部屋に入って思い出した。「……え、本当にわからないですか?」
思わずそう聞くも「気持ちがいいこと」とハララさんが考える素振りを見せる。
確かに最中に「気持ちがいい」と聞いたことがなかったが、それでも恋人にそう言われたら頬の一つくらい染めるのが普通ではないだろうか。
「ほら、一緒に帰ってお風呂に入ってご飯食べました。
いつもその後、ボクの部屋でなにをしてます!?」
思わず語気を強めてしまったがハララさんは少しだけ視線を泳がせ、やがてゆっくりと
「……報告書の作成?」
と返したので、ボクは「全然気持ちよくないじゃないですか……っ!」とタクシーの中で頭を抱えた。
幸い運転手はからかう様な人ではなく、ただ無言で車を走らせている。
気持ちがいいこと、つまり夜の営みが出てこなかった事に泣きたくなった。
しかし、いつもボクだけ言葉にしているのを思い出し今日こそハララさんの口から「気持ちいい」と言わせてやろうと、タクシーから下りて直ぐにハララさんの手首を掴んだ。
お姫様抱っこも出来なければ強引に引っ張る事も出来ないが、それでもボクに着いてきてくれるので何時かハララさんを抱き上げてベッドに運べたらと思わず考えてしまう。
「今日は随分急かすんだな」
強めに握ってしまった手首を見つめてハララさんが呟くので「今日は気持ちいい事をします」と言いきる。
「報告書は」
「明日に回します」
「やめておけ、一晩経つと書けなくなる」
ボクが書きますから!玄関の鍵を開けてハララさんを自室まで連れていく。
「ユーマ、手洗い」
後で、と言いかけたがそこはしなくてはと一旦洗面台に寄って手を洗い、再びハララさんの手を握れば「君は」と口を開いた。
「なんというか、君は真面目だな」
「……風邪を引いたら、大変なので」
ハララさんは滅多に風邪なんて引かないだろうけど、万が一引いた時の事を考えてしまう。
ハララさんに辛い思いはさせたくない。
そんな事を考えながら、くすくす笑うハララさんを連れて自室の扉を開けた時だった。
そのままベッドに押し倒そうとしたボクの目に飛び込んできたのは、膨れ上がる布団と温かい室内。
今朝「最近寒いから、帰ったら直ぐに温まるようにタイマー付けとこう」と仕掛けていたエアコンと布団乾燥機が作動している。
遠距離でも操作できる布団乾燥機はアマテラス社で作られたもので、マコトも使っているとCMで言っていたのを何故か思い出した。
ふかふかの布団が温かい空気によって盛り上がり、それを見てボクは膝から崩れ落ちる。
確かにこのまま寝転がったら気持ちがいいに決まっている。
今此処でハララさんを押し倒しても「なるほど、確かに気持ちがいいな……」と寝てしまうのは目に見えている。
調査は寒いところだったし、何より能力を使っているせいか疲労も溜まっている。
なにより、昨日寝る時間が少なかった。
温かい部屋にボクですら眠くなってきて、ハララさんを見ればボクの手から離れて自室に向かおうとしていた。
「は、ハララさん……何処へ……っ」
「シャワーを浴びてくる」
あぁ、もう完璧に寝る準備に入ってしまった。
泣きそうになりながら温まっている布団を見つめていると「君は」とハララさんが口を開いた。
「君は入らないのか?」
「あとで入ります……ハララさんの部屋のエアコンも付けときますね……」
意気消沈で落ち込みながらそう言えば「そうか」とハララさんが廊下を歩いていく。
パジャマを自室から取り、ボクの部屋の向かいにある脱衣所へと足を運ぶ。
しかし、脱衣所への扉を開けて一度歩みを止めた。
そして
「……しないのか」
そう、小さな声が聞こえてきた。
「えっ?」振り返ると同時にハララさんが脱衣所の扉を閉めた。
温かい部屋、温かい布団。
早く寝たいと言うよりも、今の発言は。
「…………っ!!
一緒に入ります!気持ちいいこともします!!」
慌てて脱衣所の扉を開けようとするも鍵がかかっている。
「ハララさん!開けてください!!」
一緒に流し合いましょう!そう言っても返事は返ってこない。
扉の前向こうにいることはわかるのに。
「っ、こうなったらピッキングで「それは犯罪だ」」
懐からピッキングの道具を取り出してそう言えば扉が開き、少し怒った顔でハララさんは僕の手から道具を叩き落とした。
(了)