配達員と人妻 ―ピンポーン
高らかにチャイムの音が鳴った。
「はいはーい」
パタパタとスリッパの軽い音をたてながら、シンは玄関に向かう。
「ありがとうございまーす」
厳重にかけられた鍵と重い扉を開ければそこには、お馴染みの制服姿の配達員さんがいた。
両手がふさがるほどの大荷物を抱えている。
「かなり重いですけど玄関でいいですか?」
「あー……じゃあ台所までお願いしていいですか?」
「はい、失礼します」
本職の配達員さんが言うなら、ふだん重いものなんてほとんど持たないシンには無理だろうと即座に判断した。業務外のお願いであるのに、配達員はなんてことないように返事をしてくれた。夫が不在の今、感謝しかない。
「すみません、このあたりにお願いします」
指示した場所へ置かれた荷物は、予想通りドスンと鈍い音を立てていた。お願いしてよかった、と同時に申し訳ない気持ちになったシンは配達員に声をかけた。
「暑い中ご苦労様です。よかったら冷たいもの飲んでってください」
「……じゃあありがたくいただきます」
お仕事の邪魔になるかもしれないが、出すのはペットボトルだし、断られたら渡せばいいかと思っていたが、詰まっている予定はないようで軽く頭を下げながら了承してくれてちょっとほっとした。
「最近ほんと暑いですよねー」
「そうですね」
他愛ない会話をしながら、運んでくれた備蓄品を収納していく。下に入れるものは立ったまま上半身を倒して、上に入れるものは届かないから精一杯背伸びして。会話が途切れてしまったが、収納に意識が向いていて配達員のことは頭から消えかかっていた、その時だ。
「さっきからお尻を見せたり腰を見せたり、誘ってるんですか」
「う、わっ! なに、なんですか」
ものすごく近くで肥がしたと思ったら、真後ろに配達員が立っていた。驚いて顔だけ振り返ると、配達員はいつの間にか帽子を脱いでいた。淡い髪色に金色の瞳。熱が灯ったその瞳を見てシンの本能が警告灯を鳴らしたのがわかっる
「夫不在で、男を招き入れて、そんな無防備な恰好で肌を見せて。誘ってるとしか思えないだろ」
「ひっ! や、めっ……」
男の手が服の裾からあっけなく侵入してきた。目の前はキッチンで逃げ場がない。
「こんなに短いズボンで」
「やだ、やめっ……」
「こんなにゆるいタンクトップで」
「あ、っ……!」
男の言葉とともに手のひらが体を這う。呆気なく到達した胸元の、先端に触れられて上擦った声が漏れてしまった。
確かに、今日はとても暑かったのでかなり薄着ではある。足の付け根までのショートパンツに、ゆるいタンクトップ。体の中心しか隠れていないので露出してると言えばしている。
だけどそれは決して男を誘うためではない。
「やめろっ……!」
「感じてるくせに? ああもっと強いほうが好みか?」
「んっ、ちが……!」
「違わないだろう。見えなくてもわかる。ぴんと立っているじゃないか」
男の辱める言葉にシンは顔を赤く染めた。否定したいけれど、男の言うように指が触れる度に感じているのだ。昨晩も夫に散々愛された体は、簡単に快楽を拾ってしまう。
「や、やだ……っ」
拒否する声はまるで無視されて、胸を揉みながら的確に乳首を責められて、シンはシンクに捕まって立っているのがやっとの状態だ。
せめて正面を向いていたら蹴ることもできたのに。後ろから体ごとのしかかられている状態では身動きもまともにできない。
「も、やめ……っ」
「ああこっちがいいか」
「あっ、やぁ……!」
弱弱しく首を振ったシンだが、男は聞く気がないようだ。胸をいじっていた手を片方離して、緩いショートパンツの中にあっさりと侵入してきた。下着ごしに自身に触れられて思わず大きな声が出てしまった。感じたくなんかないのに、男の手も指も的確にシンの弱いところに触れてくる。指先で形をなぞるように何度も撫でられて、唇を嚙んでいるのに声が殺しきれない。
「ん、んっ……っぁ、は……っ」
「先端、にじんできてるな。気持ちいいなら声を出していいんだぞ」
「だ、れが……っあ!」
からかうような声に首を振って返したが、すぐに下着の中に入ってきた手によって拒否の声が喘ぎ声にかわる。
「や、やだっ……!」
「もうとろとろじゃないか。欲求不満なのか」
「ちが、うぅ……!」
「ああじゃあ可愛がられすぎて敏感なんだな」
「ひ、あっ……やぁ!」
腕が、足が、震える。シンクにしがみついて体を支えていたが、今はもう縋りつくようになっている。先端を指で擦られて、溢れてきたものをまとわりつかせるようにくびれを扱かれて。男の手管に翻弄されてあっという間に絶頂を迎えそうになっていた。
「やだ、もうっ! はな、してっ……!」
「いきそうなら我慢せずにいけばいい」
「やだっ……やだやだっ……!」
「体はそうは言ってないぞ」
「いや、だぁ……っああ!」
我慢にはいつか限界がくる。男がシンの弱いところを的確に刺激してくるのもだめだった。
先端をぐりっとえぐられて、とうとうシンは達してしまった。我慢した分解放の快楽が大きくて、一気に体から力が抜けていく。ずるずると座り込みそうになったが、男は軽々とシンを抱き上げソファの上に転がした。荒く乱れた呼吸を何とか整えようとしていたので、男の行動への反応が一瞬遅れてしまった。男はソファに横たわるシンから下着ごとショートパンツをはぎとってしまったのだ。
「や……っ」
咄嗟に膝を抱えて体を丸めて抵抗するが、大事な部分は隠しきれない。男はあっさりシンの腰を掴むとうつ伏せにさせて、腰を引き上げさせた。
「や、やだっ! もういいだろっ」
「オレはまだ何もしてないだろ。痛くされたくなければ大人しくしていろ」
パチンと高い音が鳴って、シンの臀部が叩かれた。痛くはないがジンとする。それ以上に、もっと酷いことをされるかもしれないという恐怖があった。
「ひっ……! や、やめっ……!」
弱弱しい言葉での抵抗も無視して、臀部を強く捕まれた。左右に割り開かれて、夫しか見たことない秘部が見ず知らずの男の眼前に晒されている。シンは羞恥と恐怖と後悔でいっぱいだった。あの時部屋に入れなければ。おいてすぐに帰って貰えば。
「あっ……!」
ぎゅうっと体を縮めて耐えていると、温かくて柔らかいものが触れたのがわかった。突然の感触に殻が震える。ぴちゃりとかすかに聞こえる濡れた音と感触に舌で触れられていることはすぐにわかった。さきほど自身に触れてきたときとは違う、じれったいほどに優しくて柔らかい触れ方。目を閉じて夫を思う。大丈夫、目を閉じて夫だと思えば。すぐに終わる。大丈夫。
「ふ、う……っ」
「昨晩もしてたんだろう? 随分柔らかい」
「あ……っん!」
男の声が夫に似てるのも幸いした。自分に触れているのは夫だと必死に思い込む。
舌で散々入り口付近を舐られて、濡れてとろとろになったそこに指が入ってきた。圧迫感が強いので、二本淹れられたのだろう。中を丹念に広げて擦って、シンの快楽を引き出そうとしている動きだ。
「ん、は……っあう!」
「ああここだな」
「や、やだ……っ、そこやだぁ……!」
「ここもしっかり開発済みか。楽しめそうだ」
「あ、だめっ……ああっ!」
言葉通り楽しそうな声で、シンの弱いところばかりを重点的に刺激してくる。そこで達することも教え込まれた体では我慢することは難しく、呆気なく二度目の精を放ってしまった。
吐精の衝撃から回復するまもなく後孔に熱いものが触れたのがわかった。
「や、ああっ」
拒絶する暇がなかった。触れたと思うと同時に中に入ってくる。熱くて固いもの。
「や、やだっ! ぬい、て……っ」
「ここで終われるわけ、ないだろ……っ」
無情なセリフとともに奥まで一気に貫かれて、中に感じる脈打つ熱さと、お尻に触れる肌の感触にシンは絶望を感じた。
夫と思うなんてできない。愛しているのはあの人だけなのに、慣らされた体はいともたやすく男を飲み込んだ。
「う、っく……っぶと……!」
シンの瞳からぽたぽたと涙が零れ落ちる。泣き出したシンをものともせず、入れやすいようにお尻を掴んでいた手は腰に回されて、強い力で掴まれた。
ずるずると抜けていった熱は、すぐにまた奥深くまで侵入してくる。せめてもの抵抗に痛みを感じればいいと強く締め付けてみるが、それは中にあるものを強く感じてしまって余計にシンを苦しめた。
「ひ、んっ……」
「そんなに締め付けてくるほどいいのか?」
「ちがうっ」
「でもこっちは反応しているぞ」
「あ、んっ……!」
苦しくて漏れた声も拾われる。からかうような声が、でも事実なのがわかるから悔しくて仕方ない。
絶え間なく中をいっぱいにされてこすられて、認めたくないけれど体は高められていく。しっかり勃っているシンのものも同時に触れられて、中と外の両方から与えられる快感にシンは派を食いしばって耐えた。感じていることを、認めることだけはしたくなかった。
「っは、そろそろ出そうだ……!」
浅く深く、何度も抜き差しされても必死で耐えていたが、シンはその言葉に強く反応した。
「や、やだっ」
「まだ抵抗する元気があるのか」
「なかは、いやだ……!」
縮こまらせていた体をなんとか逃がそうと、ソファに爪を立てる。シンのそんなか弱い抵抗は腰を掴まれていては全くと言っていいほど役には立たなかった。
男が背中に覆いかぶさってくる。耳に吐息が触れた。腰を掴んでいた手が離れて上半身を抱きこむように腕を回される。耳朶に舌が這わされ、耳殻を軽く嚙まれた。決して強い刺激ではないが、我慢に我慢を重ねてきたシンにはもう毒にも等しかった。
「やだやだやだっ……! あぶとぉ……っ!」
「出すぞっ」
「やっ……やあああ!」
逃げられないように上から抑え込まれて、身動き一つできないままだ。最奥を突かれ、とうとう限界を迎えた。同時に中に感じる熱。よく知ったそれは、知らない男のもので、シンは頭の中が真っ白になった。
「あ……ああ……!」
「ふぅ……嫌だと言ってた割にしっかりいってるじゃないか」
「うぅ……っふ……!」
「泣き顔もいいな。そんなに旦那が好きか」
頭上に響くあざ笑うような声に、今はもう何も思わない。ただひたすら脳裏に愛する人の姿を浮かべて泣くことしかできなかった。
◇
「落ち着いたか?」
「うん……」
温かいホットミルクと愛用のブランケット。残暑厳しい秋の日だけど、もうすっかり日も暮れて薄着では肌寒いくらいになった。
情事後のソファはアブトが片づけた。掃除しやすい合皮を選んでいてよかったなと過去の自分をひっそり褒めながら。
シンはダイニングの椅子に座ったまま、カップを両手で包んでぼーっとしている。
「人妻もののアダルトビデオごっこをしてみないか」
そう提案したのはアブトだ。別に何も不満はない。もちろんマンネリもしていない。ただ純粋にシンの反応が見たかっただけだ。
「は? ……寝言は寝て言えよ」
返ってきたのは冷たい視線と声だった。突飛なことを散々してきたから、迂闊に受け入れたくないと思ってるのだろう。
これはもうシンと出会ったころからのアブトの性癖だ。やってみたいと思ったことは何が何でもやり通してきた。シンも拒否しつつも毎回乗ってくれたし、まんざらでもなかったはずだと確信している。まあ終わった後にめちゃくちゃ怒られたり数日口をきいてくれなかったこともあるが、そんな都合の悪いことは記憶の彼方だ。
先日漸く入籍にまでこぎ着けた。紆余曲折は省くが、シンは名実ともに自分のものになった。自分の妻だ。好きで好きでいくら触れても足りないくらい好きで、沢山泣かせてきたシンが自分の妻。アブトは浮かれていた。結婚式も新婚旅行もすべて終わって、新婚生活が落ち着きを見せ始めていても浮かれていたのだ。
その浮かれたまま出した提案がアダルトビデオごっこは、さすがのシンも冷たい態度にならざるを得ないだろう。
「シンはオレと結婚しただろ」
言葉を続けるアブトに、シンは生返事をした。反応すると引き込まれかねないからだ。
「つまりシンはもうオレの妻……人妻だ」
「男でも妻なのか……?」
「人妻というステータスが追加された訳だ。それを楽しんでみたいと思うのは悪いことじゃないだろう」
拳を握って言葉を尽くすアブトにシンの瞳から放たれる温度はもう氷点下に近い。アブトはそれに気づかぬふりして演説を続けた。
結果としてシンは折れた。このまま放っておいたら永遠に語られるかもしれないめんどくささが勝った。長い付き合いでシンが本当に嫌がることはわかっているし、アブトがプレゼンの最後に、
「まあでも単純なシンに演技は無理か」
の言葉が引っ掛かった。
「お前が悔しがるくらいの完璧な演技してやるよっ」
シンの言葉にアブトがニヤリと笑った。まんまと乗せられた感はあるが、乗ってしまった以上はアブトに勝ってやる、とシンは意気込んでいた。
勝負ごとではないのだから勝ち負けはないが、アブトは今日は自分の負けだなと思っていた。シンの演技力は想像以上だったし、自分に貫かれながら心にいる「アブト」を思う姿は嫉妬にかられるほどだったから。
シンはまだぼーっとしている。シンはアブト以外のものが中に入るのを非常に嫌う。以前大人のおもちゃなるものを使用したときの泣きっぷりは忘れもしない。だから、相手がアブトでも他人に抱かれる設定は、シンの心を傷つけたかもしれない。
片付けが終わってダイニングに近づく。そっと肩に手を置いた。
「怖かったか……?」
「ううん……なんていうか……」
怖がらせていなかったことに安堵しつつ次の言葉を待った。俯いていて表情が見えないが、しゃべり方がどこかぼーっとしていている。
「なんか……自分が自分でないみたいで……」
ぽつぽつ紡がれる言葉を一語も聞き逃さないように耳に意識を集中した。
「ちょっと……気持ちよかったかも」
ちらりとこちらに向けられた目線はどこか熱っぽくて誘うように潤んでいる。
ゴクリと喉が鳴った。破れ鍋に綴蓋。そんな言葉が浮かんだ。
頬に手を添えて唇をついばんだ。新たな楽しみを見つけてアブトは内心小躍りせんばかりに喜んでいる。次はどんなシチュエーションにしようか。そんなことを考えながら、甘い唇を堪能したのだった。