春に約束 例えばあのとき、彼がどんな顔をしていたのか。しっかりと覚えている。でもそれが正しいかどうかはすこし自信がない。だってこれは光忠の記憶で、光忠の思い出で、つまり光忠の見たものが元になっている。だからすこし、自信がないのだ。
あのとき、驚いたようにわずかに目を丸くして、それから、わかった、と呟くように返事をくれた大倶利伽羅の口元は、ほんのかすかに笑っていた。
笑っていたと、思う。
「―――、」
はぁ、と軽い溜め息を吐き、光忠は手元に視線を戻す。指先に挟んでいるのは一枚の葉書だ。桜の花が舞う紙面に、メッセージは短い一言だけ。
『春にまた』
大倶利伽羅も、覚えていてくれたんだろうか。これはあのとき、光忠がかけた言葉の一部だ。それを返してくれたのかもしれない。それともこれは偶然の一致だろうか。だとしたら、それもまたうれしい。
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