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    k_kirou

    @k_kirou
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    k_kirou

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    地獄が見えてきた

    早兵逃避行IF3 現在と未来について、二人は幾度も話し合った。兵部をあの未来へ至らせることが早乙女の新たな目標となった。
     それは在りし日に彼が抱いた立身出世の道とは遠くかけ離れている。ひとりの少年に固執した、研究者ですらない行いだ。だが、社会に拒まれ一度全てを失った早乙女にとって、それは残されたただ一つの美しい幸福の道であった。
     戦時下の任務を通して兵部の能力は目覚ましい成長を遂げた。それどころか仲間から引き継いだ能力も訓練を積めば積むほど、彼自身のものとして自在に操るだけの素質を見せた。
     兵部は現時点で間違いなく最高の超常能力者であり、未だ成長し続ける、化け物じみた存在だ。必ず彼を自らの手で完成させてみせる。社会がそれを評価しないなら、出来るものに作り替えてしまえばいい。
     早乙女はかつての伝手を使い、戦後の混乱を利用して着々と地盤を固めていった。情報も、金も、後ろ盾も、何も持たない苦しい状況からの出発であったが、どこへ行っても兵部の存在が大きな資産となった。戦時中、目覚ましい戦果を挙げた「ヒョウブ」の姿は世界中の超能力絡みの組織に知れ渡っている。軍や政治に縛られず、早乙女の胸先三寸で動く世界最強のエスパーソルジャーの手綱を握っているというだけで、交渉の席に着くのは容易だった。
    「失礼します、サー」
    「……感応能力か」
    「ご安心ください。身体検査以上のことは透視しないように指示しています。お互い腹の内など探られたくはないでしょうから」
    「構いません。それに彼とは友人です。他人行儀はよしてくれ、兵部京介」
    「うん。それじゃあ……久しぶり、カルロ・マルディーニ。会えて嬉しいよ」
     かつての同盟国、敵対した連合国、公式・非公式の組織を問わず現状に不満を持つ者は数多く存在し、早乙女は彼らに次々と声を掛けて辣腕をもって根を伸ばした。借り物ではあるがいくつかの拠点も手に入れた。
     兵部は早乙女に言われるままに振舞った。瞬間移動で早乙女を伴い目の前に現れてみせる、彼の護衛として矢面に立つ、影に日向に情報収集を行い、必要があれば邪魔者を――排除する。
     その戦略は彼が帝国陸軍超能部隊の隊長であった時と同じものだ。戦わずして情報で勝つ。困難の中、機転と立ち回りで状況を打破する。時には能力を上回るような難しい挑戦を要求されるが、それは信頼に他ならない。
     これを兵部は幸福だと思った。かつてと同じように、それさえあればどこまででも飛べた。
     しかし、変わってしまったものもあった。
    「今日の商談、上手く行って安心しました」
    「ああ。まさか彼があの国の裏社会の一員だったとは驚いたよ」
    「僕もです。……あちらも同じことを思ったかもしれませんね」
    「彼と君は同い年だったか……。京介、お前は今日も美しいな」
    「隊長……」
     早乙女は兵部に、とりわけ今の姿に強く執着している。
     それは矛盾だ。力が成長するならば肉体もそれに見合ったものに成長する方が都合がいい。例えばもっと背丈が高く、筋肉の十分についた大人の男の頑健な体があれば高出力の念動力を扱う際の骨が震えるような負荷に耐えられる。今の身体ではいくらかの力を身を守る事に費やさねばならない。
     だが、早乙女はそれを望んでいないのだ。能力を成長させても、肉体はそうあってくれるなと願っている。口にこそ出さないが、兵部を見詰める目はその狂気に満ちている。
     一方で、ある種の不思議な冷静さも持ち合わせていた。堅実な立ち回りの中にどこか見え隠れする諦観は、まるで自分の命を兵部に使おうとする危うさがあった。それは彼が人生を兵部に捧げようとする故であると納得するには些か不審なものだ。
     兵部の知るものに喩えるならあの「女王」の諦めと幸福の笑みに近く、それはひどく不穏だ。
    「あの、隊長。あの未来はどれぐらい先のことなんでしょう」
    「……未来では日本は復興を遂げていた。現在の日本は進駐軍に占領されているが、どうやら自治権を取り戻すことが出来たようだ。そこから合衆国の摩天楼のようなビルヂングの街を築くには――少なくとも数十年が必要だろう」
     早乙女は兵部にも分かるように手元の紙におおよその予測を書きつけた。十年後、二十年後、予知で得た情報があるとはいえ、そのひとつひとつに早乙女なりの根拠があるようだ。最後に見た焼け野原の光景からはとても信じられないが、日本は復興を遂げるのだろう。
     そして、再び破滅する。
    「……その頃には私はもう老人だ。既に死んでいてもおかしくはない」
     底冷えするような恐ろしい声だった。まるで彼が既に老人か死人であるようだ。兵部の腕は本能的に早乙女を掴んだ。そうしなければ彼がどこかへ行ってしまいそうな気がした。
    「きっと、隊長は今と同じように指揮をしているはずです」
    「予知では君がリーダーだった」
     早乙女の手が兵部の頭を撫でる。
    「それは私が居ないということだ」
    「…………」
     その時、兵部はどうすればいいのだろう。
     あの予知の女性と共にあればいいのだろうか。予知の未来の中で彼女は兵部に詫びていた。未来を変えられなかった、と。「女王」がどう関わってくるのか、今はまだわからない。けれど彼女が予知の通りに愛する人に撃たれて殺されてしまう事を止められるなら、止めたいと思う。自分と早乙女のように悲劇を回避する道が彼女達にもあるはずだ。
     だが、早乙女が居ない未来を想像するとひどく胸騒ぎがする。彼の仮定による年月が過ぎるのなら、それは何もおかしいことではない。兵部もその頃には老人と呼べる年齢になっているはずだ。それは超常能力で乗り越えるとしても、能力者ではない早乙女は当たり前に年を取って、生きていれば長寿の域だ。
     人の行動で未来が変わるとしたら、確かめたい。
    「僕たちは一度、日本へ戻る必要があると思います」
    「そうだな。我々にはあの装置が必要だ」
     兵部は深く頷いた。
    「そうだ、部隊のみんなには会えるでしょうか」
     戦時中、多くの仲間を失ったが、負傷して入院中の者も居た。義姉の不二子もその一人だ。あの日から軍を脱走し身を隠している立場だったため会いたいと思うことも憚られたが、軍そのものが解体されて状況は変わりつつある。こっそりと姿を見ることぐらいは叶えられるのではないだろうか。
     兵部の思惑に反して早乙女は静かに首を振った。
    「言っただろう、京介」
     穏やかな表情だった。
    「彼らはおそらく生きてはいまい」
    「どうして、ですか」
     嫌な汗が背を伝う。この先は聞かない方がいいと直感が告げる。
     だが、引き返せない。
    「君を殺すと決めた日に、私がそう仕向けたからだ」
    「――っ!」
     音を立て、窓に罅が入った。
     感情のままに溢れかける念派を必死で抑える。でないと早乙女を殺してしまいそうだ。
     戦争で数多くの命があっけなく失われた。部隊の仲間達だけではない。敵も味方も、彼らはいずれも誰かの大切な仲間で、かけがえのない人であったはずだ。それを奪われ、奪ってきた。そういう戦いだった。そんな中どうにか生き残って、何もなければそのまま終戦を迎えられたかもしれない仲間を、彼は殺したのか。
     握った拳が軋む。渦を巻く激情と能力を鎮める。
     早乙女はその間、ただ遠くを見ていた。
     彼はもう、家族だった部隊の皆に少しも未練がないのだ。兵部だけがいればいいのだ。全てを捨て、兵部と心中しようとしたあの日、皆を愛していた「隊長」は死んでしまった。彼の裏切りを断じるのは容易いが、それをしても行くところはない。
     今や兵部にも早乙女以外は無いのだ。彼と共に行くために捨てることを決めた。旧友に会って、それを忘れてしまっただけだ。
    「いい子だ」
     怒りを抑え、行き場のない身に柔らかな抱擁が与えられる。それは愛だ。
     あの日から兵部も手を汚してきた。自分たちを亡き者にしようと追ってきた軍人や旧政府の残党。これは正当防衛だったかもしれない。他に、早乙女が殺せと言った人間も殺めた。政府の高官や利害関係者達だ。その人を生かしておくことが兵部たちの危険に繋がるのだと言われた。だから殺した。
     これは、正当防衛ではない。彼らは軍人でも兵士でもなく、自分たちを攻撃したわけでもない。
    「争いは机上から始まる。その芽は摘んでおかねばならない」
     早乙女は言った。彼の言うことは正しい。
     それでも戦争で人を殺した時よりもずっと、罪深いと感じた。
     その身に彼を断罪する資格など有りはしない。
     どうしてこうなってしまったのだろう。認められ、愛されたという喜び、傍にいて支えたいという想い、幼い頃のそんな優しい気持ちが育って、あの日に彼を助けることが出来たと思ったのに、行く先は苦しいばかりだ。何かとんでもない間違いを犯している気がする。
     いや、間違いを犯している。社会を裏切り、世界を敵に回して、彼の望むものになろうとしている。それでも愛したかった。応えたかった。
     二人で幸せになれたらよかったのだろう。身を隠して慎ましやかに生を全うすることを選んでいれば、こんな道を歩まなかった。けれど、彼には未来が必要だった。
     ――僕らは間違いを犯しすぎた。ここから幸せになるなんて許されない。だから、一緒に地獄に落ちる。為すべきことを為し、僕はこのひとの傍に居る。
     兵部は目を伏せ、早乙女の腕に身を預けた。
     それが唯一の灯のようだった。
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