となりのカレー一人ぐらし大倶利伽羅くんが簡単なご飯済ませて休憩がてら本読んでたらめっちゃカレーの匂いしてきて思わず窓のほう眺めて目すがめて閉めるか…って立ち上がるんだけど、窓に近寄ったらスパイスのきいた香りがもっとしてくるのにぐううって眉寄せて、……この匂いでメシが食べれそうだな、て思ってしまってふと我に返っておかしくなるし、
まあいいか、て窓は開けたまま過ごした翌朝、仕事行くのにマンションのエレベーター乗ったところで廊下の向こうのドアが開いて、顔を出した男があっ!て反応したのがわかったから溜め息吐いて開ボタン押して待つんだけど、よくよく見れば奥から二つ目のそれは自分の部屋の隣で、そうと気づいたら昨日のカレーの匂い思い出してしまって顔顰めてたらエレベーターに乗り込んできた長身の男が、すみません、待ってくれてありがとうございますって謝ってきたのに手を振って返し、べつに、って答える大倶利伽羅くん。でもうっかり頭の中がカレーの匂いでいっぱいだったので、「カレーが、」て口にしてしまうし「えっ」て驚いた男がじっとこっち見るのに面倒なことをしたかと大倶利伽羅くんが目逸らす直前に、「あっ、えっ、カレーのにおい、するかい??」って大きな声で続けた男がぱたぱた手であおぐようにするのに大倶利伽羅くんもちょっとびっくりするし、
その弾みで見上げた先で長身の男が顔赤くしてるのに気づいて、勘違いさせたことにも遅れて気づいて、ふ、て思わず笑ったら、長身の男も困ったように笑いながら、朝からごめんね、て言うのに首振って、あと三階分降りるエレベーターの中でなんとなく口を開いた。
「昨日の晩、カレーの匂いがしたのを思い出しただけだ」「ーー!あ、もしかしてお隣さん、かな。それは、その、……ごめんね?」「…うまそうで、おかげで腹が減った」「!」
エレベーターのドアが開いて、エントランスに出た。マンションの敷地からも出たが、男とはまだ道が同じらしい。なら駅前に向かうのだろうか。
隣を歩く横顔がなぜかうれしそうにしているのに肩をすくめていたら、ぱっとこちらを向くのに目があった。金色の目が、やっぱりうれしそうに弧を描いている。
「ねぇ、よかったらこんど食べにおいでよ」
男が向かうのは駅前ではなかったらしい。いくつ目かの角を曲がり、じゃあ、と手をあげて進む先にはバス停がある。そこに並ぶ人に混じる長身の男を眺めながら、大倶利伽羅はひどくあいまいな表情でちいさくうなった。無意識だ。
いま、部屋に誘われたのだろうか。たしかほとんど初対面だ。はぁ、と大きく溜め息を吐いて、足を進める。心底呆れて、あまり関わりたくないなと思うのに、あのうれしそうな横顔と昨晩届いたカレーの匂いが、その日いちにちずっと頭の中に居座っていた。
光忠さんはいままで挨拶をした事があったかどうかの「お隣さん」と話せて嬉しくて、それにカレーの匂いがうまそうだと言われたのも嬉しくて、つい色々すっ飛ばして自分の働くカフェに誘ったつもりでいるし、大倶利伽羅くんはその日から晩ご飯の時間になるとつい窓を開けてしまうようになるし、ていう小さなすれ違いからはじまったり食べる前に胃袋掴まれそうな大倶利伽羅くんのくりみつ読みたい
きっとひと月後くらいにカレーは食べに行く