誕生日は好きじゃねえ。
誕生日を友達に祝ってもらった事はあんまない。
夏休み最終日で大半の友達は宿題のラストスパートだった。
リトルに入ると色々と世話を焼く大人がいるもんで、黙ってても宿題なんてスケジュール通りに進められて夏休み最終日に慌てた事なんざねぇ。
野球を始めてからはリトルでもシニアでも誕生日はチームメイトに練習後に祝ってはもらう様になって、それはそれで楽しかった。
みんないい奴だったし、ストイックな制約もあったが、あんだけ動けば誰かの誕生日はチートデイになる。
だがそれもこれも俺がイップスになるまでの話だ。
出来ないことへの苛立ちやら、勝手に作り上げた疎外感やら、果てはどうして俺は生まれて来たんだろう、と思う様にもなっていた。
誕生日はやっぱり好きになれねえ。
今まで8月31日は夏休みだったのに、高校では8月25日で休みが終わっちまった。
まぁ、誰にも誕生日なんざ教えてねえし、身構えることもないだろ。
「藤堂くん、誕生日おめでとう!」
「は?」
ヤマだ。
満面の笑みのヤマが真正面にいる。
「何でオメーが知ってるんだよ」
「え?要くんが教えてくれたんだけど」
「はぁ?何でアイツが俺の誕生日知ってんだよ」
ヤマの顔から笑顔が消え、うっすら青白くさえある。
こんな顔がさせたかった訳じゃないんだが。
「えっとー、智将バージョンの時の要くんが教えてくれたんだけど」
「益々意味が分からん」
段々目つきが悪くなってる気がする。自分を律せよ、俺。
「あー…まず僕が色々迷ってる時に智将が声をかけてくれて、昔覚えた僕のデータベースを教えてくれたんだよ、僕のプレイスタイルとか生年月日とか」
「ほーん?」
「キャッチャーがバッターに声を掛けるのはよくある事だろ、頭に入れてるんじゃないかな?対戦相手」
「おぅ」
「その時みんなのも教えてもらったんだよ」
「へぇ、それで全員の誕生日を覚えたって訳か」
なんかそれもつまんねえ話だな。
「ん〜、覚えたのは藤堂君と要君だけかな」
なんだ、ソレ
「いや、要君はもっと前から覚えてたよ、入学したてで左右も分からない頃に刷り込まれたと言うか、誕生日騒いでたしね」
「あ、同じクラスだもんな。あのアンポンタンの介の騒ぎっぷりは想像つくわ」
「うん、嫌でも覚える」
「で?俺は何で覚えた?」
「えっとー?藤堂葵様だから?」
「はぁ?」
「シニアの頃からかっこいいなって思ってたよ」
「何でだよ、対戦したことねえだろ」
「当たってなくても同じ球場にいたら目に入るでしょ。藤堂君目立つし」
「おう」
「こんな強打者で守備も上手くて、しかも優しい」
「優しいは余計だ」
「あはは、余計じゃないよ、そう言うとこ」
やっとヤマに笑顔が戻った。
「何でかなぁ?やっぱり藤堂葵様の誕生日だから、でいいんじゃない?」
なんか、少しは誕生日を好きになってやってもいい気がしてきた。