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    2152n

    @2152n

    基本倉庫。i:騙々氏

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    ブラアキ。手を繋ぐ話。

    ##ブラアキ

    不意打ちが伝染「あぁ、それならこの通りを真っ直ぐ行って……」
     地図と照らし合わせ、指さしながら教えてやると、感謝の言葉を残して二人組の観光客は立ち去って行った。
     去り際、ヒーローに会えるかな、と楽しそうに会話する彼女たちの背中を見送る。道案内を聞いた相手がヒーローだとは知る由もない。
     まだメディア露出も知名度も低いルーキーなら仕方ないことだろう。
     アキラは半眼を向ける。本来なら「オレがそのヒーローだぜ」と名乗り出たいところだが、生憎今日はオフで、人と待ち合わせをしている。
     ここで出しゃばって待ち人の機嫌を損ねでもすれば、後でどのような心労が待ち構えているか分からない。
     彼は、大人びているように見えて意外と子供っぽいところがある。
     スマホを見る。
     待ち合わせまであと二十分はあった。何故こんなに早く来てしまったのかと後悔する。
     彼の性格上、おそらく十分前には到着しているだろうと予測をして、ならそれより早く着いてあっと言わせてやる、と目論んだものの、流石に一時間前は早過ぎだ。正直に言えば、緊張して待ちきれなかったのもある。
     遠くに視線を向ければ、リニアが走る姿が見えた。冬の淡い空に浮かぷ車両は、まるで空を飛んでいるようにも見える。
     ぼんやりと眺めていると、不意に肩を叩かれた。
     振り返れば、待ち人が立っている。
     いつもの制服やヒーロースーツ、フォーマルスーツ姿ではない。白いニットのセーターに黒のスラックス、肩にかけたコートは、上品ながらもラフなスタイルを見せている。アキラは悔しさから胸中でキザな野郎だと舌打ちした。
    「待ったか」
    「……別に。オレも今来たとこだし」
     時計を確認しながらこちらを窺うブラッド。強がれば、頬に手のひらが乗った。
    「そうか、今来たところか」
    「……そーだよ」
     暑がりで寒さに強いとは言え、一時間も外で立っていれば肌も冷える。温かい温度がじんわりと頬に染み渡った。
     ブラッドは苦笑するだけで何も言わない。
     何もかも見透かされているようで、アキラは唇を尖らせた。
    「早く行こーぜ」
    「そうだな。最初はスポーツ店からだったか」
    「ちげーよ、ショッピングモール。アレキサンダー用のペットケーキ探しに行くんだろ」
     スポーツ店ならグリーンイーストだろ。レッドサウスで待ち合わせた理由忘れたのかよ。
     そう続けると、ブラッドはそうだったかと首を傾げた。とぼけた様子に、思わずジト目を向ける。
    「冗談だ。少しからかいたくなった」
    「だからお前の冗談は……」
    「日中のデートは初めてだからな。少し浮かれている」
    「っ」
     微笑まれ、その緩んだ表情にアキラは言葉を詰まらせた。
    (ぐぬぬ……バレてる)
     彼とのデートは、お互いのタイミングが合わず、いつも夕方以降から会うことが多い。そういう時は、大抵スーツを着て、食事に行って、ホテルで宿泊し、翌日の昼には解散していた。
     考えてみれば、恋人とのデートにしては密会じみている。
     実の所、こうして朝から二人で出かけることは初めてのことだった。それも、アキラがオスカーの誕生日プレゼントを買いに行きたいからと、強引な理由をつけて頼み込んだのだ。
     更に言えば、そこから日程を調整してもらい、いざ決まっても急な用件でドタキャンされたのが二回。
     流石にブチ切れて「次ドタキャンしたら、もう二度とお前と日中に約束はしない」と怒鳴りつけた三回目の今日、こうして念願のデートが叶ったわけである。
    「呼び出しあったら帰るのか」
    「仕事用のスマホはキースに押し付けてきた」
    「うわ……」
     涼しげに答えるブラッド。押し付けられたキースはたまったものではないだろう。
     しかし、彼なら代役を頼めるから押し付けたのだ。普段ものぐさな彼がブラッドと同等の能力を持っているとは考えにくいが、能ある鷹は爪を隠すというものか。
     アキラは胸中で彼に同情しつつも感謝した。
     ブラッドが同僚に仕事を押し付けてでも、ようやく自分を優先してくれたのだから。
     ついでにオスカーへもダシに使ったことを密かに謝罪した。
    「それでも人命に関わる連絡が入れば戻らざるを得ないが」
     そう悪びれず答えるブラッドに、アキラは適当な相槌を打った。それは理解している。自分だってそうするだろう。
    「だが、それ以外は問題ない。今日が来る日を楽しみにしていた」
    「けっ、よく言うぜ。二回もドタキャンしといて」
     舌打ちすれば、ブラッドが困ったように微笑む。
     それを見て、アキラはバツが悪くなり目を逸らした。
     一度目も二度目も、彼が何とかしようとしていたことは知っている。自分よりも仕事を優先する職業だということも知っている。
     アキラがメジャーヒーローになれば、彼の苦労も分かるのだろう。それでもまだルーキーで、やれることに限りがあり、感情的にも幼い十八歳の少年には、聞き分けの良い恋人を演じるほどの器量はない。
     困らせている自覚がある。罪悪感だってないとは言わない。
     黙っていると、気まずくなった空気を打ち消すようにブラッドが言った。
    「そろそろ機嫌を直せ。待ち合わせまでしてデートを楽しみたかったのだろう。用事を済ませたら、残りの時間で映画でも見に行きたい」
    「なっ……!」
     手を取られ、甲に口づけが落とされる。ぶわりとこみ上げた熱が顔に溜まった。
     アキラは思わず振り払うと、辺りを見回す。
    「おま、こんな日中で堂々と……ッ」
    「誰も見ていない。逆にこそこそしたり、騒ぐ方が目立つと思うが」
    「ぐっ、ぐぬぬぬぬ……」
     平然とした表情に、悔しさが募る。まだ始まったばかりだと言うのに、振り回されてばかりだ。
     これ以上立ち話を続けても意味はないと思ったのか、ブラッドが歩き始める。アキラは慌てて追いかけた。
     隣に並べば、会話もないため無言が続く。
     レッドサウスは平日の日中ということもあって、人通りはまばらだ。
     倉庫街のせいで治安が良いとは言えないため、観光客も他のエリアに比べて少ない。昼時には半端な時間ということも理由だろう。ヒヤリとした気温の中に、長閑な空気が混ざる。
    「……」
     アキラは端正な横顔をチラリと盗み見て、視線を落とした。
     コートから覗かせた手。少しだけ周囲を気にしながら、そっとそれを握る。けれど照れ臭くなって、直ぐにポケットへと突っ込んだ。
    「……?」
     突然の行動に、ブラッドが目を丸くさせる。立ち止まりかけたので、ポケットの中で握った手を引っ張って歩かせた。
    「誰も見てないなら別にいーだろ、恋人っぽいことしても」
     先程の仕返しだとばかりに言うが、羞恥が拭えずぶっきらぼうになる。まだ彼のようにスマートにはいかないものだ。
     アキラは歩きながらブラッドを睨むように見上げた。どうせいつもの澄ました顔で余裕を見せてくるのだろう。
     そう予想していたが、視界に入った表情は真逆のもので。
    「……」
    「……え、嘘だろ」
    「…………」
    「おい、こっち向けって、なぁ」
     耳まで真っ赤にさせた顔が、アキラとは反対方向を向いている。思わず覗き込めば、顔に手のひらが乗せられた。
    「ぐえっ」
    「……騒ぐなと言ったはずだ」
     歩みは止めない。始まった攻防戦は周りから見れば十分目立つ行為だろう。
     しかし、それどころではない。付き合って初めて見る恋人の照れ顔は、アキラにとって無視できないものだった。
    「なぁ、見せろって、顔」
    「……調子に乗るな」
    「乗らねーって。な、頼むよ」
    「……」
     渋々こちらを向いたブラッド。落ち着きを取り戻したようだが、どことなく頬が赤い。
     胸がむずむずとする。
     どうしようもなく、愛しいと感じた。
    「その締まりのない顔をやめろ」
    「え、へへ」
     不貞腐れる姿も貴重だ。ポケットの中で握った手を絡めれば、ブラッドの肩がピクリと動いた。
    「なに、お前こういうの弱いのか?」
    「不意打ちを食らっただけだ」
     既に赤い頬は白い肌へと戻っていた。
     澄ましたポーカーフェイスに、いつものアキラなら悔しさを滲ませているが、今は違う。
    「やっぱ日中のデートはいいな。珍しいモン見れたぜ」
    「……」
     ジト目が向けられるが、素知らぬふりをする。これが見られただけでも、今日のデートに価値はあるだろう。
     すっかり浮かれたアキラだったが、彼の恋人は負けず嫌いの頑固者であることを忘れていたようだ。
     その後行く先々で散々な目に合い、帰宅する頃には立場が逆転して真っ赤な顔で俯く羽目になるのだが――アキラはそんなことなどつゆ知らず、ブラッドの恨めしそうな視線を心地良く受け止めるのであった。
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