北極星なら隣に住んでる「なに、その顔」
上と下、両方の瞼を心底嫌そうに強張らせて唇は変な風にひん曲がる。詳しく聞かなくたって瞳を見ればどう考えてるかは一目瞭然だ。食いてえの、と一応聞いてみたが予想通り、んなもん食えるか、と返ってきた。この美味さがわからないなんて哀れなヤツ。
ぶちゅ、と音がして生クリームが入ったチューブが空になった。近くの村でお目にかかれたので、有り金の半分以上をはたいて持ち帰ってきた。これを食うのは辰馬に教わってから数か月ぶり――――人生二度目の邂逅だ。あとは果物屋の親父を誤魔化してだまくらかして手に入れたグレープフルーツとやら。もうすぐ悪くなるからと溜息交じりに三つ貰って帰ってきたから、一つはそのまま食って、もう一つは。
「……檸檬にんな甘ったるいもんかけてる馬鹿がいようと知ったこっちゃねえと思っていたが、こう暑いとこっちの気がまいっちまう」
「はぁ? 失礼なこと言うんじゃねえよ。大体これは檸檬じゃねえ、ぐれーぷふるーつ、ってんだ」
「そいつぁ甘いのか」
「いや? 酸っぱい」
「聞いた俺が馬鹿だった。なんでもかんでも砂糖まみれにしちまってりゃ、何もかも甘ったるくなっちまうだろうな」
「だーかーらぁ、砂糖じゃねえっての。これは生クリームっつって」
「もういい、聞きたくねェ」
「あぁ? 人が折角親切に」
「銀時、貴様の大事な生クリームとやらが今にも蟻の餌になりそうだぞ」
「は!? ーッ! 高杉テメェ! ふざけんじゃねえぞ」
「八つ当たりすんな」
桂が指さした先、ぽたりと土の上に落ちた生クリームに群がるものを見て叫んでいる間にまた、ぽた、ぽたと溶けた生クリームが落ちていく。半分に切ったグレープフルーツだけじゃ受け止めきれない白くて甘いふわふわのそれを必死に口で掬いとって吸った。口の中に広がって染みついて溶けていく甘くて芳醇な味わい。アクセントのように混ざる酸っぱいグレープフルーツの汁。
これだけうまけりゃ蟻たちが取り合うのも仕方ない。なんとか零れかけのクリームを救いきった。今度はてっぺんからかぶりつく。歯を使わないで咀嚼すると涎が次々に出てくる。がぶがぶと生クリームを食べつくして最後にグレープフルーツ本体へ。少し温くなったけれど甘さと酸味が混ざり合って最高の味わいだ。たまに苦みもあって、こんなに美味いもんは他にないんじゃないかとさえ思う。
「あ~、美味かった。……この美味さがわからねェなんざ、随分と可哀想な奴もいたもんだぜ。小さい頃からパパとママに甘やかされていいもんばっか食わされちゃあ、こういう素朴な味がわかんねェのよ」
「馬鹿かテメェは。向こうで見てる奴らの顔見てみろ。ゲテモノ食って幸せそうな馬鹿に心底呆れてるぞ」
「高杉、あれは呆れているのではない。怯えているのだ」
「おいおい、これがわからねえって……だからお前はヅラなんだよヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」
「お前も食ってみりゃわかるっての。武士はそんなもの食わねえとか痩せ我慢してねェで」
「痩せ我慢じゃない。……お前の甘い物好きも行き過ぎると目に毒だ」
「そうかよ。……なんだぁ? 高杉、さっきからちらちら見やがって。やっぱりお前も食いたいんじゃねぇの?」
「おい、やめろ!」
べちゃ。と、音がした。口の前まで差し出して、いざかぶりつこうとした瞬間に没収してやろうとしたのに。あと二口、一番最後に堪能しようとしていたグレープフルーツの皮の中に残った果肉とクリームは真っ逆さま、地面に落ちてあっという間に小さな働き者たちの餌になってしまった。高杉は払った手を一応ぴくりとさせて、しまった、という顔を一瞬したが、すぐに表情が取り繕われる。
「てっ……めえ……俺の……俺の……!」
「知るか! そもそもテメェの食いかけなんか寄越すんじゃねェ!」
「はぁ!? なァにが食い掛けだ! テメェ俺があんまり美味そうに食ってるからって羨ましかったんだろ!」
「誰が羨ましがるか、お前と一緒にするんじゃねえ!」
鼻と鼻がくっつきそうなほど近付いて睨み合う。怒りで顔が熱くなってきた。心臓だってばくばく鳴っている。怒りは次から次へと湧いてきて、俺を饒舌にした。隣で桂が溜息を吐いているのが聞こえる。高杉も売り言葉に買い言葉でどんどん舌をまわす。夏の暑さも手伝って、話すほどに汗が肌をたらたらと伝って、その不愉快さごと高杉にぶつけた。
暫く睨み合うが埒が明かない。そっぽを向いて帰っちまった方がいいとわかっているが負けたような気がするから目を逸らせない。汗だくの肌の温度がどんどん上がって、ひりひりしてくる。
「……あーあー知るか! もう寝る!」
「昼間っから居眠りたァいいご身分だな。まあテメェ一人いなくなったところでなんの支障もねェからとっとと不貞腐れて寝ちまえばいい」
「うるせえチビ」
「馬鹿」
「馬鹿って言った方が馬鹿」
「いくつだテメェは」
がしがしと地面を踏みつけて、肩を持ち上げて歩いて木陰から太陽照り付ける草むらへ、そして小屋の中へ。心臓が熱をもつ。むかむかとして仕方がなくて、高杉の顔が頭から離れない。最悪な気分だ。真っ直ぐ見つめて来る榛色の瞳も、汗を滲ませた肌も、息を吐くだけで体の奥に触れられたような気にさせる唇も――――全部が目に焼き付いて、腹立たしい。
もう何で喧嘩を始めたかも覚えていない。蝉がみんみんと泣いている。汗がおさまらない。最近はいつもこうだ。高杉のことが気に食わなくて気に食わなくて仕方がなくて、言い合う気にもならない。そのくせ、なんだか負けたような気分になる。
あぁ、腹が立って仕方がない。暑さのせいだ。もっと涼しくて快適な場所、俺の天国はどこにある。