自分以外に触れて欲しくなかった「投げキッスして♡」
コンサート会場ではよくある団扇だ。推しの可愛い仕草がみたい。あわよくばその顔を自分に向けて欲しい。ファン心理は理解できる。なぜならその心理を利用して稼がせてもらってるのがオレたちアイドルだから。
「キャー‼︎シンくーん‼︎」
「タイジュくんこっち見てー‼︎」
「ハナビくんバンしてー‼︎」
客席のあちらこちらから湧き上がる歓声が心地よくて、興奮が収まらない。歌って会場を走って自分のうちわを見つけたら適度にファンサして。楽しい。楽しくてたまらない。
そろそろ曲の終盤、花道を走り回っていたメンバーがメインステージに戻ってきている。この曲でラスト、挨拶をして一旦幕引きだ。アンコールは勿論あるが、形式上そうなっている。
「ギンガくーん‼︎シンくんに抱きついてー‼︎」
一際大きな声が聞こえた。いや、声と言うより内容が強く頭に入ってきた。誰が言ったかもわからないそれは、不思議とシン以外のみんなに聞こえたようだ。センターにいるシンが変わらず笑顔で手を振っている。それに駆け寄ってきたギンガが、いつもなら横に並ぶか、テンションが上がりきってたら肩を組んだりするのだが、今日は声援に押されるように真正面からシンに飛びついた。
「「「ぎゃ――!! !! !」」」
会場が揺れたかと思うほどの悲鳴があがる。ツインで売ってることもあるし、そもそも二人はプライベートでも仲が良いしギンシンはニコイチなんて言われ方もしてる。
「なんだよギンガー」
「リクエストに答えてみようかと思って✩」
声は全てマイクを通して会場に聞こえている。仲良さげな様子に観客の瞳はハートマークでいっぱいだ。周りに集まってきた仲間もニコニコしながら見守っている。
ヤマカサ、お前いつもは「慎みをもて」と引き剥がすだろう。なんでやれやれ、みたいな顔して笑ってんだよ。
ナガラも、いつもなら「オレも!」って混ざりに行くだろなんで今日に限ってシマカゼの背中に乗ってんだ。
ハナビもタイジュもどうして和やかに眺めているんだ。
知っている。これが売り方だということも、二人の間に仲間以上の特別な関係がないことも。ただ、なんとなく今日はイライラが収まらなかった。
「アブトー!」
「遅いよー☆」
一番最後にステージに戻ってきたオレに視線が集中する。ギンガを首に巻き付けたままオレに手を伸ばすシン。苛立つ気持ちのままその手を強く引っ張った。
「おわっ」
共倒れにならないようにギンガは素早く腕を離していて、シンだけが勢いよくこっちに引き寄せられた。危ないぞ、と文句を言おうとしてるのが瞳でわかる。きっと口でも文句を言うつもりなんだろう。危ないぞ、のあの字に開いた唇に一瞬自分の唇を重ねて、その勢いのまま抱きしめる。
会場から上がる悲鳴は先程とは比べ物にならない。カメラの位置も観客の位置も確認している。そこから見ればヤキモチを妬いて腕を引いて抱き寄せた風にしか見えないだろう。
メンバーからはバッチリ見えていたようでハナビは頭を抱えてるし、タイジュは興奮とは別に顔が赤い。ヤマカサは青筋を立てているが心配するな、バレてない。
「お、おまっ……」
こんな大勢の前でキスされてシンは言葉を失っていた。自分の声がマイクに入らないように手で遮った。
「ギンガに抱きつかせてるなよばーか」
最後にもう一度唇を奪ってから体を離す。シンの顔が赤いのは普段密着しないオレからの抱擁だから、と観客は取るだろう。
唇の端をつりあげて笑みを作った。キスの一回二回でイライラが吹き飛んでしまうんだからお前は凄いな。
「シン、挨拶だぞ」
「~っ! 覚えてろよ!」
悪役の捨て台詞かよとケラケラ笑ってしまった。
さすがはシン。プロ根性で滞りなく締めの挨拶をして、惜しまれながらはけていく。アンコールまでの衣装替えと水分補給、僅かな時間では回復しないことが多いけど今日は気力体力満タンだ。さあ、いこうか。
◇
「やばかった……」
「ファンサしないで有名なアブトくんが……」
「その塩対応が好きなのに……」
「ギンガくんから引き剥がして抱きしめてたよね?」
「ヤキモチ? ヤキモチなの? どういう感情なの?」
「シンくんにはあんな顔するんだ……」
「キスしてた気がするのは妄想?」
「抱きしめてたのは現実」
「アブトとシンくんの絡みとか諦めてたから今もう私は天国にいるのかもしれない」
「まてしぬな。ていうか待って、シンくんと抱き合ってとかなら今後もしてくれる可能性……?」
「天才か?」
「新しいうちわ作らなきゃ」
その日のTLはアブト、シンくん、キス疑惑、抱きしめがトレンドになった。