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    2152n

    @2152n

    基本倉庫。i:騙々氏

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    ブラアキ。冬制服(ジャケット)の話。

    ##ブラアキ

    目隠し帽はご免だからな ニューミリオンにも冬は訪れる。先日の雨以降、大きく気温が下がり到来した寒波は街中の景色をガラリと変えた。薄手のカーディガンやコートを羽織っていた市民たちは毛皮やダウンに身を包み、厚手の衣類で体積を増やしながら身を縮めて歩いている。勿論エリオスも例外ではなく、今日からは皆、外出時は暖かなジャケットを着込んでいた。

     その日のブラッドは珍しくパトロールに参加する時間が取れ、司令室での会議を済ませたあと、サウスセクターのブリーフィングルームへと足を向けていた。
     エリオス内は廊下も含めて空調が管理されているため、屋内は快適な温度が保たれているが、外ではそうもいかない。ブラッドは同室の寒さに弱い部下のことを脳裏に過らせる。昨夜、彼にリトルトーキョーで買ってきた「貼るホッカイロ」という使い捨てのウォーマーパッドを贈ったのだが、今朝早速ジャケットの中に貼りつけて「とても暖かいです」と笑顔を見せていた。思い出して笑みがこぼれる。今年のオスカーはルーキーを指導する立場だ。寒さに震えていては威厳もないだろう。そう思い、対策を考えてみたのだが、あんなにも喜ばれるとは思わなかった。これなら彼も今年の冬を乗り切ることが出来るだろうと、ブリーフィングルームの扉の前に立つ。
     中からは賑やかな声が聞こえ、雑談を交わしているのだと分かった。アキラの声は相変わらずよく通る。ブラッドは呆れながらもメンターとメンティーの間で交流が行われていることに喜びつつ、タッチパネルを操作した。扉はスライドされ、隔たりが失われる。そして部屋の中に足を踏み入れながら顔を上げ、第一声を口にして――しかし、ブラッドはそれを中断することとなる。

    「遅くなっ……」
    「ほらな、オレの方があったけぇだろ?」
    「……確かに」
    「アキラは昔から子供体温でしたから」

     向かい合い、アキラに腕を掴まれ促されるまま首元へ触れるオスカーと、それを横で苦笑しながら見守るウィル。微笑ましいメンターとメンティーの交流だ。何もおかしいことはない。それでも、つい動揺してしまった自分に内心で焦りを覚えていると、ブラッドに気付いたオスカーがアキラから手を離し、背筋を伸ばす。

    「ブラッドさま、おはようございます」
    「あ、おはようございます」

     ウィルもブラッドに気付き、朗らかな笑顔を見せる。アキラも口は悪いが挨拶を口にする。最初こそ礼儀のない男だったが、最近では機嫌が悪くても挨拶だけはするようになった。十分ではないが、成長はしている。
     それに応えながら、ブラッドは小さな深呼吸をすると徐にオスカーの隣に立つ。ブリーフィングは基本的に彼が主体だ。ブラッドもメンターだが、メンターリーダーとしての仕事が忙しいせいでルーキーたちの教育に手が行き届いていない。そんな中で普段ルーキーたちを見ているオスカーを差し置き、都合のいい時だけメンター面をするのもアキラとウィルに顰蹙を買うだけだ――主に買うのはアキラだが。
     そのため、ブリーフィングではオスカーがメンターとしてチーム全体をまとめるよう伝えてある。ブラッドに指示を出すことになかなか躊躇いは消えないが、最近では顔色を窺いつつも、はっきりと口に出せるようになってきた。彼も彼で成長はしている。

    「では、アキラはブラッドさまと」

     オスカーはそう言って隣を盗み見る。堂々としていればいいのに、何を気遣うことがあるのか。ブラッドは心中で嘆息するが、顔に出すことはない。
     しかし、ブラッドが参加する際はすっかりペアになってしまったアキラがそこで口を挟んできた。

    「え? オスカーはオレとじゃねーのかよ」
    「何故そう思う」
    「だってほら、寒くなったら暖めてやれるし。ホッカイロ? より役に立つだろ」

     アキラはそう言って両手を広げる。他意はない。分かってはいるが、思わず眉が僅かに上がる。おそらくブラッドが話の流れを理解出来ていないと思ったのだろう。ウィルが困ったように眉を下げた。

    「すみません、オスカーさんは寒さが苦手だから日本製のウォーマーパッドを使っているって話になったんですけど、何故かアキラが『そんなものよりオレの方が暖かいぜ』ってウォーマーパッドと張り合いだしてしまって……」

     そこでホッカイロと張り合うところがアキラらしいと言えばアキラらしい。しかし、彼の恋人であるブラッドとしては、恋人が他人に対しその身で暖めてやると発言されて快い気分を抱くはずもない。かと言って、あからさまに気分を害するほど子供でもないが。
     オスカーは呆れたように眉を寄せて、ため息をつく。

    「寒くなるたびにアキラで暖をとっていたらパトロールどころではないだろう。ブラッドさまからいただいたホッカイロで十分だ」

     その言葉にアキラは肩をすくめるだけで何も言わなかった。どうやら、からかい半分だったようだ。いつも通りのペアと担当エリアが決まると、ブラッドはアキラを連れて早々にブリーフィングルームを後にした。
     エントランスまで来ると、流石に出入りが多いからか肌寒さを感じる。結露した窓を見つめながら外に出れば、気温差で鳥肌が立った。今日は一段と冷え込んでいる。ジャケットの襟元を伸ばしながら、ブラッドは隣に立つアキラを横目で見た。ほとんどの者はジャケットのボタンを留めているのに対し、アキラは開いたままだ。寒さに強いと豪語するだけある。それどころか――

    「アキラ」
    「んだよ」
    「せめて制服の前は閉めろ」

     ブラッドはそう言って目を細めた。ジャケットの中は通年の制服姿なのだが、アキラはいつもより襟を大きく開いているのだ。露わになった鎖骨は見ているだけでこちらが寒くなってくる。

    「うるせーな。着崩すのは規律違反じゃねーだろ? ジャケット着てたらあちいんだよ」

     反抗するように襟を更に広げ、胸元を扇ぐアキラに、流石のブラッドもため息しか出ない。冬用のジャケットは室内で脱いでもいいが、基本的にパトロール中は着用義務がある。しかし彼の言う通り、制服の着方は市民が見た時にエリオスのヒーローだと分かれば自由にしていい。紳士的とは言えないだらしない格好に眉をしかめつつも、ブラッドはそれ以上何も言えなかった。
     移動しているリニアでも暑がるアキラは、ようやくレッドサウスの冷えた空気に触れて安堵の息をつく。

    「冬は暖房効きすぎなんだよ」
    「そんなことが言えるのはお前ぐらいだ」

     二人はパトロールを始めながらたわい無い会話を交わす。アキラは強がっているわけではなく、本当に暑かったようで、じんわりと汗を滲ませていた。



     パトロールは特に大きな問題もなく進んでいく。二人は観光エリアと倉庫街を担当していたが、市民の間で揉め事すら起きていない。寒さで言い争いする気力もないのだろう。
     そしてサブスタンスやイクリプスの出現も無く、このまま午前が終わろうかという時だった。

    「あ、人間ウォーマー……じゃなかった、アキラだ」

     アキラとブラッドは声のした方に視線を向けた。
     見れば、十代後半か二十代前半の青年たちがアキラを指さしている。どうやら知り合いらしい。近付く青年たちは、アキラを囲んで晒された首に触れたり手を握り始める。
     ブラッドの眉が僅かに上がった。

    「おー、久しぶりだな」
    「うわー、マジでヒーローやってんだな。見るの初だわ。……つか、やっぱあったけぇ~」
    「このインスタントウォーマーパッド久しぶりだわ」
    「逆になんでその格好で冷えねぇわけ?」
    「鍛え方が違ぇんだよ、鍛え方が」

     身なりや口ぶりから不良時代の知り合いだと分かった。懐かしい旧友たちに出会えてアキラも嬉しいのだろう。気を緩ませて、男たちの悴んだ手を両手で握り込んで暖めてやっている。慣れた様子に、冬はこうして暖を求めアキラに触れる者が多いのだと推測出来た。
     ブラッドは大きく息を吐くと、アキラを呼ぶ。

    「アキラ」
    「あ、悪ぃ。……パトロール中なんだよ、またな」

     苛立ちの混じった声に、アキラは慌てて男たちから離れた。温もりが消えて名残惜しそうにする彼らに手を振り、先に進み始めたブラッドの背を追いかける。隣に追いつき並ぶと、ブラッドは前を向いたまま苦言を呈した。

    「職務中だということを忘れるな」
    「分かってるよ。でも、市民へのサービスもヒーローの仕事のうち、なんだろ?」

     揚げ足を取るような言い方に眉を寄せる。それ以上は何も言わず無言を貫いていると、アキラが首を傾げながらこちらを覗き込んできた。

    「……ブラッド。お前、なんか怒ってね?」
    「怒っていない」
    「でも朝から機嫌悪そうじゃねーか。……体調悪いなら後はオレ一人でもなんとかなるから帰ってもいいぜ? なんかあった時はちゃんと司令部に連絡すっし」

     ブラッドは思わず柄にもない言葉を言いそうになって必死に飲み込んだ。他意はない。分かっている。何度も言い聞かせるが、我慢にも限界があった。
     小さな電子音が聞こえ、携帯を見ると午前のパトロール終了を告げていた。昼休憩の時間だ。とはいえ、出動要請がかかればすぐに動かなくてはいけないため、一般企業のような休憩時間とは異なるが、それでも目安として、どのセクターでも前半と後半に分かれて時間を与えられている。アラームに気付いたアキラが大きく伸びをした。

    「あ~、やっと昼か。腹減ったな。……オレ、何か食ってくるけどブラッドはどうする?」

     お前の「何か」はホットドッグ一択だろう。胸中でそう返しながら、ブラッドはアキラを見た。
     街中の誰もが布で肌を隠し、寒さを凌ぐ中、ジャケットすらいらないのではと思わせる涼しげな胸元。その赤いインナーを指で引っ張り、冷気を入れるアキラの子供じみた仕草に、ブラッドは思わず彼の首に触れた。掌に伝わる熱に、なるほど。確かにこの温もりを求める気持ちは分かると納得する。

    「え、なんだよ」

     首元を撫でていると、アキラがあからさまに動揺を見せてブラッドの手を払い除けた。おそらく無意識だったのだろう。しまった、と焦るアキラの態度に、とうとう限界が訪れる。
     困惑の表情を浮かべるアキラを置いて、ブラッドは隠せない苛立ちを滲ませたまま踵を返し歩みを進めた。後ろからなにも言ってないのについてくる足音がする。



     ◆◇◆



     アキラはアキラでこの状況についていけず、混乱していた。

    「おい、ブラッド」

     声をかけるが返事はない。咄嗟に払い退けてしまったその行動が、彼の機嫌を損ねたことは分かった。だが、その程度で何を怒っているのか。
     迷いのない足は、そのまま雑貨店で立ち止まると中へと入っていく。アキラも追いかけようかと考えたが、買い物の邪魔になるのでは、と二の足を踏む。

    「なんだってんだよ……」

     元々ブリーフィングルームに来た時から機嫌は良くないようだった。共有スペースで会った時はいつも通りだったはずだ。ブリーフィングルームに来るまでの間に嫌なことでもあったのか。首を傾げながら待っていると、ブラッドが紙袋を手に店から出てきた。そしてまたアキラを一瞥すらせず歩き始める。何も言われていないので、離れても構わないはずだ。だが、アキラは迷いながらもその後をついて行った。

     午前は観光エリア、午後は倉庫街のパトロールを予定している。
     倉庫街の方へ向かうブラッドに、まさか休憩なしでパトロールを続ける気では、とアキラは顔を顰めた。しかし、機嫌の悪そうな彼を放って来た道を戻り、ホットドッグを買いに行く気は起きない。そのうちに人気のない倉庫裏まで進んでいたブラッドは、突然振り返るとアキラを見下ろした。

    「……?」

     自然とアキラもブラッドの前で足を止める。日中の倉庫街は、搬入出でエンジン音や大きな物音が多いのだが、休憩時間に入っているせいか閑散としていた。
     無言で見つめられると、周りの静けさも相まって威圧感に萎縮してしまう。行動の真意が分からず、首を傾げながら様子を窺っていると、ブラッドは空いた方の手でアキラの首元にもう一度触れてきた。

    「ん……」

     ひんやりと冷たい手が温度を奪っていく。
     掌が僅かに動き、アキラが無意識に体を引くと、今度は首を強く掴まれた。そのまま引き寄せられ、力任せに真横の壁に押しつけられる。痛みに息を吐くが、気管を塞がれて思うように呼吸が出来ない。苦しさに怒りを覚え、アキラはブラッドを睨みつけた。

    「っんだよ、八つ当たりなら――」
    「何故逃げる」
    「……は?」

     怒声は文脈のない言葉に遮られる。何が、と続けるより先に、ブラッドの手が動いた。首を掴んでいた親指が喉仏を撫で、鎖骨を辿る。ぞわりと背筋が粟立った。身動ぎすると、見下ろしてくる目に不快が滲む。

    「だから、何故逃げる」
    「いや、そりゃ……」

     口ごもるアキラを見て、ブラッドは目を細めた。
     見た目だけなら平静を装っているが、空気はとても重い。とにかく怒っている。

    (気に食わねーことがあるなら、言えっての)

     胸中で呟いていると、ブラッドはまたアキラの素肌を撫でつけた。

    「他の者には遠慮なく触らせているだろう」

     そう言って、ようやく能面だった表情が動く。ムスリと子供のように拗ねた顔を見せるブラッドに、アキラは益々意味が分からないと眉を寄せた。

    「はぁ? 他のヤツに触られるのと、お前に触られるのとじゃ、意味が違ぇだろ」

     当たり前だと言わんばかりの口ぶりに、ブラッドは瞠目する。
     何をそんなに驚くことがあるのか。アキラが不思議に思っていると、結ばれた唇が薄く開く。

    「……何と言った」
    「いや、だから他のヤツに触られるのと、お前に触られるのとじゃ、意味が……ち、げぇ……」

     アキラは呆れながら繰り返して、自分がとてつもなく恥ずかしい発言をしていることに気付いた。これでは「ブラッドに触られると感じるから」と言っているようなものだ。実際その通りなのだが。
     萎む声と共に赤くなっていく顔は、代わりにブラッドの空気を和らげていく。耐えきれず俯くと、左の耳元に唇が寄せられた。

    「アキラ」
    「うぐ」

     囁く低音は体に悪い。それだけで情事を思い出し、腰が疼く。そういえば、最近ブラッドが忙しそうにしていたため、セックスがご無沙汰だったことを思い出した。
     アキラは元々性欲に対し淡白な方だ。どちらかと言えば、欲求不満は運動で発散させていることが多い。そんな彼に性の快楽を教え込んだのは目の前にいる男である。行為を想起させる切っ掛けを与えられれば、当然体はパブロフの犬のように反応してしまう。長く行為をしていなければ尚更だ。
     唇が耳を食み、舌先がピアスの穴を弄り始める。それだけで、全身が熱を持つ。

    「っ、んぅ」

     まさかこんな場所で盛るわけがない。ブラッドも戯れているだけだろう。そう思いたいが、耳の裏を強く吸われ、思わず声が漏れた。

    「ぅあっ」

     ブラッドは執拗に耳の周りを吸い付いてくる。
     首筋にも唇が落とされ、アキラは堪えきれず彼の肩を掴んだ。そして引き剥がそうと力をこめるが、同時に耳を硬い何かが触れ、強烈な痛みが脳を揺さぶる。
     耳を噛まれた。そう理解した時には、喉から悲鳴を上げていた。

    「い…………っ! てぇ……んぐっ」

     張り上げた声はブラッドの掌に塞がれる。ジクジクとした熱が左耳に溜まる。
     血は出ていないようだが、噛み跡は残るだろう。彼らしくない行動だ。アキラは怒りを覚えつつも、意図が読めずブラッドを睨みつける。

    「おい、ふあっお」

     口を塞がれているせいでくぐもった声になる。それでも彼には伝わっているだろう。ブラッドの眉が少しだけ動く。しかし、表情は涼しげだ。機嫌は悪くないようだが、まだ僅かな苛立ちが残っている。
     無言を続けるブラッドに、アキラはそれ以上何も言えずため息をついた。ようやく口から手が離れていき、呼吸がしやすくなる。鎖骨に顔が近付いて、また唇を寄せられた。今度は抵抗を堪えた。こういう時は、好きにさせて、満足するのを待つ方が早い。チームの仲間としてだけではなく、プライベートでも付き合うようになって分かったことだ。
     他の奴なら今頃怒りのまま殴りかかっていただろう。自分がとことん彼に甘いのだと自覚させられて、悔しさに拳を握りしめた。浮き出た骨を軽く噛まれ、ピリリとした痛みが走る。首元を強く吸われ、舌が這う。
     行為を彷彿とさせる愛撫にどうしたって声は漏れる。アキラは眉間に皺を寄せて瞼を閉じた。

    「ん……う、ん、んぅ」

     閉じた口にかさついた皮膚が触れた。それがブラッドの唇だと理解する前にアキラの舌が薄く開いた咥内に滑り込む。無意識だった。
     ああ、くそ。アキラは胸中で悪態をつく。薄目を開いてブラッドを見れば、赤紫の中に自分の姿を見つけた。引っ込みがつかず彼の舌を絡めとると、応えるように吸われ、背骨が痺れる。
     腹が立つ、悔しい、けれどそれ以上に気持ちいい。
     この男が教えたのだ、貞淑ぶる必要もないとアキラは夢中で求めた。首に腕を回し、もっと深くと強請る。上顎を舌先で撫でれば、仕返しとばかりに甘噛みされた。

    「ん、う……は、ぁっ」

     下腹部が反応を見せ始め、すっかり口付けに耽った頃、名残惜しそうに唇が離れていく。
     そういえばここは何処だっただろうか。ぼやけた思考でブラッドを見つめる。呆れながらも笑みを浮かべる端正な顔立ちに惚けていたアキラだったが、数秒してハッとしたように目を見開いた。

    「うおっ! あ、あーー……」
    「流石にここまでするつもりはなかった」

     ブラッドから体を離し、自分の股間の膨らみを見て顔を覆うアキラに、苦笑混じりの声が落とされる。自業自得なので責めることも出来ない。
     羞恥に熱くなった顔が目尻に涙を呼ぶ。指の隙間から覗いてみれば、機嫌は直ったようだ。すました顔は変わらないが、空気は軽い。なら、この失態にも収穫はあったのだろうと自分を慰める。

    「つか、本当まじでなんだったんだよ……お前いっつも言わねーから分かんねーんだよ」
    「言って改善されるなら忠告している」
    「は? オレ何もしてねーけど?」

     この一連の流れはお前に問題があると言わんばかりの口ぶりに、心外だと詰め寄った。しかしブラッドは目を合わせようとせず、胸元ばかり見てくる。
     苛立ち混じりに視線を追えば、鎖骨に残った鬱血痕と歯形にアキラは「うげっ」と眉をしかめた。

    「んだよコレ……怒ってたのは分かるけど、やり過ぎだろ」

     そう言いながら仕方なく制服のボタンを留めようとしたが、思い直してジャケットの前を閉めた。息苦しさを考えれば、こちらの方が楽だと判断したからだ。
     これで大丈夫だろうと笑みを見せるアキラに、ブラッドは自分の首筋を指差した。

    「え、なんだよ」
    「まだ見えている」
    「はぁっ!?」
    「耳も」
    「あっ、そういやテメェ、よくも噛みやがったな……!」

     思い出してアキラは耳に触れる。指で撫でれば歯形はくっきりと残っていた。
     ピアスを開けている方は、どうしても感覚が鋭くなる。本気で痛かったぞ、と喚くがブラッドは悪びれる様子がない。

    「どーすんだよ。まだ午後のパトロール残ってんのに」

     流石に歯形と鬱血痕を晒して街中を歩くわけにはいかない。
     困り果てていると、原因である目の前の男が真顔で紙袋を漁り出した。そういえば彼は雑貨屋に立ち寄っていたのだと思い出す。
     そして袋から出してきたものに、アキラは頬を引きつらせた。

    「おい、これ」

     アキラの言葉を待たず、ブラッドは紙袋からまた購入品を出す。

    「これで問題ない」
    「……ヒーロースーツの時は」
    「前を閉め、フードを被ればいい」
    「マジか」

     肩を落としていると頬に掌が置かれた。指が滑り、くすぐったさに顔を背けたが、顎を強く掴まれる。アキラはおそるおそる視線を戻した。
     表情こそ変わらないものの、目の据わったブラッドがこちらを見下ろしている。

    「挨拶以外で他人にべたべたと体を触らせる必要はない。俺に目隠し帽を買わせるな。……分かったか」
    「…………あ、なるほど」

     その言葉でようやくブラッドが不機嫌だった理由を理解した。
     視線が痛い。感じる圧のまま、アキラは差し出されたそれをしずしずと受け取る。
     そして身につけてから、ようやく「いや、口で言えよ!!」とブチ切れるのだった。



     ◆◇◆



    「あ、人間ウォーマー……じゃなかった、アキラだ。また会ったな」
    「おい、お前それわざとだろ」

     パトロールも終わり日が暮れかけた頃。不良時代の旧友たちとまた鉢合わせて、アキラは思わずジト眼を向けた。
     暗くなり始めると寒さも一層強くなる。身を縮こまらせながら近付いてきた彼らは、ふとアキラの姿を見て首を傾げた。

    「それ、風邪でもひいたのか?」
    「……ひいてねーよ」
    「でも顔赤いじゃん」
    「……暑いんだよ」
    「じゃあ脱げば?」
    「脱げねーんだよ!」

     人の気も知らず呑気な旧友たちを見ていると苛立ちが募る。ジャケットの前を閉め、マフラーを巻き、イヤーマフを付けた防寒姿。冬なのだから何も不思議ではない。街ではありふれた光景だが、アキラにとっては暑くて仕方がなかった。
     そもそもお前らと会わなければこんな暑苦しい格好をする羽目にはならなかったのだ、と理不尽な怒りを覚えていると、悴んだ手が伸びてくる。咄嗟に身を引いて躱せば、驚いたように瞬いた目がこちらへと向けられた。アキラは先にタワーへと戻ったブラッドの言葉を思い出して呟く。

    「目隠し帽はご免だからな」
    「え、なに」
    「なんでもねー。……人間ウォーマー屋は今日で閉店だ。触んじゃねえ」

     そう言って手で払えば、唇を尖らせた旧友たちが思い出したように顎をしゃくった。

    「そーいや今から飯行くんだけどお前もどう? 久々に話そうぜ」
    「悪ぃ、今日は先約がある。また今度誘ってくれよ」

     そう言ってから、この辺りを彷徨いているだろう先約にこの状況を見つかるのはマズいと、会話を切り上げ旧友たちと別れを告げる。離れていった彼らの背中を見送っていると、タイミング良く声がかけられた。

    「お疲れ――って、アキラ?」
    「おー、お疲れー」

     振り返ると、パトロールを終えたウィルが目を丸くしてアキラを見つめている。鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。アキラが嫌な予感を覚える前に、ウィルは口を開いた。

    「それ、もしかして風邪でもひいたのか?」
    「……ひいてねーよ」
    「でも顔が赤いじゃないか」
    「……暑いんだよ」
    「じゃあ脱げばいいだろ」
    「脱げねーんだよ!」

     全く同じやり取りに、アキラは思わず地団駄を踏む。ウィルは、アキラの様子を見てため息をついたものの、それ以上の口出しはやめたようだ。食事に向かうため、並んで歩き始める。
     アキラは、暫くしてぶっきらぼうに言った。

    「……ウィル、お前タートルネックのインナーとか持ってねぇ? 部屋ん中で使えそーなやつ」
    「え、やっぱり風邪ひいたんじゃ……」
    「ひいてねーっつの!」

     普段自室では夏と変わりない恰好で過ごしているのに、突然タートルネックなどと言い出せば、不審がられても仕方ない。ウィルは「明日は槍でも降るのかな……」と唸り始めた。
     そんな彼を横目に「その槍がどっかの誰かさんに降ってくれりゃいいんだけどな」とぼやいたアキラは、その後行きつけのレストランのスタッフにも、タワーの廊下で出くわした同期にも、果てはオスカー相手にまで同じ問答を繰り返すことになるとも知らず、冬の災難に枯れ落ちた葉を蹴り上げるのだった。
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