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    基本倉庫。i:騙々氏

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    ブラアキ。コラボメニューを食べに来た話。モブ女視点

    ##ブラアキ

    憧れの人に嫉妬される日「キャーーーー!!!!」
     突然の叫び声に、私は驚いてまだ噛み切ってない肉を飲み込んでしまった。苦しさに咳き込みながら水を飲めば、前に座っていた友人が「ちょっと、ちょっと!」と手招いてくる。
    「ブラッド様、ブラッド様!」
    「へ?」
    「だからっ、ブラッド・ビームス様が、サウスのルーキー連れて店に来てるっ!」
     その言葉に、立ち上がりそうになる腰を何とか椅子に留めて、店の入り口へと視線を向けた。
     穏やかな笑みを浮かべながらホールのスタッフと話している立ち姿。私は目をぱちくりとさせた後、真っ赤になった顔に手を当てた。
    「うそ……マジで? え?」
    「同じ研修チームのコラボだから、ワンチャン来るかも…ってSNSでも言われてたけどさ。本物だよ、本物のブラッド様だよ」
     そう言いながら、友人が興奮したように目を輝かせている。穏やかにコラボフードを楽しんでいた店内は、ブラッド様が来店した瞬間、ざわつきが止まらない。
     案内するスタッフも顔が真っ赤だ。そりゃそうだろう。
     ニューミリオンを守る、この州にとって欠かせないヒーローという職業。数いるヒーローたちの中でも、ブラッド様は特に女性にとってはアイドル以上に特別な存在だ。
     高収入、高学歴、高身長。おまけに顔良し、頭良し、実家良し。今年からは研修チームのメンターリーダーまで務め、忙しい中でもファンサービスを忘れない。握手したことがある人の話では、すごくいい匂いがするそうだ。雑誌の特集では芸能人を差し置いて結婚したい男ナンバーワンに輝くほどの、女性の憧れ。
     そんな非の打ちどころのないヒーローが、レッド・サウスの平凡なチェーン店に来たのだから、騒がれても無理はないだろう。
     ブラッド様はスタッフの案内に従って席へ向かう。騒がれるのには慣れているのだろう。気にした様子はなく、むしろ微笑みを浮かべながら手を振り返している。
     そして、その後ろをついていく赤い男。騒ぐ店内に呆れながらも、ブラッド様に肘で小突かれて引きつった笑みを見せる彼には見覚えがあった。
    「あれって……アキラくんだっけ?」
    「ブラッド様のメンティーの一人でしょ。ウィルくんの幼馴染だって話だし、様子見にきたんじゃない?」
     興味がないのか、友人はすぐにブラッド様へ視線を移すとうっとりした顔を見せる。

     鳳アキラ。ブラッド様のメンティーということで、注目を集めている新人だ。よくブラッド様とパトロールのペアになっていることが多い。
     彼はブラッド様ファンの中では少し有名だ。それと言うのも、ブラッド様のメンティーに相応しくないとして一部――特にブルー・ノースの女性によく思われておらず、度々SNSでも話題になっているのが理由だった。以前のメンティーが、麗しい王子様として人気だったマリオンくんだったのも、拍車をかけているのだろう。
     アキラくんは不良だったという噂もある。王子様ペアから一転、真逆の少年が隣に立てば、一部の古参ファンが黙っていられる筈もない。おまけにハロウィンでの一件もあり、アキラくんは好き嫌いの分かれる稀有なヒーローとなった。
     そんなアキラくんだが、同じくブラッド様ファンである私は、彼にそこまで悪いイメージを持ったことはない。LOMでは皆と協力しているし、パトロール中もサブスタンスが現れた時は市民の避難誘導が早い。ヤンチャだが可愛げのある弟といった印象だ。
     彼らは店の中央にある席まで移動していく。しかし、アキラくんが何か訴え始め、次いでブラッド様が困ったようにスタッフへ声をかけた。何か揉めているようだ。しばらくすると、二人はこちらに近付いて――。
    「え、うそ、うそ」
     友人が、隣のテーブルをチラチラと見始める。先ほど別の客が帰ったばかりの席を慌てて片付けるスタッフに、私もそわそわとし始めた。
     そして予想通り、綺麗になった席へ座る二人に、友人と声にならない叫びをあげる。
    「~~~~!!」
     私の隣にアキラくん、そして向かい合うようにブラッド様がいる。
     ブラッド様は私たちと、逆側にいる客へ会釈すると、アキラくんに向かってため息をついた。
    「あまり我儘を言うんじゃない」
    「はぁ? あんな席に座ったら、ジロジロ見られて飯どころじゃねーだろ。だからテメェと来るのは嫌だったんだ」
    「そのことについてはお前も一度納得しただろう」
    「そうだけどよ。お前があんなこと言うから……クソッ」
     そう言って舌打ちするアキラくん。どうやら噂は間違っていないようだ。不躾で物怖じしない態度に、思わずぎょっとする。他のヒーローたちからも一目置かれているブラッド様に、到底入所したてのルーキーが見せる態度ではない。
     ブラッド様は仕方ないとばかりに肩を竦めると、水を運んできた店員にコラボメニューを注文する。失礼がないよう、なるべくブラッド様たちの席を見ないように食事を再開していると、眉を顰めた友人が声を潜めながら顔を近付けてきた。
    「ねぇ、ちょっと……ブラッド様にあの態度なんなの?」
    「まぁ……ヒーロー適正は性格や経歴で決まるわけじゃないからね」
    「やだなぁ。あの子、絶対食べ方も汚いよ」
     彼女はどちらかと言えば、マリオンくんとブラッド様の王子様ペアを応援していたタイプだ。アキラくんのことはまだ認めることが出来ないのだろう。
     不満そうな彼女を宥めながら、私は横目で隣の席を見た。前菜とスープが運ばれ、早速口につけたアキラくんは、先ほどまでの不機嫌さから一転、美味しいと顔を綻ばせている。
    「すげえ、このスープはオレなんだよな? いい感じに辛さが聞いてて美味えじゃねーか」
    「ああ、お前の熱いイメージが色と合わさってよく表現されている」
     ブラッド様も気に入ったのか、どこか機嫌がいい。
    (……ん?)
     私はそこで、隣に座るアキラくんの食事風景に小さな違和感を覚えた。けれど、それが何なのか分からない。
     続いてパスタ、肉料理が運ばれてくる。アキラくんはフォークとナイフを手に持って、そこでようやく理解した。
    (あ、この子……マナーがいい)
     私は普段、フレンチのホールスタッフをしている。だから、食事のマナーや接客は、職業柄どうしても目についてしまう。
     だからこそ気付いたのだが、アキラくんはカトラリーの持ち方が綺麗なのだ。会話をする時必ずカトラリーを皿にハの字で置いていて、食べ方も静かで落ち着いている。見た目からは想像がつかない洗練された仕草に、私は思わず魅入ってしまう。
    「どうしたの?」
    「あ、いや」
     アキラくんを横目で見たまま固まる私に、友人が首を傾げる。しまった、やってしまった。人の食事を不躾に見るなんて、失礼にも程がある。
     慌てて視線を戻す。けれど、前を向いた瞬間、こちらを見るブラッド様と目が合って、その表情に思わず息を呑む。
    「……っ」
     アキラくんを見ていた私を見ていたのか。どこか自慢げな、誇らしげな笑みに、私は顔を真っ赤にさせて俯いた。そんな顔をされれば、嫌でも分かってしまう。
    (なるほど、アキラくんのマナーはブラッド様仕込みというわけか……)
     所作が美しくて当然だ。私は恥ずかしさを誤魔化すように、残りの肉を口に入れた。すると、隣から不機嫌そうな声が聞こえてくる。
    「あのよ、ファンサービスもいいけどよ、オレたちは飯食いにきてるってこと、忘れてねーよな?」
    「当然だ。……パスタも奇抜な見た目に反して整った味が意外だったな」
    「ああ、美味かったぜ。それに、パスタってブラッドに似てるよな」
    「どういう意味だ」
    「長くてひょろひょろしてていっぱいあって、くるくる回しながら食べるところ」
    「…………」
     いや、全く分からない。周囲で聞き耳を立てていた客たちも同じ気持ちだろう。ブラッド様も黙ったまま悲しげな目を見せている。
     二人はパスタと肉料理を平らげると、デザートを待ちながら食事の感想を言い合っていた。既に私たちは食事を終えている。名残惜しいが、いつまでも座り続けるわけにはいかない。席を立とうとしない友人に「そろそろ出ようか」と伝えると、鞄を手に持った。その時だ。
    「あ、あの、いつも応援してます! あ、握手をしてもらってもいいですか…!」
     席を立った友人が、チャンスだとばかりに握手を求めている。私に目配せしてくるが、とんでもないとばかりに首を振った。席が近い今でも心臓が破裂しそうなのだ。ブラッド様と握手したら、多分そのまま気絶する自信はある。
     ブラッド様はお礼を言いながら握手に応じた。本当に、何もかもが美しくて、完璧な人。アキラくんはその様子を呆れながら見守っている。少し寂しそうに見えるのは、同じヒーローとしての嫉妬だろうか。
     見惚れていたせいか、手に持っていたスマートフォンが抜け落ちる。それは私の足元でバウンドすると、二人のテーブル下へ滑っていった。
    「あっ、すみません」
     私は焦りながら拾おうとしゃがみんだ。しかし、そこで衝撃の光景を見てしまう。
    (…………)
     アキラくんとブラッド様の席。テーブルの下、互いに伸びた足が、絡み合っていたのだ。
     それは私がしゃがみ込むと同時にスッと離れていく。
     一体今のは何だったのか。固まった私に焦れたのか、握手を終えた友人が代わりにスマートフォンを拾ってくれた。
    「ほら」
    「あ、ありがとう」
     受け取りながら、視線を二人に向ける。ブラッド様は話しかける友人に笑みを浮かべているし、アキラくんも頬杖をつきながら唇を尖らせている。テーブル下で見た甘い空気など、微塵もない。
    (気のせい……?)
     幻覚でも見たのだろうか。……いや、そんなわけがない。私は放っておいたらいつまでもブラッド様に話し続けそうな友人の背を押して、その場を離れた。

    「もうちょっとブラッド様と話したかったなぁ」
     そう言って歩きながら肩を落とす友人。私は適当な相槌を打ちながら、ぼんやりと思い出す。
     離れる寸前チラリと見えた、赤い髪から覗く真っ赤な耳。
     それが全てを物語っている。
    「そうか……そうかぁ」
     失恋と言えるほど恋をしていなかったことは幸いだ。まさか、ブラッド様の恋人が十歳も下の後輩だとは誰も思うまい。
     私は衝撃の事実に呆然としたまま、友人のブラッド様トークに相槌を打ち続けた。



    「今の、絶対バレたぞ」
    「何がだ?」
    「いや、だから……はぁ。もういい」
     そしらぬ顔を見せるブラッドに、アキラはため息をつく。
     ウィルとオスカーの様子を見に行きたい。そう言った彼に一度は断りを入れたものの「デートに誘っているつもりでもあるのだが」と言われてしまい、押し負けたのだ。
     彼にそれを言われると、惚れた弱みというやつか、強く出ることが出来ない。
     悔しくて睨みつけると、また足を絡められた。
    「……あのな」
    「良い食事だった。デザートも楽しみだ。お前と来ることが出来て、良かったと思う」
    「っ」
     その笑みは反則だろう。隣の客も小さな悲鳴をあげている。
     見るな、と言いたい気持ちを無理やり飲み込んだアキラは、頭を掻くと「オレもだよ」と小さく呟いた。
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     昼過ぎまでは自宅で(そう、妻の居なくなった)飲んでいたが、急に人恋しくなり、家を出た。友人の誰とも話す気になれなかったので、とりあえず早い時間から開いている居酒屋を片っ端からハシゴした。その、何件目かのバーで隣あった青年は、二十代そこそこの、小綺麗な若者であった。いままで飲んでいた店でもそうであったように、俺は店主や、その店の常連を相手にぐずぐずと管を巻い 5381