記憶と匂いは結びつく 人間の記憶と匂いというものは、随分と繋がりが深いもんらしい。一度食べた料理の匂いがするだけでその味だけでなく共に食べた相手や見た景色、触れた感触までも思い出す。同じ匂いを嗅ぐだけで特定の一人が浮かび上がる。――兎角、吸い込んだ”それ”ひとつで、人間の脳は余計な情報をいくらでも生み出しちまうようだ。
「……いつもよりウンコみてえな色」
吐き出した煙に呆れを乗せて溜息を吐いた。煙管の火皿に乗せるため傍らに取り出した葉を軽く摘まむと二本の指ですり潰しながら戯言を抜かしたかと思えば大あくび。口元を危うく噛みそうになった。苛立ちが眉間をも強張らせる。その頭に拳を一発食らわせてやりたいが生憎今は体が怠くてそういう気分でもない。ぎゃあぎゃあと騒がれ鬱陶しく絡まれるのが目に見えている。
「甘ったるいてめえの口でさんざ吸いつかれてうんざりしてんだ。情事の後ぐれえ苦み吸って口直せなきゃいらんねェ」
「そうかい。俺からすりゃどんな葉吸おうが等しく煙ってェがな」
「じゃあほっとけ」
「へえへえ。……ん? いつも吸ってんのは甘いってこと?」
「こいつと比べりゃな」
「ふうん、へえ……ほーん……」
鼻の下を伸ばし顎を摩りながら葉たばこと俺とを見てはにやにやとし始めるのが鬱陶しく、結局足蹴りひとつ食らわして寝床から追い出すことになった。案の定なにやら文句を垂れてはいたが、布団に潜ってからひと睨みしてやると渋々体を小さくして畳の上に転がり始めたので仕方なく布団の右端をあけてやると、静かに時間をかけ無駄にでかい図体を割り込ませてきた。
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昼日中。甘味が食いたいとうるさい銀時を無視していたが、申し訳なさそうな顔をした新八におもりを頼まれてしまった。なんでも大事な客が来るそうで、掃除の邪魔だし暫く外に連れ出して欲しいと。はじめて会った時より随分と表情も大人びた神楽がこんな状態ならいない方が遥かにマシだと付け加えれば、こちらに断る選択肢など残っていない。医者に止められている癖に甘味所へ駈け込もうとする(挙句、アテにしているのは俺の財布だ)銀時をどうにか公園に連れてきた。ベンチに座っていると代わる代わる人が話しかけに来る。長谷川に、妙。少し遅れて近藤――妙を追いかけるついでに俺達に声をかけてすぐ顔を拳で潰されていたが――それから土方は砲撃と共にどこかへ駆け出して行った。ようやく暇になった頃には、新八に頼まれた時刻を過ぎようとしていた。
帰る前に一服しようと袋から葉を取り出して火皿に乗せる。火種を広げるようにゆっくり吸えばふわりと煙がたちはじめ、苦みがするりと肺へ通って沁みていく。いつもと違うのだと気付かなかったのは陽のあたりで葉の色味が変わったからだろうか。どちらでも構わないが銀時が横にいるとどうにも気が静まらない。息を吐き出すとぴくり、と銀時がこちらを見た。
「それ」
「なんだ」
「……や、なんでもない」
そわそわと手足を動かしてはちらちらとこちらを見る。眉間をやたら締め付けたかと思えば鼻の下を伸ばししまりのない顔をする。こちらを見たかと思えばそっぽを向いて、兎角落ち着きがない。先ほどまでは駄々をこねるのを諦め気だるげに座っていた癖に。なんとなく思惑はわかっているが言ってやるつもりは毛頭ない。吐き出す息に笑いが籠らないよう気を付けながら、わざと香りが届くよう息を吐くと銀時は観念したように声を絞り出した。
「…………なあ、ホテル、寄ってくだろ」
「……く、ふっ……く、くくッ……」
「笑ってんじゃねえ、誰のせいで」
「俺の知ったこっちゃねえ」
どうやらこいつの隣で間延びした空気を吸うのに慣れちまったらしい、答えた俺の口角は勝手に持ち上がっていた。