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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲操 揺蕩いのフリージア

    ##甲操

    揺蕩いのフリージア2021.06.22

     遊びに行こう、と腕を引かれて、連れられて海に出たのに、二人して紙遊びをしている。文字を模倣しなくてもいい、思い付くものを書き留めてみろと与えられたポケットサイズの手帳を開いたのは、美羽に「風景を描いてみて」とせがまれたからだ。等間隔に引かれた罫線を縦向きに変え、黒のインクを頼って、俺たちの目に映るいくつもの青を写し取っている。
     目に映る空と、海と、それらよりも白い砂浜を、紙の上に広げていく。それをじっと見てくる少女に「美羽は描かないの」と訊ねても、から返事の相槌を返されるばかりで、自分のかばんを開こうとはしない。俺の手なんか眺めて、楽しいのかな。短いくせ髪を二の腕に擦り付けるように、夢中で寄りかかってくるのをそのまま好きにさせて、浜の粒を紙に乗せた。
     美羽が次の言葉をあげたのは、仕上げとして波の白に取り掛かろうかとした時だった。
    「操、絵、うまいねえ」
     俺の手元と、目の前の、ずっと同じではない青と白を見比べて、それだけを言った。絵。これも、絵と呼称するんだろうか。見たままをインクを頼って模倣するだけのこれを?
    「そう? 情報を紙に描き起こす行為に得手不得手なんかあるの?」
    「あるよう。美羽、お絵かきするのは大好きだけど、あんまりじょうずじゃないもん。真矢お姉ちゃんはたくさん褒めてくれるけど」
     絵、とは言うけど、俺がしているのは言葉通りに描き起こしているだけの事だ。出力媒体がカメラから俺の手に変わっただけの、なんら特別でもない行い。風景を描き留めたいと願って行うわけでもないものを、褒めてもらえても素直に礼を言っていいんだろうか。俺は、自分で描くよりも、人の心が伴ったものを見るほうが、好きなんだけど。
     俺たちの中に表れた感情の影響元が、懸命に作り上げたものを見るのは、好きだ。代え難い魅力にあふれていると思う。絵を始めとした芸術物を生み出す事は生命維持に必須ではない能力だろうけれど、必要ないと断じられる技術を大切にしていけるのは、人が生きている証だとも思う。
    「美羽の絵、好きだよ。心を飾らずに描きつけているのが好ましいなって思う」
    「ありがと。操も、操の得意なもの、好きになってほしいな」
    「……手段と認識するものを好きになること、あるの?」
    「好きなものを描き留めてみたら、得意なのがいいことだなっていうのが、どんな感覚かわかるかもしれないよ」
     好きな感覚、と言われても。随分抽象的で答えがないものに思える。きれいだと思う感覚と、なにが変わるんだろう。「宿題じゃなくて、美羽からのお願いだから、答え合わせはなくていいよ」と、真矢に連れられて帰った美羽を見送ってから、ずっと考え続けている。好ましいもの。空。猫。人の笑顔。どれも、気に入ってはいるけれど、描き留めようかと思うかと問われれば、否だ。 だって、光景は頭の中で再生できる。挙げたいくつかは静止画として残すよりも、実際に眺めて見るのがふさわしいと認識しているから、ペンを持とうとまでは思わないのかも。
     なら、条件を変えよう。めったに見られないぶん、紙面に残して、あとから取り出して眺めたいもの……。
    「来主。ぼうっとしてないで、仕事して」
    「あっ、うん」
    「返事は「はい」だろ」
    「はあい」
     そうだった。今は楽園の一員なんだった。客席に向いたキッチンでぼんやりする俺の目の前で行き来した手のひらの主に向かって返答すると、肩をすくめて自分の作業を再開させた。トレイの上で仕上げを待ちわびる皿に最後の飾り付けを添える。丸の中に、笑顔を象ったらしい模様を入れ込んだらしいもの。どんな意味を持つかはまだ訊ねていないけれど、これを含めて美羽や真矢に提案してもらったいくつかのマークから、俺たちが気分で選んだものを描いて出すのがランチタイムの特典だ。接客担当で順番こに描いているから、次のお皿には俺の線が乗る。
    「一騎から次が来る前に、グラス、出しておいて」
    「パフェのやつ?」
    「あと、アイスコーヒーの。新規の手順はここにあるから、よろしく」
     俺が頷いたのを確認してから、方法を書き記したメモを指で示して、カウンターを出ていった。窓際で空を眺めながらドリンクを減らして待つ女性客の席へランチプレートを連れて行く様子を観察しながら、踏み台にのぼって、底に向かって細くなるガラスを取り出した。今回は小さい子の注文だから、ちょっと背の低いやつ。冷凍保存の生クリーム、あといくつあったっけ。時間を見てストックを作っておかないと。言われたものと、追加伝票から必要になる食器を把握して、必要になる順番に並べた。セットで一緒に出すのと、単独で用意していいやつと……
    「お待たせしました」
    「わっ、ありがとうございます。これ、春日井さんのおすすめですか?」
    「ええ。うちはなんでもおすすめですが、本日一番はこちらのキッシュプレートですね」
     冷蔵庫の中味をおさらいしながら、話し声に顔を上げた。キッシュ。空と海の様子を見て、材料が日替わりになるランチメニューだ。今日は雲が多くて青が穏やかだから、ケーキを切り取った形に、魚と、刻んだきのこをたっぷり使ったものが提供されている。野菜の彩りを覗かせる切り口の隣に濃い茶色のソースで描かれた甲洋印の笑顔を見つけて、女性客がふんわり笑う。
    「かわいい……。写真、撮ってもいいですか?」
    「もちろん。代わりというわけではありませんが、思い出の味になる前に、また食べに来てくださいね。どうぞ、ごゆっくり、味わっていってください」
     口を覆って喜ぶ女性にそれは綺麗な笑顔を向ける。そのまま用向きを明かせずにいる客がいないかの視線を店内に向けて、おそるおそる手を挙げた男性客にも、お呼びですかと笑顔を見せた。
     甲洋は、あの、笑顔を、俺にはあまり向けててくれない。お愛想顔だからか、俺は叱る対象だからなのか、無意識に微笑む時以外には、ほとんど呆れ顔や無表情を見せられている。
     ……滅多に見られないもの。あれを描いてみるのはどうだろう?
     ふと、浮かんだ考えだけど、なかなかにいいのじゃないだろうか。好ましいかはわからないけれど、あのやわらぐ顔をいつでも眺められるようにしておくのは、きっと悪くない。並べたグラスにほこりが入らないよう布をかぶせて、目当ての男が戻ってくる前に手帳を取り出した。細身のペンの頭を押して、助けてくれるインクを起こす。
     与えてくれた相手を、ある意味でこの中に閉じ込める事になるのか。観察対象の心を紙面に取り込む、わけではないけれど。思考にノイズを走らせる感覚を一度横に置いて、目に焼き付けた一瞬を、幾度か止まりながら描く。
     数分もしないうちに、俯き加減で微笑む春日井甲洋が紙の上に現れた。俺が真っ直ぐには見せてもらえない微笑み。真正面からをうまく再生できないそれが、手元で不可思議に輝いている。確かに、残したいものは抽象的に描けるよりも精巧に描けたほうがいい。こちらに向けられたものではないから、成果を横取りしてしまったような気にもなるけれど。
    「なに、なんか面白いものでもあったの」
     描くうちに、体を曲げるほどのめり込んでいたらしい。手元を覗き込まれる前に閉じた。そんな真似はしてこないけど、なんとなく、本人に見せるのはためらわれる。手帳をポケットに戻して、行動と思考を切り替えた。冷蔵庫から煮出しの容器と、製氷機から使うぶんを用意する。
    「あっ、ううん。忘れないように描いてただけだから」
    「そう? 手帳、ちゃんと使ってるんだな。渡したのも結構前になるし、新しいの、買ってやろうか」
     言いながら、隣に並んだ甲洋が、ほこり避けから目当てのグラスをふたつ取り出した。すすいだ水滴を拭ったそこに俺が濃いめの紅茶を注いで、甲洋がグラスに氷を落とす。仕上げの、小振りのパラソル付きのストローは俺が差した。注文はミルクティーがふたつだから、ミルクピッチャーとスティックシュガーもトレイの上に揃える。初めてのお客さんに運ぶものだから、何本必要になるか聞いておかないとな。
     そうだ、運ぶ前に、ひとつだけ。彼から言ってくれたんだから、ねだっても構わないだろう。
    「もうちょっと大きくて、開きやすいのって、ある?」
     能力に恵まれている喜びは少し理解できたけれど、好悪を今回で判断するのは尚早だ。いくつか描いて、俺の手から生まれたものを眺めながら整理したい。手帳を縦のまま使ったり、横にしたり、指で抑えながらかくのも、悪くはないけれど。甲洋はいろんな事を知っている。俺がまだ知らないものをたくさん記憶して、欲しがった時に与えてくれる。だから、素直に教えて欲しいとねだれる。いま、俺の望みに適切なものはあるだろうか。君の意思でそれを与えてくれるだろうか?
     次に取り掛かっていた甲洋がちょっと驚いたように顔を上げて、考えをめぐらせるように視線をさまよわせてから手元に向き直る。お客さんに向けるようなきれいなものではないけど、口元と目が、微笑む時の形になっていた。
    「リングノートがいいかな。中身を入れ替えられるファイルでもいいけど」
    「んん。想像つかないから、買いに連れて行ってよ」
    「いいよ。店が終わったらな」
     表情は甘くないけれど、彼の声はいつも優しい。描き残すという行為を意識的に果たしたからか、聞き慣れた響きさえ落ち着かなくさせた。彼を描いたものが、今、俺の脚に合わせて揺れている。俺の手が残した偶像が……。
     記した微笑みを眺めて夜を過ごしたら、違った感情が生まれるだろうか。次は誰を描いてみたくなるだろう。なにを残してみたくなるだろう。何枚描き終えた頃に、彼からあの微笑みを向けられるだろうか。
     好き、は、心を彩る収穫だ。今日得たぬくもりが、いつか、美羽が望んでくれたように、俺の好きを広げてくれるといいな。
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