にゃんにゃん「突然だが、サブスタンスの影響でブラッドさまが猫語しか話せなくなった」
「にゃん」
「……は?」
パトロールから帰ってきたアキラは、オスカーの言葉通り突然の報告に口を開けながら呆けた顔を見せた。
「ね、ねこ語……?」
「そうだ。いま、ブラッドさまは何を話しても猫の言葉になる」
「にゃん」
「いや、サブスタンスってなんでもアリかよ」
入所してから一年。好きと言ってしまうサブスタンスや性格が入れ替わるサブスタンスなど、様々なものが存在するのは理解したが、流石にそれはいくらなんでもおかしいだろう。その能力が、一体何の役に立つというのだ。
「問題が解決するまで、ブラッドさまには待機してもらう形で話はついている。勿論、他のメンターや俺が仕事をサポートするつもりでいるが、アキラも必要があれば手助けして欲しい」
「それは別にいいけどよ……」
「にゃん」
「いや、ブラッド。お前、普通に話してるつもりかもしんねーけど、マジで何言ってるか分かんねーから」
「にゃん?」
アキラはオスカーの横で小首を傾げるブラッドにジト目を送った。言葉だけなら可愛らしく聞こえるが、発しているのは自分よりも一回り大きい男である。普段の厳格な態度も相まって、余計にチグハグ感が目立ってしまう。これがウィルなら違和感などなかっただろうが。
「それではブラッドさま、俺は司令に報告書を届けてきます」
「にゃにゃん」
「はい、にゃんにゃんです!」
「いや、オスカーが猫語で話しても別に意味ねーだろ」
「そんなことはない。話せばちゃんと理解はできる」
「猫語でか……?」
益々理解不能だ。目の前で自分のメンター二人がにゃんにゃん鳴きあっている。シュールな光景にげんなりとするアキラを他所に、オスカーは最後にもう一度「にゃんです!」と元気良く返事して研修チームの部屋を去っていった。
残るのは猫語しか話せないブラッドとアキラである。
「えーと……とりあえずブラッドは自分の部屋に戻るんだよな? なんかあったら呼べ……って言ってもいまは猫語しか言えねーのか。まあいいや。紙にでも書いて教えてくれよ。オレ、先に飯食いに行ってく――ぐえっ」
「にゃにゃん」
ブラッドがにゃんにゃん鳴いている違和感に耐えきれず、適当な言い訳を作って逃げようとした時だった。首根っこを引っ掴んだブラッドが、険しい顔をしてアキラを睨んでいる。
「にゃん、にゃにゃーんにゃん? にゃにゃ、にゃんにゃーん」
「何言ってるか分かんねーよ!!」
アキラは思わず叫んだ。恐らく表情から説教が始まっているのだろうが、なんせ全て猫語である。何を伝えようとしているのかさっぱり理解出来ない。
そんなアキラに、ブラッドはバスルームを指さして言った。
「にゃんにゃん」
「……飯行く前に風呂に入れ?」
「にゃん」
ブラッドが満足そうに頷く。理解出来てしまった自分にげんなりしながらも、アキラは仕方なくバスルームへと向かった。
「へいへい、にゃんにゃん。行けばいいんだろ」
「にゃん、にゃにゃにゃーん」
「にゃんにゃん分かってるよ! 終わった後はバスタブも洗えば……って、あれ?」
相変わらず風呂になると口うるさい男だ。アキラは返事をするが、会話を思い出しドアノブにかけた手を止めて瞬きした。いま、ブラッドの言葉を理解出来ていなかったか?
「にゃん?」
「……にゃんにゃん」
「にゃにゃーん、にゃん、にゃんにゃん」
「なるほど。にゃん? 猫語? を使えば、お前と会話ができ、る……?」
「にゃん」
ブラッドが頷く。なるほど、オスカーの言葉はブラッドさま脳に占められた故に起こした偶然などではなかったのか。それならオスカーもにゃんにゃん言ってた理由に説明がつく。
同時に、アキラは一つの答えに気付いて勢いよくブラッドへと向き返った。
「つまり、オレもにゃんにゃん言ってねーとブラッドと話せねえってことか!?」
「にゃん」
「いや、にゃんじゃねーよ!」
なんてことだ。要するに、ブラッドが治るまで、この部屋ではずっとにゃんにゃん言い続けなければならないことになる。
アキラは頭を抱えた。きっと、オスカーとウィルは躊躇いなくブラッドに合わせて猫語で会話するだろう。そうなると、サウスセクターの研修チームは常に、にゃんにゃんと猫の鳴き声が飛び交う部屋になってしまう。
「じょ、冗談じゃねーぞ……!オレはにゃんにゃんなんて言わねーからな……ッ」
「にゃん……」
「んな悲しそうな顔しても無理だ! ぜってぇムリ!!」
「にゃにゃん」
「ああっ、くそ! 何言ってるか分からねぇ……! にゃんにゃん、にゃにゃんなの! オレはにゃーんなんだよ!」
「にゃんにゃーん」
「だからにゃんにゃにゃーんで……ッ」
アキラは気付かない。既にブラッドに合わせて何度も猫語で会話していることを。
結局、オスカーとウィルが帰ってくるまで、アキラはずっとブラッドとにゃんにゃん言い争いを続けているのであった。
数日後、ブラッドが戻ってからもすっかり猫語に慣れたアキラがつい「にゃんにゃん」と猫語を話してしまい顔を真っ赤にさせて訂正する場面もあったのだとか。