ふたりと、やくそく 鶴丸とこくり、大包平とこみつ
いつかくりみつになるふたり
ついさっきまでじっと窓から外を見ていた大倶利伽羅が居なくなっているのに気づき、鶴丸は時計を見上げた。
「時計より正確だな」
約束の十時の、五分前。いまちょうど長針が動いた。かち、と重なった秒針がずれていくのを眺め、さて、と鶴丸も腰を上げる。
今日は日曜日で、大倶利伽羅にとっては待ちに待った日曜日だった。光忠と約束をしているのだ。二人は毎日幼稚園でも遊んでいるようだが、なにせ年が違う。光忠は年長組、大倶利伽羅は年中組だ。それに、同じ組のともだちもいるだろう。そうなると二人だけで遊べる、幼稚園のない日の約束、というのは、必然特別になっていくものらしい。
「から坊、帽子はどうした」
「ある」
カーディガンを羽織って廊下に出れば、玄関に座り込んでいるちいさな背中が見えた。水筒はちゃんと斜めにかけているが、渡したはずの帽子がない。けれど、あるという。どれどれと見に行けば、靴の上に乗っていた。帽子には犬の耳飾りがついていて、それを豆のような指先がつんと引っ張っている。
「……、こっちにするか?」
「いい、かぶる」
「はは、そうか。よし」
もうひとつ、大倶利伽羅の気に入りの帽子があるのだが、今日は犬耳でいいという。ならきっと、光忠と約束しているんだろう。それ以上は言わず、鶴丸は笑って小さな背中の隣に並んだ。
「晴れてよかったなぁ。砂場に行くんだったか、今日は」
「すなば」
「道具は俺が持つからな」
「わかった」
しっかりかぶせた帽子を押さえ、行くぞ、と促した。靴のマジックテープも止まっていることを確認してから外に出る。
眩しいくらいの日差しに思わず目を細めた。秋晴れ、というやつだ。
「くになが」
「うん?」
「はやく、いく」
「あぁ、そうだな。待たせちゃいかんな」
「みつただ」
「もう来てるかもなぁ」
光忠も、保護者の大包平も、そういうタイプだ。よし、急ぐか、と大倶利伽羅の手をひょいと掴んで廊下を進む。大股で歩けば隣で小さな足音がぱたぱたとついてくるのに、鶴丸はゆるゆると笑った。
「からちゃん! つるさん! こっちだよ!」
「来たか」
マンションから三分で着く公園には、思っていたとおり二人の姿があった。元気よく手を振る光忠の頭にやっぱり犬の耳飾りのついた帽子が乗っている。光忠のは垂れ耳で、大倶利伽羅のは横に開く耳だ。
「ははぁ、みつ坊のもいい帽子だな!」
「かっこいい?」
「あぁ、かっこいいぞ。なぁから坊」
しゃがみ込んで光忠の頭を帽子越しに撫でれば、隣に来た大倶利伽羅がぎゅっと手を握り込んで頷いている。
「あのね、このぼうしね、おおかねひらおじさんがさがしてくれたんだよ」
「見つかってよかったが、少し仕舞い場所を考えたほうが良さそうだな!」
金曜の夜に言われて探したがなかなか見つからず、最後の手だと鶯丸に聞けば押し入れの上だな、とあっさり教えてくれたという。大包平はふんと息を吐いて、虫干しして仕舞い込んでいたんだ、となぜか胸を張っていた。
衣替えの時期だ、鶴丸もあと一週間ずれていれば同じようなことになっただろう。大変だなと笑い、それでも楽しく思う。大包平も、光忠を見る目は優しい。きっと互いに、めったにない我がままだ、多少の無理ぐらいなんでもない。
「さ、砂場に行くか! みつ坊はなにを持ってきたんだ?」
「おすなばせっとだよ!」
「おれも、みつただ、もってきた」
「からちゃんも、おすなばせっと?」
「から坊のはなぁ、」
公園にはほかにも子どもやその親の姿があった。砂場にも数人先客がいるが、角が一つ空いている。ちょうどいいなとその場所に向かって、鶴丸は肩にかけていた荷物を下ろした。
少し前、大倶利伽羅にと買った砂場セットだ。中身は光忠が持つのと似たような、つまりおなじみのものだった。バケツとスコップ、いくつかの型抜き、水を入れられる容器。光忠のほうには料理のままごとができそうなものも入っていて、大倶利伽羅のほうには観覧車の形の玩具が入っていた。
それらをがちゃがちゃと出してやり、鶴丸もすぐそばに座り込む。大包平は別に持っていた小型のバケツに水を汲みに行ってくれた。
「からちゃん、おやまつくろう」
「やまか」
「うん! それからね、えっとね、」
「かわも、つくる」
「おみずもながす?」
「ながす。みつただは、いえか」
「うん、おへやつくるね。ぼくと、からちゃんのと、おおかねひらおじさんのと、つるさんの!」
「ん」
二人のやり取りを聞いて、なかなか計画的だなと笑い、鶴丸は周りの砂をすこし集めてやった。
「光忠、袖をまくっておけ」
「あ、はい!」
バケツを置いた大包平に言われ、光忠がぱっとスコップから手を離す。が、すでにその手がもう砂を触った後だ。細かな砂粒と一緒に袖がくしゃりと捲られる。
「……、」
「ふは、あきらめろ、大包平」
「? できたよ!」
「…よし。いいぞ」
砂場で遊べば、袖と言わずあらゆるポケットや靴や靴下の中から砂が出てくるものだ。目を眇めて大様に頷く大包平に笑い、鶴丸も袖を捲る。が、まだ手は出さずに二人を眺めた。
集めた砂を山の形になるように、寄せては叩き、叩いては寄せている。ざらざらと砂粒を流しながらもそれが済めば、次はすこし離れたところを掘り始めた。あれが川になるんだろう。
砂場にスコップを突っ込む背中は、もうほとんど倒れ込んでいる。あれはシャツの前も砂だらけになるな、と鶴丸はおかしくなった。
「それにしても仲が良いなぁ、うちのときみのは」
「なんだ、改めて」
「うん? 微笑ましいんだが、来年がな」
「——あぁ、そうか」
砂場の縁に腰かけ、長い足を伸ばしている大包平がことりと首を倒す。
来年は、光忠は小学生になる。大倶利伽羅は、もう一年、幼稚園がある。会える時間がいまと比べ物にならないくらいに減るだろう。もちろん、休みにはまた会えるだろうし、二人は変わらず仲良く遊ぶだろうとは思う。
「鶴丸国永、心配か」
「うーん、どうだろうな。俺はなんでも楽しむ性質だが、あの子はな、これから知ることだ。どうなるかなと思ってな」
「…………、」
川にしようと掘っていた穴に、スコップから水が流される。バケツからすくってはぱしゃりと砂にかけるせいで、せっかく掘った穴はすぐに崩れ出した。二人は目を丸くして、笑い、濡れて扱いやすくなった砂をまた掘り始める。からちゃん、こんどはそっち、と光忠が言うのに頷き、大倶利伽羅はぎゅ、ぎゅ、と砂を押さえた。みつただ、できた、と大倶利伽羅が言えば、ぼくも、と光忠がこたえて、さきほどよりもすこし頑丈になった川に水がそっと流される。今度はうまくいったらしい。川という名の短い水路ができて、二人は満足そうだ。
次は型抜きの出番だ。四角い形のものを取った光忠が、濡れた砂を詰めている。大倶利伽羅は、それをじっと間近で見つめていた。
「心配いらんだろうな」
「うん?」
ぼそりと、それでもよく通る声が言うのに隣を向けば、いつものように真面目な顔で大包平がひとり頷いている。それがまたおかしくて、なんだ、と続きを聞けば、その目がちらりとこっちを見た。
「昨日、光忠に聞いた。大倶利伽羅が好きか、と」
また突然だなと笑いを堪える鶴丸に気づいているのかいないのか、大包平の視線は二人のほうに戻る。光忠が、大倶利伽羅の頬に跳ねた砂を取っていた。素直に動かずにいる大倶利伽羅が、ありが、と、と小さく言う。
「だいすきだと、あれの答えは大倶利伽羅と会った頃から揺るがん」
「だろうなぁ」
「それとだな、先週にランドセルを買いに行ったんだが」
「遅いくらいじゃないか?」
「…『からちゃんと、おそろいにするんだ』と、約束しているらしいぞ」
「——ふは、それは、初耳だなぁ。そうか、揃いか」
「あぁ」
「なるほどな、あの子らの約束は続いているのか」
「そういうことだ。大人が勝手に気を揉むのも、礼を欠く話だ」
そんな言い方をするのなら、この男も、すこしは鶴丸と似たことを考えたのだろう。だが、そうか、と鶴丸は繰り返して破顔する。心配は無用だった。
でも、それはそれだ。己にできることがあればしてやろうと、四角い砂を四つ並べて跳ねるように肩を揺らす小さな二人の背中を眺める。
「こっちがぼくとからちゃんね」
「これは、くにながか」
「うん。そっちがおおかねひらおじさんの」
「おれの、みつただと、いっしょ」
「うん! いっしょだよ。あのね、ごはんもつくっていい?」
「いい」
「じゃあからちゃんも!」
「わかった」
あれが先ほど言っていた四人の部屋らしい。ご飯を作るために、今度は平たい場所が作られた。それがちゃんとまな板として使われるのが光忠らしいなと思う。大包平が休みの日は、一緒に晩御飯を作っているのだと聞いた。そういえば大倶利伽羅が晩飯の準備を手伝いたがるようになったのも、光忠と砂場遊びをするようになってからだ。
いつからか、あの小さな二人は会う約束をするたびに、なにかひとつ、別の約束をするようになっていた。きっとあの夏の祭りの頃だ。揃いのランドセルを約束した二人は、今度はなにを約束したのだろうか。
「……楽しみだな!」
「当然だ」
頬のゆるみを隠さず叫べば、大包平が間を置かずに頷くものだからよけいに笑ってしまう。聞こえたらしい光忠がきょとりとこっちを向いて、けれどすぐにぱっと笑顔になる。
「つるさん、おおかねひらおじさん、おにぎりできたよ!」
「みそも、できた」
砂でできたそれぞれの四角い部屋の前に、丸いおにぎりがひとつずつと、つぶれかけの台形のみそしるが並んでいた。お、と腰を上げてそばにいけば、二人がおにぎりの中身を教えてくれる。しゃけと、おかかと、うめと、海苔。大包平が手を伸ばしてそのひとつを掴み、はく、と食べる振りをすれば、二人がそわそわと体を揺らした。
「うまいな。光忠、大倶利伽羅、お代わりだ」
「うん!」
「! わかった」
すぐに二人がしゃがみ込んで、次の料理を砂で作り出す。そのまるで息の合った様子に、鶴丸は本当にたのしみだ、とこれからの二人を思ってわくわくした。