨ばった指が妙に冷たく感じられて、自分の手が熱くなっていることに気付く。
    こちらを見つめる徐庶が、安心したように相好を崩して。俺は徐庶の冷たい手を握りしめた。
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