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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    okeano413

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    ハイシュナ

    恋心を自覚する


    『怪我の様子はどうだ、ハイネ』
     メッセージで挨拶をして、可能であれば時間を合わせ、コールする。この交流を初めて、ふた月が経とうとしていた。飽きずに同じ内容を訊ねてくれるシュナイダーさんに、いつものように笑顔を返してみせる。こうして話す日には、まず足の様子を訊ねて欲しい。オレが頼んだことだった。
    「まあまあですかね。経過は順調だそうです。想定より治りは早いけど、そのぶん油断は禁物ですって、練習も全面禁止されてるんですよ。あー、退屈だなァ」
    『おまえはすぐに無茶をするからな。練習だとしても、ムキになれば怪我を押してディフェンスラインを破りに行こうとする』
     世界規模の活躍を無茶だって!
     今日も、ここまでだと止められて寝転んだリハビリルームのソファで、かつてのキャプテンと通話している。彼はタブレット越しでも変わらずに声を掛けてくれる。好意で治療を受けさせてもらっているとはいえ、故郷の空が遠いのは心細い。チームが解散しても、こうして気に掛けてくれるのは純粋にありがたかった。


    ***

     ドイツ代表の帰国前夜。与えられていた宿舎で各々の健闘を讃えて、ちょっとしたパーティーが開かれていた。いつもどおりの夕食と、軽快な先輩が調達してきた菓子と、今ばかりは穏やかな眼差しでそれらを見守る監督と。
     これだけ賑やかな場にいながら、オレはそれに混ざらぬまま、隅で晩餐会を眺めていた。代表チームの、アメリカでの夜は今夜終わる。明日からはまたオレ一人だ。処置をしてもらっても痛みはシャレにならないままだったけれど、少しでも長くここにいたかった。
    「ハイネはしばらくドイツへは戻らないんだったか」
     喧騒をものともせず訊ねてきたのはシュナイダーさんだった。オレが向き直ろうとするのを制して、隣に腰掛ける。キャプテンだというのに、輪を抜けていいんだろうか? 薄々感じてはいたけれど、こういうところはマイペースな人らしい。
    「ええ、もう一度治療とリハビリに励む事になりまして。行きも帰りも別便になっちゃいましたね。寂しがらないで下さいよ?」
    「なら、連絡先でも交換しておくか」
    「へっ?」
    「チームが離れても、おまえの優れた観察眼から意見が聞ければと思ってな」
    「はあ、それじゃあ、お願いします……?」

    ***


     それから、流れでシュナイダーさんの個人番号を手に入れたのだった。全く予想もしていなかった展開に、半ば放心状態でカルツさんからもこの先の交流を提案されるまで、だいぶ間抜けな顔を晒していた気がする。昨夜の出来事だというのに、やけに記憶が曖昧だ。
     けれど、アメリカへ来てからほとんど開かなかったメッセージアプリには、昨夜に作られた今大会代表グループ(ノックすれば連絡がつくので必要がなかった)と、Kから始まるキャプテン、だった人の連絡先が収められている。ついでにカルツさんも。あてがわれた部屋のベッドでかけられた言葉を思い出そうとすると、夢でも見ていたのでは、と己を疑ってしまうのに、どうやら現実らしかった。
     一人きりで取り残されているのも、現実だ。
    「自分の行動の結果なら、後悔はない、か」
     静まり返った部屋には独り言がよく響く。どころか壁でいくつも跳ね返って、刃物に突き刺された気分だ。口に出してしまうのはよくなかった。
    「……先輩たち、もう着いた頃だよな。挨拶しておかないと……」
     代表グループは、それぞれの故郷へ向かう為に解散したらしいあとも、賑やかに盛り上がっていた。切符を間違えただの、急いたせいで車両を間違えただの。アドバイスや文字で笑い飛ばすそれぞれの先輩方の顔を思い浮かべながら液晶をなぞる。この怪我がなくとも、オレはもっと早くに行き先を違えていた。
     チーム内で何があったわけでもない。ただ、かつて故郷を分ける壁があっただけだ。生意気を飛ばすオレをチームメイトとして認め、同じ国を背負う選手として見てくれた先輩方は、各々の故郷へ帰っていく。寂しさよりも、あの空の下で彼らの背中を見送れなかった口惜しさが深かった。
     「良いチームで戦わせてもらえました。ありがとうございました」とだけ打ち込んで、アプリを閉じた。必要な挨拶は昨夜に済ませている。次の再会は、正反対のユニフォームでの敵対だ。時間はいくらあっても足りないのだから、落ち込んでいる場合じゃない。
     今、オレにできるのは、快復に努め、いつか再び故郷を、生まれた国を背負う選手を目指す事だ。けれど少しだけ、今ぐらいは、怪我に苛まれる一人の男でいたって許されるんじゃないか。センチメンタルでい続けるのは得意じゃない。この時間を思い切り落ち込んで、一人の寂しさを味わい尽くして、それから強いコルネリアス・ハイネで治療に臨もう。そう決めて、未だ馴染めないベッドの上で丸まり込んだ。食事は美味しい。雰囲気も悪くない。気分転換にさまよう店舗だって充実している。その上この国は、というか、この島は、スタッフも医者も丁寧だし、辛抱強くコミニュケーションを図ってくれる。
     ただ、愛する故郷の安心感には敵わない。それだけだ。砕かれた右足首を抱えてそそくさと帰っても、二度とサッカーでドレスデンの名を轟かせる選手には戻れない。何もかも放り出して帰りたいなんて、誰にも聞かせちゃいけない───
     ───ピピピッ!
    「うわあっ!?」
     呼吸音だけの部屋に呼出音が強く響く。飛び上がって端末を握り締める。この、デフォルト設定の主張の激しさはどうにかならないか。こっちと比べて数時間進んでいる愛国から、こんな時間に掛けてくる奴なんていたっけ。あかりを灯した画面には、律儀に登録されたフルネーム。
    「……シュナイダーさんから?」
     画面が写し出すのは、件のキャプテンの名前だった。それもアプリ経由じゃなく、端末から端末への直通で。料金いくらになるんだろう、切れるのを待ってアプリから掛け直すほうがいいんじゃないか、とか考える前に、通話マークへ指が伸びる。
    「はい、あの、シュナイダーさん?」
    『ああ。ハイネ、今話せるか?』
    「こっちは平気ですけど、長く掛かりそうならアプリで話しません?」
    『ん? ああ、それもそうか。悪いが、そちらから頼んでもいいか』
    「了解です。一旦切りますね」
    『わかった』
     理由で追撃する前に伝わってよかった。というかあの人、アプリでも交換したって忘れてたのかな。こんな調子で、ワカバヤシにもホイホイ掛けてそうだな。だったらオレも、気にしないで続ければよかったかも……
     焦りもせず、距離も無いと言うように変わらない態度に、もうしばらく付き合うつもりでいた重い気持ちが消えてしまった。あの人は、こんなものまでたやすく吹き飛ばしてしまうのか。
     一つ二つ深呼吸をしてから、グループの通知には目をやらず、開いたアプリからK、を呼び出して、今度はこちらの通話ボタンを押した。昨日の今日で、しかもオレのほうから掛けることになろうとは。独特の呼出音で驚いた名残りか、予想もしていなかった通話相手のせいでか、やけに心臓がざわついている。
    「どーも、お待たせしました!」
     努めて声を明るくする。多少音質は落ちたものの、変らない声でああ、と返してくれた。通話口を風がくすぐる音がする。外にいるんだろうか。この人がただいまを言ってるところ、あんまり想像できないかも。
    『ありがとう。つい普段のつもりで掛けていた』
    「いいえー、お気になさらず。改めまして、どうしたんです? こっちに忘れ物でもしましたか」
    『いや、今家に着いたところだから。一人でどうしているかと気になって』
     うん?
    『一人きりだと落ち込むばかりで、気分転換もうまく行かないからな。変わりないならいいんだ』
     オレ、まだアメリカにいるんだよな? それで、この人はドイツに帰っているんだよな。わざわざ外で風を浴びながら、オレの連絡先を押したってわけ?
    「……なんか、ずいぶん可愛がってもらえてたんですね、オレって」
    『はは。おまえにしては気付くのが遅かったな』
    「うーわ。一生敵う気しませんよ」
     傍の目標ばかり見るオレの、見上げなかった遠くをとっくに目指していた人がわざわざ一時のチームメイトを気にかけてくれている。これ、うぬぼれていいとこか?
     チャンスをみすみす手放すのは趣味じゃない。どうせなら、もっと。目指すなら、特別をだ。
    「オレ、頑張るんで、また、掛けてもいいですか?」
    『ああ。待っている』
     なんだ。物理的には離れてしまったけれど、もしかすると、あの人って案外、手を伸ばせば届く場所にいてくれるのかも。だったら、休んでられないな。意気込みで怪我の治りは早まらないけど、気合を入れて、悪いようにはならないだろう。




     Wi-Fi様々だな。


    「シュナイダーさんにだけは言われたくないです」
    『ワシも同感だぜ』
    「カルツさん! お疲れ様です!」
    『おう、ハイネもお疲れさん。ま、こいつの執念に助けられてるのも事実だけどよ。』

     ム、と片眉を上げるシュナイダーさんに睨まれるのを気にもかけず、カルツさんが画面に割り込んできた。カルツさんとも一対一で話してみたいと何度か頼んでいるんだけど、照れくさいとか言って了承してくれない。だから、

    『根気よく頑張ってるんだって、シュナイダーからよく聞いてるぜ。ワシには愚痴ばっかり流してくるくせによう』
    「だってカルツさん、辛抱強く聞いてくれるから、つい甘えちゃうんです」
    『殊勝なフリしやがって。ま、ガス抜きならいつでも付き合うからよ。きっちり治して帰って来いや』
    「はーい」

     画面向こうで手を振って姿を消すカルツさんを見送るまで、シュナイダーさんは一言も発しなかった。実物がそばにいる時にも時々あったから、だんまり自体は珍しくはないんだろう。通話







    「コルネリアス・ハイネ。少しいいかい」
    「確か……ライアン・オルティスだったっけ。アメリカの天才児がオレになんの用?」

     自分から声を掛けてきたくせに、緊張した面持ちを崩さない。試合中は一度もオレに向けなかった瞳を何度かさまよわせて、ようやくもう一度、まっすぐにこちらを見据えた。

    「本戦でのこと、すまなかった。ブレイクをキミにあてがったのはボクだ」


    「キミの怪我を悪化させたのは、ボクの指示によるもの。謝って済むことではないけれど、話しておきたかったんだ。……ただの、自己満足ですまない」

     急なコンバートによる怪我の原因を恨んでいると思ったのか、真剣勝負に慣れていないのか。

    「キミたちの戦い方を卑怯って言う人もいるだろう。でも、オレたちは、いや、あの日のオレは、それに負けた。アメリカ自慢のパワーファイターに怯えて負けたのはオレの実力不足さ。正々堂々戦った結果を、謝る必要なんてない。逆にこれ以上言い募られたら、そっちに怒らなきゃならなくなるんだけどな?」


    「野暮を言って悪かったね。戦ってくれてありがとう」



    「ふた月も放置されたんだけどな〜」
    「ぐっ……ボクもそれなりに注目されているから、なかなか時間が取れなくてね」
    「相当手厚く看病されているけど、キミが掛け合ってくれたのか?」
    「いや。あなたの意思をなるべく尊重してほしいと伝えただけだ。医療チームが応えているのはあなたの治そうとする意思にだよ」
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