2023.02.28
ゲームをやらないか、と誘いを受けてモニターを睨んでいる。箱を開けたばかりのゲーム機は本体からコントローラーを外して遊ぶ形式だそうだが、取り外した二色は僕たちの手にはいささか小さい。それを見越して、わざわざ別売りのコントローラーまで購入したという。しかも、今回遊ぶ作品はサービス加入者限定配信とかいう、初心者にはハードルの高いものだ。
味方にできる方と、主人公の丸いのを動かせるゲームで、僕は丸い方を託されている。平面の世界を懸命に駆ける姿は不可思議な愛らしさがある。
豊かなドットの世界を暴れる丸いキャラクターの動きはシンプルだ。移動、ジャンプ、特有の能力による攻撃。けれどまだ、思う動きと操作が一致しない。向きによって必要なボタンが変わることとか。一方甲洋はキャラクターと能力の一致に数秒ラグを取られる程度で、操作に支障はないらしい。
「お前、遊戯に勤しむ方だったか?」
幼い頃にこいつと過ごした放課後といえば外遊びか、僕の部屋に誘って勉学に勤しむか。ゲームをする印象がなかったものだから、慣れた手付きに驚くのも無理はない、はず。
「近所にちっちゃいのがいたろ? 来主さんちのさ。その子とたまに遊んでたんだけど」
確か、来主さん宅にはよく似た二人の息子がいた。兄はおとなしい性格のわりに活動的で、弟は好奇心旺盛だけれど屋内の遊びを好んでいたはず。僕と一騎は兄にねだられて山や川遊びに付き合ったが、弟との交流はあまり多くなかった。
「……ああ、お前によくなついていた方か?」
「そう、弟ね。ダウンロードして遊べるって聞いたら急にやりたくなってさ……ヘルパーは俺一人じゃ出せないから」
「それで僕を呼び出したと」
「悪かったって。そこ穴あるよ、ジャンプして」
「構わない。どうせ休めと追い出されたところだった……む、この、タイミングが……」
段差にも引っかかる僕の丸。反面、甲洋のヘルパーはなんなく進む。聞く限り数年ぶりの操作のようだが、随分来主弟に鍛えられたらしい。
もたつきながら進むうち、僕の丸をかばった、甲洋の一つ目の体力が削れてしまった。ちょうど近くに回復素材らしきアイコンが置いてある。譲ろうとジャンプする、つもりで僕の丸が触れてしまった。
「あっ、総士」
「ん」
「ちゅーして、ちゅー」
キス? ゲームの最中に?
脈絡なしの要求は戸惑うが、はっきり言われて悪い気はしない。ゲームを中断させて襟首を掴む。こちらを向かせて唇に触れる。
「ん、んむ?」
ねだったくせに目を見開いている。聞き間違えでもしたか。いや、確かに「ちゅー」と。
「……えっ。なに」
「キスしろと言ったろう」
「え、あ、ああ……ゲームの話だったんだけど……」
認識の齟齬があったらしい。ゲーム内でキスとは。どうやるんだと尋ねるより早く、甲洋がコントローラーを入れ替える。
「回復アイテムをさ……ほら、こうして分けられるんだ」
BGMを再開させてすぐ、丸と一つ目が触れ合って、回復した体力が半分ずつ分け与えられる。ヘルパーが手助けされていいのだろうか。しかしこれも協力プレイの醍醐味とやらかもしれない。
「これがちゅーか? 彼らにキスの概念があるのか」
「ちが……操が言ってたから、それで覚えちゃってて」
「そうか。可愛らしいな」
なにか言いたげにしているが、ステージにも続きがある。始めたからには区切りのいいところまで行きたい。
「最終目標は?」
「ラスボスを倒すこと?」
「シンプルだな。いいだろう」