「手相?」
「うん。趣味のようなものだけど」
そう言って頼りない笑みを向けてくる男は、セイジ・スカイフォールだ。アキラの一期上の先輩だが、先輩面など見せず、むしろアキラをいつも羨望の眼差しで見つめてくる。自身もヒーローだがヒーローのことが好きで、グレイとは気が合いそうだった。
アキラが飲み物を買いに談話室に来たところ、セイジと偶然会い、雑談の流れで手相の話が出たというわけだ。
「ふーん」
ビリーが前にセイジの話をしていたときに、聞いたことがある。占いに興味はないが、折角ならとアキラは誘われるまま、セイジの前に座って手を差し出す。
「パームリーディングか? それなら子供のときに見てもらったことあるぜ」
「そうだけど、僕の場合は少し東洋式も入ってるから、日本の手相に近いかな」
「なんか違うのか?」
首を傾げれば、セイジは後輩と交流出来ることが嬉しいのか、アキラの手を取りながら笑顔を向けてきた。この人当たりの良さを、どこかの暴君も見習えばいいのに。アキラは、市民や観光客相手に向けられる嘘臭い顔を思い出す。
「そうだね。線以外にも手のひらの膨らみを丘と呼んで占うんだけど、西洋式は占星術の十惑星で見るのに対して、東洋式は八卦で見るんだ」
「はっけ?」
「う~ん、話せば長くなるんだけど、構わないかな?」
「うへえ。難しい話ならいいや。それよりさっさと見てくれよ」
「うん」
あからさまに嫌な顔を見せる不遜な態度を気にするどころか、セイジは慌ててアキラの手に視線を向けた。彼と話すと調子が狂う。先輩というより、後輩を相手にしているような気分だ。アキラはどうにも落ち着かなくて、足をぶらぶらと揺らしながら、集中しているセイジに尋ねた。
「もしかして天才の線とかあるのか?」
「あるよ。ますかけ線って言って、天下取りの相とも呼ばれるんだ。日本では有名な武将たちが持っていた線だよ。掴んだ運は絶対に放さない大金星の相で……あっ! アキラくんにもある……!」
「マジか!?」
「うん。これは持っている人が本当に少ない、珍しい線なんだ。僕も初めて見るよ」
そう興奮気味に言うセイジに、むずむずと口が動く。アキラは珍しいとか、有名とか、そういった言葉に弱いのだ。先ほどまでの素っ気ない態度とは一転、キラキラと子供のような目を向けるアキラに、セイジは微笑みながら口を開いた。
「アキラくんは、将来エリオスを引っ張っていくすごいヒーローになりそうだね」
「ふふん。そりゃあ当然、テ・ン・サ・イ! だからな!」
煽られ、ついには嬉しさが爆発して自慢げに胸を張る。目に見えて機嫌良くする姿に、セイジも楽しそうだった。
じゃあ改めて、と呟きながら気を取り直して手のひらに集中するセイジ。アキラも同じように自身の手のひらを覗き込む。
「生命線はあまり長くないんだね。でもくっきりと見える。二重になってるし、スタミナや生命力が強い証拠だよ。それに知能線とも離れている。好奇心旺盛で勇気と行動力があるんだね。感情線を見る限り、感情も素直に表現できる性格かな」
「すっげ~! そんなことまで分かんのか!?」
「あはは。まだ序の口だよ」
すっかり手相に夢中なアキラの反応に、セイジは苦笑して一本の線を辿る。
「パートナー線が長いね。このタイプは、幸せを感じさせてくれるパートナーと長く一緒にいられるんだよ。それに、線を見る限りもう出会えてるみたいだ」
「へ~~」
「もしかしたらレッドサウスに……ううん、エリオスの、特に身近なところにいるのかもしれない」
「……ああ」
そこで、アキラは天井を見上げて納得したような声をあげた。
「思い当たる相手が?」
「ん~、まあ、一応」
アキラが口をもごもごと動かして頷けば、セイジは気になると言いたげもな表情を見せる。しかしこれ以上首を突っ込むのも無遠慮だと思ったのか、聞くことを諦め、代わりに目を細めてアキラの手のひらを優しく撫でた。
「ふふ。それにしてもアキラくんの手は独特だね。あまり見ない相をしてる。よかったら、時間があるときに改めて――」
「何をしている」
セイジが前のめりになって、次の約束を打診しているときだった。仲良さげに談話する二人の横から、低い声が聞こえてくる。同時に顔をあげれば、そこには十三期研修チームのメンターリーダーであり、アキラのメンターが立っていた。
「っ、ブラッドさん……!」
「お、ブラッドじゃねーか」
セイジは憧れのヒーローの登場に慌て、アキラはきょとんとした目を見せながらも、自身の上司に馴れ馴れしく空いた方の手をあげて挨拶している。ブラッドは二人の間にあるテーブルで、お互い手を繋ぎあっている様子を見て、もう一度尋ねた。
「何をしている」
「ん? 手相、見てもらってたんだよ」
声かをかけられた時に驚いたせいか、ついセイジの手を巻き込みながら握っていたようだ。アキラはそれを広げ、もう一方の手で指さした。ブラッドが訝しげに眉を釣り上げる。
「手相?」
「はい、趣味のようなものですが少しだけ自信があって……最近は、十三期の皆さんの手も見させてもらってます」
セイジが照れくさそうに言えば、ブラッドは少し困ったように眉を下げたあと、手を腰に当て苦々しく口を開く。
「占いを否定する気はないが、不確かな情報でルーキーたちを混乱させるのは控えて欲しい」
「も、勿論です! 僕は基本的に本人が安心出来るような前向きな相しか伝えません」
「結構評判なんだぜ? ビリーもよく当たるって言ってたし」
見ろよ。オレ、天才の線があるんだぜ。
そう言って自慢げに見せるが、ブラッドの反応はどうも薄い。アキラだけ見てもらっているのが羨ましいのだろうか。
もしかして、ブラッドも面白い線が見つかるのかも。そんな興味本意で、アキラは首を傾げる。
「ブラッドも見てもらうか?」
「……いや、いい」
しかしブラッドは素っ気なく首を振ると、もう一度テーブルの上を見た。向けられた視線は、アキラの手を持つセイジの手だった。ブラッドはまるで感情を殺しているような、淡々とした声音で言った。
「終わったのなら、もう手を離してやってくれないか。……少し、彼に用がある」
「あ、はい。アキラくん、ありがとう」
「何言ってんだよ。こっちこそサンキューな。また見てくれよ」
「……」
あっさりと離される手。アキラはやや名残惜しそうにしながらも、セイジににかりと笑ってみせた。ブラッドの眉が、ピクリと動く。
アキラは立ち上がると、既に踵を返し談話室を後にするブラッドの後を慌てて追った。何の用だ。課題もトレーニングも終わってるぞ。横に立ち詰め寄るアキラだが、ブラッドは聞く耳持たず、談話室から消えていく。
「ブラッドさん、なんであんなに機嫌が悪かったんだろう」
セイジは二人の姿が見えなくなってから首を傾げた。いつも厳しいが、ヒーロー同士の交流はむしろ推奨していたように思う。実際、十三期の司令に十二期の自分たちを紹介したのもブラッドだった。
何か見逃していることはなかっただろうか。セイジは考えた。ブラッドがセイジたちの手をやたら気にしていた理由。会話の間に、強引に入ってきた理由。そして、談話室から離れるブラッドを追うアキラの手を取り、引っ張るようにして離れていった理由。
「っ! あ、ああ!」
(そういうことか…!)
セイジは記憶の断片に見つけた違和感に気付く。あのとき、アキラの手を取ったブラッドは、繋ぐようにして自分の指を絡めていた。その行動が意味するものは一つしかない。パートナー線の話をしたときに見せたアキラの反応、ブラッドの態度。最近二人で行動を共にすることが増え、サウスセクターの名コンビとまで言われるようになった二人。
そこには、メンターメンティー、先輩後輩、チームメイト、師弟だけではない、別の関係も含まれているのだとしたら。
「余計なことしちゃったな」
ブラッドの意外にも嫉妬深い性格を知り、セイジは背もたれに体重を預け反省の色を見せる。けれど、大好きな二人のヒーローが運命で繋がっているのだと知り、胸をくすぐるような嬉しさに、口をムズムズと動かすのだった。