無自覚なこども「あーつーいー」
声の波が羽によって揺れ、機械的な音を発する。ブラッドは扇風機にしがみついて独占するアキラに呆れた視線を向けた。
「暑いのはお前だけではない。いい加減に離れろ」
タワー内の空調が故障したのは数時間前のこと。代わりに窓を開けたことで入ってくる風は高層タワーともあって涼しいが、それも一瞬のことだった。故障した空調がメンテナンス中に温風を吐き出し、タワー内をサウナへと変えたのだ。今頃ノヴァが必死になって修理しているはずだが、おかげで外気の冷風は気休めにもならない。唯一外からの風を集中して受けることができる扇風機を独り占めしているアキラは、ブラッドへと半眼を向ける。
「やだね。いま離れたら、ぜってぇ死ぬ自信ある」
「ならば外出してカフェで涼めばいい」
ブラッドは正論を言い放った。夕方には修理の目処が立つ話を聞いて、オスカーとウィルは既に外へと避難している。ブラッドは状況把握と伝達の責任を受け持つメンターリーダーとしてこの場を離れることは出来ないが、アキラが残る理由はない。ブラッドの額にじわりと汗が浮かぶ。アキラは何も言わず、扇風機を抱きしめた。おかしな男だ。
ブラッドは額を拭うと肩をすくめた。なるべく暑さを意識せぬようホラー小説を読んでみたが、すぐそばで暑い暑いと騒ぐ男がいては集中出来ない。この状況ではほとんどのスケジュールもキャンセルとなってしまった。
(久しぶりに司令室にでも顔を出してみるか)
思い至って本を閉じると、立ち上がる。
「おい、どこ行くんだよ」
入り口へと足を向けると、気付いたアキラが扇風機から離れ、慌ててこちらに振り返った。ブラッドは暑さによって生まれる気怠さを纏わせながら言う。
「司令室に行ってくる。お前も早く避難するなりなんなりしろ」
そう言って扉へと進むブラッドに、四つ足でバタバタと駆け寄ってきたアキラがスラックスの裾を引っ張った。見下ろせば、目を丸くさせた少年が困惑の表情を見せていて。
「オレ、お前といるために、ここに残ってんだけど」
当然とばかりにそう告げる自覚のない男に、ブラッドは頭を抱えると、その体を持ち上げ乱暴にソファーへと放り投げるのだった。