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    gt_810s2

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    アルタナ杉と高杉晋助の生まれた日は異なっているけれど、八月十日に誕生日を二人だけで祝っている銀高の話 ほとんど銀時は出てこない最終訓後

    きみの生まれた日「先生、どうして誕生日をお祝いするの」

     見上げてきた子供の瞳は太陽の光を受けて屈託なく煌いていた。体中を包む蒸した空気に体は汗ばんでいる。疲れたとへたりこんだ少年は水筒の中身を飲んで少しは回復したようだったが、立ち上がらない理由はただ暑さにやられただけではなさそうだ。
     ありがとうとお礼を言った時には確かに動いていた口が、暫く動かなくなる。返答を待っている。高杉が逡巡したために暫くの間共にじっと黙ることになった。
     幸いなことに夏はしんとした静寂などを作ることはなく、空高く突き抜ける蝉の鳴き声と風が草木を動かす音、陽射しに焼かれた地面がたてる実体のない音がそこかしこで響いていた。

    「ぼくね、生まれた日がわからないんだよ」

     ぎくり、としたのを察したか否か、少年はすぐに俯いた。困らせたのだと誤解したのだろう。子供の純粋な疑問にどう応えるべきか迷っていた高杉は、ひとつ素直に語る決意をした。少年は孤児だった。
     数年前、とある教団組織と地球人の間で起こった戦の折、両親を失くした。ひとまず国に保護されてはいたが引き取り手が見つからず、寺にいたものの馴染めずにいたうちの一人だ。先の戦争で天涯孤独となった子供はいくらでもいた。
     高杉はその中でも、孤立している子供を集めた。
     いっせいにではなく、一人一人のもとに赴いて、大人たちが手を焼く子供と会話をした。時に殴られ、泣きながら癇癪を起す子供もいた。それでも高杉は部下が止めるのも聞かずに、一人一人子供を傍に置いた。そうして共に暮らす子供たちは今や十名を越える。

    「……欲しいか?」
    「わかんない。でもね、さよちゃんは嬉しいって言うんだ。今度お誕生日が来るんだって。のりすけにいちゃんは僕といっしょ。わかんないって。でもまた子先生がね、出会った日を誕生日にしようって決めてくれたから、やっぱり今度誕生日が来るんだって。……ねえ先生、誕生日って、そんなに必要なもの?」
    「そうか、不思議か」
    「うん」
    「そうだな。……生まれた日を祝うってのは、本人よりも周りの方がよっぽど嬉しいもんかもしれねェな」

     ゆっくりと頭を撫でた頭皮は僅かに汗ばんでいた。髪の毛が熱をもっていて、高杉は後ろを確かめる。木陰は数歩先にあった。膝を指でつついて高杉が立ちあがると、少年は黙ってついてきた。
     木の葉と枝が作った日陰の中で、少年は再び瞳を高杉に向ける。

    「じゃあぼくにも誕生日が出来たら、みんな僕が生まれてきたことを喜んでくれる?」
    「なくたって嬉しいさ。俺もまた子も、武市だってな」
    「どうして? 先生たち、いっつもお金のことで困ってるじゃないか。知ってるんだよ。銀ちゃんがちょっかいかけに来ても先生が追い返さないのは、僕たちの教科書作るための紙とかを用意してくれるから仕方ないんでしょう」
    「銀時が?」
    「そうだよ。……僕は嫌いじゃない。でも先生、仲悪いのに、僕たちのせいで嫌な思いしてるでしょう」
    「くっ……ふ、く、くく……そんなにあいつァ俺に嫌われてるように、見え、く、く、くくっ……っはは、そりゃ傑作だ」

     突拍子もない子供の言葉に、高杉は教本に使える古紙を持ってきてやっただ古着が集まったから仕方なくくれてやるだと理由をつけて顔を見に来る恋人の顔を思い出していた。その度彼らが言い合うものだから子供たちが誤解するのも無理はないが、高杉は耳を赤く染めながらも嫌そうな顔を作ってやってくる恋人を頭に浮かべる度に笑いが止まらなくなってしまう。少年はそんな高杉の姿を見て不思議そうな顔をする。

    「……すまねぇな。心配かけちまったらしい」

     まだ笑いを噛み残したまま少年の頭を撫でると、木の下を涼しい風が吹いた。太陽の位置が僅かにずれて、さっきよりは穏やかな空気が流れている。

    「迷惑じゃないの? 先生たちは僕たちにどうして、生まれた日をくれるの。もとから誕生日がある子のことは、祝ってくれるの」
    「俺がお前たちといるのは、俺の意思だ。何もお前たちが可哀想でやってる訳じゃねェ。ましてや嫌々一緒にいる訳もねェ」
    「でも、大人はみんな僕たちがいると困った顔をするんだ。それなのに」
    「……昔、俺もわからなかったよ」
    「むかし?」
    「俺よりよっぽどお人よしがいたんだ。お前らみたいな子供どころか、手負いの子鬼まで拾っちまう」
    「鬼? 鬼なんていないよ。あれは本の中にしか出てこないんだ」
    「それがそいつは拾ってたんだよ。俺はそいつと、その子鬼が羨ましかった」
    「鬼が?」
    「あぁ。だから殴りに行った」
    「えぇ!? 先生が?」

     少年は丸い瞳を更に大きく開いて一緒に口までまあるくあけた。高杉は緩く持ち上げた口角をそのままに目を閉じる。吸い込んだ空気は熱が籠っている。体内に張り付く空気に割り込んで、心地よい風が肌を撫でた。

    「とんだ悪ガキだろう? けどそいつは、その悪ガキのことも拾っちまったんだ」
    「……その人が、先生の、せんせい、なの?」

     心臓が震えたような気がして、高杉は軽く頭をこころの方に傾けた。少年の問いに答えるため、ゆっくりと目を開く。すると、視界の端に見慣れた銀髪を捉えた。

    「あぁ、そうだ。理解出来なかったよ。他にも色んな奴らがいたが、やけに馴れ馴れしい馬鹿ばっかりだ。……それで聞いたんだ、こんなことして何になるんだって」
    「その先生は、なんて答えたの?」
    「さあ、どうなるんだろう、ってよ。……そして言ったんだ、ただ、俺たちが何者になるかを知りたいと」
    「なに、もの?」
    「あぁ。……お前もいつかになる。その聡さと賢さはきっとお前が生きる助けになってくれる。そうしてお前が生きた先に何があるのか、俺は知りてェんだ」

     少年の眉間に僅かに皺が寄った。だけど、それより質問を重ねることはなかった。高杉の耳には、且つて師が口にした一言一句が未だ耳に残っている。ゆっくりと近付いてくる影が引き連れる絶望も、その背中の先にある光も、どちらも鮮明に彼の中にあった。

    「今日を、お前の生まれた日にするか」
    「え?」
    「今日、八月十日だ。……俺と同じ日だ」
    「おなじ? 先生の誕生日は、まだ先でしょう? また子先生がこの間準備をしなきゃって嬉しそうに話してたもの」
    「あぁ、そりゃあ……。いや、だがな、この日は俺にとっちゃ意味を持つんだ。だからお前にやる」
    「先生は、僕がいて嬉しいの? 本当に?」
    「そうだよ。お前がこの八月十日を迎える度に、俺はお前のことを思い出すさ。たとえお前が大きくなって、どこかへ行っちまってもな」

     少年は何かを考えこんだようだった。けれどついさっきまで彼が背負っていた不安は小さくなったように見える。すぐそばで足音が聞こえたと思うと、高杉と少年を覆う影が一部分だけ濃くなった。高杉の横に立った男の影だ。

    「おいおい。散歩に出て帰らねえって、俺がまた子に叱られただろうが。俺が来る前に出掛けんならさっさと帰って来い」
    「そりゃあ待ち合わせの時間になっても連絡のひとつも寄越さねェお前が悪い。こいつと散歩する方がよっぽど有意義だ」
    「おっ前なぁ……ほんと可愛げのねェ……」
    「帰るぞ。お前の誕生日の準備をしなきゃな」
    「あ? そのガキ誕生日なの、今日」
    「ガキじゃない! りくって名前があんだ!」
    「そうだ。この馬鹿に教えてやれ。人のことはきちんと名前で呼ぶもんだって」
    「あーあー悪かったって。で? 誕生日?」
    「あぁ、今日からそうなった」
    「なんでまた」
    「……今度から、お前もまた子たちと同じ日に祝いに来い」

     銀時が力の抜けた目蓋をはっと持ち上げて目を見開くのを背に、高杉は少年の手を引いて歩き出す。木陰からゆっくりと抜け出した高杉と少年の背を見つめる銀時はしばらく動かないでいたが、ひとつ深く息を吐いてから笑みを浮かべた。そうして日向に踏み出した一歩は、どこか寂しくも軽快な音をたてる。

     その一音を聞いた高杉の表情もまた、朗らかなものであった。
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