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    gt_810s2

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    「ちょっとストップ」

     言うと同時に銀時の手は高杉の目元に伸びた。洗ったばかりの手はまだ少し冷えていて、頬骨に触れた冷たさに高杉は顔の筋肉をぴくりと動かした。銀時の親指がゆっくりと皮膚を下に引っ張って、高杉の下瞼の裏側を晒した。赤く細かい血管が張り巡らされた粘膜は僅かに白くなっている。銀時がぱっと手を放すと、乾燥を消すために高杉はぱちぱちと瞬きをした。
     何か言いたげな銀時の眉の間がぎゅっと狭くなる。周囲に人はいなかった。風もない日、耳を塞がれたかのように静かな空間。

    「寝てねえんじゃねーの。戦場でくたばっても知らねえぞ」
    「俺は大丈夫だ。お前と一緒にするな」
    「はあ?」

     明らかな不機嫌を顔に表した二人が睨み合う。片や唇をへの字にして目つきを鋭くし、片や顎を突き出し歯茎を出して見下ろし威嚇している。手は出なかった。もう一年半ほど前であればとっくに互いの頬に拳をぶつけ合い、髪の毛を引き合っていたものだが、そういうぶつかり合いはいつの間にか減っていた。

    「青っ白い顔して強がんじゃねェ」
    「……てめぇはどうなんだ」
    「あ? さっき俺が気持ちよく昼寝してたのを蹴飛ばしたのはお前だろうが」
    「そりゃあ眠いだろうな。見張り番は別にいるってのに、布団に潜っていつまでも起きてたんだ」
    「…………目ざとい奴」
    「あんだけ気張ってりゃ気付く」

     先週、深夜に寝床が襲われた。銀時も高杉も、そこで十数人の仲間を失った。酒に酔った彼らより年上の兵士達が寝首をかかれ、なんとか近くにいた仲間たちを纏めて返り討ちにした彼らは、自分たちとさして変わらない年頃の敵兵を殺す寸前、近くの村で仕入れた酒に強力な睡眠薬が盛られていたことを知った。

    「もうあんなこと繰り返さねェ」
    「こっちの台詞だ」

     それぞれの宣言と共に、二人の瞳から苛立ちが抜けた。銀時は唇の裏を噛み、高杉は右手の掌を握る力を強くした。

    「寝る」
    「好きにしろ」
    「お前もだよ」
    「布団にも入らず寝言を言えるとはな。お前がそこまで器用な奴だとは知らなかった」
    「つべこべ言うんじゃねえ」
    「おい! 離せ」

     捕まれた右手を振り払おうと高杉が腕に力を込めると、それ以上の力で銀時が握り返した。三度の応酬があったが、結局、扉を閉められて高杉は諦めた顔をして立ち止まった。高杉の視線は布団を敷く銀時の背中に無数の針のように突き刺さった。汗が増すのを自覚して銀時は羽織を脱ぐ。視線で導くと、銀時が目を丸くするぐらいあっさりと高杉は布団に寝転がる。
     幼い頃はよくこうして隣で眠ることもあったはずだが、いつの間にかなくなった。銀時は高杉の後頭部をじっと眺めている。意思が籠った視線は高杉の背後に重たく乗っていたが、彼は特別に触れはしなかった。
     二人とも、目を開いたままじっと過ごしていた。眠るのには時間が必要だった。その言い訳を相手に託して、どちらも、お互いが眠りについた気配を感じるまで目を閉じようとした。だがどちらも、いつまでも意識を落とそうとはしない。

    「おい、はやく寝ろよ」
    「お前が寝ろ」
    「そもそもテメェがンな顔してっから俺がわざわざ」
    「頼んでねえ」
    「あのなあ……」

     銀時は溜息を吐く。どちらも譲るつもりはなかったが、先に動いたのは銀時の方だった。右手を高杉の両目に被せて、彼の視界を手の平で無理矢理に覆った。

    「なんだ」
    「寝ねえって言うから」

     二人の距離がさっきまでよりも縮まった。汗が滲んだことを悟られたくなくて、銀時は少しだけ高杉の目元から手のひらを浮かせた。
     高杉は抵抗しなかった。疲労が溜まっているのは本当のことで、態度に反して世話焼きな幼馴染がどうしても休ませようとするのに、逆らう方が労力がいりそうだったからだ。張り詰めた視界が暗く覆われて、冷え強張った目元は銀時の体温でゆるやかに解される。銀時から与えられるぬくもりは、時間をかけて高杉を眠りに誘った。

    「肌……びりびりする」
    「寝ろっつったのは誰だ」

     間髪入れずに返ってきた声が思いのほか眠たそうで、銀時はそれ以上声をかけるのをやめた。言葉は本心で、実際、銀時の肌は皮膚の裏に電流を巡らされたように熱をもっていた。心臓はいつもより強く鳴っていて、呼吸をするのが少し苦しかった。

     暫くして、高杉から寝息が聞こえてきたのに銀時は気付く。自らこうなるよう仕向けたというのに、彼は意地を張るのとは関係なく、眠れなくなってしまった。高杉の目を覆う手を動かすきっかけさえも見失い、夕食時になっても出てこない二人を探しにやってきた桂が部屋の襖を開けるまで、銀時はずうっと、幼馴染の眠りを見守ることしか出来なかった。
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