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    k_kirou

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    k_kirou

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    不穏回(だいぶ荒いので清書の時頑張ります)

    早兵逃避行IF6 日本と海を隔てた大陸の某国、拠点のひとつであった西洋風の民家に早乙女は伊號装置を設置し、そこを暫くの本部とすることに決めた。これまで各地を転々としていた中、ようやくの定住の地である。戦争で政府が混乱状態にあるこの国はならず者の処置にまで手が回っておらず、早乙女達の活動に都合が良かった。
     戦後、戦勝国や敗戦国を問わず、超常能力者の多くは軍や関係組織から居場所を無くしつつあった。従軍を経て華々しい戦果を上げ、英雄になれた者はいい。そうでないもの、特に感応能力を諜報に利用していた者の扱いは酷いものだった。念動能力者や瞬間移動能力者にしても元の暮らしに戻るには差別が残った。そうして行き場を無くした者達の受け皿となったのが非合法な組織だ。ただの荒くれ者の集まりに過ぎない場合もあれば、ある種の反社会的な思想を持つ集団もあった。
     早乙女は後者のような組織に対して横断的に情報提供と利害調整を行って支援をし、見返りとして情報と資金を得ることを当面の方針と定めた。
     故に、早乙女の元には様々な人間が出入りした。雑事に対応するため、補佐や警備に当たる者も雇い入れられた。超能部隊とは異なり戦闘能力を持つ組織ではないため依然として戦力らしい戦力は兵部のみであったが、出入りする人間の殆どは超常能力を持たないため、彼ひとりあれば事足りた。
     便宜上、早乙女は自らの部下や利益を同じくする者を「同志」と呼んだ。兵部はそれを受け、彼らのことを超常能力者の待遇改善のために働く者達だと誤解しているようだ。しかし実情は各々の目的と利益のために腹の探り合いをする蛇でしかなく、早乙女自身もそれは例外ではない。あくまでも未来のために――兵部が世界を相手取り騒乱を企てる指導者となるために必要な情報と縁を得るための手段だ。
     そのうちの一人から手渡された報告書に目を通して、早乙女は笑みを口の端に乗せた。
    「やはり甘さが捨てきれない」
     紙面には蕾見不二子が日本で生きている、とあった。想定の範囲だ。あの場で不二子を確実に殺しておきたかったのなら、彼女の生死を早乙女自身が確認するか、兵部と共に銃弾を撃ち込むべきであった。それをしなかったのは彼の能力と信頼を測る十分な成果だったからだ。彼女はいずれ排除すべき存在であろうが、それは今ではない。
     もう一通の報告書については知らせた方がいいだろう。
    「京介、来なさい」
     早乙女の執務の間、書面の見えない場所に自ら待機している兵部を呼び寄せる。
     早乙女は策略家であると同時に研究者でもある。
     超常能力は精神の作用で大きく力を増す。そして一度扱い方を理解した能力を兵部は自在に操る才能がある。故に、彼に与える情報の制御は重要だ。
     透視能力者でもある兵部に本来隠し事は出来るものではないのだが、彼は早乙女を信頼しきっている。知る必要はないと伝えたことはそれ以上知ろうとせず、早乙女が口にしないことは自分の知らなくていい事柄だと理解している。
     恐れもあるのだろう。
     彼は早乙女の考えることを理解できないほど愚鈍ではない。知れば、早乙女と共に犯した自分の罪を強く自覚せざるを得ない。そして同時に、一度でも透視すれば早乙女を裏切ることになる。
     かつて宇津美を諜報の右腕としていた早乙女にはいくらかの心得があった。
     仮に兵部が早乙女の企みを全て知ったところで、今更離れることなど出来ず、出来たとして精々が自害か心中だ。それならそれで構うまい。
     従順に早乙女の傍についた兵部に書面を渡す。
    「ドクイツのエスパーの少年……ファウストくんだったか。彼はもう何ヶ月も前に、総督の後を追って自決していたそうだ」
    「……そうですか」
     行方知れずとなり訃報すら聞かない者もある。こうして知らせが届いたのは幸運であっただろう。
     兵部はその場で黙祷を捧げた。
     ゆるやかに兵部は独りになっていく。彼の止まり木となる場所は早乙女の元の他にない。彼の力ならば早乙女を置いてどこにでも行けるのだ。しかし、それを遂げる意志が無くては誰も飛ぶことなど出来ない。銃口を向けたあの日、早乙女がそうであった。
    「すまない、落ち込ませてしまったね」
    「いえ。知らせてくださってありがとうございます」
    「おいで、京介」
     父であり、母であり、兄であり友であるように。早乙女は温かく肩を開いた。
    「――、」
     その首に兵部が縋る。
     ヨハネス・ファウスト。彼と出会ってからの兵部の成長は眩いものだった。戦争が激化し、子供同士それほど多くの交流があったわけでもなく、思想信条も大いに異なっていた。しかし境遇も能力もよく似ていた彼の活躍は兵部の良い目標となっていた少年だった。
     若く才能ある者が命を落とすのは早乙女とて不憫に思う。彼が仲間に加わっていたら魅力的な戦力になっただろう。しかし兵部に並びかねない力は不要だ。どの道、彼の思想では早乙女とは相容れなかったのだ。ともすれば敵になっていた可能性もある。
     であれば、好都合だったと捉えるべきだ。
     兵部は涙を流さず、早乙女の肩で静かに友の死を悼んだ。
     同胞の死はいつも胸の内が欠けていくようだ。人の命を奪っておいて身勝手かもしれない。けれど、兵部を知る者が、仲間が、居なくなってしまうことは果てのない孤独を抱かせた。背を慰める手だけがそれを埋めてくれる。
    「隊長、今日はお傍に居てもいいですか」
    「すまないが装置の調整をしなくてはいけなくてね。技術者の来客があるから部屋で休んでいなさい」
    「そうですか。なら、はい」
     身を話す前に少しばかりの我儘として早乙女の首元にもう一度、深く顔を埋める。
     このところ自分でもこういったことが増えたと思う。今も早乙女の言葉があって部屋に戻るが、心情としては執務の間、片時も離れることなく傍に居たい。彼の警護のためという理由もあるが、そうすると一人で過ごすよりも安心できた。まるで子供染みている行いを早乙女は拒まないから、つい甘えてしまう。
     部屋を出る際にすれ違った警備に立つ男の声が耳に入った。
     ――稚児か妾のようだ。
     明らかに兵部に向けられた言葉に下卑た目を睨み返す。
     彼らには分かるものか。ただ早乙女の手腕に尾を振っている野良犬共が。早乙女が、兵部が、何を失ったか知りもしないのだ。
     全てを裏切って生き残った。
     未来を予知通りに迎えるとすれば、兵部は肉体の成長を止めねばならず、もうあまり時間はなかった。だが早乙女の提示したテロメアの操作による老化のコントロールを為すには能力が不十分だ。
     もし未来と異なる成長をしてしまったら、早乙女を失望させるのではないだろうか。彼の愛情を失うのではないだろうか。
     兵部の知る早乙女であれば、そんなことは気にする必要のない誤差の範囲だと声を掛けてくれると信じられた。厳しいところはあるが不可能を要求したりはしない。しかし、今の早乙女を理解できているとは思えない。
     彼は変わってしまった。目を逸らし続けていたが、不二子とのことがあってからは認めざるを得ない。
     このところ早乙女は回収した伊-八號の装置ばかりを見ている。投影機器の接続が上手くいかず、まだあの未来を映し出すことが出来ないと言っているが本当だろうか。その真実は知らない方がいい。信じなければ信じられない。
     それにあの装置が使えるようになれば兵部はきっと再び「女王」を目にするだろう。愛する人に撃たれて幸せに笑う彼女と同じ道を歩んでいれば何かが違っていたかもしれないと考えてしまう。初めて見た時は彼女の未来を変えたいと思った。だが、銃口を突き付けられ、その悲劇を回避した先が更なる悲劇ではないと誰が言えるのだろう。
     苦しいばかりのことだ。
     あの日、早乙女の手をとったことは本当は間違いだったかもしれない。一緒に過ちを犯すことを飲み込んだはずだった。でもその底を知らなかった。汚れた手ではもう何も見いだせない。
     不二子は生きているだろうか。命令とはいえ、彼女を殺すなど到底出来ずにとっさに早乙女を欺いたが、あれほど精密な能力の行使は初めてのことだった。失血量が多く命を失っているかもしれない。もし生きているなら自分のことは忘れて幸せになってほしい。彼女が写真立てに触れていればきっと、感応能力でそれが伝わっているはずだ。
     もう戻れない道なのだから、全てを捨てて早乙女の望む超常能力者になる。早乙女の手を取り、自分達のために手を汚した日から行き着く先はそこしかない。
     未来の彼女に会えたならこの悲劇を伝えよう。出来ることはそれだけだ。
     与えられた部屋で寝台に横たわり、目を閉じた。明日が来なければいいと思った。


     夜が深まり、静まりかえった執務室で、早乙女はじっと投影機を覗き込んだ。
     あの絶望の日から暫く時間が経ってしまったが、映し出される予知映像は早乙女の望んだもののまま変わりない。むしろいっそう鮮明になったように感じる。色の抜けた髪を美しく靡かせ、今と変わらぬ姿で今以上の凛々しさを備えて笑っている。
     これが早乙女の望む兵部だ。早乙女の絶望であり、希望だ。
     死んだイルカはそれ以上のことを教えず、ここに至る経緯も分からない。だがここに不二子が居ないのは確実だろう。周囲にいる仲間らしき人物の顔ぶれも見る度に変化し、そのどれもが年若い青少年だ。今生きている者は誰も兵部と共に行くことはない。彼はきっと独りになる。
     あの柔らかく揺らぐ瞳が凍てつく日が来る。
     早乙女は深く笑みを浮かべた。
     人は与えられた能力を活かすべきだ。そして真に能力のある者に支配されるべきだ。そうでなければ人はあの戦争のように過ちを繰り返す。
     早乙女が軍に入ったのは能力を活かす場所が欲しかったからだ。自分の力を試し、社会に認められることを成し遂げ、幸福になりたかった。ただ優秀であること以外、取り立てて特別ではなかった早乙女にとって、鼻つまみ者だった超常能力者の部隊を組織し、輝かしい成果を上げることは己の能力を発揮できる最高の事業だった。
     しかしそれは戦争で全て潰えた。
     だが兵部京介が残った。
     世界がもう一度愚かな戦争への道を歩むとしてもそれは必要な破滅だ。彼が世界を創り替え、能力があるものがそれを存分に発揮して支配するものにしてくれる。
     否、これは協力者を募る方便であり夢想であるが核心ではない。
     ただあの美しい兵部京介が見たい。
     一度は自らの手で摘もうとしたそれを、まだ早乙女は完成させることが出来る。自分の命が尽きているであろう遠い未来、この目にその姿を映すことは出来なくとも凛として怜悧なあの双眸の心のうちにある歴史になりたい。
     早乙女の目には予知の中核である「破壊の女王」は映っていない。投影機の中に彼女が映し出される時、彼の目は兵部を見ている。
     美しく成長した兵部。自分の育てた兵部。愛おしい兵部。世界を変える兵部。
     彼は永遠だ。
     必要な準備は整いつつある。封筒と便箋を取り出し、早乙女は万年筆を執った。暗い部屋に深く、深く笑みが沈む。
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