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    コトイ

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    コトイ

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    第三回のワンドロで提出済分です。

    #ジョーチェリ
    giocelli

     桜屋敷薫は朝に弱い。
     昔から寝付きが悪いからか寝覚めが良くない事が多く、朝、パッと起き上がる事が苦手だった。
     大人になってからは快適な睡眠が得られるという高級寝具を試してみたり、神経を落ち着けるためのヒーリングミュージックを睡眠導入に使用してみたりと色々挑んではいたものの、どれも効果は薄く、寝起きの悪さは改善されない。
     仕事がある日は自らが生み出したAIのカーラが最適なタイミングで起こしてくれるので、ぼんやりしながらも何とか起き上がって動き出す事ができるが、これが休みの日ともなれば、カーラに優しく起こされ目が覚めても、起き上がるのが億劫で二度寝三度寝の世界へ簡単に引き込まれてしまい、やっと布団から出るのは日が高く昇って天辺越してからなんて事もしょっちゅうだった。
     
     ところが、そんな休日の朝がここ最近、変わりつつあった。
     目が覚める時刻が――あくまで目が覚める時刻というだけであって、起床する時刻ではないのだが――仕事で遠出する日よりも早い。どれぐらい早いのかと言えば、まだ太陽が顔を出し始めた頃なので、薫の寝起きの悪さを知っている母親あたりが知る事でもあれば、驚きを通り越してどこか体を悪くしているんじゃないかと心配してくるだろう。
     薫だって、別に意識して目を覚ましているわけではない。
     けれど、決まって、ふわりと意識が引き上げられるような感覚で目が覚めてしまうのだから、仕方がない。
     原因は明らかだった。
     今日も薄暗い中、目を覚ました薫は、自分が温かな腕の中にいる事、そして開けた目の前にある気持ちよさそうな寝顔を見て、桜色の口元を綻ばせた。
     クセのある柔らかな深緑の髪を枕にうずめ、恰好いいと女たちの視線を集める甘く精悍な顔立ちは、愛嬌を感じさせる鳶色の瞳が瞼に覆い隠されている事と、厚い唇を持った口元がしどけなく開いている事も手伝って、起きている時より幼く見える。
     子供の頃から知っている寝顔だというのに、こうして目にする度、愛しさで胸が甘く締め付けられる感覚は薫の中で年々増していた。
     しかし薫はその感覚が嫌ではない。むしろ、自分の人生で特別な人――恋人となった南城虎次郎の寝顔を堂々と独り占めにする事ができるのだから、なんて幸せなのだろうと思う。
     子供の頃は幼馴染ゆえに無条件で許されていた隣で眠るという行為も、大人になってから、ましてや腕の中で眠るなんて事は相手にとって何よりも特別にならなければ許されない。
     幼稚園から一緒の幼馴染で腐れ縁だった虎次郎と恋人関係になったのは、付き合ってきた長い年数から見れば最近の事だ。
     閉店後の虎次郎の店で彼から、付き合ってほしいと本気の想いを必死に告げられた時、そこまで言うなら恋人にしてやろう、なんて不遜な態度で受けた薫だったが、その日、家に帰り着いて玄関の扉を閉めた瞬間、自分でも驚くほど涙がぼろぼろと零れた。  
    いい歳した男が少女漫画のヒロイン気取りかよ、と泣きながら自分で自分に冷笑して毒付いたが、それだけどうしようもないほど嬉しかったのだ。止めようにも止まらないまま泣いたおかげで翌日は頭が痛く、けれど気持ちはふわふわと落ち着かないままだった事もあって、仕事は早々と店仕舞いにしてしまった程だ。
     だからこうして明け方に目が覚めてしまう時、自分を本当の特別にしてくれた虎次郎にゆっくり身体を摺り寄せ、幸福を感謝するように、彼の鼻先に愛しさを込めてそっと小さく口付ける。
     そこで虎次郎が身動いだり唸ったりすれば、眠る彼にこっそりと口付けていた事が露見しないよう、直ぐに自らも目を閉じて再びの眠りに付くのだが、気持ちよさそうに寝息を立てているだけであれば、暫し様子を窺って、そして女たちがキスを欲しがる唇に自らの唇を触れ合わせて、更なる幸福を密やかに享受するのだ。
     自ら唇を寄せるだなんて、鳶色の瞳が自分を見詰めている時には気恥ずかしさと、厄介なプライドが勝って薫には簡単ではない事だが、瞼で閉ざされているこの時だけは、自分の気持ちを素直に行動に移す事ができる。
     ふたりきりの部屋の中、薄明かりの中で行われる薫だけのこの秘密は、虎次郎に知られてはいけない。
     だから胸を高鳴らせながら、そっと何度か唇を触れ合わせ、虎次郎が目覚めなかった事への安堵と、虎次郎に口付ける事が出来た幸せを胸に抱きながら、温かな腕の中に再び潜り込む。
     鍛え上げられた筋肉に覆われた厚い胸元へ静かに頬を寄せれば、素肌越しに力強い心音が伝わってきて、その鼓動は薫を簡単に眠りの世界へと導いた。
     
     
     夜明け前に薫が寝入ってその何時間か後、すっかり太陽が顔を出した頃になると、大きな掌が頭を撫でる感覚で意識がゆっくりと覚醒しはじめる。
    「なんだ……」
     起き抜けの不機嫌さでぼんやりと寝ぼけ眼を開ければ、眼鏡がなくても分かる距離で優しい光を纏った鳶色の瞳にじっと見詰められていて、鼓動が小さく跳ねた。
    「おはよ」
     虎次郎もまだ目覚めたばかりなのだろう、昨夜布団に入った時のままの恰好で横になって薫の髪へ触れていて、目付きは少し眠たげだ。
    「おやすみ……」
     何度向けられても慣れない柔らかな視線から逃れるように、上げた瞼を下してカーテンの隙間から差し込む太陽と虎次郎に背を向け、起きる気がない事を示すように引き寄せた布団へ包まる。
    「おーい寝るなよ。もう朝だっての。いい天気みたいだし、どっか行くのもいいかもなぁ。とりあえず、起きて飯食おうぜ」
     薫の食いたい物作るから、と言われ心が揺れるが、眠る虎次郎と楽しんでいた時間分、まだ眠い。
    「まだ起きんぞ……」
    「そんな事言わずにさぁ。かおるぅ」
     甘えた声で包まった布団越しに抱き締められたが、すっかり背中側を見せた姿勢だったために虎次郎の体重が圧し掛かってくる。これでは重くて寝ていられない。
    「くそっ……俺を潰す気か、筋肉ゴリラ……」
     舌打ちと共に布団から顔を出し眠い目で睨み付けると、へらっと笑った虎次郎がちゅっと音を立てて唇にキスを落としてきた。
     好きと言わんばかりに触れてくる唇の微かな熱によって体温は簡単に上がり、意識もしっかりと覚醒してしまう。
     しかし、その無断のキスを咎める事はしなかった。
    薫は自分から口付ける事に躊躇してしまうだけで、虎次郎がキスをくれるのならやぶさかではないのだ。
    とろんとした目付きでまだ寝惚けているふりをすれば、優しく甘やかなキスが何度も降ってきて心は弾んでしまう。
     ただし、物には限度がある。
     薫が文句を言わないのをいいことに、飽くことなく唇を柔らかく重ねていた虎次郎が、ふいに深めた口付けと共に舌を差し入れてきた。
    「んぅっ……!あ、朝から盛るな、エロゴリラ!」
     このまま流されれば不健全な休日となってしまう危険を察し、慌てて口付けから逃れると、耳まで熱くなっているのを感じながら、虎次郎のにやけた顔を首が反るほど掌で押し返した。
    「いてて……なんだよ、おまえが起きないからじゃねぇか。眠り姫を起こすのは王子様のキスってのが定番だろ?」
    「おまえ、ゴリラの国の王子だったのか」
    「だったら、おまえはタヌキの国の姫だぞ」
    「はぁ?誰が狸姫だ。まったく、人間サマに対して失礼極まりないスケベゴリラだな」
    「俺の事ゴリラ王子って言うからだろ!だいたい、おまえが可愛い顔で寝惚けてるからスケベな事したくなるんじゃねぇか、この性悪タヌキめ」
     いつもの事とはいえ、タヌキタヌキと言われると、ゴリラゴリラ言っている自分の事は棚に上げて無性に腹立たしくなってくる。
    「あぁそうか。そんなに俺が狸だと言うのだったら、種族が違う俺たちは別れなければならないな。仕方がないがサヨナラだ」
     苛立った口調で告げると、締まりのない顔だった虎次郎が瞬時に絶望したような表情となり、勢いよくまた圧し掛かってきた。
    「絶っっったい、別れないからな!」
    「苦しっ……何ムキになってんだ、馬鹿ゴリラ」
     冗談も分からないのか、と続けて、ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる深緑の頭を遠慮なく叩く。
    「分かってても嫌に決まってるだろ!やっと薫の恋人になれたのに、今さら別れるとか冗談でも考えられねぇよ」
     叩かれても寄り縋る腕を緩めないどころか、より強く抱き締めてきて「かおる、捨てないで」と悲しげな声で訴える虎次郎の表情は必死そのものだ。
     冗談でもこんな顔になるなんて、本当に大馬鹿なゴリラだ、と薫は内心で溜め息を吐く。
     だいたい、やっと恋人になれたのに、と思っているのは虎次郎だけではないし、薫が彼を捨てるなんて事はありえないのに。
     確かに、自分からは積極的に触れたりしないし、虎次郎ほど盛んに愛情を示さないけれど、好きでもない奴とセックスしたり朝からベッドで戯れあったりしない。そもそも、他人の家に行ったり、誰かが自分の家に上がる事を許さない薫の性格を、長年付き合ってきたこの男はよく分かっている筈なのに。
     けれど、分かっていても、冗談でも嫌だと素直に言える虎次郎は馬鹿だと思うと同時に、可愛くて、愛おしい。そして、この愛おしい男に自分は強く愛されているのだと深く実感する。
    「……虎次郎、少し向こうを向け」
    「はぁ?なんだよ、急に」
    「いいから、捨てられたくないのならさっさとしろ」
     横暴だ、とブツブツ文句を言いながらも腕を解いた虎次郎が素直に背を向けた。
     広いその背中に自らの身体を寄り添わせた薫は、深緑の髪の襟足を鼻先で掻き分け、太い項へ、想いを返すように情愛を込めて口付ける。
    「えっ、かおる……」
     驚いた声と共に振り向こうとした虎次郎へ「前を向いていろ、ボケナス」と低い声で脅せば、彼は慌てて前へ向き直った。
     褒めるように項へまた口付けを落とし「心配しなくても、俺は絶対におまえの事を捨てたりしないぞ、虎次郎」と告げて、そのまま何度か唇を寄せる。
     起きている時でも、鳶色の瞳からの視線が視界に入らなければ、薫にだってこれぐらいはできるのだ。
     虎次郎の肌が緩やかに熱くなってくるのを感じながら項周りに何度か口付けていると、大きな身体が小さく震えているのが伝わってくる。見れば、虎次郎は所在なさげに上げた手をワキワキと動かしていて、薫は吹き出した。
    「なんだ、その手の動きは」
    「耐えてるんだよ!おまえが誘惑するから」
    「ふん、これぐらいで盛るとは、やはりエロゴリラだな」
    「あぁ、もう……!エロゴリラでいいから、口にもチューして欲しいんですけど」
    「調子にのるな。さっさとチーズ入りのオムレツを作りに行ってこい、バカ」
     そう言い放った薫は、虎次郎の唇へ掠めるように口付けて顔を真っ赤に染め上げると、ぽかんとした表情の彼を置いて、急いでベッドから逃げ出した。
     
         ■   ■ 
     
     桜屋敷薫は知らない。
     夜明け前、薫が虎次郎にそっと口付けている時、実は虎次郎が目覚めているという、その事実を。
     初めて薫から口付けられている事に気付いた時、虎次郎は恋人が寝惚けて顔を寄せてきているのだと思っていた。
     いつもキスや色めいた事を仕掛けるのは虎次郎からで、甘いご褒美をくれた事のない薫が自ら口付けてくれるだなんて、妄想はいくらでもした事のある虎次郎にも予想はできなかったからだ。
     だが、このキスがしっかりと覚醒した状態で行われているのだという事はすぐに分かった。
     共に相手の温もりだけを求めて穏やかに眠った夜の次の明け方でも、本能と欲心に従って互いの熱と快楽を貪りあった夜の次の明け方でも、薫はいつもより随分早くに目を覚まし、そして静かに自分の唇を虎次郎の唇へ幾度か触れ合わせると、嬉しそうな雰囲気を纏い、腕の中へ潜り込んできて再び眠りに付く――それは必ずと言っていい程、薄暗い部屋の中で行われる行為だった。
     この薫からのキスに気付いてそれなりに経つが、その事を薫本人に告げる気は虎次郎に微塵も無い。
     軽く身動いだだけで触れ合わされていた唇は慌てて離れ、じっと動かずに緊張した様子でこっちを窺っている気配がするのだ、気付いているなどと明かせば、夜明け前の、この秘密めいたキスが齎される事は二度と無くなってしまうだろう。
     薫からのキスという、虎次郎にとっては嬉しくて堪らない行為を――まぁ、出来る事ならばちゃんと起きて素面でいる時にして欲しいというのが本音ではあるが――自らふいにしてしまう事なんて勿体無くて出来やしない。
     だから薫が目覚めた気配がしても虎次郎は気を緩めた表情のまま寝息を立て続け、口付けが為されても、気付いていないとばかりに寝たふりを続ける。そして、薫が再び眠ってから漸く眼を開けるのだ。
     
     いつものように唇が触れ合うだけの純なキスが為された後、ややあって腕の中で寝息を立て始めた薫の絹糸のような桜色の髪を虎次郎は梳くように撫でる。幸せそうな顔で眠るその姿は、見ているだけで虎次郎の心の奥まで幸福感で満たしてくれた。
     この秘められた行為を薫は自分だけの秘密だと思っているだろう。そう思っているであろう事が、虎次郎にとってはまた可愛らしくて堪らない。
    「ほんと、可愛い事ばっかしてくれちゃってさ……とんだ誘惑だぜ、まったく……」
     小さく笑いながらそう呟いた虎次郎は、心地よさそうに眠る愛しい恋人の額に優しく口付けた。
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