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    gt_810s2

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    gt_810s2

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    赤子を高杉だと認めていいのかわからなかった銀時の話

    忘れ者 そいつの顔を忘れた訳ではなかった。
     ヅラには及ばなくとも頭がよく回る男で、顔立ちが飛び抜けて良いわけではないが一つ一つの部品が整っており人好きする顔をしていた。信頼を得やすい笑みに決して無様にならない立ち回り。どこか気に食わないが、非難する点もさして思いつかない。文句をつけるとしたら、ただただ気に食わない、それだけだった。
     名前はなんと言ったか、確か山、だとか川、だとか、よくある一文字が入っていた。名を呼んだことも一度か二度ぐらいだから忘れてしまった。会話も夜中に一度したきり、それきりだ。

    *******************

    「晋助さんに告白しようと思っています」
    「…………は?」
     突拍子もない言葉は宴会の最中、厠へ向かう道中引き留められて告げられた。戦で同じ隊になったこともなかったし、雑談を交わすような仲であるはずもなかったから、肉声をしっかりと聞いたのでさえその日が初めてであったように思う。それに驚いたおかげだろう。勝手にしろ、頭に浮かんだ言葉を声に出そうとしてもうまく口が回らなかった。
    「俺に言ってどうすんの、それ」
    「なにも。……ただ、君には話しておかなければならないと思ったんですよ」
     二つ三つ俺達より年上だからと師のように話すのも、余裕ぶって見えて嫌いだった。恐らく本当に余裕があったんだろう。ただ、その日は違ったような気もする。夜空と同じ深い藍色の中に薄花色の光を宿した目の内に、透った水のような輝きを持つ瞳の奥に熱が籠っていた。本気だ、と、よく見なくてもわかった。そのせいでひどく居心地が悪くて帰ろうとしたが、男の話はそれだけで終わらなかった。
    「僕達はいつ死ぬかもわからない身だ。後悔することは少ない方がいいだろうね」
    「何度も言うけど、言う奴間違ってんぞ。じゃあな」
     曲がり角を越えて男の視界から消えたはずなのに、背中に張り付いた視線はいつまでも消えなかった。厠を済ませ宴会へ戻ると、高杉の姿はなくなっていた。それが何を示すか理解していたから深酒をして、翌日はひどい気分で目を覚ましたのを覚えている。
     一週間の後、その件について高杉に何も聞けないまま、男は戦場で命を落とした。

    *******************

    「久しぶりですね」
    「……寝酒はよくないって言うけどよ、よりによって、夢に男が出てくるたァ思わなかったぜ」
    「はは、君は相変わらずのようだ」
    「よく言われるよ」
     男は昔と変わらない(当時拝んだことはなかったが、恐らくそうだと思う)微笑みを俺に向けた。水の上を歩いているかのような不思議な空間で男と対峙し、さっさと夢から醒めたいと願ったがちっとも目を覚ますことは出来なかった。
    「で? なんだよ、またアイツに告白するぞってか」
    「そうですね。あの時はこっぴどく振られたもんだ。……鬼と呼ばれ友の屍を踏み越えようとも我々は戦場に立ってなければならない。そんな時に色恋に走るような男はすぐ死ぬだろうってね」
    「……ふうん」
    「実際、そのあと僕はすぐに死んだ」
    「別に、それが理由じゃねえだろ」
    「まあね。でも覚悟は足りなかった。君たちよりはずっと。わかっていました。……でも、だからこそ惹かれたんでしょうね。あの時了承を貰っていたら寧ろ僕のこの想いは冷めてしまっていたかもしれない」
     思いもよらず事の経緯を知ってしまった。というよりここはなんなのだろう。俺の夢だとしたら興味もない他人の恋愛事情についてこんなに話さなければいけないのはどうしてなんだ。もっとマシな、そう、たとえば絶世の美女が言い寄って来るとか、そういうのを見せて欲しい。
    「で、なんだよ。思い出話は終わりか?」
    「いいや。……君が未だに彼を自分のものにしようとしないんだ。だったら僕ももう一度、彼に振り向いて貰う努力がしたいと思ってね」
     眉の間には勝手に皺が寄った。彼――とは確かに高杉のことを指すのだろう。それにこの男はどうして何度も、俺にこうして高杉に対して行動を起こすと宣言をしようとするのか。
     理解出来るようで理解出来ない。いや、理解したくないが本音だ。どうしてほとんど話したこともないこの男に知られているのか。あり得ない。
     勝手に足が後ろに引けて、腹に力を込めて会話から逃げ出す術を探した。いつもなら適当なことを言って有耶無耶にしてしまえるのに浮かばない。畳みかけるように男は笑みを外してこう言った。
    「君は僕が死んだぐらいで彼から手を引くと思っていたのかい」

    *******************

     言い返す前に見慣れた天井と目が合ってしまった。
     心臓が激しく鳴って酸素がうまく行き渡らない脳味噌が、はやく立ち上がれと叫んでくる。服を着替え寝ぐせを整える間も惜しんで家から出て行き様に神楽が起きてきた。すぐ帰ると告げて走る。まだすなっくお登勢の暖簾も出ていないし、それなりの時間らしい。だが目当ての男は起きているという確信があった。ほとんど歩いたことはないが目に焼き付けた道のりを進んで裏口を開いて縁側から声をかけようとする。
    ――――口を開いたその瞬間、そいつは戸を開いてやってきた。
    「なんだ連絡もなく、唐突に」
    「……あっ、いや、その。よく俺だってわかったな」
    「無遠慮に裏から勝手に入ってきて要件を告げようとするろくでなしを、この体はテメェぐらいしか覚えちゃいないもんでな」
     その言葉に唇が重くなる。目の前にいる男が確かに『そう』見える容姿をしていて、実際に俺達がガキの頃にした些細な喧嘩すら知っているにも関わらずずっと、俺はもう会えないと覚悟した奴が戻ってきたのだなんて都合よく捉えることは出来ないでいた。だから自分から顔を合わせにいったことはなかった。二度、三度、会話はした。だが二人きりで会話をするのはこれがはじめてで、今から口にする内容は馬鹿げていることぐらい、俺にもわかっている。
    「黄泉にほんの少しでも、テメェを置いてきちゃいねェな。高杉」
    「……は?」
    「俺はお前が誰に言い寄られようが構わねェよ。でも、お前はここにいるんだよな。いや、いるんだ。だから、勝手にあいつに口説かれるなんてことないだろう」
     つらつらと並ぶ言葉がひどく情けないことが、口から出るほど身に染みた。こんなことが言いたくて来たんじゃない。そもそもこれをこいつに言うべきじゃない。解りきっているはずなのに、後悔しかないというのに、べらべらと喋る口を閉じるのは難しかった。
    「確かにあいつは多少顔も性格もいいかもしれねェよ。だがお前、そんな殊勝なヤツじゃねェだろ」
    「何言ってんだ銀時」
    「俺よりは稼ぎも……生きてりゃきっとあるんだろうし、家賃滞納なんて絶対しないのかもしんねえ。でもよ」
    「おい、勝手に」
    「だからってお前と相性がいいとは限らないんだぜ? すぐ喧嘩するし、口は悪ィし、チビだし、人の話は聞かねえおまけに間違ってると解ったって認めやしない」
    「銀時」
     いくらか重たくなった声に制されて、ようやく舌は動きをとめた。勝手に荒くなった呼吸が音をたてて、沈黙に乗る。ハァ、ハァ、ハァ、と、予想以上に速く息をしている自分に、今の今まで気が付かなかった。高杉の目を見ることが出来る気がしなくて、足の指を数えていた。当たり前だが五本ある。爪のかたちを目に焼き付けて、そういえば子供の頃に水浴びをした時も足の中指が随分長いと思ったことを思い出した。
     どうでもいいことに気をやっても、口にした言葉はなくならない。見なくてもわかる視線の重さがそれを表している。高杉は何も口にしない。後悔は次から次へと湧いて出てくる。
    「……夢、見たんだよ。山だか川だか名前についた、昔お前に告白した男の」
     ぴくり、と高杉の頬が動いた。動揺が走った瞳に手を伸ばそうとして、この期に及んでまた俺の足は動かなかった。どうしてこの男に会おうと出来なかったか理解出来てしまえそうで、どうして簡単に認めたくなかったのか、明らかになってしまいそうで、きっと今一歩踏み出せば、はっきりしてしまう。
    「お前をもう一度口説くってよ。……そんで、お前がもし、ここにいるお前が、俺の知ってる野郎と違うなら、別人なら、そいつの有利になっちまう。そう思ったら、ここに来てた」
     砂利が音を立てた。高杉との距離を縮めようとして、右足が先走ったせいだ。
    「お前に答えを求めたって、お前があの日俺の腕の中で死んでいった高杉と同じかだなんて、誰にもわかりゃしないんだろう。……だけどよォ、お前の顔が、見たくなった。今ここに暮らしてる、お前の」
     答えは返ってこなかった。変な意地が、俺をここに寄越さなかった。なんでもない日に、ただ夢で見たなんでもない男に急かされてこんな話をすることになるなんて予想もしていなかった。自嘲の念が歪に笑みを作らせる。
    「テメェがいちいちンなことを気にするような殊勝な男だとは知らなかったよ」
    「はは、違いねェや。……お前と酒を酌み交わしたら、何かに背を向けるような気がしたんだよ」
    「俺から言えることは何もねェ。こん中にある記憶と、今生きている俺の意識がひと続きって訳でもない。だが確かにおんなじ人間だ。……けどそれを他人に解って貰おうだなんざ思わねえよ」
     足が砂利の海に沈んで行く手を阻む。それでも体は止まらなくて、高杉の目の前まで、縁側の際まで進んだ。
     着流しから覗く手首を掴んだ。色気も何もない行為だっていうのに、心臓はいちいちうるさかった。体温がひどく熱く感じられた。まだ距離はあるのに、鼓動が全部伝わってくるような気さえした。高杉はそれ以上何も言わなかったが振りほどくこともしなかった。ゆっくり、手を下に動かした。震える指先が高杉の掌に触れて、握ると握り返された。体の内側にまで汗をかいたように熱い。ここから先のことなんて何も考えていなかった。もとからちまちま考えるのは性に合わないのだ。
    「…………安くて美味い店、知ってんだ。お前が立ち寄らないようなきったねえ店かもしらねェけどよ」
    「俺を未だに武家の息子だったと扱うのはテメェぐらいのもんだ。店の貴賤を気にしたこともない」
    「はは、そうだったな。……そうか、そうだよな…………」
     いくら握っていても体温は手の中から消えることがなかった。どうしてか視界がぼやけて、まだ夢の中なのかと錯覚して見上げると、やはり現実味のない光景が待っていた。鏡で俺の姿と比べても負けないぐらいに情けなく笑う高杉がそこにいた。
     やっぱり夢なんじゃないかと頬を抓ろうとしたが、今ここに生きる俺達は現実なのだと、肌から伝わる熱が確かに叫んでいた。
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