三十分で終わらせる「なんとも滑稽な姿だな」
「うそだ、こんなの有り得ねぇ……」
項垂れるアキラに落ちるため息は、声がなくとも十分に相手の胸中を伝えてくる。だが反論の余地はない。アキラの心を代弁しているかのように、頭の上で三角の異物が垂れ下がる。
いつものようにパトロールを回り、サブスタンスが出現したため出動要請を受け、対処したまではいいものの。
あともう一歩のところで油断したのが悪かったのか。炎で包んだ拳を突き出したアキラは、サブスタンスの反撃を受けてしまった。その際、その身に猫型サブスタンスの外見を模したパーツが生えてしまったのだ。
自分の動きに合わせてぴくぴくと震える耳。ゆらゆらと揺れる尻尾。
流石に市民の前でそんな醜態を晒すわけにはいかず、一緒に対処していたブラッドに連れられホテルに逃げ込んだのが十数分前。
真ん中に置かれたベッドに座り、入り口付近で司令に通話する姿を横目で見ながら、アキラは自分の尻に触れる。確かに体から生えた猫の尻尾は意識すれば動かすことが出来た。ただ張り付いただけのものではないようだ。試しに制服姿へと戻ってみたが効果はない。
「スーツを解除しても変わらない、か」
通話を終えたブラッドが、ため息をつきながら近付き揺れるそれを見つめる。
猫耳と猫尻尾はその視線から逃れるように、その耳を閉じ、尻尾を後ろへと隠した。
「上手く隠れながらタワーへと戻るように、とのことだ。ヴィクターが丁度ラボにいるから、その異常もすぐに調査してもらえるだろう」
「隠れながら……って、どうすんだよ」
ヒーロースーツになれば耳はフードで隠せるだろうが、尻尾はどうしようもない。
それに、ヒーロースーツのまま異常も無いのに街中を歩くのは、人々の不安を煽ることもあるため、なるべくなら避けなければならない。
首を傾げるアキラに、何か言いたげなブラッドは肩を落とした。
「丈の長いフード付きのコートを買ってくる。あとはタクシーを拾えば誰にも見られることなく戻れるはずだ」
「くそぉ、なんでこんなことに……」
情けない自分の姿に涙が出そうだ。いくら緊急だからといって場末のラブホテルに駆け込んだのも惨めさを募らせる。
それに付き合わされたブラッドの方が可哀想だとは思うが。
へにゃりと垂れ下がる耳に、侮蔑を含んだため息が落ちてくる。
「今回こうなった原因は分かっているな。貴様が大振りの攻撃を仕掛ける前に、俺は技を使っていた。周りをよく見ていれば、それに合わせてタイミング良く仕留めることが出来たはずだ。チームワークを意識しろといつも言っているだろう」
「分かってるよ、分かってる! 今回はオレが悪かった! ちゃんと反省してんだから、んな責めんなよ」
泣きっ面に蜂とはこのことか。
仮にも恋人であるアキラに対して容赦のない言葉。いつもならカッとなって反論する彼も、流石に懲りたのか素直に非を認める。
「分かっているなら最初から考えて動くようにしろ。油断するとすぐ調子に乗るのはお前の悪い癖だ」
どうもブラッドは機嫌が良くないようだ。元々厳しい性格をしているが、どこか刺のある物言いは何かに焦っているようにも見える。
とはいえ、余計なことを言って更なる追撃は受けたくない。
大人しく聞き入れながらスンスン鼻を鳴らしていると、ブラッドはしばらくその姿を見下ろしたあと、時計を気にし始めた。視線がアキラと時計、交互に揺れ動く。
「なんだよ」
「……いや、何もない。コートを買ってくる。お前はここで待っていろ」
そう言って踵を返す制服の裾を掴んで、ブラッドを睨み上げる。
「何もないって顔じゃねーだろ。前に言ったよな。立場や仕事を優先するのも大事だけど、恋人であるオレの前ではちゃんと言いたいこと、したいことははっきり言えって」
そう、アキラとブラッドは恋人である。
職場恋愛で、しかも上司と部下という関係である以上、甘い空気など出すわけにはいかないが、個室なので誰にも見られることはない。
「今は職務中だ」
「休憩時間ってことにしろよ。まだ昼も食ってなかっただろ」
丁度昼食を取ろうという話になった時に出動要請が入ったのだ。ショートタイムの入室を取ったのでおよそ二時間ほど。一時間程度ならプライベートに戻っても問題ないだろう。
アキラの言葉にブラッドは躊躇いを見せたあと、口元に手を当てて悩み始める。何でも抱え込む癖があるのは分かっているし、本人でも治しようがないのも理解しているので、説得に応じなければ深追いするつもりはない。
それでも恋人として、本音を話せる相手になりたいと思うのは自然に湧き上がる感情だ。
黙って待っていると、続く沈黙を破ってブラッドがおそるおそる口を開く。
「……だろうか」
「ん?」
「その耳と尻尾に、触れてもいいだろうか」
ピタリと。二人の間に、凍ったような静けさが生まれる。
アキラは何を言われたのか分からず、思考を停止させた。聞こえたが理解が追いつかない。いや、理解出来るが、それを言った相手のせいで、もしかしたら別の意味があるのではないかと考えてしまう。
「……」
「…………」
「……は?」
「その耳と尻尾に触れたい」
「いや、聞こえてるっつの」
なに言ってんだと首を傾げると、同じ言葉が繰り返された。
そういう意味ではない。アキラは思わず視線を彷徨わせる。
「……え、意味分かんねえ」
あまりにも唐突すぎる要求は、ただアキラを混乱させる。
もしかしてこの状態を確認したいのか。しかし、それなら躊躇う必要はないはずだ。
ブラッドは頭を抱えて唸り始めるアキラに近付くと、ベッドに片足を乗り上げた。
「アキラ、想像してみろ」
両手を取られて、見下ろすブラッドへ視線が向く。
「お前の目の前に、恋人がいるとする。その恋人が愛らしい格好で、ベッドからお前を誘っている」
「……そりゃ……据え膳食わぬはってやつだな」
シチュエーションを想像して、アキラはニヤリと笑みを浮かべた。
そして、ようやく彼の伝えたいことを理解して「まさか」と呆れる。
「そういうことだ」
「そういうことだ、じゃねぇよ」
そのままシーツへと押し倒すブラッドの腹に膝を入れる。
要するに、この男はアキラの今の状態に少なからず欲情していると言いたいのだ。
澄ました表情の裏でそんなことを考えていたとは、とんだムッツリである。
「言いたいこと、したいことは伝えろと言ってきたのはお前だろう。それを叶えるつもりで聞いたのではないのか」
「うぐぐ」
アキラは顔を近づけてくるブラッドに唇を噛みしめた。
確かにそのつもりだった。しかし、てっきり仕事で困っていること、状況的にアキラに頼らざるを得ないこと。そういった、どちらかと言えば職務や健全な方面を想定していたのだ。
あのブラッドが、まさか仕事中に恋人とはいえ邪な思考を仲間に向けるなど、誰が想像出来るだろうか。
あと、単純に動物のパーツを付けた所謂コスプレっぽいものに惹かれる趣味はないと思っていた。ちなみに、アキラは同じような格好を可愛い女性がしていたら、それなりにグッとくるタイプだ。好色の気はないため、特別喜ぶほどでもないが。
ブラッドはアキラを押し倒した状態のまま、返事を待っている。よく見ればその目は爛々と輝いていて、今にも触りたくてウズウズしているようだった。
そんな姿を見て、断るという選択肢を選ぶほどアキラも非道ではない。
「ちょ……ちょっとだけだからな」
「善処しよう」
「善処って、っあ」
我慢強い彼が、この状況で求めてきたのだ。
戦闘の末の醜態でもあるため、あまり触られたくないが。仕方ないと言わんばかりに眉を寄せると、ブラッドは躊躇なく頭の上に手を伸ばした。
「痛いか?」
「痛くはねぇ、けど、くすぐってえ」
優しい力で掴まれて、指腹で擽るように撫でられる。自分でもまだ信じられないのに、誰かに触られる感覚は、確かにそこにあると嫌でも実感してしまう。
手の温度が心地よく、思わず喉が鳴りかけた。そこまで猫に似なくてもいいと堪えつつ、シーツを握りしめる。
見上げると、反応を楽しんでいるのか細められた目に、腰が浮つく。
「う……っん、んんっ」
「本当に付け根から生えているのか。皮膚と同化している」
「ちょ、そこは、まっ……うぁっ、あっ、なん、か……ムズムズ、する……っ」
生え際に触れられて、アキラはつい甘い声を漏らした。
その反応にブラッドは目を瞠る。
「痒いのか?」
「や、そうじゃなくて、あっ、そっちは……っひ!」
耳を触り続けたまま、もう片方の手が尻尾へと伸ばされる。
アキラは思わず体を跳ねさせた。その隙を狙って、手が腰に回り尻尾を撫で始める。
「まっ、待てって、あっ、そっちはヤバ……い、ひぅっ」
耳の比ではない。背筋が粟立って、びりびりと痺れるような衝撃が下腹部を刺激する。
付け根に近いところを指先が触れると、それだけで中心が嫌でも反応してしまう。
「あっ、ぅあっ、んっ、んんっ……も、やめろって、ぇっ……っぅッ」
流石に休憩中とはいえ勃起させるのはマズい。何とか鎮めようと冷静になるが、ブラッドの手が止める気配はない。
ぐっと軽い力で掴まれて、ついには出したこともないような声が漏れた。
アキラは慌てて自分の口を塞ぐ。
「……? あっ、クルル……んっ、なぁぅ……にぁっ」
「どうした、わざわざ鳴き声まで似せる必要はない」
「ちっげぇ、よっ、勝手に……っあ、んにぅ、みぁぅ……っ」
一体どうしたというのか。
尻尾を撫でられ、掴まれ、擦られると交尾中の猫のような声が出てしまう。
必死で抑えるも、与えられる刺激が快楽として体を蝕んでいく。力が抜けて、気持ちがいい。
アキラは気付けばブラッドに向かって自分から尻尾を晒していた。
「はっ、にぁう……ぁぁっ……ふーっ、クルル……もっ、と」
「気持ちがいいのか?」
「はーっ、あっ、気持ちいい……。しっぽ、びりびりって……ンッ、にぅっ」
動きに合わせて淫らに腰を揺らしている自覚はないのだろう。
枕に顔を半分押し付けて蕩けた表情を見せるアキラは、すっかり理性を失っている。
ブラッドは荒い息を繰り返す舌を見て、その違和感に指を伸ばした。
「あぅっ」
「……ここまで猫の特徴が出ている」
ざらざらとした舌の手触りは、人間にはない感触だ。
舌を掴まれて上手く唾液が飲み込めないのか、口の端から垂れ零す姿を見て、ブラッドは無意識に唾を飲み込んだ。
最初は少し触るだけのつもりだった。しかし、つい興が乗ってしまい、すっかり愛撫と変わらない触り方になってしまったことは反省する。
とはいえ、ここまで反応がいいとは思わなかったのだ。
都合よく空いたスラックスの穴に指を差し込み、尻尾の付け根を爪でカリカリと引っ掻く。
それだけでアキラは全身を痙攣させ、尻尾をピンッと天高く伸ばした。
「あっ、みぁ~~ぅっ、は、にゃっ……ぁ、ブ、ブラッド、もう、むり……っ」
アキラが両手で股間部分を覆う。同時にびくびくと腰が痙攣し、しばらくして股座がじんわりと染みを作り始めた。
一目見て達したのだと分かる。
「……ど、どうすんだよ。ズボンも買わないと帰れねぇぞ……」
出したことで頭が冷えてきたのか、アキラは自分の状況に顔を青褪めさせる。
黙ったままのブラッドをおそるおそる窺うと、真顔でこちらを見下ろしていた。
仕事中に射精した。しかも大事な制服に、だ。流石に怒られるだろうか。アキラの胸中を不安が過ぎる。
「ブラッド……?」
「アキラ、すまない」
しかし、ブラッドはそれだけ言うと、アキラをひっくり返し仰向けにさせた。
そして汚れたスラックスと下着を性急に脱がせると、足を開かせ、アキラの上からヘッドボードへと手を伸ばす。
あまりにも唐突で、しかも急すぎる行動に、アキラは固まったままだ。
一体何が起きたのか。その答えは、ヘッドボードから戻ってきた手がコンドームを握り締めていることで理解する。
「三十分で終わらせる」
そう言って、荒々しく口で封を破りながら欲情した瞳を向けてくるブラッド。
いつものスマートさはどこへ行った。
そう思いつつも、アキラはそれに「マジか」としか返せないのだった。