その後投稿は無事削除された「ちょっと待って」
「はい?」
「ねぇ、これ」
「なに? エリチャン見てんの?」
「そう。それでね、これ」
「これじゃ分からないんだけど」
「ブラッドさまの投稿! 写真! 見て!!」
焦れたのか、鋭い剣幕で荒げる声に私は眉を顰めた。いつもは楽しく明るい友人だが、大好きなエリオスのヒーロー、ブラッドさまのことになるとやや攻撃的な部分が見えてしまう。今もエリチャン、という単語にトイレへ逃げようかと思ったほどだ。
仕方なく彼女が掲げてみせた端末を覗き込み、件の投稿と写真をじっくりと観察した。青い空、高級車をバックに立つブラッドさまは「久しぶりにドライブにきている。海沿いのハイウェイは潮風が心地よく、いい気分転換になった」とコメントを添えている。メンターリーダーを務めてから忙しそうだと友人から聞いていたので、そんな彼の休息に和やかな気分を覚えて「いい写真じゃない」と微笑んだ時だ。私の反応を見て、友人が「違う、そうじゃないの」と写真を指さす。
「ここ、見て」
「……ここ?」
「時計と一緒にブレスレットしてる。こんな露店に売ってそうな安物、ブラッドさまが付けるはずないのに」
言われてよく見てみれば、確かにジャケットの袖からブレスレットが覗いている。ストリート系の人たちが身につけているような赤い紐状の、五ドルで買えそうなどこにでもあるアクセサリーだ。少なくともブランド物には見えない。
「誰から貰ったと思う?」
「え、えぇ……」
彼女の反応の意味がようやく理解出来た。女の影があると言いたいのだろう。私はあからさまに顔を顰めると、端末の画面をオフにした。真っ暗になったそれを手元に引き寄せ「あっ」と声を上げる友人に、私はため息を落とす。
「勘ぐりすぎだよ。ブラッドさまだって何でも高級品ばかり身に付けてるわけないでしょ」
「そりゃそうだけど……でも、あれはどう見たって誰かから貰ったものだよ! だって、ブラッドさまの趣味と全然違うもん……!」
「別にいいでしょ、彼女くらいいたって。ブラッドさまは恋愛御法度のアイドルじゃないんだよ?」
「そうだけど……ッ」
なまじ顔がいい者が揃っているだけあって、アイドル以上に理想を重ねたがるヒーローファンは少なくない。私も一応好きなヒーローはいるが、彼女のような恋愛脳ではなく、どちらかといえば活躍を応援したいタイプなので共感を得ることはできなかった。ちなみに私の最近の推しはイーストセクターのルーキー、私の一個下のグレイくんである。年齢の割にどこかあどけない表情と初々しさが、どうも母性本能と庇護欲をくすぐるのだ。先日のLOMでは前回より活躍の場面が多く、地道に伸びていく成長に思わず息子の成長を見ているようで目が潤んでしまった。いや、私のことは今はどうでもいい。
「ううん、誰だろ。この写真だって、どう考えても一緒にいる人が撮ったよね。ブレスレットあげた相手かな?」
「もう、ブラッドさまが関わると恋愛脳になるの、どうにかしなよ」
私は頬杖をつきながら、すっかり氷の溶けたアイスティーを啜った。そういった配慮が徹底しているアイドルに恋してくれた方がまだ楽だ。友人はまたエリチャンを開いてるのか、端末を睨みつけて唸っている。
「分かってる……分かってるんだけど……これがリリーさまみたいに綺麗で格好よくて完璧な人なら私だって納得出来るんだけど、もしそこらへんにいるような……私と一緒に並んでブラッドさまに手を振ってるようなただの市民が相手だったらって思うと悔しくて悔しくて……」
言いたいことは理解できるが、仮にそのブレスレットを贈ったのが恋人だったとして、その相手を選んだのはブラッドさまなのだから、納得するしかないのではないだろうか。
顔がいい人は大変だなぁ、と同情していた時だ。店内に二人組の男が入ってくる。見覚えのある制服に、ヒーローだとすぐに気付いた。
「あ、アキラくんとウィルくんだ」
「……本当だ。休憩中かな」
丁度同じセクターの、しかもメンターであるブラッドさまの話をしていたせいか、思わず肩が強張ってしまう。ウィルくんは席につきながら私たちの視線を感じ取ったのか会釈をしてきた。釣られて私たちも頭を下げる。広報活動でもそうだが、ウィルくんはやはり礼儀正しい。荒っぽく椅子に座り早速とばかりにメニューを見るアキラくんとは大違いだ。とはいえ、ウィルくんに嗜められて私たちの視線に気付いたのか、笑いながら手を振ってくる無邪気さは親しみがある。
私はそんなアキラくんに手を振りかえして、ふとその腕に付けられたブレスレットに気が付いた。赤い紐状の見覚えのあるアクセサリー。友人も気付いたのか、首を傾げている。
「ねぇ、アレって……」
「うん、アレだよね」
二人でもう一度友人の端末を覗き込む。エリチャンに載せられたブラッドさまの投稿。写真に見える、赤いブレスレット。
「なーんだ、チームのお揃いか」
友人は安堵の息をつきながら背もたれへと背中を預け肩をすくめた。サウスセクターのセクターカラーは赤。要するに、これはチームで揃えたアクセサリーだったのだ。
「アンタの言う通り勘ぐり過ぎてたかも。ドライブもきっと研修チームの皆で行ったんだよね。この間もそんなやり取りしてたし」
そう言って罰が悪そうな表情を見せる友人に、私も「そうだね」と笑って同意した。久しぶりに会えた友人とのランチタイム。和やかな時間が戻ったことを嬉しく思いながら、二人で食後のデザートを注文する。
そして、頼んだケーキをお互い食べ比べながら、近況を話し合っていた時だ。テーブルの近くに気配と影を感じて顔をあげれば、ウィルくんがこちらを覗き込んでいる。
「お食事中にすみません。良かったら、これ」
そう言って渡されたのは、ドライフラワーだった。ピンクのバラで、可愛らしくリボンが巻かれている。
驚きながら受け取ると、ウィルくんは照れ臭そうに頭を掻きながら言った。
「実は今度、ニューミリオンで行われる感謝祭に合わせてサウスセクターではチームで作ったドライフラワーを配ることになってるんです。試作を作ってみたんですが、よかったら受け取ってください」
「え、いいんですか」
きっと先程の反応で、私たちがヒーローに好意的な印象を持っていると思ったのだろう。ウィルくんは確か実家が花屋だったはず。イースターでも、その知識を活かして華やかなイベントを行なっていた。それにしても花が似合う男の子だな、と私はウィルくんをマジマジと見つめた。優しげな雰囲気も相まって、まるで王子様のようだ。普通の男が同じ行動をしても、きっと不審者扱いされるに違いない。友人なんか、目をハートにさせてウィルくんをうっとりと見ている。ブラッドさまはどうした。
「感謝祭では、このドライフラワーを使ってクリスマスでも使えるオーナメント教室も行う予定なんです。成功させたいので、お二人も興味があれば是非見に来てください」
「は、はい! 絶対行きます……!」
食い気味に返事する友人に苦笑しながら、私も「楽しみにしています」と応援した。
感謝祭では、ミリオンパークを使ってヒーローの交流会が行われる予定だ。グレイくんにも会えるかもしれないし、何なら同じルーキーとしてウィルくんの教室に現れる可能性もある。そんな下心を抱きながら最後にウィルくんの男の子らしい大きな手と握手した時だ。
当然あると思っていたものが、その腕に見えないことにおや、と目を瞬かせる。
私は後ろに控えるアキラくんを見つめた。ファンサービスは苦手なのか、同じチームだというのに他人事のようにウィルくんの用事が終わるのを腰に手を当て待っている。
その腕に主張されているのは、やはり赤いブレスレット。よく見れば、二つのリングが絡み合うような装飾が入っており、中央にはアメジストの宝石があしらわれている。最近若い恋人同士の間で流行っているブランドのペアブレスレットだ。
友人は気付いていないのか、ずっとウィルくんの顔しか見ていない。
(まさか……なぁ)
私は脳裏に浮かんだ可能性を馬鹿馬鹿しいと振り払った。それでも気付いてしまったからには気になってしまう。二人が去ったあと、私は「ウィルくんも格好いいな……」と後ろ姿を見つめている友人に尋ねてみた。
「ねぇ、ブラッドさまの最近の写真って、他にもある?」
「ん? あるけど……なに、もしかして推し変?」
「悪いけど、私は年下派です」
疑わしげな目を向けてくる友人に、私は誤解だと両手を掲げてみせる。友人も揶揄っただけなのか「知ってるよ」と笑いながら端末を操作した。
見せてくれたのはエリチャンの投稿、雑誌のインタビュー、ネット記事。上半身の写真ばかりだが、その中から腕が見える画像を探していく。巧妙に隠しているのか、裾から覗くか覗かないかの位置に薄ら見える赤色。これでは決定的な証拠は得られそうにない。
ブラッドさまの写真を吟味する私に、友人も何か見つけたのかと興味津々だ。
確信のない情報を彼女に伝えてまた騒がしくなられても困る。私は諦めて友人に端末を返すと、自分の端末からエリチャンを開いた。最新の投稿には、ディノさんが映っている。どうやらウエストの皆でランチをしていたらしい。美味しそうなピザの写真と自撮りしたディノさんの顔、それから――。
「やば」
「え、なに」
「いや、なんでもない。……なんでもない」
「その反応、なんでもないワケないでしょ!」
ずい、と身を乗り出してくる友人から背を逸らしつつ、私は慌てて端末の画面を切る。今見たことは、友人に言えるわけがない。
写真の右上、分かれて席に座っているのか、キースさんの背中が見える。さらにその奥には、飲み物を持った見覚えのある特徴的な手袋。その腕には赤い紐状のブレスレット。ぼやけているが、二つのリングが絡み合い、中央にはルビーらしき宝石。なるほど、理解した。
これに気付いた私、天才じゃない? ……いや、やはり気付きたくなかった。これを友人が知った反応は考えたくない。
私は黙ってエリオスのサイトを開き、広報部の問い合わせフォームにディノさんの投稿に映った内容について手短に報告した。どうか削除か修正がされますように。
私が黙って端末を操作し始めたことが不服なのか、友人は唇を尖らせながらこちらを睨みつけている。
「ねぇ、だから何見つけたの? ブラッドさま関連?」
「あー……いや、ほら。……あっ。みてみて、グレイくんがバディの写真あげてる。バディといる時のグレイくん、自然体の笑顔で可愛いな~」
「話を逸らすなー!」
世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。
私は胸中で呟きながら、友人が諦めるまで大好きなグレイくんの可愛いところをひたすら褒めちぎるのであった。