ハッピー・サプライズ「ハッピーバースデー、オレ!」
胸を張って鼻高々にそう告げるアキラに、ブラッドはため息をついた。
日付が変わろうかという時刻。突然インターフォンが鳴り、扉を開ければ彼がいた。時計を見れば針は0時ピッタリを指していて、成る程これがしたかったのかと納得する。
「……合鍵があるのだからそれを使え」
丁度寝室に入ったタイミングで現れた突然の訪問者に、ブラッドの眉が自然と顰められる。アキラはそんな彼の不機嫌さを気にも留めず、脇をすり抜けて室内へと侵入した。
「いいじゃねーか。お前だって来てくれて嬉しいだろ?」
「時間による」
研修期間が終わり、所有していたマンションへと戻って早数ヶ月。研修用の部屋を引き払う時に合鍵を渡していたが、こんな悪戯に利用されるとは思わなかった。エントランスで呼び出されていれば追い返していただろう。それを見越して部屋のインターフォンを鳴らすのだから、タチが悪い。
「あのなぁ、オレの誕生日なんだからもうちょっと優しくしろっての」
「元々予定していた食事の席でなら、いくらでも甘やかしてやる」
明日――日付が変わって今日になるが、夜は食事とホテルの予約を済ませてある。そのために休みなく業務をこなしていた。今はただ、眠い。
こめかみを押さえて難しい顔を見せるブラッドに、冷蔵庫から牛乳を取り出し許可なく飲んでいたアキラがわざとらしく唇を尖らせる。
「んだよ、喜ぶと思って来てやったのに」
「常識のある時間なら、な。俺が寝ていたらどうする気だったんだ」
「……とりあえずベッドに潜り込んでチンコしゃぶってみるとか?」
考えるように天井へと視線を向けたあと、左手で行為を想起させる動きを見せてくるアキラに、ブラッドは思わず壁に寄りかかった。おかしい。こんな育て方をした覚えはない。
おおかた、研修後に他のヒーローから余計な知識を教わったのだろう。ブラッドはアキラと同じセクター内のヒーローたちを思い浮かべて、思い当たる人物に苛立ちを募らせた。
一度懐けば、吸収が早いのも影響を受けやすいのも彼の長所であり短所である。こちらが三年かけて学ばせたものに下世話な入れ知恵をした男へ憤りを覚えていると、アキラが近付きおずおずと顔を覗き込んできた。
「もしかして本気で怒ってんのか?」
本当に喜ぶと思っていたのだろう。不安そうに揺れる翠をブラッドは無言で見つめ返す。黙っていると、肯定だと受け取ったアキラは肩を縮めてバツが悪そうな表情を見せた。先程までの勢いはどこに行ったのか。しゅんと項垂れる顔に覇気はない。
「……悪かったよ、もう帰るから」
そう言って玄関へと足を向けるアキラの腰に腕を回す。せっかくの誕生日だ。主役にそんな顔をさせたかったわけではない。引き寄せると、宥めるように頭を撫でる。
「……こういった勢いも若さの証拠か」
「ん?」
ブラッドはうつらうつらと覚え始めた眠気のまま、アキラの頭に顔を埋めた。石鹸の匂いがする。シャワーの習慣は身についているようで、ホッとした。
「非常識な時間ではあるが、訪問には感謝する。……それで、何が望みだ?」
「っ」
自分の誕生日とはいえ、彼がサプライズで訪れたことには必ず意味がある。確信を持って聞けば、アキラの顔が面白いほどに慌てふためき、戸惑い、耐えるように眉をしかめ、赤くなった耳を晒したあと
「お前、一週間ぐらい忙しそうにしてて、全然会えなかっただろ。だから……夜まで待てなくて、ブラッドの顔が今すぐ見たくなったから……きた、だけ」
そんないじらしい言葉をか細く伝えてくるものだから、ブラッドは本日の主役の頭を抱えて寝室へと引きずっていくのだった。