あと10分待て。 あと十分待て。そう言って、アキラは研修チーム部屋の入り口を塞いだ。あからさまに動揺されると反応に困る。隠し事が下手な三人が数日前から揃ってソワソワとし、ブラッドを意識し、冷蔵庫には豪華な食材が増えていた。気付かぬ筈がない。三人の様子に釣られて、ブラッドまで日がな一日落ち着かなかった。
彼らの計画しているだろうサプライズパーティーを想像して口元が緩む。自分にも、まだ誕生日を楽しみにする気持ちがあったのかと思うと、どこかこそばゆい。つい浮き足立ってしまい、オスカーに伝えていた時間より三十分も早く帰ってきてしまった。そして、今はオロオロとするアキラに通せん坊をされている。
十分。短いようで、意外と長い。ブラッドは迂闊な彼の発言に胸中で苦笑した。
「祝いの言葉、感謝する」
「あっ!」
しまった、と目を丸くさせたアキラ。今度はその団栗眼を彷徨わせて困惑している。
「う、う~~……今のは聞かなかったことにしろ!」
「何故だ」
「だって、そりゃ……お前が部屋に入ってきたらあいつらとクラッカー鳴らしてお祝いするってサプライズ考えてたから……だから、今のはナシ! ノーカン!」
そう言って両手を広げると扉に背を貼りつけた。迂闊どころではない。サプライズが台無しだ。ブラッドは呆れつつも、アキラらしいと距離を詰めた。顔を近付けると、ぐっと口を結んで通さんと胸を張る。子供のような仕草に、秘めた感情を撫で付けられながら、ブラッドは言った。
「俺は、フライングとはいえ、誕生日を最初に祝ってくれたのがアキラであったことは、素直に嬉しいと思う」
「……?」
「だから次は、お前の誕生日……二十歳になる祝いは、俺が一番最初に祝っても構わないだろうか」
「……へ? あ、お、おう」
まだまだ先になる自分の誕生日の話題が出てくるとは思わなかったのだろう。不思議そうにしつつも頷くアキラに、ブラッドは続けた。
「……その時、俺はお前に、研修期間が終わったら恋人になって欲しいと、告白を行う予定だ。……良い返事を期待している」
「はぁ? まぁ、別にそれぐら……はぁぁぁ!?」
「十分経った。もう入っても構わないな」
「えっ? ああ、そうだ十分……じゃねぇよ! ちょっと待て、テメェ今なんて……!」
ワタワタと狼狽えるアキラを退け、ブラッドは扉を開き共有ルームへと足を踏み入れる。
それを慌てて追いかけて、制服の裾を引っ張るアキラに、ブラッドは普段と変わらぬ様子で言った。
「早くクラッカーの準備をしてこい。お前の迂闊な発言は忘れてやる。代わりに、俺の言葉はその時まで忘れるな」
「う、ぐ、ぐぬぬ……」
両耳を髪色と同化させたアキラが唸り声をあげる。けれどリビングの方から聞こえるウィルたちの声に時間切れだと思ったのか、手を離してブラッドを追い越していった。
我ながら大人気ない真似をしたか。僅かに後悔を抱いていると、振り返ったアキラが大股でこちらに近付いてきた。そしてブラッドに向かって背を伸ばすと
「…………」
「テメェこそ、忘れんじゃねーぞ」
そう言って、真っ赤な顔を誤魔化すようにしかめ面を作った青年は、リビングへと去っていく。
きっと彼らはクラッカーを手に持ち、主役の登場を心待ちにしているのだろう。しかし、ブラッドは口元を押さえると、壁に寄りかかって動けなくなった。浮ついた気持ちで起こした出来心に、予想外のしっぺ返し。唇へ乱暴に押し当てられた感触が忘れられず、平常心を失わせる。
あと十分待て。
今度はその言葉をブラッドが言う番になるとは、思わなかった。