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    k_kirou

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    六スマ365日の2月6~14日

    如月22月6日
    「あれは何だい」
     言った後にいつものことだと思った。僕は最近何でも六に聞いてしまう。六は物知りだから僕の知らないことを沢山知っている。花の名前、鳥の名前、雲の形に行事ごと、そして人の暮らし。
     知らなくても生きていけるそれらのことを六に聞くのが楽しい。僕は覚えが悪いからしばしば忘れてしまうけれど、六だって僕が何を聞いたかそれほど覚えていまい。
    「あれはロウバイだな」
    「梅かい」
    「いや名前も香りも似ちゃいるが別物だ」
    「へぇ」
     僕はしげしげと黄色い花を眺めた。うん、なんだか見たことある気がしてきたからきっと前も聞いたに違いない。去年だったか今年だったか知らないけれど。
    「……頭の回転は速いんだよな、お前」
    「何だい急に」
     言いたいことがあるなら言えばいいのに。その苦笑は悪い意味じゃないんだろう?

    2月7日
     たまに、こんな日がある。
     記憶の蓋が開いて剝き出しの神経が世界に晒されているような日が。そうなると僕は自分が透明なのか不透明なのかすら分からない。ただ痛い頭が呼吸するばかりなのを宥めて誤魔化す。
     僕がスマイルである以上、人前ではそれらしくしておきたいというのが信条だ。ご機嫌よう太陽は今日も穏やかですね春に期待という風に。
    「……疲れた」
     長く生きているから、仕方がない。僕には色々なことがあった。そして長く生きているからこの不愉快の付き合い方とも心得ているとも。
     それでも消耗はする。
    「やけに甘えるじゃねぇか」
    「……そうね」
     君は僕にそれを自覚させるのだけど、離れられないからとても厄介だ。

    2月8日
     昨日を過去にする方法を僕は色々と知っている。
     例えば目が覚めたのなら微睡む前に身体を起こしてさっさと顔を洗って一日を始めるとか、あれこれと予定を詰め込んだりちょっと遠出をしたり、特売だとかのどうでもいいけど役に立つことに必死になってみたり、そうしてご飯を食べて日が暮れて、そしたら今日が終わって昨日が過去になる。
     ……うん、これは違うな。これらは全部六が言ったり僕をそんな風に引っ立てたりしたことで、僕が見出してきたことじゃない。彼は僕の知らない色々なことを知っていて、僕に教えてくれる。僕に新しい習慣が出来る。
     記憶が思考を侵食しているとどうにも現在が曖昧になる。それを現在で埋めてしまえと、生きる彼は言うのだ。
     もし未来を見るなら、僕はそうしているだろうか。六の言ったことを覚えて、続けて、埋めているだろうか。そうしたいのなら僕は、今からでもやるべきで、彼の姿を記憶から、現実から、探す。

    2月9日
    「ピアノ線を貰ったんだ」
     と、僕は手の中で円形に束ねられた癖の残るそれを弄んだ。
    「何で?」
    「なんか、あったから」
     それ以上の理由はない。子供が気に入った形の石ころとか棒を拾ってくるのと同じで、僕はそういう生き物だ。
    「これも弦だからギターに張れば多分音は鳴るんだけど」
     ここでやるのは少し面倒くさいかな。城に居る時にバンドメンバーで騒ぎながら遊ぶのが面白そうだ。だからそれは今度にすることにして、手袋越しの指に巻きつけてみた。
    「推理小説なんかじゃよく犯罪に使われてるよね」
     指と片手を上手に使ってくいっと絞める。これで飛ぶのかな、首。本当に? 試すわけないけど。
     六はスプラッタな映像を思い出したのか、僕の指を痛そうに見た。
    「仕事道具で遊ぶなよ」
    「どっちが、だい?」
     こんなのは手袋に食い込んだ線、それだけさ。

    2月10日
     珍しく六が鏡の前で化粧道具を広げていた。
    「撮影かい?」
     それなら楽屋もメイクさんもあるだろうに、と口に出した後で気が付く。
    「ちょいと傾奇者のダチに会うのにな」
    「ふむ」
     六は面白い。
     化粧なんかしないという男前に見せかけて実はこんなところがある。僕は透明人間だし、何て言ったってヴィジュアル系のバンドマンだからそれはもう頻繁に化粧をするのだけど、多くの男は化粧をしないものだ。業界の人間はまぁ人前に出る時にちょっと顔色や目鼻立ちをよく見せるだとかそういう細工をやるけど、派手にするのは滅多にない。
     それが六はただの趣味で、ファッションで化粧をする男なのだ。それほど几帳面ではない彼は、決まって目元に朱を引く。
     そうなった顔は彼の気性の妙を引き立てて、結構好きだ。
    「ね、僕がやっていい? いつも通りにするから」
     手に取った化粧用の筆を置いて六は笑う。
    「任せた」
    「それじゃあ目、開けててね」
     筆を取って肌に手を添える。朱を引きやすいように逸らされた目は交わらない。だけど静かで、真摯で、いいなぁって思った。

    2月11日
     映画を見に行った。
     僕と六とで映画を見に行くなんてこと、そう無い。
     僕はまぁ時々、時間潰しのつもりで劇場に入ることがある。いくらか昔と違って今の映画館は完全入れ替え制で、たとえ名画座だって途中で気軽に出入りして気の向くままぼんやりしているということは出来ないし、時計に縛られすぎている現代の僕たちはそのための時間だって多くない。だからちゃんと上映時間を調べて、入るのと出るのに都合が良ければ観るという寸法。
     六の方は仕事の付き合いやなんかで邦画を時々観に行っているらしい。それは勿論予め、或いは当日に計画して座席を抑えて、というお行儀の良い振る舞いだ。
     そう、僕たちって生活以外は割と、各々で行動しているのだ。別に趣味が同じわけでもない。だけどたまに、合うのだ。
     テレビを見ながら僕は言った。
    「あ、これ面白そう。今やってるの?」
    「みたいだな。ああ、あの監督か」
    「ん……今日のレイトなら間に合うし座席あるね。ド真ん中取れるよ」
    「行くか」
    「行こう」
     それで珍しく一緒に映画を見て、冷え込んだ冬の夜に劇場を出たわけだ。
    「お店全部閉まってるね」
    「そりゃあな。もう零時近い」
     帰りが遅くなってこの時間の街を歩くのは珍しいことじゃあないのに、映画を見た後ってどうしてか非日常に感じてしまう。眠る街、それ自体が映画の余韻染みていて、語らう感想は口数少なく「良かった」だけで事足りる。
     それでも、家路を急ぐ人々が向かう駅前だけは日常が満ちている。
    「終電あるけど、タクシー乗っちゃう?」
    「乗っちゃうか」
     僕を真似た口調が面白かった。

    2月12日
     六はこの現代においても平時は着物スタイルを貫いている侍なのだけれど、洋服も着ないということはない。普段着が着物で、ちょっとした外出となった時に洋服が選択肢に入る、そんな暮らし方をしている。だからあまり沢山の洋服は持っていない。無いこともないけど、一週間着まわすのは難しいといった具合。
     そしてここ最近それを増やすのは大概、僕だ。
    「俺に?」
    「うん。君に似合いそうだと思って」
     訝しげにしながら六はロゴの入った紙袋の中身を取り出して広げた。
    「……思ったより普通の服だな。お前のことだから何か変な模様とか、意味不明な形だとが出てくるかと思ったが」
     当たらずとも遠からずだ。
    「そこ、僕のお気に入りのブランドなんだ。普段は君の言うみたいな変わったの出してるよ」
     目に痛い色の総柄変形裁断パーカーとか。だけど今年のコレクションのテーマはクールなジャポニズムなのだ。
    「へぇ……」
     六は裏返してみたり縫製を確かめたりとしげしげと眺め回した。そしてはたと動きを止める。
    「待て、つうことはこれ高けぇやつだろ」
    「んー……。まぁ」
     気軽なお土産にする値段ではないね。プレゼントにするとしたら年に一度の特別な日にも見合うかな。彼の目なら質の良さは見てれば分かるし、タグのブランド名で調べればすぐにバレるので誤魔化さないでおく。
    「今回は毛色が違って恰好いいなぁって思ったんだけど僕には似合わなくてさぁ。君の体格ならハマると思って」
     さぁ着て見せてごらんと六を立たせる。
     どこに着て行けって言うんだよとぼやかれたけど知らない。僕が見たい日に今日着なよって言ってあげるから。

    2月13日
     街に甘い匂いが満ちている。商業地はどこもかしこも赤やピンクのポスターやのぼりを立てて、世界を幸福で満たそうとしてる。これが日本のバレンタインだ。
     着飾った女の子達がデパートへ吸い込まれていく。そこは自分の愛を形にできる品物を探す戦場なのだと、共演者の誰かが熱っぽく語っていた。
     それじゃあ僕も、なんて唆される気持ちが芽生えてくるのだから宣伝ってすごい。けれどついに前日となった今日、僕みたいなのが這入りこむにはちょっと敷居が高い。それに六はチョコレートが好きというわけでもないんだから、同じデパートでも催事売り場はそっとしておいて、海鮮の類なんか見繕って今日も今日とて酒の肴と洒落込もう。
     通りすがったお酒売り場で、ワインは兎も角日本酒までバレンタインにラッピングされているのには少し笑ってしまった。日本人って本当にイベントごと、大好きだよねぇ。

    2月14日
     そしてバレンタイン当日、僕は六にチョコレートを差し出されていた。いや、正確にはいつものちゃぶ台の上で、きちんとしたお渡し用の紙袋に入ったそれを滑らせて僕へ寄越してきた。
    「……こないだの、服の礼に」
    「わぉ」
     取り出したそれはもう見るからに本命に大事に渡しますと言えるだけの煌びやかで立派な箱に入ったチョコレートだった。
     バレンタインのチョコレートは職業柄、とても気合の入った市販品を山のように貰うので一角の知識がある。これはすごいやつ。
    「奮発したね?」
    「そっちより店員の女の目が辛かった」
    「え、睨まれでもしたの?」
    「すげぇにやにやされた。拷問かよ」
     君も何でこんな時期にチョコレートにしようと思ったのとは黙っておいてあげた。服をあげたのはつい先日のことだから、大変な混雑だったことだろう。まぁ街の雰囲気を見れば惑わされるのも無理はない。
    「ありがとう、大事に食べるよ。……いや、一緒に食べようか」
     濃くて苦いコーヒーを淹れてあげる。そしたら六だって美味しく食べられるのだから。
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