ひそひその噂話。ひそひその噂話。
季節外れの転校生は、百五十程しかない女の子で。
季節外れの転勤で来た養護教諭は、桃色を帯びた白髪の綺麗な高身長の女性。
その二人が放課後の保健室で、密かに愛を囁いている。
そんな噂はでたらめだ、と軽くあしらわれるも、中庭で転校生を見つめる教諭のなんと優しい目の事か。
絶対にあの二人はそういう仲なのだと、今日も学内でひそひそと話されている。
「で、見つかったのか?」
放課後の保健室、夕暮れを背に教諭の言葉に女生徒は口を開いた。
「いえ、まだですね」
顔の幼さの割には低い声、それもその筈、彼女、いや、彼は女生徒ではない。
彼の言葉にため息を吐いて、「こっちもまだだ」と呟いて椅子に凭れ掛かればキィと音を立てた。
「……ハララさん」
ハララと呼ばれた教諭がゆっくりと彼を見る。
「ボクって、女装する必要あったんですかね」
ぎゅっとスカートを抑える、エーテルア女学院よりもスカート丈は長いが、その長さを守っているのも彼くらいだろう。
「僕がその恰好するよりも、ユーマがした方がいいだろう」
「けど、その、体育の時とかトイレ着替えているんですけど」
困ったように眉を下げて言うので「今度からここを使うといい」と窓際に置かれたベッドを長い指が示す。
ユーマと呼ばれた少年はその指の先を見つめ、やがて「別にトイレに不満があるんじゃなくて」と首を振る。
「なんで女子の学校でボクが選ばれたのかと。
ハララさんは兎も角、フブキさんとかクルミちゃんだっているのに」
「フブキは別件で対応中、クルミはまだ一般人だろう」
「でも「あと、此処ではハララ先生と呼んでほしい」
ハララはため息を吐き、机に置いてあった封書をユーマに渡す。
「ボクとハララさ……先生が付き合っている?」
手紙には放課後の保健室での密会、および休み時間の呼び出しなどでユーマを可愛がっているのではないかという文章が書かれていた。
「なんですか、これ」
「今朝保健室の前に置いてあった。
恐らく、机の上に置きたかったけど開いてなかったから其処に置いたのだろう」
ふざけている。と封書をユーマの手から取り、そのままゴミ箱に突っ込むように捨てる。
「噂では僕がユーマを可愛がっているらしい」
「噂でしょう」
ユーマが立ち上がって、開いていたカーテンを閉める。
眩しいのもあったが、ハララの肩越しに見えた光るなにか。
「ハララ先生、見つけました」
「……他は?」
「いえ、一個だけだと思います。
此処は大丈夫だったんですか?」
盗撮カメラ、とユーマが呟けば「僕がそんなヘマするとでも?」とため息を吐いて引き出しを開けた。
其処には小さなカメラが無残に壊れた状態で置かれていた。
「最初に来た時に、うっかりでぶつかっておいて踏みつぶしておいた」
「盗聴器は?」
「無い、コンセントの中も開けたが無かった」
盗撮だけの目的だったのだろう、そう言われて「そうですか」とユーマがカメラを手に持つ。
「犯人は取りにこなかったんでしょうかね」
「普段は僕がいるし、前はどうだったか知らないが帰る時は施錠するようにしている。
窓も扉も、無理やり開けようとすれば僕のスマートフォンに連絡がくる」
今もそうだ、とハララが扉を見る。
当初ユーマは鍵だけでは頼りなく思っていたが、ハララの身体能力の前ではこの世で一番強い防犯だろうなと改めて感じた。
「ユーマ、どうする?」
「そうですね、少し経ったら回収に行きましょうか」
カメラを机に置いて、ハララの座った椅子に膝を乗せる。
「今行かないのか?」
「多分犯人はボクの視線に気が付いたと思うので回収しに来ます。
その時を狙えば大丈夫なんで」
しゅるりとネクタイを解き、胸元を緩める。
長い髪の毛をかきあげ、薄く開かれたハララの唇に触れるだけのキスをする。
ユーマがちらりとゴミ箱の中の封書に目を落とし、指先で頬に触れる。
頬からゆっくりと耳に動かし、するりと首筋を伝わせれば昨夜の痕の場所に触れる。
「ボクがハララ先生を可愛がっているってわかったら、なんて言うでしょうね」
くすりと笑って頬を擦り寄らせる。
「……回収が先だ」
「大丈夫ですよ」
ユーマはハララを見つめて、にっこり笑う。
「あとでボクが取りに行きますので」
白衣の下の薄いシャツ越しに鎖骨を撫でる。
昨日の痕でいっぱいになった身体を見せることはない。
勿論、ユーマも背中についたひっかき傷や肩の噛み痕を見せることはない。
そんなものを見せれば、自分たちの関係がバレてしまうから。
「ハララ先生、ベッド行きましょうか」
髪を後ろにして耳元で囁けば、ハララがゆっくりと顔を上げる。
もう夕陽は入ってきていないのに、まるで夕焼けを溶かしたように赤らんでいた。
(了)