棒ほうじ茶…なんとか そういえば。
家族に頼まれた買い物を済ませて歩いていた街中で、ふと目に入った緑のマークのコーヒーチェーン店。
普段は若い女性が多くてあまり入ろうと思わないそこだが、でかでかと掲げられているメニューに心惹かれて、誘われるようにふらりと入ってしまった。
ティータイムを逃した夕方遅い時間なのもあって、店内に人はまばらだった。すぐに自分の番も回ってくる。元気な笑顔の店員が注文を聞いてくるので、メニューを指さした。
「すみません、このほうじ茶のやつを……」
「かしこまりました! 他のご注文はよろしいでしょうか?」
「結構です」
少し待って渡されたそれは、記憶にあるものと違わない。前回飲んだのはちょうど一年ほど前だろうか。夏休みを利用して会いに行った時だったな。ほうじ茶の香りに少し前の記憶が呼び起こされる。
『どうだ! 棒ほうじ茶フラペチーノの味は!』
『ほお……うまいな』
『だろ⁉全国スタバの一位はオレのとこの棒ほうじ茶で間違いねぇな!』
『競っている訳では無いだろう』
『ははっまったくもってその通りだ』
一口飲んで、首を傾げた。前に飲んだ時は感動するような美味しさを感じたはずだ。味が変わったのか。いや、去年成功したものの味を変えるメリットはないだろう。ならばなぜ。
『リュウジんとこのも悪かねぇけど……うん。でも一緒に飲んだらうまいな』
再度呼び起こされる記憶。理由がわかって唇に笑みが受かんだ。休憩がてら店で飲むつもりだったが、カップを握って立ち上がった。
片腕に買い物袋とカップを持って、反対の手でスマホを取りだした。
一人では味気なく感じたこれも、きっとツラヌキの声を聞きながらならもっと美味く感じられるはずだ。
『もしもし?』
数度の呼出音の後に聞こえてきた声は、このほうじ茶の香りのように心の隙間を満たしてくれる。
「今ほうじ茶フラ……なんとかを飲んでいてな」
『フラペチーノな。相変わらずうまいだろ』
「いや……何だか味気なくて。お前が隣にいないからかな」
『……言うようになったじゃん、リュウジ。仕方ねえなあ。今度こっちに来いよ、一緒に飲もうぜ。とっておきのカスタム教えてやるよ』
耳をくすぐる声に、自然と笑みが深まった。はたから見たら電話しながらにやけてる怪しい奴になっているかもしれないが、それでも構わない。
フラペチーノを口実に、週末にでも会いに行こう。早速来たのかよ、と笑うお前に。