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    K256tb

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    K256tb

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    33×20七虎。
    お付き合いを始めて5年。長かったプラトニックの時期を経て、ようやく肉体的にも愛し合うようになっていた矢先、虎杖が「七海と恋人だ」ということだけを忘れてしまう。
    ※虎杖に想いを寄せるモブが登場します。
    ■プロット程度のらくがき文章です。

    #七虎
    sevenTigers
    #記憶喪失
    amnesia

    記憶喪失虎杖■七海
    呪霊との戦闘で頭を強打し、昏睡状態に陥った。
    三日間、虎杖は目を覚まさなかった。
    恐ろしく長く感じる三日を眠れずに過ごし、漸く目を開けた虎杖には記憶がなかった。
    正確に言えば、七海と恋人関係にある、という記憶だけがない。
    けれど、その時には虎杖の記憶が抜け落ちていることに気付けていなかった。
    虎杖自身の事は覚えているし、昏睡に至った直近の原因も覚えている。過去のことや親友の伏黒や釘崎、それに七海、五条、伊地知のこともしっかり記憶にあった。気が付いてよかったと七海が抱き締めた時も、「もう、心配症だな。ナナミンは」と困ったような笑みを浮かべ、七海の背を抱き返してきた。肉体関係を持つようになってから「建人さん」と呼んでいた虎杖が、ナナミン、と呼んだことを少し不思議には思ったが、虎杖が目覚めてくれた喜びが強く、それほど重要なことだとは思っていなかった。
    目覚めてしまえば基礎体力の高さからあっという間に快復し、その二日後には退院することになった。
    「帰りましょう」
    と声を掛けると、虎杖は一瞬不思議そうな顔をしていたが「そっか」と何かを思い出したような反応をしていた。
    異変を突き付けられたのは退院後、実に二週間が経過した後だった。
    というのも、七海が退院直後から二週間、出張に出ていたからだ。虎杖が昏睡していた間の三日、任務を融通してもらっていたツケだ。
    無事に任務を終え、帰宅して、土産を虎杖に渡し、お疲れ様と冷たく冷えた麦茶を差し出してもらった。
    「明日は休暇になりました。せっかくなので、出かけましょうか」
    以前虎杖が欲しいと言っていた無水鍋でも買いに行こうかと思っていたが、「ごめん明日用事あるんだ」と虎杖が手を合わせた。
    「そうですか」
    それなら仕方ないと、久しぶりに少し寂しい一人きりの休日を満喫しようと思った。「ところで、用事って?」何気なく聞いた言葉に虎杖は、へへへと照れくさそうに笑って「デート。入院してたときの看護師さんがさ、連絡先くれてて。遊びに行こうってことんなって」そんなことを言い出した。
    「は?」
    嫉妬させようとでもしたのか、それとも冗談なのか分からず彼を見つめると、もじもじと体を動かした。
    「えっとさ、実はナナミンが出張中にも三回会ってて。あ、最初の一回は偶然駅で会ったんだけど。連絡先貰ってたなって思ってさ、一回食事に行って、もっかいは映画見たんだ」
    虎杖は真っ直ぐな目で七海を見つめて「でも、その人といると落ち着かないっていうか、胸が痛くて。これって恋なんだと思う?」と、真剣な表情で言った。
    「悠仁」
    「いや、なんか……なんかさあ、良く分かんなくなって。付き合った人いたと思うんだけど、どんな風に過ごしてたんだっけなって思ったら、愛とか恋とかどんな感じだったか思い出せなくって。ナナミンなら相談乗ってくれそうな気がしてさ」
    甘えてるなと思うんだけど、と追加してから虎杖はどこか慌てたように続けた。
    「それから、その人とうまくいってもいかなくてもさ、俺、この部屋出てくよ。長い間住まわせてもらってたけど、さすがにさ二十歳んなってまで甘えてらんないから。自立しないとなーってずっと思ってたし」
    一体何を言われているのか分からず、冷静さを欠いた七海は虎杖を押し倒し、強引に唇を奪った。
    虎杖も最初は何が起こっているのか分からないという様子で無抵抗にされるがままになっていたが、口付けた唇に舌を差し込み、七海の手が下半身をまさぐるように虎杖の股間に触れると、我に返った虎杖が胸を殴りつけるように押し返して、思い切り七海の頬を打った。
    その痛みに一瞬、正気を取り戻しかけたが、「なん、でっ!こんなことするんだよ」と苦々しく吐き捨てる虎杖の声に我を忘れ、力づくで組み敷いた。
    七海と虎杖の戦闘における実力差は随分と拮抗してきており、互いに立った状態から闘えばもうどちらが強いか分からないほどに彼は成長していた。だが彼を捕まえた状態からであれば、体格面でも力でも七海の方がはるかに有利だった。
    虎杖を押さえつけ、服を剥ぎ取り、慣らしもしない場所に自身を捻じ込もうとした時、虎杖は諦めたように力を抜いた。
    「なんでこんなことすんのか分かんないけど……ナナミンがそんだけ怒ってるなら、俺、なんかしたんだよな。いつまでも世話になりっぱなしで、嫌んなった? 早く出てけってこと?」
    虎杖は続けて「俺のこと犯して気が済むなら、そんでもいいよ。ごめんね、ナナミン」と、酷く傷付いた声で言った。
    虎杖の言葉で、自分がレイプしようとしていたのだと知った。
    何よりも愛しく大切だと思い続けてきた子を傷付けて屈服させ、想いをぶつけようとした己の行為が信じられない中、七海は呆然と虎杖を離した。
    彼の言葉から、七海が恋人であることを忘れてしまったのだと思った。
    原因は、頭を強く打ち、昏睡したこと以外に考えられない。
    本当に自分と過ごした五年間を忘れてしまったのか、七海よりもその相手のことを好きになったのか、家を出ようとしていたというのは記憶をなくす前からのことなのか、ずっと七海から離れようとしていたのか、聞きたいことはいくつもあったが、そのどれも言葉に出来ずに飲み込んだ。
    「申し訳ない……痛むところはありませんか」
    怯えさせないように虎杖から距離をとって背中を向けた。
    「あるよ」
    泣き出しそうな声で彼が言うから、思わず振り返ると「胸ん中が痛い」と悲しい瞳で七海を見つめていた。
    虎杖の視線に耐えられず、七海はもう一度背を向けた。
    「しばらく、戻りません」
    それ以上、声を出すこともできなかった。
    脱いだばかりのジャケットを掴み、七海はそのまま家を出た。


    ■虎杖
    二週間前、退院が決まって七海に「帰りましょう」と言われた時、虎杖は混乱した。
    七海がそう口に出すということは、一緒に住んでいるのだろうと思った。けれど共に過ごした記憶がない。三日間昏睡していたと聞いたが、呪霊との戦いはハッキリと覚えている。なんとか祓い切ったところで、安心して気を失った。
    全ての記憶がないのなら納得もしただろうけれど、自分自身としては何も以前と変化はないはずなのに、どうも七海の言っていることが分からなかった。だって自分には住む家がある、と思い起そうとしたが、思い浮かぶのは祖父と過ごした家と、高専時代の自分の部屋。どれだけ頑張っても、今住んでいるはずの家のことを何も思い出せなかった。部屋の様子も、地名も、何もかも。昏睡したせいで記憶が混乱しているのかもしれない、それなら七海が嘘をつく筈がないから、やはり七海が言ったように一緒に住んでいるのかもしれない。最後の記憶が高専の部屋だったから、卒業後七海の部屋に転がり込んだのかと納得することにした。
    退院の時、ナースステーションに顔を出し「お世話になりました」と挨拶をする七海の後ろから、虎杖も「ありがとうございました」と声を掛けた。その時、看護師の一人に紙を渡された。何を渡されたのかと手を開いてみると、小さな紙切れに「退院おめでとうございます」の文字と一緒に電話番号が書かれていた。
    その瞬間、胸がズキン、と痛んだ。
    今は背を向けている七海に見られてはいけない気がして、慌ててポケットに紙を突っ込んだ。その時はそれっきりで渡された紙の存在を忘れていた。
    次の日から、七海は慌ただしく出張に出てしまったが、虎杖はまだしばらく自宅療養を言いつけられている。最初の二日は大人しく過ごしたものの、日に一度か二度送られてくる七海からのメッセージに返信する以外にすることがなく、あまりの暇を持て余し駅前まで出ることにした。
    そこで、電話番号を渡してきた看護師に偶然出会うことになる。
    「体調はいかがですか」と声を掛けられ、しばらく話をしていると、やはりまた胸がズキズキと痛む。
    その時は話しをするだけで別れたけれど、家に帰ってからも看護師のことを思うと胸が痛い。痛い、と表現するのが正しいのかは分からないが、焦燥感のような罪悪感のような複雑な感情だった。その感情の理由が分からずに、思わずもらった番号に電話をかけた。
    一度目は食事をして、二度目は映画館へ。
    その度に胸は締め付けられるように痛くなった。
    訳の分からない感情に、ひょっとするとこれは恋なのかと思ったのは、自分の心を守るためだったかもしれない。名前のつかない感情は酷く居心地が悪かったから。次のデートの約束をした時にも、何故か胸が重苦しいような気がしていた。
    そして今日、七海が出張から戻ってきた。
    冷えた麦茶を差し出すと、嬉しそうに受け取ってくれた彼の存在に心が浮ついた。七海は虎杖が尊敬し信頼する呪術師で、好意を持っている自覚はある。たぶん、最初に出会った十五の時からずっと。
    ジャケットを脱いで、落ち着いた様子でソファーに腰掛ける七海は、虎杖の存在に安堵しているようにも見えて、信頼されているのだと思うと心が柔らかい物に包まれたように暖かくなった。
    明日は休暇になったという七海に「出かけましょうか」と優しい瞳で見つめられ、そうだ、と思った。
    七海なら虎杖が抱えている奇妙な感情を言葉にしてくれるのではないかと。
    けれど、看護師とのことを話した彼は、信じられない物でも見るような目で虎杖を見つめ、それから、恐ろしいほど冷たい目をした。
    その時の感情は言葉では言い表せない、焦りと恐怖と強い罪悪感が押し迫ってきて、自分は何を後ろめたいと思っているのかも分からなかった。考えられることは、七海の家に転がり込んだままきっとずるずる住み続けていたと思われること、くらいしかない。だから、咄嗟に出て行くと言った。少しでも胸を圧迫する罪悪感が消えないかと期待して。
    だが胸の痛みは消えるどころか強さを増し、そして七海は何かにとても怒っている様子で虎杖を押し倒した。
    その後は、訳が分からなかった。
    何かは分からないが、自分には消えた記憶があるらしい、ということだけは分かる。
    そして心から信頼している七海は、虎杖の何かにとても怒っていて、虎杖を犯そうとしている。
    何故そんなことになったのか、本当に何一つ分かることはなく、ただ、どうしようもなく胸が痛かった。
    いっそ犯してくれればよかったのに、何かに怒っているのなら怒りも全部ぶつけて、何がいけなかったのか教えてくれればよかったのに、彼はジャケットを手にすると、「しばらく戻りません」と言い残して家を出た。
    やっと二週間ぶりに帰って来たのに、疲れて戻ってようやく落ち着いたところだったのに、差し出した麦茶も飲まずに出て行ってしまった。
    七海にとって虎杖が要らない存在になったのだと言われたような気がして、長い間膝を抱え、震えていた。


    ■七海
    家を出て五日。
    駅前のホテルに一室を借りて過ごしている。
    この五日、思考はずっと同じところを回り続けて、一向にまとまらない。
    果たして自分は虎杖を愛しているのか、ということだ。
    一つはっきりしていることは、彼を犯そうとしたあの時に噴き出した感情は、決して愛情ではなかった、ということだ。執着と、裏切られた怒り、それから悲しみ。自分の感情を一方的に、暴力で彼にぶつけようとした。あれは決して愛などではなかった。
    彼は、記憶をなくしている。医者や虎杖自身から聞いたわけではないが、そうとしか思えない。だとすると単純に七海を裏切ったというわけではないのだろう。
    もともと虎杖が七海に特別な感情を抱いたのは、少年期の環境が特殊だったせいだ。本来、一回り以上も歳の離れた、それも同性の七海は彼の恋愛対象になるはずもない。
    「運命なんかじゃないですよ」
    七海に会う度、好きだと繰り返した過去の虎杖に何度も言った言葉だ。
    たまたま特殊な環境で、頼るべき相手が七海しかいない状況で、命の危機を共に乗り切った、ただの吊り橋効果によるものだ。そう説明したが彼は、「だとしても、実際にそうなったんだから、運命だったんだ」と笑った。
    まだ十五の少年と恋人という関係になったのは、互いに愛に飢えていたのだと思う。
    肉体関係を持つようになるまで、彼は何度も抱いて欲しいとねだった。なんとか躱し続けていたものの、度々虎杖はへそを曲げ、自分の愛情を疑われているように思うと涙を流すこともあった。これから先、七海以外を好きになることは無いのに、七海はいつか虎杖を捨てようとしているから手を出してくれないのかと泣いた。
    その度、何度も何度も彼に愛を告げてきたけれど、己が口にしていた「愛」は、彼に受け入れられなかったというだけで、簡単に狂気にとって代わられるものでしかなかった。彼に出逢ってからの五年、ずっと彼の事を想ってきたと自負していたが、記憶を失くした彼が新しい恋を見つけた途端、強い負の感情に飲まれてしまった。
    「何度生まれ変わったって、俺はナナミンが好きだよ」
    そう言っていた彼の笑みが瞼に浮かぶ。
    「嘘つきですね、君は」
    生まれ変わるまでもなく、記憶を失くした虎杖は、同年代の女性に恋をした。
    最初から運命などではなかった。赤い糸などどこにもない。ただ、環境が特殊だっただけ。
    それならこのまま手を離してやるのが、愛なのだろう。
    彼を想うのなら、今の彼が望みのまま生きられるよう見守っておくのが大人としての務めであり、七海の思い描く「愛」の姿だ。
    けれど。
    もしも、彼が記憶を取り戻したら。
    七海が傍に居ないことを寂しがるのではないか。彼は一途に、ずっと真っ直ぐに七海だけを見つめていた。明るく愛くるしい笑顔で、時に涙を溜めた綺麗な瞳で、七海だけを見つめていた。
    初めて体を繋いだ時、彼は全身を震わせながら泣いていた。七海が好きだと、何度も繰り返して。一つになれたことを喜び、心も体も一番深いところに七海だけがいるんだと泣いていた。
    その彼が彼の心に戻ってきたら、虎杖が他の誰かを愛することをただ指を咥えて眺めていただけの七海に絶望するのではないかと思う。取り戻そうとも思ってくれなかったのかと、彼は泣くのだろう。
    それでも、七海がどれだけあの頃の彼に恋焦がれたところで、彼は「いない」。
    七海の恋人だった虎杖ではなく、今、彼の中にあるのは、ただの二十歳の青年である虎杖だ。
    その彼を否定し、過去の彼に戻って欲しいと願うことは、愛と呼べるのだろうか。
    己の望みを押し付け、過去の姿を渇望することは、独りよがりな執着ではないのか。
    あるがままを受け入れ、どんな状況であっても、彼の望みを守ってやることが愛ではないか。
    それでも――
    胸を握り潰されるような痛みから抜け出せない。
    「悠仁……会いたい」
    この五日、同じことを考え続け、未だに何も見つけられずに、ホテルの狭い天井を見上げるばかりだった。


    ■虎杖
    七海が家を出て行って一週間。
    虎杖はスマホの画面をもう一時間も見つめている。
    画面には七海建人の文字と、彼の電話番号が表示されている。あとは発信ボタンを押せば七海に電話がかかる。その画面をじっと見ていた。
    そうやって過ごすのは今日の一時間だけではない。前日も、その前の日も、ずっと七海の文字が浮かぶ画面を見つめていた。
    七海に繋がったなら、なんでもないような声で言うつもりで、何度も何度も練習をした。
    「そろそろ帰ってきたら?」
    「あの時、ナナミン疲れてたんでしょ? 倒れ込んできただけなのにびっくりしてさ、変な誤解してごめん」
    「だってナナミンでっかいんだもん、俺の力でもナナミンにはまだまだ敵わないしさ」
    「そうだ、伊地知さんに聞いたんだけど、俺が自宅療養になってたせいで、俺の分の仕事もナナミンに割り振られてたって聞いたんだ。ごめんね、疲れたろ。だからさ、はやく帰っておいでよ」
    「それから、部屋見つかったんだ。部屋出るのは月が変わってからになるけど、部屋に業者はいっていい?」
    最後の一つは嘘だ。
    七海がまだ怒っていて、帰ってきてくれないようなら追加しようと思っている。
    言ってしまえば出て行くことになるけれど、そうすれば七海はここに帰ってくる。
    帰ってきてくれたら、自分はこの部屋にいることはできなくても、ここにくれば七海が居るんだと思える。
    今の状況のように、彼がどこにいるのか何をしているのかも分からない状態で不安に思うことはない。
    大切な人の居場所を知っておけるというだけで、安らぐから。
    今日だって何度も練習して、明るい声で言えるようになった。けれどいざボタンを押そうとすると、七海の声が聞こえたら平静でいられるだろうかと不安になる。声が震えてしまわないか、本当は七海が居ない寂しさが滲んでしまわないか、そう考え始めるとじわりと涙が浮かんで慌てて涙を拭う。
    「ナナミン……あのね」
    七海が出て行った次の日は胸が痛くて重たくて、起き上がることもできなかった。
    看護師とのデートの約束はすっかり反故にしてしまい、待ってたのにと怒る相手にもう二人きりでは会えないと告げることになった。
    「そしたらなんか胸が軽くなって、でもさ、余計にナナミンに会いたくなった。帰ってきたら謝ろうと思ってたけど、何を謝ったらいいかも分かんなくて、それでも何か分かるまで話をしたいって思ってたのに、全然帰ってきてくれなくて」
    連絡の一つもくれないし、どこにいるのかも分からない。
    本当に虎杖のことなど要らなくなってしまったのかもしれない。
    「ナナミン……帰って来てよ。お願いだから……」
    スマホの画面に話しかけ、今夜も通話ボタンを押せないまま時間が過ぎて行った。
    ついに日付が変わり、今日も電話ができなかったとベッドに倒れ込む。
    長い溜息を吐いた時、スマホの画面が一瞬明るくなり、そして消えた。だがその瞬間、話したいと思っていた人の名前が表示されていた気がして、慌てて電話を掛け直した。
    ワンコールもしないうちに電話が繋がり、息を飲んだような声が聞こえた。思わず電話が繋がって驚いたのかもしれない。
    「ナナミン」
    声を掛けると躊躇うような間を置いて、大切な人の声がした。
    「虎杖君」
    七海に名前を呼ばれると、練習したセリフのたった一つも言えず腹の底から突き上げるような衝動に襲われた。
    「帰って……来て」
    泣き叫びそうになる声を抑え、なんとかそれだけを絞り出した。
    数十秒ほどの間が開いた後、心配そうな声が「どうかしたんですか」と言った。
    「ううん」
    「何も、ないんですね」
    念を押すように問われる。うん、と言えば彼は帰ってきてくれない。けれど否定すれば心配をかけることになってしまう。そして結局何もないのだと分かれば、また七海は虎杖を見限ったような冷たい目をするかもしれない。七海に見捨てられるのが怖かった。
    答えられずにいると七海は長い溜息を吐いた後、思っていたよりもずっと優しい声で「虎杖君」と名を呼んだ。
    「ん……」
    この声色なら怒っていないかもしれない。
    目が覚めてからのことを全部話して、七海に相談すれば、何か分かるかもしれない。
    「あのね」
    声を掛けるのと七海が話し出すのは同じタイミングだった。七海は自分の言葉を区切り「ええ」と虎杖の話を促す。
    「ううん、ナナミンから言って」
    「そうですか。いや、ただ気になっただけなので、答えたくなければ構いませんが」
    そう前置きをするから、何のことかとスマホに耳を押し当てた。
    「デート、上手くいきましたか」
    七海の優しい声でそう問いかけられた時、頭の中が真っ白になり、知らない間に目から雫が溢れていた。
    本当のことを話そうとしたが、何か言葉を話そうとすると嗚咽に変わってしまいそうな気がして、
    「う……ん」
    と声を出すことしかできなかった。
    「それは良かったですね」
    本当に七海は、そう思ったのだろうか。いや、思ったのだろう。
    「遅い時間に電話をかけてすみません」
    「ううん……」
    「明日も早いんじゃないですか」
    「うん」
    「それなら寝なくては」
    七海の優しい声。
    「うん」
    「では、おやすみなさい」
    いつ帰って来てくれるの、どうしてあの時怒っていたの、もっといっぱい声が聞きたい、自分では何も変わってないつもりなのに覚えていない記憶があるみたい、それがとても怖くて、だから話がしたい。
    心の中では必死に七海に呼び掛けているつもりなのに、口から漏れる言葉は「うん」という小さな呻き声に似た返事だけだった。
    スマホは3分にも満たない通話時間だけを表示して、切れてしまった。
    「ナナ、ミン……ひとりぼっちにしないで」
    暗くなった画面に呟いた。
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    K256tb

    DOODLE33×20七虎。
    お付き合いを始めて5年。長かったプラトニックの時期を経て、ようやく肉体的にも愛し合うようになっていた矢先、虎杖が「七海と恋人だ」ということだけを忘れてしまう。
    ※虎杖に想いを寄せるモブが登場します。
    ■プロット程度のらくがき文章です。
    記憶喪失虎杖■七海
    呪霊との戦闘で頭を強打し、昏睡状態に陥った。
    三日間、虎杖は目を覚まさなかった。
    恐ろしく長く感じる三日を眠れずに過ごし、漸く目を開けた虎杖には記憶がなかった。
    正確に言えば、七海と恋人関係にある、という記憶だけがない。
    けれど、その時には虎杖の記憶が抜け落ちていることに気付けていなかった。
    虎杖自身の事は覚えているし、昏睡に至った直近の原因も覚えている。過去のことや親友の伏黒や釘崎、それに七海、五条、伊地知のこともしっかり記憶にあった。気が付いてよかったと七海が抱き締めた時も、「もう、心配症だな。ナナミンは」と困ったような笑みを浮かべ、七海の背を抱き返してきた。肉体関係を持つようになってから「建人さん」と呼んでいた虎杖が、ナナミン、と呼んだことを少し不思議には思ったが、虎杖が目覚めてくれた喜びが強く、それほど重要なことだとは思っていなかった。
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    K256tb

    DOODLETwitterで妄想があらぶっていた殴り書きと、続きをベッターに投稿していた内容をまとめました。Twitter呟きクオリティなので、読みやすさはありません。
    一度別れる七虎■Twitter妄想部分
    15~18才くらいまでは、「またガキ扱いして!」って思いながらも、思いっきり甘やかして子供でいていいんですよという七海に甘えて頼っていた虎杖が、18才を超えてくるとさすがに甘えていられないと思うようになり、いつまでも15才のままの扱いをしてくる七海に苛立つようになって(七海も気を付けてるけど、どうしても虎杖が可愛くて、年相応の対応を…と思いながらもつい可愛がってしまう)、「このままナナミンの傍にいたら、いつまでも子供のままだ!」と反発して別れを決意する虎杖。七海は手放したくないけど、虎杖の言う通りだとも感じていて、子供が成長する段階で手を離せないのは大人として恥じるべきことだと、自分の想いは飲み込んで手を離す。性的な関係にはならずに手放してやれたことは誇っていいだろうと思うと同時に、大事に大事に愛してきた虎杖の恋人(兼、保護者)という立場を失ってこれからどうしていこうかと途方に暮れる七海。でもこれから先もきっと虎杖のことは、ウザがられても大事に想い続けるんだろう、と時々補助監督たちの噂に聞く虎杖の活躍に目を細める日々を過ごし、あっという間に二年が経って、虎杖の成人を祝ってやりたいと思うけれど、また「子供だと思うからそういうことすんの」と怒らせることになってはいけない。だから補助監督に虎杖への万年筆を預けておく。
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