赤みの帯びた肌 ぽふぽふと軽い音を立てながら、白い粉を叩いていく。
こんな姿、誰にも見せることは出来ないと赤くなった肌を白で染めていく。
あまり叩きすぎるとうっかり吸って咽るから、適度なところで終わらせてマヨイは息を吐く。
胸の谷間、よし。
太ももから膝の裏側、よし。
背中は・・・。
「・・・はぁ」
背中は叩けていないんですよねぇ、と背中を鏡越しに見れば赤みを帯びた点々が少し見えた。
汗疹である。日中はそれこそ制汗剤を多用しているのであまり汗をかいていないように見える。
だが、実はとても汗っかきなので、お風呂上りにベビーパウダーを叩かないと汗疹が出来てしまう。
いや、もう出来ている。
そんなマヨイに出来ることは汗疹の薬を塗り、その上からベビーパウダーを叩く。
少しでもべたつきが抑えられるように、丁寧に叩き込んでいくのだがそれでも出来てしまうのが確認した三つの場所。
胸元や太もも裏はまだいいのだが、背中はどんなに頑張っても難しい。
誰かに頼むか、いや、そんなの頼めない。
「汗っかきで汗疹ができやすいから背中にベビーパウダーを叩いてください」なんて、絶対に言えない。
そもそも、そんな事をしてくれる人がこの世に存在していない。
いいんです、背中の汗疹はもう夏の風物詩として一生背負っていく。
そんな事を考えた、中学二年の夏。
「マヨイさん、此方へどうぞ」
ぽんぽん、と膝を叩きながら嬉しそうに巽が笑う。
それを見つめるマヨイは、身体にバスタオルを巻いた姿でベッドの前に立っていた。
羞恥心の為か顔が赤く染まり、嫌々と首を振る。
「でも背中をベビーパウダーで叩かないと汗疹が出来るのでしょう。
だから、俺に構わずどうぞ」
パフを置いて両手を広げる。
なぜこうなった、どうしてこうなった。
ぐるぐるとマヨイの頭の中ではてなマークを動かすも、答えは一向に出てこない。
「た、巽さんにしてもらわなくても自分でできますぅ!」
精一杯の叫び、深夜一時の為何時もよりは小声だがマヨイがそう言うも巽はきょとんとした顔で「何故?」と返す。
「何故!?」
「俺はマヨイさんが汗疹で苦しんでいる姿を見るのが辛いです。
かといって汗をかかないというのは人間上出来ません。
なので、俺が毎日叩いてあげようと」
「叩かれるのは嬉しいですが・・・いや、違います!
それでも巽さんの手を煩わせるのと、背中を見せるのが、その」
恥ずかしくって、マヨイが首を振り続けたまま呟くも「マヨイさん」と巽が名前を呼ぶ。
「俺はマヨイさんを助けたいです。
マヨイさんも、痒いのを我慢して過ごすより一時の恥で楽になりませんか?」
こんな事ならレッスン終わりにブラの絞めつけた部分に沿って出来た汗疹を引っ掻いて、藍良さんの持ってきた液体のメンソールが入った制汗剤が沁みて声を上げてしまい、巽に見られたのは間違いであったとマヨイは頭を抱える。
だって、痒かったんですもん・・・。
心の中でそう感じながら巽を見る。
何時も使っているベビーパウダーを横に置き、パフもふかふかのもの。
胸や足は叩けても、背中は何歳になっても叩けなかった。
「マヨイさん」
本日何度目かわからないほど名前を呼ばれ、マヨイは観念したように目を瞑る。
「・・・今日、だけです」
明日からは自分で出来る方法を考えます、そう呟いて巽の膝の間に座る。
バスタオル一枚の下には上半身にはなにも着ておらず、下半身は流石に短パンを履いている。
ゆっくりとバスタオルを外し、胸を覆うように前に持ってきた。
お手を煩わせない為には、とマヨイが考えていると、不意に背中をぺとりと熱のあるもので触られて「ヒィッ!」と飛び上がった。
「たたた巽さん!?」
驚きのあまり汗が出て、振り返れば「いえ」と巽さんが手を掲げている。
「引っ掻き傷が痛そうでしたので・・・。
冷たかったですか?」
冷たいと言うより熱さを感じた、と言えずにもごもごとしていると「驚かしてすみません、戻ってきてください」と巽がまた膝を叩いた。
これ以上時間をかけると恥ずかしさのあまり死んでしまう。
そんな事を感じ、首を横に一度だけ振って目を閉じたまま巽の間に座る。
「・・・?」
座った場所が先ほどの布団の感覚ではなく、少し弾力性のあるもので目を開けて恐る恐る下を見る。
「マヨイさん・・・っ!」
見たものを脳内で処理するのに少し時間がかかり直ぐに退こうとした、それよりも早く巽がマヨイを抱きしめた。
マヨイは巽の膝の上に座ってしまっていた。
見ずに座るから!私の馬鹿!!マヨイの中でどんなに叫んでも巽が抱きしめる力は落ちない。
「そんなに可愛いことをされては、困りますな」
「ひぃぃぃっ!は、早く退かしてください!!
巽さん、膝が悪いのに!」
必死に片手で抜けようと足掻いても男女の力の差なんて歴然だった。
かくなる上は、巽の腕から抜け出そうと片手を布団についた。
そのままもう片方の手を。
「あっ・・・」
「・・・え?」
はらっ、床に落ちたのは先程までマヨイが持っていたバスタオル。
暫く沈黙が続き、巽が「あの」と言った瞬間「きゃぁぁぁぁぁ!!!?」とマヨイが叫んだ。
深夜一時半、もう形振り構っていられないほどの大声量。
バスタオルなし、つまり上半身裸のまま巽に抱かれて。
更にマヨイの短パン越しに当たるモノが感じられ。
パニックになったマヨイがバスタオルを拾い、天井に飛び上がるも開く場所ではなかったのかゴンッと鈍い音を立ててそのままベッドに落ちた。
バフッ、蓋をしていなかったベビーパウダーが粉雪のように舞い飛ぶ。
鍵は閉めているのだが、部屋の扉の向こうからは「ちょっとどうしたのォ!!?開けてよォ!!」と子供たちの声が聞こえる。
マヨイは気を失ったままだが、しっかりと胸元はバスタオルで隠れている。
ベッドの上に落ちた粉は、洗濯でどうにかなるものだろうか。
「うむ、此処は任せてほしいよ。
兄さんが部屋に閉じこもった時は、何時も父がこうやって開けてたんだ!」
「え、待ってヒロくん。
それやると扉壊れるって言ってなかったァ?」
マヨイさん、起きてください。揺さぶろうと肩に触れるた、扉が嫌な音を立てた、藍良の悲鳴、その三つの音がその瞬間で一気に重なった。
翌日、巽が布団を掃除機で吸い、壊された扉を一彩と巻き添えをくらった藍良が直した。
マヨイはシーツを洗い、「・・・あんずさん、汗疹の時ってどうしています?」と横で枕を叩いていたあんずに言えば「汗疹が出来ると、思う?」と自分の胸を見下ろして呟いたことによりまたマヨイの背中の汗疹が酷くなった。
(了)