「アブトのばか!」
突然室内に響いた声に、皆してその声の発生源に目を向ける。
いつも割とにこやかなシンが、なぜか顔を真っ赤にしてフーフーと息を荒げている。それはまるで威嚇する猫のような。
「シ……」
「おっぱい星人‼」
なだめようとしたのか触れようとしたアブトの手は寸前でかわされた。走って出て行ったシンの捨て台詞に手が止まってしまったのかもしてない。
シン……と静まり返った室内。手をあげたまま固まったアブト。関わりたくない。聞かなかったことにしよう、と手にしていた本に視線を落としたその時だ。
「あっれ~? ベッドの下の本でも見つかったの~?」
静かな空気を壊したのはギンガだ。ニヤッと笑ってからかってやろうというのが透けて見えてる。
「はぁん……お前はタブレット派だと思ってたぜ」
乗っかったのはハナビだ。こちらもニヤけた顔をしている。
「アブトはおっぱい星人なのか! オレも好きだぜ!」
「ちょ、ナガラ!」
「兄貴は尻派なのか?」
「そうじゃなくて……っ」
更に乗っかるナガラにシマカゼが慌てて制止しようとしている。シンカリオンの運転士として戦っていても、年頃の男だからこういう話題が盛り上がるんだろう。
「ち、ちがっ」
「認めろって。男はみんなおっぱい星人だって」
皆の会話で我に返ったアブトが慌てて否定しているが、ハナビに返されて言葉が出ないようだ。
僕は知っている。シンが怒る前の会話が聞こえたからだ。
「太ったのか最近胸元の肉付きがよくなって困っている」
と言ったシンに、アブトが
「それはおれが揉んで育てた」
と顔が見えなくてもわかるドヤ感を出して言っていたのを。
正直聞きたくなかった。何がうれしくて仲間内の性事情に詳しくならなければならないんだ。隣に座ってしまったことを若干後悔しながら本に集中しようと文章を目で追う。追うが、聞こえてきてしまうのはどうしようもない。
「なんで嬉しそうなんだよ……最近、ち……くびもなんかおかしいんだぞっ」
「オレの手でシンが変わることが嬉しくないはずないだろ。ちなみに乳首もオレが育てた。最近触れると反応が良くて嬉しい」
嬉しそうなアブトの声に額に青筋が走るのが分かった。慎みを持て! と声を荒げそうになったが、それより早くシンが立ち上がって、先ほどの流れに戻る。
ちらりと視線をやると、ギンガとハナビとナガラが女性の好きな部位の話で盛り上がっている。誰も出て行ったシンの話をしていない。ギンガと目があった。パチリと見事なウインクで彼の意図を悟った。君も大概シンに甘いな。
わずかな機械音と共に扉が開いた。入ってきたのはタイジュとメーテルだ。シンがいないことに気付いたタイジュが室内を見渡している。目が合って声を掛けられた。
「シンくんはどこです?」
「少し出ている」
「どこに……というか皆さんそんなに盛り上がって何の話を?」
「なぁなぁ! タイジュは女子のどこが好き⁉おっぱい? 尻? 太もももいいよなぁ!」
「えっ⁉」
「ナガラいい加減に!」
「ちぇーいいじゃん」
「め、メーテルさんもいるんですよっ!」
「どこが好きなの?」
「メーテルさんっ」
顔を真っ赤にしたタイジュと平然としたメーテル。タイジュのいうことはもっともだ。女性に聞かせる話ではない。だがメーテルも興味があるようで、質問されて余計に困惑しているタイジュは、申し訳ないが見ていて面白い。
「おい」
「……」
そして隣で固まっているこの男だ。そんな本を持っているわけはないだろう。タブレットも同じだ。最初からずっとシンしか見えていないこの男が他の女性の部位に興味を持つとは思えない。でもそれを強く否定するとシンとの会話を晒すことになる。独占欲の強いこの男がシンの体の、しかも自分しか知らないであろう情報をひけらかす訳がない。結果だんまりだ。
は――――。深く、ふかーく溜息を吐く。正直に言って君たちの痴話げんかには関わりたくない。しかし不仲なままなのは落ち着かない。この二人は一緒にいてこそだろう。
「追いかけなくていいのか」
「あ、ああ」
「シンは皆から好かれてるからな。トンビにさらわれても知らないぞ」
誰を示したわけではないが、アブトにはいい発破になったようだ。無言で立ち上がり、出ていく。
そう、それでいい。散々追いかけさせたんだ。たまには追いかける方の身になるがいい。
結局僕も、シンに甘いのは否定できないな。
数十分後、遅いのが気になって探しに行くと、妙に顔が赤く潤んだ瞳のシンと、満足げなアブトと邂逅した。ナニをしていたかはわからないがまぁナニかはしていたんだろう。今度こそ青筋を立てて声を荒げた。
「実に破廉恥だ! 慎みを持て!」