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    ひかわ

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    ひかわ

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    まだ何も始まっていない宇槇。
    無惨との戦い後の平和な大正軸。
    兄上生存ifで、ほんのり杏千。
    初めての宇槇なので、二人の性格や喋り方など色々違っているかと思います。

    #宇槇

    待宵の月重い曇は月を隠す。不安定な電力の街灯は、チカチカと不規則に夜の道を照らす。頼りない光でも無いよりましだ。長年の鍛錬の賜物で、まだ夜に目は効く。鬼が居なくなったとて、夜盗に野犬と夜が安全とはいえない。槇寿郎は気を抜かぬよう、薄明りの夜道を歩いた。
    「旦那」
    後方から聞こえる低い声に足を止める。その呼び名を口にするのはただ一人。
    「宇髄君か」
    警戒心を解いて振り向けば、そこには予想通りの男が立っていた。陽の下で輝く銀髪は、夜の闇では煌びやかさを潜める。サラリと月の光を受け風に揺れる様は、厳かだが華美な藤の花にも見えた。
    「お館様のとこに行った帰りなんだけど、見覚えのある背中を見掛けてさ。そういえばここら辺は、旦那の家の近くだったなあ」
    産屋敷から見て、宇髄の家と煉獄家は真反対の位置にある。帰りにたまたまこの道を通るのだろうか。疑問を抱く槇寿郎の向かいで、人好きのする笑顔の宇髄が右手に持った酒瓶を揺らした。丸い瓶の中でチャプン、と微かな音が鳴る。
    「一緒に飲みませんか?」
    普段、宇随は槇寿郎に敬語を使わない。宇髄の目的を探り、返答に迷っているとまた水音が響いた。別に断る理由はない。考えに終着した槇寿郎が家へ誘えば、美しい男の顔が微かな朱に染まったように見えた。

    息子たちはもう眠っているんだ。そう告げた槇寿郎は二人の眠りを妨げないよう、極力足音を殺して廊下を歩いた。忍び足なら幼少期に習得済みの宇髄も、それに倣って後ろを着いていく。通された槇寿郎の部屋には、既に布団が敷かれていた。闇の中にある寝具に、思わず宇随の心臓が跳ねる。しかし宇髄を縁側へと通す、槇寿郎の落ち着いた声がその鼓動を止めた。
    「千寿郎が敷いてくれたんだ。夜遅くなると言ったから、直ぐに眠れるように。あの子はいつでも家族を気遣ってくれる。幼い頃からずっと…」
    「そっか」
    ほんの一瞬だが、あらぬ事を想像した自分には苦笑いしか出ない。あれは優しい息子が、父親の体を労わって用意した物だ。家族愛で温められたそこに、己の欲望など吐き出せないのは分かっている。何故なら、何も始まっていないのだから。
    「盃を持ってくるから、座って待っていてくれ」
    槇寿郎が開けた障子からは、手入れの行き届いた庭が見えた。大きな松は深い闇色に染まり、存在感を増している。槇寿郎は縁側に二枚の座布団を敷いてから、静かに部屋を出た。板張りに直に座っても構わないのに。客人を持成す細やかな心遣いに、育ちの良さが伺える。一人になった宇随は、立ったままぐるりと室内を見渡した。物はそう多くない。床の間の飾られた一輪の桔梗。その前に積み重ねられた数冊の本。端に置かれた文机の上の便箋と筆。誰と文のやり取りをしているのだろうか。遠目で盗み見るが、元忍と云えど白紙の便箋を探っても分からない。何をこそこそと。自分の思考に呆れ、開けたままの襖の向こうにある廊下を見た。
    「旦那、遅いな」
    同僚の杏寿郎を尋ね、度々この家に来ているので、ある程度の間取りは把握している。しかし向かった先の台所に、槇寿郎の姿は無かった。
    「あれ?」
    首を傾げたその時、背後に人の気配を察知し、直ぐに体を反転させて背を隠す。染み付いた習性は未だ抜けない。妻たち以外には。いつかこの男にも、何の迷いもなく背中を見せられるだろうか。
    「手伝おうと思ってきたら、居ないからさ。勝手に弄ってないから」
    ヒラヒラと掌を振って少しお道化る。槇寿郎は遅くなってすまない、と一言詫びてから棚から二枚の盃を出した。

    「良く眠っていた」
    穏やかな表情と声色に宇髄は「ああ」とだけ答えて、注がれた日本酒を口に含んだ。柔らかな口当たりの酒の刺激が、何故か重く感じる。きっと槇寿郎は夜遅くに帰宅した際には、いつも息子の寝顔を見て安心しているのだろう。

    宇髄の同僚である杏寿郎は弟の千寿郎の事は話しても、父親の槇寿郎の事は殆ど話さなかった。しかし一度だけ聞いた事がある。明朗快活な杏寿郎が、ポツリと呟いた言葉を。
    「父と二人で居ても、千寿郎は一人だ」
    宇髄にとって槇寿郎は酒に溺れ、任務を放棄した怯弱な男でしかなかった。家族に対してもか、呆れた宇髄だったが杏寿郎の続く言葉が心に残った。
    「父は本来、心優しく、愛情深い人なんだ」
    子が命を落とす事を、厭わない宇髄の父。傍に居ても子を見ない杏寿郎の父。程度は違えど、どちらも子の心を苦しめたのは事実だ。しかし杏寿郎は父親への愛情を失っていない。信じている。例え己を見てもらえなくても。心底父親を憎む宇髄には分からない心境だった。
    現役時代の槇寿郎の羽織が、宇髄の瞼の裏でたなびく。
    「元炎柱で、現炎柱の父親か…」
    多分、それが槇寿郎を意識する切っ掛けだったのかもしれない。


    杏寿郎のあの時の言葉通りの槙寿郎が今、目の前にいる。息子たちを誰よりも愛する父親が。そして寝室に居るのは、無償の父の愛情を受ける息子たち。ここは家族の愛に溢れている。他者の自分など、入る隙間が無いのは最初から分かっていた筈だ。なのに。
    「痛え…」
    「どこか怪我をしているのか?」
    覗き込むように顔を見られ、つい逸らしてしまう。これが息子相手なら、その瞳はもっと慈愛に満ちていたかもしれないと、余計な事を考えながら。
    「イヤ、酒の辛味で喉が痛くてさ。弱くなったモンだな」
    ハハ、と零れた笑いが我ながらわざとらしい。
    「水を持ってこよう」
    立ちかけた槇寿郎の腕を、宇髄は反射的に掴んだ。
    「また…」
    「宇髄君…?」
    また、息子たちを見て来るのだろう?宇髄は言い掛けた言葉を呑み込んで、手を離した。
    「また台所にアンタを行かせるのも悪いし、大丈夫だ。旦那もゆっくり飲もうぜ」
    宇髄は盃に残った酒を一気に煽った。やはり痛い。
    「無理をするな」
    「…子どもじゃないんで」
    手酌をしようとした酒瓶は、槇寿郎に奪われた。酒は盃の中に滑らかに流れていく。まるで槇寿郎の心の穏やかさと同じように。
    「ああ、君は立派な青年で、大人だ。しかし俺からしたら、杏寿郎と同じ。…子どもだ」
    口から入った日本酒が気道を焼いていく。流れた先にある臓腑は一気に燃やされていく。熱い。痛い。喉が。胸が。心が。
    「は…」
    情けない音が宇髄の口から漏れ出た。槇寿郎の言葉をなぞれば、言いたい事は分かる。年齢だけ見れば、自分は槇寿郎にとって子ども同然だという事は。
    「生憎、俺は煉獄や千寿郎みたいな、可愛らしい子どもじゃないんでね」
    ぐわん、と頭が揺れる。酒には強い筈なのに、今日はやけに酔いが回るのが早い。イヤ酒のせいではない。目の前の男のせいでもない。これはただ沸々と湧き上がる思いをどうにも出来ない、子どもな自分のせいだ。隣に座る槇寿郎に隙間なく体を寄せ、向き合った顔を真正面から見つめる。
    「俺は、アンタが」
    「宇髄君…」
    宇随の言葉を遮る槇寿郎の言葉には、微かな酒の香りが滲む。
    「俺は何よりも家族が大切だ。息子達をこの手で守っていくと決めた。例え何が有っても、その思いは変わらない」
    酒なのか、言葉に含まれた意味なのか。同じモノを飲んだ筈なのに、槇寿郎の口から吐き出される匂いに苦みを感じ、更に酔いが回りそうだ。
    「分かってる…」
    「君にもあるだろう?守るべきものが」
    「ああ、俺の命を懸けてでも守っていく」
    「なら…」
    少しだけ後退しようとする槇寿郎の体を、宇髄は片手だけで引き寄せた。間近に見える唇が微かに震えている。宇髄の気持ちを読み取った槇寿郎は心の内に動揺を隠し、その先を言わせないよう努めて冷静に話し、大人の態度を貫いている。宇髄と妻たちの愛を壊さないという気遣いも含めて。

    さすが、真っ直ぐな恋愛をしてきた人だ。
    でも愛には色々な形がある。大人のアンタでも知らない形が。歪でも、可笑しくても、それも真っ直ぐな気持ちが形成した愛なんだ。

    「嫁たちへの愛は未来永劫変わらない。だけど俺はアンタに言うよ」
    槇寿郎はきつく目を瞑り、視界から宇髄を消した。しかし腰に回った腕からは逃げない。本気で拒絶はしていない。そう思ったがほんの一瞬、薄眼を開けた槇寿郎の視線が廊下に向けられたのを見て、違うと悟った。ここで下手に騒いで息子たちを起こしたくないだけだ。どこまでも息子たちを思う父親。正直、今位は自分の話に耳を傾けて欲しい。子ども染みた拗ねた気持ちが燻る。しかし家族への愛を失わない槇寿郎にだからこそ、この思いが募るのだ。つまらない嫉妬を飲み込み、宇髄は「目を開けてくれ」と囁いた。しばしの沈黙の後、ゆっくりと槇寿郎の瞼が上がる。赤い瞳に微かな光が灯る。重い雲は風に流れ、姿を見せた月の光が瞳に集約する。

    「俺は旦那が好きだ」

    その目は宇髄だけを映していた。やっと見てくれた。そう呟けば、槇寿郎は軽く首を振る。
    「君には今後、守るべき者が増えるだろう…」
    「それも守り続ける自信はある」
    「…分かっているなら…。これは駄目だ…」
    「まだ始まってないのに、ダメかどうか分からないだろう?」
    「そんな子ども染みた言い分を」
    槇寿郎の眉間に皺が刻まれていく。任務外の自分は、彼には子どもとしか見られていない。悔しいなあと思うが、思いを告げた今、潔く諦める事なんて出来ない。生憎自分は、物分かりの良い大人ではない。
    「ああ、俺は手の掛かる子どもなんでね」
    「…君という人は…」
    どう話しても埒が明かないと思ったのだろう。漏れる溜息に、宇髄は笑みを浮かべた。
    「狡い事を言ってるかもしれない。でも互いに守るべきものを抱えながら、俺は旦那と愛し合いたいんだ。コレは何でも欲しがるガキの我儘で、恋焦がれる大人の本心だ」
    赤い瞳が揺れる。宇髄はそれを真っ直ぐに見、目に焼き付けてから、腕を離して座り直した。初めて触れた槇寿郎の熱が残る掌を頬に当てれば、心地良い温もりに心も温まる。

    「俺は亡き妻も、息子達もずっと大切で愛している。それ以外の者に愛しいという感情を向けようなんて、今まで一度も考えた事もない。この先もきっと…。しかし、決して君の事は嫌いではない…」
    「アンタが家族を一番に考えているのは、分かってる。その気持ちを捨てろなんて言わない。愛する者を何よりも大切にするアンタだからこそ、好きなんだ。だけどそこに、ほんの少しでもいいから、俺が居たら嬉しい。今直ぐに答は求めないから、俺に関心を寄せて欲しい。少しずつでいいからさ…」
    「関心を寄せたとしても、それが恋情になるかどうかは分からない…」
    戸惑いが載せられる言葉。でも宇髄は何故かそこに拒絶は無いと思えた。それは槇寿郎が真っ直ぐに宇髄の思いを受け止め、思考の中に宇髄を入れながら懸命に言葉を紡いでくれるからだろう。そうやって少しずつでいいから、自分の事を考えて欲しい。見て欲しい。
    「感情ってのはさ、変わっていくかもしれないだろう?俺、意外に辛抱強いから、待たせてよ。だから今は、好きにならないと断定しないでくれ」
    「…俺はこういう事に慣れていないから、自分の気持ちの変化にすら気付かないだろう」
    「俺が気付くよ」
    「仮にそうなるにしても、きっと時間がかかる。君をずっと待たせる事になる」
    「いいよ。ずっと待ってる。元忍びだから、忍耐力はお手の物だ」
    どう言っても宇髄は引き下がらない。若さ故の自信に槇寿郎は、ふっと笑みを咲かせた。

    家族だけに向けるその和らかな顔を、今自分が見られるなんて。宇髄は素直に嬉しいと思えた。
    「まさかこの年になって、好意を寄せる人がいるとは…」
    「だから生きるって、面白いんだよ」
    そうだな。槇寿郎はの小さな返事に、宇髄の感じていた痛みはいつの間にか消えていた。チリン、と軽やかな硝子音が聞こえる。音の先を辿れば、軒先に掛けられた朝顔の描かれた風鈴が夜風に揺れていた。
    「…妻の、瑠火の好きな風鈴だ」
    「良い音だな」
    濁りの無い澄んだ音が、宇髄の耳をふわりと撫でる。きっと二人の愛もこんなにも清らかで、優しいものだったのだろう。
    (アンタの旦那、本当に愛情深くて真っ直ぐな人だよ)
    会った事のない槇寿郎の妻に話し掛ければ、それに答えるように風鈴は美しい音色を立てた。

    「旦那、飲む?」
    宇髄の注いだ酒を飲む、槇寿郎の所作の美しさに宇髄は見惚れた。月の灯の下、好きな人と二人で静かに飲むひと時。なんて贅沢な時間だろう。
    「なあ、また飲みに来ていい?」
    満面の笑みを向ければ、槇寿郎は「ああ」と頷いた。
    「杏寿郎も一緒に。千寿郎の料理も是非、食べて欲しい。あの子の料理はどれも絶品だ」
    「一家、勢揃いだな」
    「あの子たちも、こんな風に君と過ごして欲しいんだ。楽しい時間を…」
    「…!旦那、俺と今一緒に居るのを、楽しいって思ってくれてんの?」
    「あ、ああ…」
    「本当か!?」
    「た、多分だが、楽しいと思う」
    「多分でも嬉しいぜ!」
    叫ぶ宇髄の口を、槇寿郎の手が覆う。息子達を起こさないでくれ。懇願する槇寿郎にすまないと頭を下げながらも「嬉しくてつい」と、宇髄は悪びれない笑顔を向けた。
    「俺の家にも来てくれ。嫁たちの料理は旨い。三人居るから賑やかだ」
    「息子達と伺おう」
    「待ってる」
    伸ばした右手でそっと槇寿郎の頬を撫でた。跳ねる体。赤らむ頬。先程迄落ち着いていた大人が見せる大きな動揺に、宇髄は目を丸くした。恋を意識した槇寿郎はこうなるのか。
    「旦那、…可愛いな」
    「な!何を言っているんだ!」
    今度は槇寿郎が声を上げる。その口を宇髄は大きな手で覆った。
    「息子達が起きんだろう?」
    クックッと笑いを漏らせば、槇寿郎の口が尖っていくのが分かった。見た事のない感情豊かな姿に、宇髄の恋心が更に膨らんでいく。
    「やっぱり俺は、アンタが好きだ」
    「…俺はまだ分からない」
    「それでもいいよ」

    明るい月光。軽やかな風鈴の音色。暖かな初夏の風。彼の家族の健やかな寝息。穏やかな空間で好きな人と二人。
    初めて知った恋の始まりに、宇髄の口内を満たす酒は今迄で一番の旨味を伝えた。
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