肩章を撫でる 急な雷雨もなくからりと晴れた空に、小さな虹がかかっている。あんなに大量の水を使ってウォーターガンバトルをしたのだから、出来てもおかしくはない。
空気中を漂う水の粒に光が反射して生まれるんだっけか。いつだったか、てるてる坊主を作りながら教えてくれた話を思い出しながらぼんやりしていると、仰向けに転がるアキラの横に誰かが座った。ブラッドだ。
「流石に疲れたようだな」
「全員相手にしたんだから当たり前だろ」
「お前が全員でかかってこいと言ったのだろう」
「途中でメンターが参戦してくるとは聞いてねーよ」
ジト目を向ければ、くすりと笑うブラッドの珍しい姿が視界に入る。下から見上げても顎の形すら美しい男だ。
「楽しかったよ。ありがとな、ブラッド」
「? この企画をしたのは俺ではない」
「でもこの場所予約してくれたのはブラッドなんだろ?」
当然のように尋ねれば、ブラッドは肩をすくめた。あくまでアキラの誕生日はルーキー主導で行ったものにしたいらしい。偉そうなくせに、妙なところでいじらしい男である。離れた場所からウィルたちが後片付けをしている声が聞こえる。腕を曲げて、芝生に置かれたブラッドの手に指を伸ばした。掬い取られ、絡められる。空を見上げているので分からないが、彼の反応から自分たちの様子は皆に見えていないのだろう。
「俺からの誕生日プレゼントは決まったのか」
「うん、ドライブ」
「ドライブ?」
「そ、ドライブに連れてけ」
「いつも行ってるが」
「皆とな」
「……二人でも何度か行ってるだろう」
誕生日のリクエストが意外だったのか、困惑した声が聞こえる。アキラはブラッドを見上げると、小さく笑った。
「お前が車運転してるとこ見るの、好きなんだよ。海の方は二人で行ってねーだろ? イーストから抜けたフリーウェイの方、思いっきり走ろうぜ」
ブラッドの目が瞬き、嘆息がこぼれ、微笑みが落ちる。
「それではどちらの誕生日か分からないな」
「んじゃ、途中でホットドッグ買って車で食いたい」
「構わない。ホットドッグでも何でも、好きなものを買うといい」
お前の『何でも』は怖いんだよ。そう呟けば、ブラッドは目を細めた。何も言わなければ、店のホットドッグ全てを買い占めそうだ。嬉しいが、やはり怖い。
「流石に濡れたままだと冷えてきたな。そろそろ戻るか」
「ああ」
絡めていた指を離し、起き上がる。日も落ちてきたようだ。ぶるりと背筋に寒気を感じていると、制服の上着がかけられた。ブラッドのものだ。
「前は閉めておけ」
「流石にそこまでするほど寒くはねーけど」
「いや」
アキラの呆れた顔に、ブラッドが首を横に振る。そして人差し指を伸ばすと、布を僅か押し上げるアキラの胸の中央をするりと撫でた。
「冷えて立ったのだろう。浮いている。それを他の者に見せたくない」
「〜〜っ!?」
見れば、確かに乳首が布を押し上げている。言わなければ気付かなかったのに、指摘されてしまうと気になって仕方がない。
そもそも、ここを弄って敏感にさせたのは目の前の男なのだが。言ってやりたいが、言い返されるのも上着を奪われるのも嫌だったので。
「ぐぬ」
「いい子だ」
素直に前を閉めて着れば、ブラッドが満足そうに笑みを浮かべる。
「ちっ」
「舌打ちはするなと教えたはずだ」
「分かってるよ」
口うるさいところも、気遣いが出来るところも、変に独占欲が強いところも去年と変わらない。
サイズが大きいせいでぶかぶかの上着に悔しさを覚えながら、アキラは早く同じランクになってやると肩章を撫でるのだった。