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    @2152n

    基本倉庫。i:騙々氏

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    ブラアキ。メイドカフェの話。

    ##ブラアキ

    魔法のふわふわカプチーノ「おかえりなさいっせー、ごしゅじ……うげっ、ブラッド!」
     引きつった顔。緑の目が、歪められる。眼前に現れたアキラを見て、ブラッドはその場で硬直した。
     赤い髪に巻き付いたヘッドドレス。首元のチョーカー、黒いワンピースに重ねられた白いエプロン。シンプルだが、その全てにフリルがあしらわれ、控えめな華やかさが全体のバランスを可憐に整えている。
     所謂スタンダードなメイドの格好だ。
     何故それを、自分が受け持つ研修チームのルーキーが着用しているのか。考えて、この場所がメイド喫茶だからだと思い出す。
    「……おい、ブラッド?」
     扉の前で立ち尽くしたまま動かないブラッドを見て、少年が声をかける。動く度に揺れるスカートから目を離せずにいると、トレイで足を隠された。膝丈のスカートから覗かせていた足が消える。
     元々、彼の体毛は薄い方だが、わざわざこのために処理したのだろうか。筋肉はついているが、つるりと綺麗な肌を思い出して、考えた。
    「……おい」
     耳を赤くさせたアキラが、ジト目を向けてくる。
     ブラッドは、口元に手を置いてしばらく考え込んだあと、ようやく顔を上げて口を開いた。
    「適切な言葉は、確か『おかえりなさいませご主人様』ではなかっただろうか。さっき言いかけていただろう。やり直せ」
     手を持ち上げ、首を傾げる。その言葉と仕草に、アキラは髪を逆立てて全身を真っ赤に染め上げた。

     ◆◇◆

     テーブルにやや乱暴に置かれた珈琲カップ。波打つ黒い液体を見つめながら、ブラッドは頷く。
    「つまり、個人的な趣味ではないと」
    「そーだよ。今週だけって約束で引き受けたんだ」
     年に一回リトルトーキョー周囲で行われるコミックイベント。日本のオタク文化を取り入れた、規模の大きな行事であるそれは、会場となる施設の周囲も期間限定で出店したり、元々ある店は特別なタイアップをしたりと、開催される二週間を使って大きく賑わう。
     そのイベントに、知り合いが期間限定で店を出すことになったらしい。だが、人手が足りないと泣きつかれ、アキラは仕方なく「一週間だけなら」と了承したのだ。よく行くホットドッグ店の常連仲間ということもあって、気が緩んでいた。
     詳しい話を聞かず、いざ店に来てみれば、現在アキラが着用している服を笑顔で渡された、というわけだ。
    「安請け合いという言葉を知っているか?」
    「ぐぬ……」
    「貴様のことだ。煽てられでもしたのだろう」
    「ぐぬぬ……」
     その通りだった。
     最初はキッチンがいいとごねたのだ。けれど、足りないのはホールスタッフだ、天才のアキラなら何を着ても似合う、トドメには給与とは別にホットドッグを二週間分奢る、と説得されてしまった。
     一度引き受けた手前、断るのも恰好がつかない。
     見れば、メイド服を着ているのは女性スタッフだけではなく、屈強な男もいた。おそらく、場を明るくさせるコメディ要素と、女性スタッフにセクハラを働く客への牽制を兼ねているのだろう。
     誰にも言わなければ見つかることもない。たった一週間だ。そう腹をくくったのが数時間前。まさか、初日に最も見られたくない男が現れるとは思うまい。
     アキラは呑気に珈琲を飲む男にジト目を送る。
    「で、お前はなんでこんな店に来たんだよ。まさかそーゆー趣味があるとか言わねーだろうな」
     見られることに慣れてきたのか、腰に手を当てて揶揄うが、ブラッドは動じない。視線だけが、アキラへ向けられる。
    「たまたまだ。日本で有名なカフェスタイルをやっていると聞いて、休憩にきた」
     そう言って、寿司はあるかと尋ねる日本フリークに「あるかよ、バカ」とアキラはため息をついた。
     彼が入店した途端に騒がしくなった店内は、落ち着きを取り戻している。人気のメジャーヒーローはどこへ行っても注目の的だ。
     客を放ってうっとりとした表情を見せるメイドたちに、流石の店長も焦って半個室へ案内したのは間違っていない。でなければ、今頃ブラッドの元に、メイドたちが我先にと集まっていただろう。
     ……おかげで、アキラが接客担当になったのだが。
     アキラの半眼を受け止めながらも、ブラッドはカップに口を付け、優雅にメニューを眺める。しかし、そこで気になるものを見つけたのか、首を傾げた。
    「この星印はなんだ」
    「あ? ……あぁ、星印がついてるメニューは、メイドが魔法をかけるんだとよ」
    「魔法……」
    「美味くなるおまじないとか、オムライスにケチャップで簡単な絵描いたり……っておい、やらねーぞ。注文すんなよ」
     輝き始めたアメジストを見て、アキラは顔を引きつらせる。開店前に説明を受けたが、何が悲しくて上司にあんな恥ずかしい呪文を言わなければならないのか。想像するだけでも寒気がする。
     ブラッドは次に、メニューの右下を指さした。
    「このオプションとはなんだ」
    「ん? それは指名料だな。好きなメイドと写真撮ったり、色々出来るらしいけど……教えてもらってねーから、よく分かんね」
     オプションメニューは、男性スタッフに利用する客はいないだろうと、説明を省かれたのだ。実際、これ以上覚えられる自信は無かったので、詳細は知らない。
     アキラは肩を竦めた。ブラッドは小さく頷くと、メニューをじっくりと読み返した後、テーブルにあったベルを鳴らす。メイドを呼ぶためのものだ。
     アキラの口からため息が落ちる。
    「おい、オレがいるんだからオレに言えっての」
    「そうだったな。店長を呼んで来い」
    「はぁ? なんでだよ」
    「いいから呼んで来い」
     有無を言わさぬ口調。暴君め。アキラは胸中で呟きながら、渋々店長の元へ向かう。
     店内は客の入りが多く、忙しそうだ。ホールを歩き回る店長を捕まえて伝えれば、何故か慌ててブラッドの元へ行き、腰を低くした。
    「はい、なんでしょう」
     笑顔を絶やさぬ中年の男が歯を見せる。ホットドッグを食べている時とはまた違う笑みで、胡散臭さが増すのは気のせいだろうか。横目で店長を見やる。
     ブラッドは鋭い視線を送りながら、メニュー表を掲げた。
    「このオプションについてだが、内容が詳しく明記されていない。まさか、性的なサービスではないだろうな」
    「いっ、いえ、そういうわけでは……!」
    「ならば、はっきり記載しろ。実際にはどういったサービスだ」
     どうやらオプションメニューに疑問を感じたようだ。
     問いただす空気は重い。店長は目を泳がせながら、おずおずと口を開いた。
    「そ、それは……指名したメイドと一緒に写真を撮ったり、色々……」
    「色々、とは?」
     唇が結ばれる。答えないのは、やましいことがあるからだ。アキラは「マジかよ…」と俯いた店長から距離を取った。そんな話は聞いていない。苦々しい表情を見せる男に、ブラッドがため息をつく。
    「場合によっては、警察を呼ぶ必要がある」
    「ひっ、いえ、決して怪しいメニューでは……ッ」
     警察、という言葉に怖気付いたのだろう。
     顔を上げた店長は、ブラッドに詰め寄ると、仕方なく答え始める。
    「そ、その……膝枕をしてもらったり、膝に乗ってもらって、ご飯を食べさせてもらったり……あと、背中を罵倒しながら踏んでもらったり」
    「……なぁおっさん、それ完全にアウトだろ」
    「も、勿論スタッフ側にも選ぶ自由はあるから、嫌なら断れるんだよ!」
    「…………」
     そんなサービスが用意されている時点で断る断らないの問題ではない。いつも朗らかな笑顔を浮かべて、ホットドッグの話で盛り上がっていた仲間が、違反者だとは思わなかった。呆れた視線を送るアキラ。ブラッドも肩をすくめている。
    「そんなことだろうとは予想していた」
    「ですが、決して性的なサービスではありません! あ、あくまで、日本のメイドカフェを真似て用意したメニューです!」
     まだ言い逃れをするか。そう思うが、ブラッドには効果があったらしい。スマホを取り出し、調べだす様子に、驚いて目を見張る。
     しばらくして一通り調べ終わったのか、スマホをテーブルに置いたブラッドは店長を見上げた。
    「……このオプションメニューは、そこの男にも適用されるのか」
    「ええ、一応」
    「はぁっ!?」
     店長がチラリと隣を見る。二人の会話を他人事のように聞いていたアキラは、その言葉に目を丸くさせたあと、眉を釣り上げて店長の胸ぐらを掴んだ。苦しそうに両手をバタつかせるが、知ったことではない。
    「おい、オレには関係ねーって言ってただろ」
    「うっ、くるし……だ、大丈夫だって、アキラや他の男性スタッフにオプションメニューを希望する客なんてまずいないから——」
     そう言って宥める店長。それでもアキラは納得がいかず、抗議を続けるべく口を開いた時だった。
    「では、彼の勤務する一週間、全て俺が指名しよう」
    「は?」
     店長とアキラの声が重なる。突然の提案は二人にとって理解し難いものだったのか、理解出来ていないといった表情だ。ブラッドは続ける。
    「ルーキーとはいえヒーローだ。妙な悪知恵を働かせた客がお前を利用するとも限らない。俺の専属にしてしまう方が効率もいい」
    「は? 嫌に決まって……」
    「拒否権はない」
     腕を組みながらきっぱりと言い切るブラッド。アキラは困惑の目を店長へと向ける。
    「なぁ、店長。嫌なら断れるって言ったよな。こういう場合どうすりゃいいんだ?」
    「う、う〜〜ん」
     そもそも、ホールの人手が足りないから助っ人として働きにきたのだ。ブラッドの専属になってしまうと、助っ人の意味がない。
     店長も悩んでいるのだろう。先ほど警察の言葉をチラつかせてきた相手の不興を買って、揉め事にはしたくないはずだ。とはいえ、人手が足りないのは事実である。眉を顰め考える店長に、ブラッドが提案する。
    「一時間二十ドルだったな。なら一日千ドル出そう。代わりに、彼を他の者が指名させないように頼む」
    「ご指名ありがとうございます!」
    「っ、おい!」
     地獄の沙汰も金次第。アキラが一日に働くのは本業が終わった後か休日しかないので、平均しても精々五時間程だ。その十倍の金額を提示されて即答した店長の決断に、アキラは思わず焦りを覚える。
    「接客は構わん。しかし、他の客の前ではその格好をやめるように」
    「分かりました! では通常営業時のエプロンを支給しておきます」
    「え、なぁ、店長。コンセプトカフェだから絶対この服じゃないとダメだって言ってたよな……?」
    「俺が来店した時はこの格好でもいい。だが言葉遣いが少々……いや、かなりガサツだ。コンセプトを忘れないよう、しっかり教育しておいてくれ」
    「はい! マニュアルを叩き込ませておきます!」
    「なぁ、一週間だけだしメニューさえ取れたら適当でいいって開店前に……」
     聞いていた話と二転三転していく会話に嫌な予感が過ぎる。けれど、店長はブラッドの提示した金額で頭がいっぱいのようだ。
     アキラの肩を強く掴むと輝いた目を向けてくる。
    「アキラ、君なら出来る! ご主人様に気に入られるメイドになれるよう、これから頑張ろう!」
    「いや、アレはご主人様じゃなくてオレの上司……」
     駄目だ、通じない。ブラッドを見ると、素知らぬふりをして珈琲に口をつけている。アキラは思わず半眼を向けた。
     落ち着いた様子を見ていると、実はアキラが働いていることを知っていたのではないかと思いたくもなる。
     珈琲を飲み終わったらしいブラッドが、メニュー表を開き始める。
     まだ居座る気か。胸中で毒づいていると、アメジストが楽しげに揺れ、メニューの一文を指さした。
    「……店長、この『ラブラブズッキュン♡甘さ控えめ魔法のふわふわカプチーノ』とやらを頼みたい」
    「はい、すぐにお持ちします!」
    「あ、てめっ、それ星印ついてるやつじゃねーか!」
    「アキラ、ほら魔法の準備に行くよ!」
    「だぁぁぁっ! くそ、テメェ覚えてろよ……!」
     引っ張られて半個室から離れていくアキラと店長。
     暴れているせいでスカートが大きく揺れる。彼自身、もう自分の格好など気にしていないのだろう。忘れている可能性もあり得る。
     一人になった半個室の席で、ブラッドは大きなため息をついた。
    「こちらの台詞だ、馬鹿が」
     日本のオタク文化を基にしたイベントがグリーンイーストで開催されると知り、たまたま寄れる機会があったので休憩だけでもしてみようと入ったのがこの店だ。掲げた看板の店名が「ラブラブ・ピースフル」ということもあって、親友が脳裏に過ぎったのも選んだ理由の一つだった。
     そこに、まさか密かに想いを寄せているアキラがいるとは思うまい。好きな男が女装で、しかも他人に媚びる様など、想像しただけでも胃が痛くなる。
    「……」
     鈍感に鈍感を重ねた男。
     しかし普段から意識されているところや、反応を見る限り、決して脈がないわけではない。
     ブラッドは様々な葛藤と悩みを抱きつつも、先ずは「ラブラブズッキュン♡甘さ控えめ魔法のふわふわカプチーノ」に、彼がどう魔法をかけてくれるのか楽しみに待つのだった。
     しかし一時間後には、アキラの格好が下着まで女性物と知って、耐えきれずムードのない告白をすることになるのだが。
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