「ツイてねえなあ、まったく」
返事はない。誰に宛てたものでもないので、落胆もなかった。少しは落ち着くだろうかと鎖骨のあたりを数度叩いてみても、動悸の収まる様子もない。タッピング療法がアルコールの分解に繋がるわけもなく、早々に腕はソファの外へ投げ出した。
燐音がふらつく足で寮まで帰り着き、ひと気のないブックルームに籠もり始めてから、既に幾ばくかの時が過ぎている。良い子の就寝時間だって超えているし、同室の二人は今頃夢の中だろう。
「どうせ飲むなら楽しい酒を、つって。あちらさんも、そろそろお開きの時間かねェ」
虚空に向けて嘆息を一つ。降りてくる息はどうにも酒臭い。大半が未成年の寮にこれを持ち帰りたくはなかったけれど、副所長サマ直々に野宿を禁じられているし、ホテルの手配も億劫で、合鍵はあっても家主不在のニキ宅で休む気にもならず。必然、馴染み深いブックルームを頼ったのだった。
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