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    k_kirou

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    k_kirou

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    兵部×フェザー 学園編。

     渡り鳥が空を行く。
     柔らかな太陽の光とどこまでも続く水平線の眩しさに目を細めてフェザーは眼下に広がる甲板の様子に目を落とした。大人、子供、モモンガ。パンドラを構成する超能力者たちがめいめいに与えられた仕事や休暇を過ごす、騒がしくも穏やかな光景が広がっている。
     ESPで実体を作る事に慣れてから、こんな風に晴れた日には操舵室の上がフェザーの定位置となっていた。ここからでもその気になれば彼女は船全体の様子を知ることが出来る。到底聞こえないはずの甲板上の会話も耳を澄ませばこの通り。
    「えー、マジで! それ本当?」
    「本当よぉ。あの人ったら……」
     興味深い話題にフェザーの直感が働いた。考えるよりも先に身体が動く。
    「なになに恋バナ? 紅葉ちゃん聞かせて!」
     瞬間移動のごとく甲板上へ実体を結んで、細身の彼女の肩をぐいと掴んで後ろから抱き着く。少し驚いた様子の紅葉だったが、いつものことに深くは気にしない。
    「たいした話じゃないわよ。モナークのホテルで……」
    「え! ホテル! 行ったの」
    「話は最後まで聞きなさい」
    「にゃっ!」
     額に落とされた手刀にフェザーはしょんぼりと眉を下げる。見た目の年頃が近いためか、紅葉には同年代のような話しやすさを感じていた。前に「個人的な用事」で協力しあったこともあってか、紅葉の方も同様らしい。フェザーがカタストロフィ号に来てすぐに友人と言える関係になったのは彼女だ。
     話題もそこそこに戯れていると紅葉の能力とは異なる空間の歪みが発生した。
    「紅葉! 見て見て! あ、フェザーも居るじゃん」
     瞬間移動で現れたのは澪とカズラだ。洋上の風を気にもせず、真新しいジャケットとスカートを手に掲げてみせる。
    「あら、高校の制服?」
    「そう! やっと届いたの!」
     嬉しさが抑えられないのか、澪はその場でくるりと一回転した。まだ身に着けているわけでもないので、ただ見せびらかしているだけなのだが本人は気にしないらしい。まだ中学生で、この春からようやく高校生だ。新しい生活が楽しみで仕方ないのだろう。
    「シャツとかソックスは自由にしていいんだって。普通人に舐められないようにしなきゃ!」
    「程々にしなさいよー」
     興奮気味に制服の着こなしを紅葉に相談する澪にバレないようにフェザーはそっと微笑んだ。
     薫たちと中学時代を過ごした彼女たちは高校生になっても引き続き普通人の学校に通う事にした。パンドラが運営する超能力者だけの学校と比べると能力の使用制限やカリキュラムの面でかなりの不便があるのに、友人と過ごすことを選んだのだ。
     超能力者と普通人が手を取り合う未来はこんな小さな芽から育っていくに違いない。今を生きる人たちの素直な愛が希望になる。フェザーの信じたい未来のひとつだ。
     騒いでいるうちに、居住区画の方から真っ直ぐ近付いてくる足音に気が付いて振り返った。
    「似合うじゃないか。入学式が楽しみだな」
    「少佐!」
     真木を連れた兵部はにこにこと張り付けたようなわざとらしい笑みを浮かべている。カズラは真木の表情を見て、同じような苦い顔を作った。
    「……来るの?」
    「うん、どうしようかな」
     中学校ならばともかく、高校では兵部の姿はとても父兄には見えないだろう。澪やカズラだってもう少佐離れしている。仮に年の近い近親を装ったとして……高校生は一般的にそれを喜ぶ年頃ではないのだ。
     それよりも、きっちりと漆黒の学生服と黒いスーツを着込んだ二人の姿が気になった。真木に至ってはアタッシュケースを持っている。
    「どこか行くの、京介?」
     十中八九仕事だろう。
     フェザーは空中に浮かび、後ろから兵部の頭を抱えた。カタストロフィ号の全てが手に取るように分かるからといっても、イレギュラーな能力者である兵部のことだけは本人の協力か油断が無ければ透視みにくい。こうして密着するのは一つの手段――であるわけだが。
    「フェザー。それはやめろと何回言えば……」
    「京介、恥ズカシガッテヤンノ!」
     兵部の胸元から桃太郎が顔を出す。真木は頭痛をこらえるように眉を寄せ、澪とカズラは軽蔑の眼差しを兵部に向ける。紅葉だけが涼しい顔をしていた。
     なにしろフェザーの胸が兵部の頭頂部に乗っているのである。未来の「女王」の姿を模した彼女の胸部はそれなりに、大きい。
    「だって楽なんだもん」
    「思念体に重量も何もあるか!」
    「そりゃそうだけど! あるように作ってるからあります!」
    「念動力と催眠だろ! こっちにはあるがお前には無い!」
    「無くはないわよ! ほら! ほら!」
    「誇らんでいい!」
     丁々発止、フェザーがカタストロフィ号の意志となってから何度か繰り返された光景である。呆れた澪とカズラが場所を変え、真木と紅葉が手短に仕事の話を終えたところでようやく痴話喧嘩は収束した。
    「いやー、ごめんて。どうもここに来てから、なんか、京介を離したくなくてさ?」
     多分、船のみんなの心配にあてられてるんだ。この人にいつまでもここに居て欲しいって、みんなが心の奥で願ってるから。
    「…………」
     そんな事情で兵部も彼女のセクハラを邪険に出来ないでいる。
    「で、どこ行くの?」
    「野暮用だ。大したことじゃない」
     兵部が駄目ならば、とフェザーは真木のアタッシュケースに手を伸ばす。当たりだ。
    「へぇ、『財団』に顔出すんだ。久しぶりじゃない?」
    「勝手に透視るな!」
     とはいえこれもまた形だけの苦情だ。
     兵部の知る限りでも、フェザーは常にこの船のあらゆる情報を集めている。少なくとも物理事象において彼女に隠し立て出来ることは皆無と言っても過言ではない。
     伊号は物言わぬコンピュータであったが彼女は違う。未来から来た、意志のある存在だ。いざとなればカタストロフィ号のイージスとなり得るために黙認、というのが兵部の判断だった。
     それを知ってか知らずか、透視みとった結果に十分満足してフェザーは笑う。
    (悠理ちゃんが日本へ行く根回し、ね)
     よかった、と胸を撫で下ろす。
     カタストロフィ号に組み込まれたフェザーは船を離れることが出来ない。この船の中のことならば何でも分かるが、外の世界はパンドラの情報網を通してしか知り得ないのだ。
     皆本の元で暮らすチルドレンの様子。『財団』へ預けられた四人目のチルドレンの現在。どちらも気掛かりで、けれど関わるべきではない過去の私たち。誰も知り得ない彼女たちの未来は彼女たち自身によって切り拓かれていく。大切なお友達と再会できるなら、きっとこれ以上のことはない。

     その晩、フェザーは船に帰還した兵部に呼び出された。とはいっても真木を介して、部屋へ向かうように伝えられたのだが。用事があるなら直接言えばいいのに、と思いつつ部屋の中へ姿を現す。
    「お待たせ、京介」
     既に寝支度を済ませていた兵部はベッドボードに背を預けて本を読んでいるところだった。フェザーがノックなく入って来たことも、勝手にベッドの上へ座るのもいつものことだ。読みかけの本を脇へ置き、顔を上げる。
    「用事って?」
    「調達してもらいたいものがある」
    「調達? 私はこの船から離れられないよ。真木に頼めば?」
    「いや、あいつらにはまだ秘密にしておきたい」
    「どういうこと?」
     フェザーは訝しげに兵部の顔を見た。
     兵部の部屋で交わされるのは多くの場合、密談だ。
     真木にも知らせないとなるとギリアムの元に乗り込んだ時のようにまた秘密裏に危ないことをするのではないかと身構えてしまう。
     あの時は破滅の未来を回避することが優先で、そのためなら兵部をこの手で殺すことも選択肢に入れていた。彼がギリアムの手に落ちることだけは避けなければならなかった。
     だが、今は違う。フェザーはカタストロフィ号の意志だ。
     たとえ船から離れることは出来なくとも、兵部を含め、この船のみんなを守りたいと思っている。
     フェザーの知る兵部はこの「過去」も知ることなく、最後まで戦い続けた。せっかく未来が白紙になったのだ。彼にだって、自由に生きて欲しい。
    「そう怖い顔するなよ。大したことじゃない」
     兵部は指先だけでフェザーを呼んだ。手を出すように促されて指先に触れると、接触感応を通して兵部の「作戦」が伝えられる。
    「なぁんだ、そんなことか」
     拍子抜け、と言っていい内容だった。
    「いいじゃん。そういうのなら大歓迎!」
     フェザーには少しだけ「京介」の記憶がある。それは兵部のバックアップとして大半を彼自身に返してしまったが、物語を読んだように彼のことを知っている。だから兵部がそれをやってみようと考えたのも、隠しておこうとするのも、当然の成り行きに思えた。
     肝心の物資の調達は少しばかり船への搬入物を誤魔化せば実現出来そうだ。いくら優秀な超能力者がいようとこの船においてフェザーに出来ないことはない。
    「届いたら私にも見せてね」
     片目を瞑ってみせると兵部は苦笑した。
    「まぁ仕方ない」

     確か今日が作戦決行日だったはずだ。懸念事項が報告されために当初の予定通りとはいかなくなったが、何はともあれ兵部――生徒会長のお披露目である。
    「まったく何時だと思っているんですか。こんな遅くまで制服で出歩いて」
    「お前は高校生の保護者か!」
     真木と兵部の声を聞き付け、フェザーは廊下へ顔を出した。
    「おかえり、京介」
     淡い色のジャケットに学校指定のネクタイ。指定外のシャツは普段の学ランの下に着ているものとも異なるボタンダウンで、赤いフレームの眼鏡は何のつもりかよく分からないが……とにかく高校生の出で立ちの兵部はフェザーにとっても新鮮だった。
    「似合ってるじゃん」
    「女王たちも喜んでいたよ」
     頑なに学ラン以外を着ようとしなかった頃と比べると随分な心境の変化だ。「いえーい、成功!」とハイタッチを交わす二人は見かけ通りの学生と姉貴分のようである。
    「フェザー。少佐の悪ふざけに付き合わんでくれ」
    「悪ふざけじゃないよ」
    「本気だぜ?」
     真木は隠しもせず頭を抱えた。兵部だけでも手に余るのに、フェザーが彼の味方についてしまえば常識人の真木に成す術はない。幸いなのはフェザーが兵部のストッパーとなる場面もあることぐらいだ。
     少なくとも彼女はその能力で兵部が無茶無謀を企てないように真木の気付かない領域まで彼の動向に気を掛けている。この点で真木と行動方針は同じだ。
     フェザーは僅かに浮き上がり、兵部の肩に手を置いた。
    (で、どうだった?)
    (まだ分からんな。今日は顔合わせだ)
     接触感応による密談は彼らの常套手段である。
     ここ数年沈黙していた黒い幽霊がエージェントを送り込んでチルドレンに宣戦布告ともとれる干渉を行ったのがつい先日。手を出してくるとすればやはり子供たちの周辺からだろう。
     悠理の周りは『財団』が網を張っている。企業としてパトロンや取引先などの繋がりが多数あるモナークで簡単に事は起こせまい。薫たちの通う学校は格好の標的だ。バベルの警備で黒い幽霊が出し抜けるわけがない。
     だから、パンドラが、兵部京介がやらねばならない。
    フェザーもそれに同意した。船から動けない彼女に協力出来る事は少ないが、情報収集は兵部の助けになるだろう。
    「でも高校生活か。いいなぁ、憧れちゃう」
    「……そっちの君たちは学校に行っていなかったのか?」
     兵部は不思議そうにフェザーを見上げた。
    「うーん。記憶には無いかな」
     未来の女王を元にしているなら、近からず遠からずの思い出ぐらいあってもおかしくないはずだが、彼女が「チルドレンが中学生の時に」生まれた事象ならばそういうこともあるのだろう。フェザー自身もそれに気付いているらしく、誤魔化すように笑った。しかしその表情はすぐに眩しい笑顔に切り替わる。
    「そうだ! ねぇ京介。お願いがあるの。制服のお礼だと思って、ね? ね?」
     兵部は嫌な予感がした。だが、彼女のこの手の――強引で我儘で天真爛漫なお願いを断れる人間はいないのだ。少なくともパンドラには。



    (失敗したなぁ……)
     赤い石のイヤリングに宿ったフェザーは六條学院高等部の図書室から身動きできないまま後悔していた。
     こうしている間にどれぐらい時間が経っただろうか、二度ほど授業終了のチャイムと休み時間のざわめきを聞いたが助けが来る気配はない。船から離れて行動するにあたり、機能を制限してきたのが仇になった。
     今のフェザーに自力で移動したり実体を作ったりする能力はない。精々が近付いてきた相手に幻の姿を見せる程度。
     しかしそれで騒ぎになってバベルの警備に見つかっては困る。迂闊なことが出来ないままひっそりと息を潜める……までもなく物言わぬアクセサリーとして本棚の間に収まっていることしか出来なかった。
     おそらく今行われている授業が終われば昼休みとなり、図書室を利用する生徒が大勢やってくるだろう。前の休み時間に図書委員が他意なく床から拾い上げて目に付きやすい本棚の上に移動させてくれたのが吉と出るか凶と出るか。
     学校生活に不適切な大ぶりのイヤリングは、それがレアメタル製と知らずとも目を引く。一般生徒に見つかって持ち帰られるか職員室に届けられるかしてしまったら事態はさらに困難になる。フェザーを落とした張本人である兵部が早く気付いて回収してくれればいいのだが。
     祈りもむなしく、昼休みのチャイムが鳴った。生徒の多くは先に昼食を摂るだろうに、もう何人かが図書室に入ってきたようだ。フェザーの置かれている本棚に近づいてくる足音も聞こえる。ゆっくりとした足取りは背表紙を流し見て本を探しているように思える。遅々とした歩みをフェザーはただ待ち構えるしかない。やがて、その生徒はフェザーを見つけた。
    「あれ? これって……」
     雲居悠理だった。

    『本当助かった! ありがとう悠理ちゃん!』
     イヤリングを介して聞こえるフェザーの声に、悠理ははにかんだ笑顔を返した。
    (私が薫ちゃんにあげたのになんで兵部少佐が持ってんの?)
    (しかも落としたんですって)
     内なる自分たちが騒がしいが、彼女たちとフェザーのやりとりで概ね事情は理解した。
     本来カタストロフィ号を離れられないはずのフェザーは学校生活を覗き見るべく、自分を宿したイヤリングを端末として兵部に携帯するように願い出た。とはいえ堂々と耳に付けるわけにもいかない。仕方なく手に持ったりポケットに入れたりしてあちこちを回っているうちに図書室で落とした、というのが経緯だ。
    『だからずっと気付かないってことは無いと思うんだけど……京介、絶対忘れてる』
     今のフェザーに実体があれば悠理には不機嫌露わな薫の似姿の女性が見えただろう。
     つい最近、兵部が持ち込んだ黒い幽霊の結晶サンプルで混乱が起こったばかりだというのにまたしても彼が原因のトラブル、である。このところ兵部は気が緩んでいるのではないだろうか。
     彼が楽をするのはフェザーも望むところではあるが、それと凡ミスは違う。
     ぷりぷりと怒り出す様子に悠理は思わず笑ってしまった。
    「でも、フェザーと会えてよかったわ。あなたにはお礼も言えないままだったから」
     彼女も薫と共に悠理に平和で穏やかな現在をくれた一人だ。彼女が存在しなければ悠理は彼女の未来が辿った通りの結末を迎えていたはずだった。
    『そんなの気にしないで。私の中にいるあなたもそう言ってる。幸せになってくれるのが一番のお礼だよ』
    「……ありがとう、フェザー。兵部少……会長はどこにいるか分からないから、まずは薫ちゃんのところに行きましょう」
    『よろしくお願いします!』
     悠理は手の中のイヤリングを落とさないように大切に握り込んだ。

     一方その頃、兵部はフェザーを探していた。それはもう必死で探し回っていた。今後のことをあれこれと考えながら歩いていたせいで一体いつ手元から無くなったのか少しも記憶にない。
     学校は今のところ安全とはいえ疑わしい奴もいる。万が一、彼女が黒い幽霊の手に落ちてしまえば並々ならぬ危機である。そうでなくともレアメタル結晶には色々と使い道もあるのだ、今度こそ誰にもバレないうちに回収しなければならない。
     昼休みの廊下を足早に歩いて女生徒の黄色い声を適当にいなし、今日通ったはずの道をくまなく探していく。まだ教師や生徒に渡ったという情報は得ていない。
     ――薫ちゃん達の通う学校を見てみたい。
     フェザーの要望を叶えたのは彼女の押しが随分と強かったことと決して無関係ではないが、現状が少しばかり不憫だと考えたことが大きい。
     破滅の未来から来た彼女はバベルの記録によると目的を果たす合間に随分とこの世界を謳歌していた。興味と好奇心のまま食事や遊興を楽しみ、着飾ることもしたようだ。
     彼女の認識と言うべき未来の記憶ではおそらく、それらは戦乱によって失われていたはずだ。薫に近しい性格を持つ彼女が友人と笑い合う時間を好むのは想像に難くない。薫のように、いや、薫以上に奔放な性格もそれらを失った反動と考えると説明がつく。
     だがカタストロフィ号の意思となった彼女は自由に船を離れることが出来ない。船にも相応のレジャー設備はあるものの、隔離された空間である以上、陸とは趣が異なる。少なくとも自由とは言えないだろう。
     だからたまには連れ出してやりたいと思った。有事に備えた実験的な意味もあるが……どちらかと言えばそっちはついでだ。
     兵部は窓のサッシや消火器の影など、目に付きにくい場所を重点的に見回しながら廊下を進んだ。どこで落としたか全く記憶にないものの、生徒にまだ見つかっていないのならば探す場所は限られるだろう。そうこうしているうちに対面から薫が歩いてきた。
    「きょろきょろしてどうしたの、京介?」
    「女王」
     また何かやばいもの落とした? と薫が声を潜めて尋ねる。彼女にはお見通しだ。
     チルドレンになら知られても問題ない上に隠し立ても出来ないだろうと思って協力を取り付けるために兵部は潔く事情を説明した。初めは心配そうだった薫の表情はみるみるうちに白けていった。
    「……京介。あれは悠理ちゃんが用意してくれた大事なイヤリングだって言ったよね?」
    「う……すまない……」
     釈明の余地がない。なにしろ完全な不注意だった。
    「もう! 落としてから言っても仕方ないか……葵なら探せるかもしれない」
     薫はスマートフォンで手早くメッセージを送った。すぐに返信が来たようだ。
    「こっちに向かってる、だって」
     いまいち噛み合わない内容に二人して首を傾げる。
    「フェザーが自力で動くことはないはずだが……」
    「というかリミッターつけたままだと葵もそこまでは分からないような……」
     リミッターが解禁されればチルドレンや指揮官である皆本と松風に連携されるはずだ。そうなっていない、ということは兵部にとっても好都合であるが。
    「薫ちゃーん!」
     しばらく待っていると悠理がやってきた。葵と紫穂も一緒だ。
    「会いたかった! 薫ちゃん!」
     全くの遠慮なく悠理が薫に抱き着く。
    「待って悠理ちゃん! あたしたち同じ教室からそれぞれ職員室と図書室に行ってただけだよね でも嬉しい!」
     熱烈なハグに薫も負けじと抱き締め返す。満足した悠理は兵部に向き直り、手の中のイヤリングを差し出した。
    「兵部さん、これを」
    「君が見つけてくれたのか。助かったよ」
    『きょ、う、す、け?』
     兵部が受け取るなり、近距離に集まった一同にテレパシーでフェザーの声が聞こえた。
    『悠理ちゃんに見つけてもらえてなかったら大変だったのよ!』
     かなり怒っている声と態度にチルドレンは苦笑した。どことなく薫が皆本に反抗する時に似ている気がする。
    「悪かったよ。僕の不注意だ」
    『これっきりにして! っていうかやっぱりちょっとは動けないとまずい!』
    「……鳥型のデコイでも用意するか」
     溜息混じりに兵部は眼鏡越しの視線を赤い石へ落とす。
    『それならティムのがいいなぁ。ね、バベルに頼んで?』
    「贅沢言うな、うちはパンドラだ」
    『え~ケチ~!』
     薫は彼の様子にどこか新鮮な気持ちを覚えた。兵部は彼女に対して自分に接するのと同じぐらい大人しい。心なしか雰囲気も柔らかい気がする。フェザーが「未来の女王」だからだろうか。彼女の方も兵部に――薫がやきもちを妬く羽目になった皆本への対応と同じくらい親しげだ。ただ、一方的に言い寄っていた皆本相手の時とは違って、お互いに気心の知れた関係のようにも見える。
     彼女がカタストロフィ号の、兵部たち(パンドラ)の仲間になったから彼も気を許しているのかもしれない。
    「何はともあれ一件落着やな」
     成り行きを見守っていた葵と紫穂がゆっくりと歩き出す。
    「お昼は生徒会長室に行きましょう。フェザーの話も聞きたいし、廊下よりも気兼ねなく話せるでしょ?」
     そこに居る生徒会長の許可は取るまでもない。
    『賛成! あなたたちの話も聞かせてね?』
     連れ立って騒がしい廊下を歩く。六條学院高等部の昼休みの、兵部や薫にとってのいつもの風景だった。
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