金のかかる男 ヒーローとして入所してから七年目、ブラッドと付き合ってから五年目。
そろそろ引退を考え始めている彼がアキラの誕生日に贈ったのは、小さなケースだった。
「……婚約指輪?」
「馬鹿か貴様は」
ケースを手にぽかんとした顔でブラッドを見たアキラは、その返事に「だって」と頬を膨らませる。
「考えてみろよ。誕生日にデートして、飯食って、セックスして、最後にこんなもん渡されたら普通は婚約指輪がセオリーだろうが」
「それはお前がメジャーヒーローになってからだ」
なるほど。婚約指輪を贈るつもりはあるらしい。その回答に、ネタバラシしてどうすんだよ……と、思わず半眼になる。アキラも今ではAAA(トリプルエー)になったというのに、相変わらず恋人は手厳しい。
「指輪じゃなきゃなんなんだ?」
「見れば分かる」
言う気のない、どこか難しい顔をしたブラッドに、アキラは素直にケースを開く。
中から現れたのは、もちろん指輪ではなく、アメジストの宝石があしらわれたピアスだった。
アキラはそれを見て思わず自分の左耳に触れる。不良時代の名残でつけたピアスのうちの一つ。イヤーロブにあけた赤いピアス。自分の髪の色に合わせたそれとは、もう十年以上の付き合いになるだろうか。
ケースに入っているピアスは片方だけ。丁度、今つけている赤いピアスと同じ大きさだ。
「……婚約指輪より恥ずいんだけど」
彼の意図する意味を理解して、アキラは途端に赤くなる顔を誤魔化しながらブラッドを見る。
先ほどと変わらずまだ難しい顔をしているが、その耳はほんのりと赤い。
「分かっている。嫌ならつける必要はない」
そうは言っても、どうせ内心ではつけて欲しくてたまらないのだろう。アキラはこの贈り物に心当たりがあった。
先日、AAAヒーロー特集の中でアキラは雑誌のインタビューを受けた。その時、左耳のピアスについて聞かれ、つい「ずっと同じものをつけているから、そろそろ新調しようかと思っている」と返してしまったのだ。
何気ない言葉だったのだが、おかげでその記事を見たファンからたくさんのピアスが贈られる羽目になった。
この状況で新調しないのは流石に憚れる。新しくあけようかとも思ったが、この年齢で今更穴を増やす気にもなれず、面倒だが週替わりで付け替えようかと考えていた矢先だった。
アキラにとってはファンサービスのつもりだったが、どうやらブラッドはそれが気に食わないらしい。
こんな手段で独占欲を剥き出しにしてくる恋人の子供っぽさに呆れながら、アキラはピアスを手に取った。
深い色味のアメジストは一目見ただけで決して安物ではないことが分かる。アキラに似合うか似合わないかはさておき、己の瞳に合わせてくるあたり今回の件は随分彼の逆鱗に触れたらしい。
普段周りには付き合っている素振りや独占欲を見せない彼が、分かりやすい形で牽制してきたのだから。
「……もらったやつ、どうすんだよ」
「飾っておけばいい」
捨てろ、とまで言わないあたりはやはりメジャーヒーロー。とはいえ、市民へのサービスを怠るなと言っておきながら自分は我儘を通そうとするのだからタチが悪い。
それは本人も自覚しているのだろう。だからずっと眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。
「まぁ、オレはファンかブラッドどっちのピアス使うか、って言われたら勿論ブラッドだけどさァ」
耳たぶに触れる。これは一番最初にあけた、記念すべきファーストピアスだ。検査などで度々外すことはあれど付け替えたことがないので、すっかり馴染んでいる。
家に居場所がなく、外に出て不良の溜まり場に飛び込んだ少年時代。喧嘩にあけくれたり、夜遅くまで帰らなかったり。それでもあの時の両親はアキラよりもレンを優先した。
それが許せなくて、ムシャクシャした気分のまま、もし耳に穴をあけて帰れば流石の両親も何か言うんじゃないかと期待して、安全ピンであけた穴。確かガストが手伝ってくれたように思う。
そうしてあけた穴も結局気付いてもらえず、更に増やして今に至るわけなのだが。
ジッと手の中のピアスを見つめたまま動かないアキラに焦れたのか、ブラッドがため息をつく。
「もう一度言うが、気に入らないならつけなくてもいい」
「んだよ、折角だから堪能してただけだろ。つけた後は鏡でもない限り自分で見れねぇんだから」
アキラはそう言って貰ったピアスをケースの中に戻すと、早速イヤーロブのピアスを外し始めた。水や熱に強い素材にしたのだが、おかげで今でも大きな傷一つなく残っている。
長い間お疲れさん、と自分の体から外れたそれを労って、いざアメジストに手を伸ばした時だった。
「……俺が、つけてもいいだろうか」
「いいけど」
アキラの様子を見ていたブラッドが、歯切れ悪くそう言った。
たかがピアス如きで大袈裟な男だ。アキラが呆れながら手渡すと、自分で贈っておきながらそれを睨み付けるブラッドは、おずおずと穴の残った耳たぶに触れた。
手の冷たさに思わず肩を揺らす。
「や、大丈夫。早くつけてくれよ」
アキラは動きの止まったブラッドを急かすように耳を差し出した。
体を貫いていくその感覚に、まるでセックスのようだと背筋が粟立つ。
感じていることを悟られないよう目蓋をおろしていると、口付けが落ちてきた。目を開ければ、むすりと口角を下げたブラッドが目に入って。
「……お前の体に他の人間から贈られたものが入るなどと、考えただけでもハラワタが煮え繰り返る」
「ブラッドって、たまにすげぇ子供っぽいとこ見せるよな」
ファンからは交戦中の姿が格好いいだの、笑顔が素敵だの、まるで王子様のようだのと言われている男が自分に甘えてくる姿は、どうしようもなくアキラの心を満たしていく。
自分から口付けを強請るとそのままシーツに倒され、白い海に浮かびながら再び行為を想起させる指の動きに、アキラはくつくつと喉を鳴らした。
「似合ってるか?」
「ああ」
赤と紫は混ざるとマゼンタになるんだっけか。なんとも吐きそうなほど甘い色だ。
そんなことを考えながら、揺らめく二つのアメジストを見る。これが自分の左耳で主張していると考えれば、悪くない。
「次は婚約指輪を期待してるぜ」
「調子に乗るな」
そう言いながらも甘い笑みを向けてくるブラッドに、アキラは「見てろよ、すぐメジャーヒーローになってやる」と強い目を向けた。
来月には昇格試験の結果が出る。
アキラは既にメジャーヒーローが決まっているのだが、調子に乗るからまだ言わないでおいた方がいいだろう。
本当は指輪代わりの意味だったのだが。あんなインタビューを読んだせいで、つい焦ってしまったなどと、誰が言えようか。
ブラッドは楽しみにしているアキラを見て、先日行ったばかりの宝石店を脳裏に浮かべながら、なんとも金のかかる男だと、その顔を緩ませた。