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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    マトとポプがもしこういう出会い方をしていたら……っていう話

    君に祝福あれ 息子のポップは柔らかな手を空に伸ばしている。空は晴れて白い雲がいくつも流れているから、それを掴もうとしているようにも見えた。
     私はおくるみに包んだ息子を抱き直す。小道にある小さめの切り株に腰を下ろして半時間ほどが経つものの、状況は良くなっていない。
     私とジャンクはポップを連れて隣街へと向かっていた。しかし途中の森の中で馬車が壊れてしまい、それがあまりにも突然だったので、私はポップを抱いたまま馬車の外へ投げ出された。慌てて起き上がって腕の中のポップを見ると、ポップは怪我もなく驚いたように目を丸くさせていた。
    「私も手伝いましょうか?」
     ジャンクは馬車をどうにか直そうとしている。馬車は車軸が折れて動かなくなっていた。
    「いいや。オレがなんとかする」
     鍛冶屋が馬車を直せないでどうする、とジャンクは息巻いている。頑固な性格だから一度言い出したら聞かない。奮闘するジャンクの額には玉の汗が浮かんでいた。春が過ぎて暖かな気候になっている。
     そこへ馬車の音が聞こえてきた。思わずそちらを見る。助けがあればと思ったからだ。
     しかし馬車を見て私は息を飲んだ。それは二頭立ての四輪箱馬車で、黒の車体に金で装飾が施されている。両側にある扉には紋章があり、どこの国のものかはわからないものの、高貴な人が乗っていることは間違いなかった。
     ジャンクもその馬車に気付いて驚いている。そそくさと私のところまで来ると「ありゃパプニカのだ。なんでこんな所に」と小声で言った。きっとジャンクは王宮の鍛冶職人だった頃にその紋章を見たことがあったのだろう。
     私は声をかけるどころじゃなくなって、その豪奢な馬車をじっと眺めていた。体格のいい御者がちらりとこちらを見たが、止まる気はなさそうでそのまま馬車は通り過ぎていく。
     すると馬車から低い声が響いた。
    「おい、止まれ」
     その声に御者が手綱を引いて馬を止めた。私は馬車が止まったことに驚き、緊張すらしてしまう。
    「お嬢さん、何か困りごとか?」
     低く嗄れているのに覇気がある声が届く。お嬢さんというのが私のことだと気づいて思わず「はい」答えてしまった。
    「馬車の故障か」
     声と共に扉が開いた。中から現れたのは白い法衣に身を包んだ老人だった。その法衣の煌びやかさに思わず見惚れる。首からかける帯には金糸の見事な刺繍が施され、マントは真紅だった。だが帽子は被っておらず、見れば馬車の中に置かれてあった。
    「大魔道士殿、時間が……」
     御者は早く行きたそうに老人を見ている。だが老人はそれに軽く手を振っただけで気にしていなさそうだった。
     老人の白髪や皮膚に刻まれた皺の印象から年配だと思ったが、奇妙な迫力があり年齢がわからない。目つきは鋭いが落ち着き払っており、嵐にも倒れない老樹のような佇まいだった。
    「もしかして宮廷魔道士か?」
     ジャンクは老人を上から下まで見て言った。老人はジロリとジャンクを睨む。その威圧感を感じたのか、抱いていたポップが急に泣き始めた。私はポップの背をトントンとリズミカルに叩きながらその場を離れる。
    「大魔道士殿」
     御者の咎めるような声がする。
    「時間が」
    「時間時間ってうるせぇな。だからこんな馬車でちんたら行くんじゃなくてルーラで行きゃよかったんだよ」
     老人はざっくばらんというか、砕けた口調で言った。纏う法衣から地位の高い人だろうと思ったが、変に偉ぶった様子がなく、悪戯少年がそのまま老人まで歳を重ねたような様子だった。
     老人はつまらなそうに肩をすくめると私の方を見た。
    「それよりもお嬢さん。あんた足を怪我してるんじゃねえのか」
    「え、どうして……」
     さっき馬車から投げ出されたとき、足首を少し痛めていた。歩けないことはないし、ジャンクにも言っていなかったのに。
    「怪我したほうをかばって歩いてたからさ。ちょいとそこに座んな」
     言われるままに切り株に腰を下ろす。ポップはジャンクが代わりに抱っこした。すると老人は私のそばに屈み、怪我したほうの足に触れた。乾いているが温かい手だった。
     すると老人の手が淡く光を放った。最初はそれが魔法によるものだと思わなくて、何が起こったのかと目を瞬いた。でもそれが邪のものでないと直感的にわかる。すると足の痛みがふっと消えていった。
    「これって、回復呪文ですか?」
    「ご名答」
     光は溶けるように消えていった。痛みはすっかりなくなっている。痛みが消えたことよりも、その呪文の美しさに私はすっかり見惚れてしまった。
    「礼ならいらねえぞ。お嬢さんのその笑顔で十分だ」
     この言葉にジャンクがムッと口を曲げたのが見えた。私はそれに笑いながら老人に頭を下げる。
    「そんなこと言わずにお礼を言わせてください。素敵な魔法をありがとうございます」
    「いいってことよ。あんたたちもこの先の街へ行くんじゃないのか?」
    「え、ええ。この子が精霊の加護を受けるために」
     ジャンクが抱いたポップを見ながら言った。隣街で精霊の加護の儀式が行われるのは久しぶりだった。精霊の加護の儀式は生まれて間もない赤子が受けるもので、司祭や賢者が精霊を呼んで赤子への加護を祈る儀式だ。せっかく隣町でその儀式があるのだから、ポップにも受けさせようと提案した。それが馬車の故障で足止めになり、困っていた。
    「だったら一緒に乗っていくか。オレの目的地も同じだ」
     老人は立ち上がると乗ってきた馬車を指差した。
    「ってことは、やっぱりあんたがパプニカから来るっていう賢者か」
    ジャンクはそう言ってから、言葉に丁寧さが足りなかったと気づいたようで、気まずそうに言い直した。
    「あなたが儀式に来られる賢者様で?」
     隣街で久しぶりに儀式が行われるのは、パプニカから賢者が儀式のために来るからだと聞いていた。パプニカとベンガーナでどのようなやり取りがあったかはわからないが、パプニカの宮廷魔道士である賢者が儀式を行うというのは大変に珍しく、有り難いことらしい。
    「そんな呼び名はオレぁ好きじゃねえがな」
     それによ、と老人は意地悪そうな笑みを浮かべる。
    「儀式に行くのなんて金の無駄だぜ」
    「え?」
     老人からの思ってもみない言葉に、私はジャンクと顔を見合わせた。ジャンクは訝しげに老人を見やる。
    「それはどう言う意味です」
     ポップが私に向かって手を伸ばした。まだ言葉を知らない声を上げる。私はポップを抱くのをジャンクから代わった。ポップが伸ばす手に指を差し出す。まだふっくらと丸みのある手のひらが、私の指を掴んだ。
     老人は赤子には興味がなさそうに欠伸をしている。そして斜に構えた様子で言った。
    「加護の儀式が終われば、参加者には心ばかりの寄付がお願いされんだよ。我が子の儀式を受けた後だ、親たちは持ってる金を全部入れちまう。それで本当に精霊の加護が受けられるなら安いもんさ。だが、その儀式に効力なんてありゃしねえ。精霊の加護なんて、本来なら一対一で時間をかけてやるもんだ。それを大人数の赤ん坊を集めて適当にやるんだ。つまり形だけなんだよ」
     その儀式を執り行う本人がそんな事を言うものだから私はぽかんと口を開けてしまった。老人の態度がわざと世間に対して冷淡に構えているように思えて鼻白む。
    「じゃ、じゃあやるだけ無駄ってことですかい」
    「無駄とは言ってねえ。親がそれで気が済むならやりゃあいいじゃねえか」
     ケケケ、と老人は善人とは思えない笑い声を上げる。ジャンクは口の端をひくつかせて、今にも怒り出しそうだった。
    「だったら帰るぞ」
     ジャンクはなんとか怒りを発散させまいと堪えながら、背を向けて歩き出す。私は腰を上げたものの、ジャンクと壊れた馬車を交互に見た。
    「え、馬車は」
    「明日に修理道具を持って取りに来る。まだ日が高いから歩いてランカークスまで帰るぞ」
     ジャンクが一度言い出したら曲げない頑固者であることは十分にわかっている。けれど私はその儀式を受けてみたかった。たとえ効果がないとしても、この子が祝福されて生まれ、この世界に迎え入れられたことを祝ってあげたかった。
     すると、ポップは一際大きな声を上げた。
     一瞬、また泣き出すのかと思ったが、ポップは何かに強く興味を持ったように手を伸ばしている。私はポップの視線の先を見たが、その先には何もなかった。すると老人もつられたのか同じ方向を見た。そこには何もないはずだが、老人はスッと目を細めた。そしてこちらへ来るとポップをじっと見つめた。
     ポップは急に視界に入ってきた老人に怯えたのか、泣きそうに頬を歪めた。だが興味があるのか、くりくりとした丸い目を老人に向けている。
    「スティーヌ! ちょっと手を貸してくれ」
     ジャンクが馬車を動かそうとしている。下敷きになった荷物を取りたいのだろう。私は伺うように老人を見た。
    「少しだけ息子を抱っこしていただけませんか?」
    「こんな奴に大事な息子を預けて不安じゃねえのかい?」
     老人は試すように私を見て言った。
    「確かに怪しいですけれど、優しい方のようですし、この子が見て泣かなかった人は珍しいので」
     老人は私の言葉に少し笑って手を差し出した。私はその手にポップを預けてジャンクのところへと走る。
     ジャンクは私と老人のやり取りを見ていたようで、大丈夫なのかと心配そうにポップを見ている。私も振り返って二人を見たが、老人は切り株に腰を下ろして慣れた手つきでポップを抱いていた。きっとこれまでにも赤子の世話をした事があるのだろう。
     ジャンクと私は御者の手伝いもあって馬車を起こして荷物を救い出した。
     急いでポップの元に戻る。ポップは老人の腕の中で機嫌が良さそうにしていた。その手には老人の法衣が握られている。それは煌びやかな法衣の袖に飾り付けられたリボンのようなものだった。
    「あら、そんなに握りしめては皺になってしまう」
     私はポップの手を開かせようとくすぐってみるが、ポップはそのリボンを離そうとしない。
    「すみません」
     私は老人に頭を下げるが、老人は首を横に振った。
    「構わねえさ」
     そう言って老人はそのリボンを解いた。それは縫い付けられていないらしく、するりと袖から離れていった。
    「これも何かの縁だ。おめえにやるよ」
     老人はポップの鼻先をちょんと指で押した。ポップはリボンを握りしめてキョトンとしている。私は慌てて老人に言った。
    「そんな、大事な法衣でしょうに」
    「いいんだよ、どうせマントで隠れるんだ。こんな紐が一本無くたって誰も気付きゃしねえよ」
     老人はリボンを握りしめたポップに笑いかけた。目尻に深い皺が刻まれている。
     老人は古い子守唄を記憶に中から呼び覚ますような気安さでありながら、教会中に響くような厳かな声でつぶやいた。
    「天空に散らばるあまねく精霊たちよ。あなたの光の輝きでこの子を照らしたまえ。心の炎、証の力、心の友、揺るぐことのない拠り所。あなたを信じて頼む者に、尊い力を授けたまえ。あなたはこの子を支え、恵みの力で導き、喜びが終わることのないよう加護を与えたまえ」
     流れるように紡がれる言葉に、私は聞き入っていた。老人が目を瞑ってポップの手を握る。
    「精霊の加護が永遠に君を包みますように」
     何か特別な光が発したわけでもないのに、二人が輝いたように見えた。ゆるやかな風が吹き抜けたのか、ポップの前髪が揺れる。その風を追いかけるかのようにポップが空を見上げた。ポップは嬉しそうに手に持った黄色いリボンを振った。
     後にそのリボンが、バンダナとしてポップの頭に巻かれて揺れることを、私はまだ知らない。
     
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