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    基本倉庫。i:騙々氏

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    ブラアキ。ワンライお題77回:鍵(@brak_60min
    3年後研修チームが解散してから数ヶ月後の話。
    捏造配属設定ありです。

    ##ブアワンライ

     時計を見れば、約束の時間は三十分も過ぎている。ブラッドは、ストリート・ベンダーを視界に捉えると、二ドルを渡して珈琲とベーグルを受け取った。足早に向かいながらベーグルを齧れば少し冷めていて、もったりとしたクリームチーズとパサついたトマトに眉を顰めたが、味わうための食事ではないと妥協し、珈琲で無理矢理流し込む。時間に追われながら摂る食事は久しぶりだった。懐かしい感覚に、そういえば先日までは同室者のプロテインバーを拝借していたのだったと思い出す。
     辿り着いたミリオンパークは早朝ともあって人気は少ない。朝陽の昇りきっていない空。雲のせいでぼやけた視界をブラッドは見回して、探している人物がいないことを確認すると肩を落とした。彼にとって、今日の時間は有限だ。何故、こんな日に限ってアラームが鳴らなかったのか。いや、悪いのは深夜まで仕事をしていた自分である。次に会った時、どう詫びを入れるか考えていると、突然視界が暗くなった。覚えのある手のひらの感触に、すぐ誰か理解して振り返る。反応が面白かったのか、赤い髪を揺らしながらアキラは笑った。
    「おせーよ」
    「……すまない」
     髪を軽く掻き上げ、グレーのスーツと紺のロングコートに身を包んだアキラは、ブラッドの真面目な謝罪に目を瞬かせて肩をすくめた。気にするなと言いたいのだろう。そのままブラッドの両手にある食べかけのベーグルと珈琲を奪うと、当然のように食べ始める。
    「どうせならオレの分も買っとけよな」
    「朝食は」
    「まだだよ。お前とモーニングでも行こうと思ってたから」
    「……」
    「いや、どんだけ落ち込んでんだよ。もういいよ、ちゃんと来たんだし」
     言いながら、二人は人気のない道を選び歩き始める。犬の散歩をする婦人が通り過ぎたところで、指に小指が触れた。絡めれば、力強く握られる。ブラッドはアキラが珈琲カップをダストボックスへ器用に投げる姿を見ながら、口を開いた。
    「スーツ」
    「?」
    「よく似合っている」
    「へへん。そりゃ、お前が仕立ててくれたフルオーダーだからな」
     アキラが自慢げに胸を張る。あの頃はまだ反発心が残っていたが、子供っぽさは消え、随分大人びた表情を見せるようになった。彼とこうして会うのは二ヶ月ぶりだ。ブラッドは目を細める。
    「今日の式典も見に行きたかった」
    「いや、いらねーよ。元メンターが同伴とか恥ずかしいし。そもそも、グリーンイーストの皆にも示しがつかねーだろ」
     テレビで中継されるらしいから、それ録画してあとで見ろよ。そう続けたアキラに、ブラッドは少し残念そうなため息をついた。見に行きたかったのは本心だ。
     数ヶ月前、三年の研修期間が終わり、十三期研修チームは解散された。晴れてAAヒーローとなったアキラが次に配属されたのはグリーンイーストだ。しかも、十四期のメンターを務めると聞いて、一番驚いたのはブラッドだった。解散後、一緒に過ごせる部屋を借りようと彼に持ちかけるつもりだったため、二人で過ごせる時間が三年もお預けになるとは思っていなかったのだ。
     昇進を兼ねた解散パーティーを行った時は名残惜しそうにしていたアキラだったが、共同生活が幕を閉じたことに寂しさを感じてるのは、存外ブラッドの方であったらしい。アキラはグリーンイーストでも活躍の幅を広げ、十四期のルーキーをメジャーヒーローであるアッシュと共に引っ張り上げている。相性は良かったのか、他のセクターよりも能力を上手く使いこなせるようになったグリーンイーストのルーキーたちは、遂にセクターランキング一位の栄光を勝ち取った。その功績に、区長が三年前レッドサウスが行ったような式典を行いたいと打診したのが二週間前。
     今日は、その式典が二時間後には始まる予定となっている。準備があるから、彼が会場に向かうまで 一時間もない。式典前に今のスーツ姿を見て欲しい、とアキラから久しぶりの連絡が来て、僅かな時間ながらも共に過ごせる喜びに浮き足立っていたというのに、貴重な時間を三十分も潰してしまった。悔やみながら、ブラッドは絡めた小指を小さく撫でる。
    「そんなしょげんなよ。十四期が始まってお互い慌ただしくなるのは分かってただろ。お前だって司令長官?って慣れない仕事始めて、あんま寝れてねぇんじゃねーの?」
    「……」
     黙り込むと、アキラが覗き込んでくる。気まずくなって顔を背ければ、空いた方の手が頬をつねった。
    「……昨日は何時に寝たんだよ」
    「少し遅かった」
    「で、何時だよ」
    「……最後に時計を見たときは、四時を過ぎていた」
    「二時間しか寝てねーのか!?」
     アキラは驚きを隠せなかったのか、大きい目を更に丸く見開いている。そして気まずそうに唇を尖らせる姿に、予想していたブラッドは「だから言いたくなかった」と表情を曇らせた。
    「お前に一番乗りでスーツ見て欲しいなって思っただけだったから、そんな無理して来なくても良かったのに」
    「違う。俺が、アキラに会いたかったんだ」
    「…………」
     きっと、自分のスケジュールを聞けばアキラは遠慮するだろう。分かっていたから、連絡が来た時も午前は何も予定がないと返事をした。午後から始まるミーティングに必要な書類をまとめる時間は、睡眠を削ることで終わらせることが出来たのだから、間違ってはいない。それも、アキラは今の答えで察したようだった。自分の体を優先しろと言いたげに、恨めしげな視線が向けられる。
     この三年でブラッドの多忙さを理解するようになった彼は、物分かりが良くなった。良くなり過ぎて、ブラッドの方が困るほどに大人になった。だから、最近はそんな彼と話すたび、胸中でえも言われぬ焦燥感が渦巻く。
    「お前、なんか変わったな」
    「そうか?」
    「なんつーか、思ってること隠さなくなったっつーか」
     照れ臭そうに言いながら視線を逸らすアキラに、ブラッドは絡めた小指を持ち上げ口付けを落とした。
    「成長するお前を見て、その背中に振り落とされないよう縋りつくのに必死なだけだ」
    「っ」
     ぶわりと赤くなる顔。ストレートな物言いの方が、彼の心に響く。それさえも計算に入れている自分の狡猾さに呆れながら、それほど必死なのだと、目の前で魅力を増していく恋人への情愛を募らせる。
     アキラはむずむずと唇を動かしたあと、乱暴に絡めた小指を引っ張り、コートのポケットへ招き入れた。そして、その中にあるものをブラッドへと握らせる。冷たい鉄と、革の感触。不思議に思っていると、アキラはぶっきらぼうに言った。
    「毎日は無理だけど……朝から予定ない日とか、空き時間とか、オフの日とか……自分の時間は出来るだけ、そこにいるから。お前も、そうしろよ」
     ポケットから手を取り出せば、掴んでいたのは鍵だった。旧式の、凹凸のついたものだ。落ち着いた革のキーリングは、ブラッドが好んで着ているブランドのものだった。
    「エリオスの近くってどこも家賃がバカ高けェから、キースの伝手使って三階の貸し店舗借りてきた。まあ、それでも結構いい値段したんだけどよ」
    「…………」
    「居抜き物件だから、マジで住む感じの場所じゃねーし、セキュリティも良くねーし、今もフロアにベッド置くぐらいしか出来てねーから落ち着かねーと思うけど。タワーまで徒歩十分ならお前だって……っ」
     いつもより早口なのは気恥ずかしさによるものか。ペラペラと流暢に話す口を、ブラッドは自分の口で塞いだ。冷えた唇は少しかさついていて、ささくれ立っている。――それは自分の方だ。アキラの唇は、温かく、湿り気を帯びていた。心地良い柔らかさだった。
     すぐに離れたアキラが、慌てたように周りを見回す。
    「おまっ、誰かに見られてたらどーすんだよ」
    「見られてもいい」
    「記事にでもされてみろよ、アッシュが怒るじゃねーか」
    「怒られてもいい」
     全てのしがらみを忘れ、自分とアキラ以外の何もかも、どうでも良いと、心の底から思ってしまった。しっかりしろよメジャーヒーロー、とジト目を向けたアキラが額を指で弾いてくる。その痛みさえも嬉しかった。今だけは浮かれた気持ちでいても許されたいと、ブラッドは外聞も気にせずアキラの肩へ頭を預ける。アキラはもう何も言わなかった。
    「お前に言ったら絶対止められると思ったから勝手に決めた。悪りィ」
    「そうだな。先に聞いていたら止めていた」
    「……怒ってるか?」
    「怒っているように見えるか?」
    「いや、めちゃくちゃ喜んでるように見えるな」
    「なら、見えたものが正しい」
     感謝する。そう小さく言えば、アキラは優しげに目を細めた。朝陽はいつの間にか昇りきっていて、雲はどこかに消えていた。空を青く照らす光に反射した赤い髪は、太陽のような色を見せている。
     随分スマートな誘い方が出来る男になったものだ。きっと知る者が見れば、誰かさんにそっくりだと笑うのだろう。ブラッドは余裕を見せる大人びた表情に、胸中で小さな悪態をつきながら、耳元で愛の言葉を告げる。
     それに飛び上がって真っ赤になりながらこちらを睨む顔は三年前と変わっていなくて、少し安心した。
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