じゃじゃ馬の育て方「よっしゃあ、丁度二十分! 間に合った! ……よな?!」
扉を開き、大声でそう叫ぶアキラに、店内の客たちは驚いて入り口へ視線を向けた。
カウンター席に座っているウィルはしかめ面を見せ、ブラッドはこめかみを押さえている。
「アキラ……店内では静かにしろ」
周囲の反応も気にせずどかどかと近付き、ウィルの隣へと座ったアキラ。ブラッドが苦言を零せば、不満げに眉が吊り上がる。
「はぁ? テメェが二十分以内に来いって行ったんだろ。すっげー走ってきたんだぜ」
言いながら渡されたお絞りで手を拭き、早速高い上トロを注文し始めるアキラに、流石のウィルも思うところがあったのだろう。こら、と子供に叱るような声で嗜める。
けれど走ってきたせいか高揚しているアキラには響かなかったようで、湯呑みの茶を勢いよく飲みながら熱ちィ、と舌を出している。
「いい。落ち着けば場の空気に合わせるだろう」
ブラッドは説教を始めようとするウィルを制止すると、冷たい水を頼む、とカウンターの向こうで呆れた顔を隠そうともしない店主に声をかけた。
どうやら、彼らにとってはいつもの光景らしい。慣れた様子の二人に首を傾げながら、目の前に出された寿司にかぶりつくアキラを見て、ウィルは疑問を口にした。
「というか、アキラ。お前、寿司はそんなに好きじゃないって言ってなかったか?」
「んぐ、んむ……そうだっか?」
「そうだよ。実家で寿司が出てくる度に、ホットドッグがいいって駄々をこねていたじゃないか」
アキラの実家は日系のため、祝い事では稀に寿司を振る舞われることがある。ウィルもよく呼ばれていたが、手巻き寿司は遊びのような感覚で楽しんでいたのに、握り寿司には渋い顔を見せていた記憶だ。
ウィルの言葉に、落ち着いてきたのかゆっくりと咀嚼しながら姿勢を正したアキラは、思い返すように視線を宙へと彷徨わせた。
「んー、何十回も連れてって貰ってたら慣れたっつーか、美味さが分かった……っつーか?」
「何十回も……って」
ウィルは驚きに目が瞬く。
まさか、自分が把握している以上に、驕らせているのか? ブラッドに?
「っ、アキラ」
メンターを財布代わりにするな。言いかけたウィルの言葉を手で遮ったのは、ブラッドだった。
「構わない。……だが、アキラ。少しは落ち着いて味わうように」
「分かってるよ。よし、次はエンガワにするかなっと♪」
「…………」
そう言って脂身の乗ったネタとあっさりとしたネタを交互に楽しむアキラ。赤だしと茶碗蒸しも注文し、正しい箸の持ち方で食事を進めていく。ウィルはその意外さに、呆けた表情を浮かべた。
(皆でコースを食べに行った時もそうだったけど……アキラ、いつの間にこんな洗練された食事のマナーを身に付けたんだ?)
普段を知るウィルには信じられない光景だ。すっかり手の止まったウィルは、しばらくアキラを見たあと、後ろから視線を感じて振り返った。
見れば、ブラッドがアキラの食事姿を見て満足そうに目を細めている。
(あ、あ……あー……)
そういうことか。
あのブラッド・ビームスの手にかかれば、どんなじゃじゃ馬だって立派な紳士になる。
成長していく幼馴染に感動を覚えながら、けれどウィルはそこまで手間をかけるメンターの思惑を予想して、かぶりを振った。
(はは。まさか、そんなワケないよな)
一瞬でも浮かんだ可能性。
いや、野暮なことは考えないようにしようと、ウィルはマグロを口に運び舌鼓を打つのであった。